2017/10/06 - 2017/10/07
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montsaintmichelさん
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現代絵画にどんなイメージを持たれていますか?「難解でよく判らない!」や「子どもの絵じゃない?」などと思われている方もおられるでしょう。
そもそも「現代アート」という言葉の意味は、「Contemporary Art」の訳語あり、現在進行形の多彩な創作活動の総称です。 ですから、肩肘張らずに気楽に接すればよいジャンルと思います。
アンディ・ウォーホルを知っていますか?彼のポップ・アートは20世紀の代表的な米国アートであり、まさに広告から生まれてきたアートです。日本においても、好き嫌いはありあすが、村上隆や草間彌生のルイ・ヴィトンとのコラボレーションが話題になりました。
ですから、「現代アート」は結構、身近な存在のはずです。実は、ミレーもピカソもシャガールも、本人が生きていた時代では、斬新な「現代アート」だったはずです。時代の経過と共にカテゴライズされてしまっただけです。
そうした意味合いでは、今を生きる我々にとって「旬」の作品は、今を生きている作家たちの作品ではないかと思います。ですから、「現代アート」と言われるジャンルの作品にも、すでに「旬」が過ぎたものもあるということです。この展示フロアで一般的な「現代アート」のスタイルや歴史を学び、自分の感性にジャストミートする未知なるアーティスト、もしくは創作ネタを探し当てる肥やしにされてはいかがでしょうか?
それともうひとつ、この美術館で見逃せないポイントは建物の構成美です。大塚国際美術館のHPです。
http://o-museum.or.jp/
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 高速・路線バス JR特急 徒歩
-
現代絵画は一般的に個人の好みが激しいので、掲載するのは比較的万人受けする作品に限定させていただきます。
こちらは、シャガールの作品の展示ルームです。彼は、ロシア出身のユダヤ系フランス人画家です。その生まれのため第2次世界大戦という時代の潮流に翻弄され、一見成功者にも見える生涯は常に影を落としていたように思えます。1947年まで亡命し、1950年にフランス国籍を取得してユダヤ人バーバと再婚しています。98歳で生涯を閉じましたが、晩年にはパリ・オペラガルニエの天井画を担当して衆目を集めました。
聖書にあまり馴染みのない日本人であっても彼の作品の想いが読み取れるのは、彼の生い立ちとその純粋な愛の形が絵に表れているからだと思います。 -
マルク・シャガール『イカロスの墜落』(1975年 ポンピドゥー・センター蔵)
シャガールが大往生する8年前に完成させた、ギリシア神話の一場面を描いた作品です。イカロスの家族はクレタ島のミノス王の奴隷でした。しかしイカロスと父親は、王の不興を買い、高い塔に幽閉されてしまいました。父子は鳥の羽根を蝋で固めて翼を作り、それを背負って空を飛んで脱出を試みます。その時、父親は「太陽に近づくな。蝋が溶ける」 と警告するも、イカロスは調子に乗り、天高く舞い上がりました。やがて太陽神ヘリオスの怒りの熱が容赦なく翼の蝋を溶かし、イカロスは真っ逆さまに墜落していきました。イカロスが落下した海は、彼の名に因んで「イカリア海(エーゲ海)」と名付けられました。イカロスの物語には、傲慢や涜神を諫める道徳的なメッセージが込められています。
