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11月5日(日)NHKをたまたま見ていたら奈良薬師寺の特番をやっていました。6日から奈良に行くので、先ずは西ノ京に向かい薬師寺を拝観しようと思い立ち京都経由直行しました。ほとんどの建物が再建とは言へ数百年後には国宝になるんでしょうが、見応えあります。白鳳仏が優美なお姿で迎えてくれます。初めての奈良感動です。<br />写真は金堂。再建は歴代の薬師寺住職にとって悲願中の悲願でした。昭和42年(1967)高田好胤師が晋山し、百万巻写経勧進による金堂再建を提唱、全国に写経勧進に歩かれ、その結果昭和46年(1971)金堂の起工式を行い、そして昭和51年(1976)4月に白鳳時代様式の本格的な金堂として復興されたものです。

奈良薬師寺への旅

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2017/11/06 - 2017/11/09

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    43

    11月5日(日)NHKをたまたま見ていたら奈良薬師寺の特番をやっていました。6日から奈良に行くので、先ずは西ノ京に向かい薬師寺を拝観しようと思い立ち京都経由直行しました。ほとんどの建物が再建とは言へ数百年後には国宝になるんでしょうが、見応えあります。白鳳仏が優美なお姿で迎えてくれます。初めての奈良感動です。
    写真は金堂。再建は歴代の薬師寺住職にとって悲願中の悲願でした。昭和42年(1967)高田好胤師が晋山し、百万巻写経勧進による金堂再建を提唱、全国に写経勧進に歩かれ、その結果昭和46年(1971)金堂の起工式を行い、そして昭和51年(1976)4月に白鳳時代様式の本格的な金堂として復興されたものです。

    同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    一人あたり費用
    15万円 - 20万円
    交通手段
    高速・路線バス タクシー 新幹線 私鉄 徒歩
    利用旅行会社
    個別手配
    旅行の満足度
    4.0
    観光
    4.0
    グルメ
    4.0

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    • 玄奘三蔵院伽藍 玄奘三蔵[げんじょうさんぞう](600または602~664)は、『西遊記』で有名な中国唐時代の歴史上の僧侶です。17年間にわたりインドでの勉学を終え、帰国後は持ち帰られた経典の翻訳に専念、その数1335巻に及びます。玄奘三蔵の最も究めたかった事は、「瑜伽唯識[ゆがゆいしき]」の教えでした。その教えの流れを継承している宗派が法相宗[ほっそうしゅう]です。現在、薬師寺と興福寺が法相宗の大本山で、玄奘三蔵は法相宗の鼻祖に当たります。

      玄奘三蔵院伽藍 玄奘三蔵[げんじょうさんぞう](600または602~664)は、『西遊記』で有名な中国唐時代の歴史上の僧侶です。17年間にわたりインドでの勉学を終え、帰国後は持ち帰られた経典の翻訳に専念、その数1335巻に及びます。玄奘三蔵の最も究めたかった事は、「瑜伽唯識[ゆがゆいしき]」の教えでした。その教えの流れを継承している宗派が法相宗[ほっそうしゅう]です。現在、薬師寺と興福寺が法相宗の大本山で、玄奘三蔵は法相宗の鼻祖に当たります。

    • 伽藍のこのコーナーからの写真がベストと係員さんが言ってました。

      伽藍のこのコーナーからの写真がベストと係員さんが言ってました。

    • 昭和56年(1981)にご分骨を拝受し、平成3年(1991)玄奘三蔵院伽藍を建立しました。平成12年(2000)12月31日に平山郁夫画伯が入魂された、玄奘三蔵求法の旅をたどる「大唐西域壁画」は、玄奘塔北側にある大唐西域壁画殿にお祀りしています。

      昭和56年(1981)にご分骨を拝受し、平成3年(1991)玄奘三蔵院伽藍を建立しました。平成12年(2000)12月31日に平山郁夫画伯が入魂された、玄奘三蔵求法の旅をたどる「大唐西域壁画」は、玄奘塔北側にある大唐西域壁画殿にお祀りしています。

    • 食堂 薬師寺は昭和43年以来、「お写経勧進による白鳳伽藍復興」を続けております。昭和51年の金堂復興を皮切りに、西塔・中門・大講堂・回廊の復興を行ってまいりました。<br />この度、薬師寺白鳳伽藍の主要堂塔のひとつである食堂(じきどう)の復興が成就します。

      食堂 薬師寺は昭和43年以来、「お写経勧進による白鳳伽藍復興」を続けております。昭和51年の金堂復興を皮切りに、西塔・中門・大講堂・回廊の復興を行ってまいりました。
      この度、薬師寺白鳳伽藍の主要堂塔のひとつである食堂(じきどう)の復興が成就します。

    • 新たに復興した食堂は、建物外観は奈良時代の意匠を凝らした作りとし、内部は現代技術を活用することで広い空間を確保し、食堂を多目的に利用することを想定しています。<br />堂内には田渕俊夫画伯により描かれた食堂ご本尊「阿弥陀三尊浄土図」を中心に、全長約50メートルにわたる壁画「仏教伝来の道と薬師寺」が奉納されます。

      新たに復興した食堂は、建物外観は奈良時代の意匠を凝らした作りとし、内部は現代技術を活用することで広い空間を確保し、食堂を多目的に利用することを想定しています。
      堂内には田渕俊夫画伯により描かれた食堂ご本尊「阿弥陀三尊浄土図」を中心に、全長約50メートルにわたる壁画「仏教伝来の道と薬師寺」が奉納されます。

    • 大講堂  薬師寺は法相宗の大本山なので、法相宗の教学「唯識論」の創始者である弥勒如来様(インド名・マイトレーヤ)がお祀りされています。

      大講堂  薬師寺は法相宗の大本山なので、法相宗の教学「唯識論」の創始者である弥勒如来様(インド名・マイトレーヤ)がお祀りされています。

    • 弥勒三尊像 (重要文化財) 白鳳~天平時代。

      弥勒三尊像 (重要文化財) 白鳳~天平時代。

    • 金堂 享禄元年(1528)この地域の豪族の戦火に巻きこまれ、西塔などと共に焼け落ちてしまいました。その後、豊臣家が金堂の仮堂を建て、その後本格的な金堂の再建に取りかかる筈でしたが、豊臣家滅亡などの事情で400年近く仮堂のままの状態でした。

      金堂 享禄元年(1528)この地域の豪族の戦火に巻きこまれ、西塔などと共に焼け落ちてしまいました。その後、豊臣家が金堂の仮堂を建て、その後本格的な金堂の再建に取りかかる筈でしたが、豊臣家滅亡などの事情で400年近く仮堂のままの状態でした。

    • 金堂の再建は歴代の薬師寺住職にとって悲願中の悲願でした。昭和42年(1967)高田好胤師が晋山し、百万巻写経勧進による金堂再建を提唱、全国に写経勧進に歩かれ、その結果昭和46年(1971)金堂の起工式を行い、そして昭和51年(1976)4月に白鳳時代様式の本格的な金堂として復興しました。

      金堂の再建は歴代の薬師寺住職にとって悲願中の悲願でした。昭和42年(1967)高田好胤師が晋山し、百万巻写経勧進による金堂再建を提唱、全国に写経勧進に歩かれ、その結果昭和46年(1971)金堂の起工式を行い、そして昭和51年(1976)4月に白鳳時代様式の本格的な金堂として復興しました。

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