シャガールは、独自の視点で神話を解釈し、自身の感性やメッセージを託して表現しています。彼のスタイルである明るく淡い色が絵に命を吹き込んでいるようにも思えます。また、イカロスは暗い色の翼を持ち、それは彼の運命付けられた墜落死を暗示しています。そして面白いのは、この作品はイカロスの目線と同じ高さで描かれており、それは一緒に空を飛んでいた父親の視点であるように思えることです。
神話ではエーゲ海に墜落しますが、本作では「赤い川」が描かれ墜落を予感させます。川の両側には、シャガールの故郷である帝政ロシア領ヴィテブスクのユダヤ街の風景が広がっています。この作品は、「戦争で亡命を余儀なくされた人生だったが、最期は画家として天の高きに登り詰め、やがては故郷に錦を飾りたい」という願望のメタファーだったのではないかと思います。 -
マックス・エルンスト『沈黙の目』(1943~44年 セントルイス・ワシントン大学美術館蔵)
エルンストは、シュールレアリスム(超現実主義)を代表する画家の一人です。幼少期に天井板の木目に奇妙な怪物の姿を見て戦慄したという実体験のトラウマから、フロッタージュ(摩擦画)やコラージュ(貼り合わせ)、絵具を薄板で押してずらすデカルコマニーの技法を駆使した作品を描いています。彼の作品は、戦時中は退廃芸術扱いされてナチスドイツに没収されたという保証書付きであり、何とも言えない退廃感と終末感が醸されています。
この作品は、中央の目玉模様の辺りにデカルコマニー技法が顕著です。また、滑らかな表面に絵具を塗り、それが乾く前に別の色を重ね、それが創る「色むら」から更にイメージを膨らませて全体を仕上げていったそうです。そうした偶然的な発想をベースに、例えば「天井の木目が人の顔に見える」と言ったシャッハロール・テスト的な連想を繰り返して創作された作品と思われます。
右下に女性が描かれていますが、この女性はコラージュ技法で描き足されたものです。 -
『フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロのストゥディオーロ』(パラッツォ・ドゥカーレ マルケ国立美術館蔵)
他の環境展示は地下3階にありますが、ここは1階にあります。ルネッサンス文化が花開いたウルビーノ公国の君主フェデリーコが所有したストゥディオーロ(小書斎)を復元しています。ルネッサンス期、ウルビーノは、フィレンツェやローマ、ミラノと並ぶ文化の中心地であり、多くの文人や学者、芸術家が集まっていました。 -
『フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロのストゥディオーロ』
ローマ教皇の傭兵隊長として名を馳せたフェデリーコは、その莫大な収入で居城パラッツオ・ドゥカーレとその書斎を築き、往時の流行に合わせて思案と瞑想の場としました。この書斎には、ホメロスやダンテを代表とする自由7学芸を象徴する学者や詩人、古今の名士などの肖像画が飾られています。また、肖像画の下、約2mが寄木細工になっており、吃驚ポンなことに実はこの壁は全てフラットなのです。棚があったり、机があるように見えるのは、目の錯覚を利用したトロンプ・ルイユ(だまし絵)手法です。また単にトロンプ・ルイユだけでは安っぽいトリックハウスでしかありませんが、それを補うに充分なほど遠近法も潤沢に用いています。木材の色の違いで立体感を持たせ、奥行きがあるように見せます。
ここは、見逃さないでよかったなと思いました。 -
『フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロのストゥディオーロ』
ご覧の通り、ウルビーノの白眉と称されるように、遠近法とトロンプ・ルイユ手法を駆使して寄木細工で描かれた古楽器や書物、エンブレム、寓意画、そして天空儀など学者肌で人文主義と称されたフェデリーコを象徴させるものを描いています。また、ガーター勲章、記念品や祭に使われるものなども描かれています。更には、傭兵隊長としての「武具甲冑」、ウルビーノ公としての富や権力を象徴する「インコ」など、ステータスシンボルも描かれています。
因みに寄木細工の原画の一部は、ボッティチェッリのデッサンによると言われてます。 -
チャールズ・ウィルソン・ピール『階段の群像』(1795年 フィラデルフィア美術館蔵)
ここからは、「だまし絵」や「生と死」、「家族」、「食」といった古今東西で価値観が普遍な作品をピックアップした「テーマ展示」を紹介します。
トロンプ・ルイユ(だまし絵)としては、等身大の人物を主題にしている点で注目される作品です。
手前の階段は3次元ですが、どこから2次元なのか判らなくなる絵です。じっと見ていると階段をそのまま登っていけそうな不思議な気分に陥ります。階段にカードが一枚落ちているのもポイントです。
ピールは、米国画家であり、軍人でもあり、博物学者、発明家、教育者、政治家でもありました。彼を著名にしたのがこのだまし絵ですが、実はこの絵は息子達(ラファエルとティシアン)の肖像画でもあります。教科書に載っているジョージ・ワシントンやベンジャミン・フランクリンの肖像画を描いたのは、このピールです。自分の子どもに偉大な画家の名前を付けている処に彼の「親バカ」ぶりが垣間見られます。 -
フランクフルトの画家『画家とその妻』(1496年 アントウェルペン王立美術館蔵)
女性の頭部に大きな蠅が止まっています。夫婦でポーズを決めているのに、蠅がそれを台無しにしています。だまし絵の一つに蠅を描き込むという手法があり、あたかも時空を越えて絵画の中に蠅が入り込んだか、絵画に蠅が留まったかのように表現されます。こうした画家の一寸した悪戯心が、だまし絵の傑作と評価された作品です。
中世ルネッサンス期の欧州では疫病「ペスト」が蔓延し、寒波の到来により道端に浮浪者や犯罪者の死体が放置されることも度々ありました。非衛生であり、街にはネズミや蠅などが想像を絶するほどに大量発生していたと考えられています。ですから、見慣れた蠅は腐敗や死の象徴として取り上げられるだけでなく、だまし絵の手法としても一役買っていたと考えられています。 -
マティアス・ストーム『 聖ヒエロニムス』(1640年頃 ユトレヒト中央美術館蔵)
トロンプ・ルイユのヴァリエーションのひとつにアナモルフォーズ(歪んだ像)があり、トリックアートの古典作品とも言えます。円筒形の鏡に顔が映るように適切な位置を探さないと、ご覧の様には見られません。一見何が描かれたのか判然としない絵を、何らかの方法で元の形に復元するという視覚遊びです。この絵では、円筒鏡に歪んだ像を映して表現したいものを見る仕組みになっています。画面には、頭を強く押しつぶされたような聖ヒエロニムスが、書斎にて聖書の研究に余念がないところが描かれています。
現世もこの絵と同じで、歪んだ像が巷に溢れています。明確な方法論を持たずにいれば、そこには虚像しか見られません。そんな思いを募らせるメタファーを含んだ秀逸なアートです。 -
アンブロシウス・ボスハールト『壁龕のなかの花瓶の花』(1620年頃 マウリッツハイス美術館蔵)
純粋な静物が好まれるトロンプ・ルイユとしては珍しく、花をモチーフに風景画の要素も加味した作品です。ボスハールトは、花の画家として活躍したヤン・ブリューゲルに優るとも劣らない画家です。生け花のように巧みにアレンジされた花は、色も種類も豊富ですが、絵そのものの美しさを優先させるため、季節に関係なく選ばれているのがご愛嬌です。
植物図鑑顔負けの繊細な本物志向の描写に息を呑みますが、更にトロンプ・ルイユの効果を上げるため、花瓶を壁龕に置き、その脇の貝殻や花、また壁龕の内側にこぼれ落ちた花の影が立体感を演出し、描かれた額縁自体も「目だまし」的な効果を発揮しています。 -
ヴァルラント・ヴァイヤン『手紙掛け』(1658年 ドレスデン古典絵画館蔵)
17世紀に話題を浚ったのが、この作品のような壁に掛けられた手紙や書類を写実的に描いた「だまし絵」です。アムステルダムを中心に活躍したヴァイヤンは肖像画家として知られますが、この作品はトロンプ・ルイユの典型とされています。
卓上に置かれたものではなく、このように壁に掛けられた手紙が好まれたのは、壁に掛けた絵を見るように手紙と向き合えるからです。ここでは手紙は勿論、壁や手紙を留める紐やリボン、鋲、タカペンなどの小物の描写も超リアルです。 本物の板壁に、あたかも無造作にチョークで殴り書きされたかのような年号「1658」や個人名まで読み取れるほど克明に描かれた宛名、紙の汚れやシワの質感、折れ、赤いロウのシールや左上から照らされる光によって生み出される陰影の表現は、トロンプ・ルイユの模範と言っても大過ありません。 -
ジョン・フレデリック・ピート『貧者の店先』(1885年 ボストン美術館蔵)
往来に面して出窓のような駄菓子屋の店先を切り取っています。棚の上に配された様々なお菓子の他、窓の外には外れかけた「5番地」のプレートや「LODGING(宿泊)」、「GOOD BOARD $3.00 A WEEK(美味しい食事付、1週間$3)」といったリアルな広告もあります。
手入れされた形跡が全く認められず、まさしく「貧者の店先」に相応しい風格です。 -
フラ・アンジェリコ『受胎告知』(1425~28年 プラド美術館蔵)
「時」のテーマ展示からのピックアップです。「受胎告知」のテーマ展示ルームもあるのですが、そこにはアンジェリコの別バージョンが展示されていました。
15世紀のイタリ・ルネッサンス史に燦然と輝くフィレンツェ派の巨匠フラ・アンジェリコは、フィレンツェの農村地方で生まれ、本名をグィード・ディ・ピエトロと言います。20歳以前の経歴はあまり知られていませんが、1417年に画家として活動を始め、1425年にドミニコ修道士となって宗教書の写本装飾師として絵を描いています。イエスの磔刑図を描きながら涙を流すほど信仰心が篤く、静謐で美しい光に満ちた宗教画や敬虔で愛らしい人柄から「天使の(アンジェリコ)画家」と慕われ、彼の死後、誰が授けたかフラ・アンジェリコが彼の名になっています。1982年にローマ教皇ヨハネ・パウロ2世により、「福者」に列せられています。
フィレンツェから北へ4kmほどの丘にあるフィエゾレ町のサン・ドミニコ教会から1611年にスペインに売られてきたのがこの作品です。特徴は、明確な輪郭線と黄金色の使用により、テーマの聖性を強調している点です。また、大天使ガブリエルがマリアに受胎を告げている御堂の左奥に楽園を追放されたアダムとイヴの姿を描くことで、神の子イエスの正統性と絶対性を暗示させています。
大画の下にあるプレデッラ部分には、聖母マリアの婚姻から聖母マリア被昇天に至るまでのマリアの生涯を5連の帯状に描いています。
古来より多くの画家が描いてきたテーマですが、その中でもアンジェリコの作品は敬虔で清楚な独自の世界観が描かれていると評されています。拘りを持っていたのか、この絵画の他にも似た構図のものを幾度も描いています。 -
エル・グレコ『悔悛するマグダラのマリア』(1577年 ウースター美術館蔵)
「生と死」のテーマ展示からのピックアップです。
マリア信仰が盛んなスペイン トレドで描かれたもので、イエスにより自らの罪を諭され、悔悛するマグダラのマリアを描いたものです。その表現はそれまでの典型を大きく逸脱し、マグダラのマリアの憂いを含む意味深げな視線や表情など、グレコが持つ独特の世界観により、マニエリスム特有の不安定感が表れています。
手前に描かれたドクロは、マグダラのマリアのアトリビュートです。着衣は、元娼婦という伝説上の固定観念を払拭させたかったのか、誠実を示す紺色で描いています。また、長い髪については、フランスの洞窟で隠者として苦行をしていた頃、服を纏わずに髪を伸ばして毛皮のように体を覆っていたたとの伝説を基にして描いています。
中央公論社『カンヴァス世界の大画家12 エル・グレコ』の解説によると、ドクロについては次のように解釈できるそうです。
「頭蓋骨の存在はこの場合、聖女マグダラのマリアが死を瞑想していることを示している。死を思い天上を渇仰する聖女の表情に、自分の罪を悔悟し、神への愛に生きようとする決心が読み取れる」。 -
バルトロメ・ムリーリョ『カナの婚礼』(1672年頃 バーミンガム大学バーバー美術研究所)
「食卓の情景」のテーマ展示からのピックアップです。
『カナの婚宴』と言えばルーヴル美術館蔵のベェロネーゼ作品が定番ですが、ムリーリョも描いています。彼は群像を描かないタイプの画家と思っていましたので、未知との遭遇になりました。また、このように光と影を巧みに使った作品もあることを改めて知りました。
この絵は、イエスの表情が素晴らしいと思います。『ヨハネ福音書』に記された、ガリラヤのカナ村における結婚式でイエスが起こした最初の奇跡をモチーフにしています。聖母マリアに促されてイエスが6個の瓶に水を満たさせ、それを葡萄酒に変えたという奇跡の物語です。そこからイメージすれば、「葡萄酒がもうありません」というマリアの言葉に、イエスが召使たちに「水瓶に水を満たしなさい」と応じた流れを描写したものと解せます。
花婿が婚宴の最中に窮地に立たされるも、今から葡萄酒を準備するのは不可能です。時は今。マリアは、我が子イエスが神としてメシアとしてその証を公けにする時が来たと考え、満を持して「葡萄酒がもうありません」と発しました。瓶に注がれた水を汲んで宴会の世話役に飲ませると、彼は花婿を呼んで言いました。「誰もが初めに良い葡萄酒を出し、 酔いが回った頃に劣ったものを出すものですが、あなたは良い葡萄酒を今まで取って置かれました」。この奇跡により、弟子たちはイエスを信じるに至ったというエピソードです。 -
ピエール・オーギュスト・ルノワール『ボート遊びをする人々の昼食』(1881年 ワシントンD.C.・フィリップス・コレクション蔵)
同じく「食卓の情景」のテーマ展示からのピックアップです。ルノワールの作品の中で1番好きな作品です。
セーヌ川の中州シャトゥー島にあるレストラン「ラ・メゾン・ドゥ・フルネーズ」のテラスを舞台にした作品です。パリ西側の郊外は、旧き佳き時代には印象派の画家たちがイーゼルを並べて競うように絵を描いていました。
画面には、「生の歓び」を象徴する陽気な開放感が満ちています。ルノワールは「悲しみを描いたことのない唯一の画家」と称されますが、この作品はそんな彼の特徴をよく伝えています。モデルたちの印象を薄めるような抽象的描写を封印し、彼らにキャンバスの中で自己主張させ、創作の喜びを共感させています。この作品には、モデルへの繊細な心くばりも読み取れます。
尚、登場人物は画家の友人や知人であり、特定ができます。画面左の子犬を抱き上げるのが後のルノワール夫人のお針子アリーヌ・シャリゴ、その後方の麦わら帽子がレストラン経営者アルフォンス・フルネーズ、画面右の最前列で椅子に座り談笑するのが画家カイユボット、その隣は女優エレン・アンドレとジャーナリストのアドリアン・マッジオロ、中央でグラスを傾けているのが女優アンジェル・レゴです。
本作は、ルノワールが印象主義との決別を告げた記念碑的作品でもあり、画風の変化点における集大成とされています。それ故に描写などに印象派技巧の円熟味が感じられる他、風景から飛び出させた人物の存在感は圧巻です。この作品以降、自らの画風に疑問を抱き、新古典主義のアングルを意識した作品を目指すようになります。それは「酸っぱい時代」と称され、それまでの柔らかい表現を棄て、しっかりとした線に拘りました。その代表作が『浴女たち』です。 -
ジャン・クーザン『エヴァ・プリマ・パンドラ』(1550年頃 ルーヴル美術館蔵)
「運命の女」のテーマ展示からのピックアップです。
初期キリスト教会では、エデンの園で原罪を犯した「エヴァ」は、エピメテウスの壺を好奇心から開けて人類に禍をもたらした『ギリシア神話』に登場する「パンドラ」と同一視されました。クーザンは、建築物や頭蓋骨を比喩に用い、2人のイメージを重ね合わせて生命と美の儚さを表わしています。物憂げに頭蓋骨に肘を突き、その手にはリンゴが着いた枝を持ち、左手は壺を閉じ、その手にはエヴァを唆した蛇が巻き付いています。この神秘的な女性は、果たして聖書の世界のエヴァなのか、あるいは異教の神話のパンドラなのか?クーザンは、象徴を用いて鑑賞者に誰なのか悟らせています。
原罪を犯したエヴァとヘパイストスによって粘土から作られた人類初の女性(パンドラ)には、類似性があります。2人共、好奇心に逆らえずに神に背き、人類に禍をもたらす元凶となりました。美と生命の儚さを象徴する頭蓋骨は、原罪により人類が寿命を持つ運命を背負ったのを示します。また、パンドラは壺を手で塞ごうとするも、封印されるべき惨禍や災厄は既に飛び出した後でした。
ラテン語『EVA PRIMA PANDORA』は、「エヴァは、かつてパンドラだった」との意味です。この世の禍は全て女性が蒔いたと言いたげですが、心底女性を卑下するなら、ここまで魅力的には描きません。2人共、人類に禍をもたらした元凶ですが、エヴァがアダムに知恵の実を食べさせたことで自らの意思で行動する人間が生まれました。また、エデンの園を追放されたことで、土地を耕す必要に迫られ、文明が築けたのです。それを背景が象徴的に語っています。右には神が創ったままの原風景、左には人類の手によって創られた都市が広がっています。また、パンドラは禍を蔓延させたと神話は語りますが、知恵の女神アテナからは禍を乗り越えるための「知恵」を、美の女神アフロディーテからは「美貌」を授かりました。クーザンは、これらを裸婦の美しさで比喩しています。また、禍が飛び出した後の壺には、唯一「希望」が残されていました。すなわち、文明の源泉は、女性なのだと黙して語る絵画と思えます。
時節柄、どこかの政党を示唆するものではないことをお断りしておきます。 -
ギュスターブ・モロー『出現』(1874~76年 モロー美術館蔵)
同じく「運命の女」のテーマ展示からのピックアップです。
サロメを描いた最高傑作と称される作品です。一般的には『出現』という画名で知られますが、モロー美術館の油彩画を『出現』、ルーヴル美術館の水彩画を『まぼろし』としています。
『新約聖書』に基づき、ヘロデ王の妃ヘロデヤが洗礼者聖ヨハネが自分の思い通りにならなかったのを逆恨みし、娘サロメをそそのかして踊りの褒美としてヨハネの首を所望させたという記述をモチーフにしています。しかしモローは、この作品で初めてサロメを「自分の意志でヨハネの首を欲しがるファム・ファタル(男の運命を狂わせる美女)」として描きました。この絵がきっかけでオスカー・ワイルドが戯曲『サロメ』を発表し、狂気の悪女というサロメのイメージを定着させました。ヨハネの首に臆することなく対峙する凛々しくも妖艶なサロメの姿は、永遠の女性像や官能性そして卑俗的意味や善悪双方の功罪を含むカオスと化した聖性を表現しています。
ある意味恐い絵ですから、できれば自室には飾りたくない絵のひとつです。 -
ジョヴァンニ・セガンティーニ『悪しき母たち(嬰児殺し) 』(1894年 ベルヴェデーレ宮殿蔵)
同じく「運命の女」のテーマ展示からのピックアップです。
新印象派風の明るいタッチでアルプスの風景画を得意としたセガンティーニですが、一方でこうした神秘的な作品も描いています。知名度は低いのですが、興味深い作品ですので取り上げてみます。
インド仏教僧「イリカの詩」がネタ元ですが、よく観ないとファンタジーにしか映りません。詩『ニルヴァーナ(涅槃)』をベースにし、享楽に耽って子を堕した女性の魂が雪原を彷徨い、やがて母性に目覚めることでその魂が涅槃に導かれるというストーリーです。
「寒々とした谷間に枝々が絡み合う。見よ、あらゆる枝から、苦しみながら愛を求める魂が声をあげている。来てください!私のところへ、ああ、お母さん!来て、私に乳房を、命を与えてください!私は許しました!亡霊は打ち震える枝に乳房を差し出す。なんたる脅威!枝には命が宿っている!赤子の顔が乳房にむしゃぶりつく。そして、赤子と母親は抱き合ったまま樹から落ち、涅槃へ入る」。 -
ジョヴァンニ・セガンティーニ『悪しき母たち(嬰児殺し) 』
凍てつき荒涼とした雪原で、禍々しい枯れ枝に搦めとられた母親を描いています。母親の胸元に目を凝らすと、右脇から顔を出した赤子が一心に乳を吸っています。泣き声さえもかき消されてしまいそうな氷の世界で、赤子の小さな命はやがて悪しき母親を許し、救済する光となるのです。背景が陽の光に照らされて暖色に染まりつつあるのがその象徴です。凍えた魂は光に包まれ、やがて涅槃へ導かれていくのです。
セガンティーニは、幼い頃に母親を亡くし、更に父親も蒸発すると言う不幸な幼少期を過ごしました。2度と会えぬ母への憧憬と渇望が、彼にこうした神秘的、退廃的な作品を描かせたのかもしれません。 -
大塚国際美術館は、坂倉建築研究所の故 坂田誠造氏の設計であり、美術館の建物自体をアート作品として愉しむこともできます。
坂田氏は、坂倉準三氏の下で大阪万博(電力館)、羽島市庁舎、小田急新宿駅西口ビル(小田急百貨店本館)などを担当されました。また坂倉氏の死去後も設計事務所は彼の遺志を引き継いで、東京都立夢の島総合体育館、東京サレジオ学園、新宿ワシントンホテル、横浜人形の家、小田新宿サザンテラス、聖イグナチオ教会などを手掛けています。 -
「建築こそ最高の芸術なり」という言葉があります。その言葉の意味を如実に伝えるのが、この美術館です。
1F/2Fだけが地上にあるため、外光の採り方がとても印象的です。
こうしたドラマチックな明かり取りが随所に設けられています。 -
段差の小さな螺旋階段の造形美も見所です。
「トリップアドバイザー」が優れたサービスを提供する施設に与える「2015年エクセレンス認証」を発表し、大塚国際美術館は5年連続で「エクセレンス認証」を獲得したとして、「殿堂入り」施設として認定されています。
これも、「大塚潮騒荘」の石碑の裏に認められた、大塚ポリシーの賜物ではないかと思います。このようにホスピタリティーの行き届いた美術館は、意外に少ないのではないかと思います。特に著名デザイナーが設計した美術館はこうした精神に欠けたものが氾濫しています。 -
空中に階段が浮かんでいるような錯覚に陥ります。
名付けて「天国への階段」! -
無機質なコンクリート剥き出しの壁で大きな吹き抜けを構成し、採光や空間表現に活かされています。
地上階の明かりが、吹き抜けを通じて地階にも分光される仕組みです。 -
アルチンボルドの作品などが展示されているグロッタと呼ばれるROOM#56へ架けられた空中橋も見所です。
-
トイレにも、絵画のパネルがそれぞれ貼ってあります。
因みに、手すりを設けた小便器は出入口から最も近い場所に設けるように建築基準法及びバリアフリー新法の整備基準にあるのですが、ここは一番奥にありました。
何か特別な意味があるのかは、確認できていません。
この続きは、桐葉知秋 阿波紀行⑦阿波池田 うだつの町並みでお届けいたします。
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