2017/10/06 - 2017/10/07
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montsaintmichelさん
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「うだつ」の町並みと言えば、映画『虹をつかむ男』のロケ地ともなった徳島県美馬市脇町が著名ですが、ここ阿波池田にもタバコ産業で栄えた「うだつの上がった」豪商屋敷が残されています。また、阿波池田は「阿波山田錦」に代表される酒造好適米の産地でもあり、日本三大暴れ川の一つ吉野川の伏流水を用いた造り酒屋でも栄え、「うだつの上がった」酒屋があるのも特徴です。
阿波池田には、現在27軒のうだつが残されており、そのひとつに、「やまびこ打線」を率いて甲子園を湧かせた池田高校野球部の故 蔦文也監督の生家があります。現在も住宅として使われているため、たばこ資料館(旧真鍋家住宅)のように内部を見学することはできませんが、軒先に「蔦文也」の表札が掛けられているのを見た途端、あの時代にタイムスリップしてしまい、暫しの間トランス状態を愉しめました。「うだつの町並み」と「さわやかイレブン・やまびこ打線」。「1粒で2度おいしい」とは、言い得て妙です。
たばこ資料館を紹介しているサイトです。
http://www.miyoshinavi.jp/02miru/detail.php?genr=101&area=3&uid=SS000013
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 高速・路線バス JR特急 徒歩
-
ルネッサンスリゾート ナルト
オーシャンビューの部屋から朝日を拝むつもりでしたが、天候は回復を仕損ない生憎の曇り空です。
しかし、「ヤコブの梯子」が淡路島に幾筋も差しかけられている光景は、神秘的でもあります。 -
ルネッサンスリゾート ナルト
一部、雲が大きく裂け、そこから朝日が海上に舞い降りています。
眩い光の帯が左右に伸び、その前の暗がりを大きな船が悠々と進んで行きます。 -
ルネッサンスリゾート ナルト
雲があるが故に、刻々と景観が移り変わり、ティントレット風のドラマチックな夜明が演出されます。幻想的でもあります。 -
ルネッサンスリゾート ナルト
朝日に輝く海原にひっそりと鎮まる小舟たち。 -
ルネッサンスリゾート ナルト
雲湧く淡路島。
こうしてみると、淡路島が日本国で最初につくられた島だというのが伝説の域を超えるような神々しさです。
『古事記』には、四国に関する謎かけのような記述があります。イザナギ、イザナミの夫婦神が日本国を生む件です。彼らはまず淡路島を生み、次に四国を生みました。「この島は、身一つにして面四つあり」、「面ごとに名あり。伊予の国は愛比売(えひめ)といい、讃岐の国は飯依比古(いいよりひこ)といい、阿波の国は大宣都比売(おおげつひめ)といい、土佐の国は建依別(たけよりわけ)と言う」とあります。(現代語表記)
古代日本は、あらゆる「もの」に神や霊が宿るといった自然崇拝でした。故に、島や土地に神の名を付けるのが慣わしでした。伊予と阿波を女性化し、讃岐と土佐を男性化し、男女2国が並ぶところから四国は二名島と言われました。
伊予(愛媛)の愛比売は「可愛らしい女神」で、穀物や農業に関係する神と思われます。
讃岐(香川)の飯依比古は「米や穀物などを司る男神」で、穀物(=飯)が沢山集まるといった意味と思われます。
阿波(徳島)の大宣都比売は「食物を司る女神」で、五穀豊穣の神です。阿波は、粟の豊作を守る国魂とされたと解釈できます。大宣都比売は『古事記』の挿話から「五穀の起源」とされ、「高天原を追放されたスサノオが、空腹を覚えてオオゲツヒメに食物を求めると、彼女は鼻や口、尻から出した食物を料理して差し出しました。スサノオは汚らしいと怒り、彼女を斬り殺します。すると、彼女の頭から蚕、目から稲、耳から粟、鼻から小豆、陰部から麦、尻から大豆が生まれた」と記されています。
土佐(高知)の建依別は「雄々しい男神」と思われます。一般論として、土佐人が多血質で議論好きで協調性に欠ける傾向にあるのは興味深い処です。 -
ルネッサンスリゾート ナルト
朝食は、和食バイキングとサンドイッチ・ビュッフェから選べ、予約は不要です。但し、サンドイッチ・ビュッフェは日によっては閉まっていますので、事前に確認されるのが良いと思います。
当方は、早出のため6:30にオープンする「彩」でいただきました。基本は和食バイキングですので、洋食派にはメニューが限定的なのが欠点です。特にパンの種類が少ないのがネック。しかし、ワカメ入り伊達巻はトロトロで美味しかったです。
「テラスカフェ オーゲ」ではサンドイッチ・ビュッフェがいただけますが、7:00オープンなので時間的に余裕がなく遠慮しました。洋食派には、こちらをお勧めします。 -
JR鳴門駅
JR四国の池谷駅と鳴門駅を結ぶ鳴門線の発着駅であり、鳴門線内唯一の有人駅です。
1928(昭和3)年に 阿波電鉄の撫養駅として開業しましたが、鳴門線自体は2016年に開通100周年を迎えています。初期には阿波線と呼ばれ、1952年に鳴門線と改称されました。観光都市「鳴門」の玄関口として観光客が訪れる駅ですが、1日平均乗車人員は700人弱です。
JR徳島駅に向かうため、ホテルからJR鳴門駅まではタクシーを利用しました。2000円かかりませんでした。所要時間は12分程です。
本当はJR徳島駅までタクシーだと楽なのですが、簡易計算すると1万円を超えるので、JR鳴門駅前から淡路交通バス(高速バス)を利用しました。35分程で運んでいただけます(運賃460円:徳島バスも同じ料金です)。バスは、just in timeで定刻に到着しました。
因みに、JRは本数が少なく、乗り継ぎもあってバス以上に時間がかかり、お勧めいたしません。 -
JR鳴門駅
徳島県最北の駅であり、J2リーグ「徳島ヴォルティス」の本拠地の最寄り駅でもあります。「徳島ヴォルティス」のブルーの幟が立てられています。
その手前には、鳴門市マスコットキャラクターの「うずしおくん」と「うずひめちゃん」の石像があります。
「うずしおくん」は、市制施行50周年(1997年)記念事業として公募されたマスコットです。全身が海をなぞらえた青色をしており、胸に渦のマークを配し、頭に大鳴門橋をモチーフにした冠を被っています。誕生秘話は、「鳴門海峡で発生した渦潮に舞い落ちたハマボウの花から生まれました」とあります。
「うずひめちゃん」は、2012年にパートナーとして誕生しました。全身が赤紫色をしており、鳴門金時をイメージした帽子と渦のマークがチャームポイントです。当時鳴門教育大学生だった木田さんがデザインされたものです。
このふたつの像は、2013年のバレンタインデーに設置されたことから、カップルでタッチすると恋愛が成就すると言われています。 「恋人の聖地」に匹敵するかも!? -
JR徳島駅前
高速バスに揺られて徳島市入りです。
駅前には、思わず2度見してしまうほどユニークな「阿波踊りポスト」があります。郵便ポストの上に、徳島の夏の風物詩「阿波踊り」のブロンズ像が載せられています。こちらの像は、男踊りと女踊りバージョンのようです。市内には多彩なバージョンが存在するようです。
妙な存在感と言えば、背景にあるワシントン椰子もその代表格です。しっかり南国ムードを盛り上げる役目を果たしています。その先には眉山がちらりと見られます。
因みに右端のバスが、今回利用させていただいた淡路交通の高速バスです。結構、新しい車両でした。 -
JR徳島駅
徳島市のターミナル駅であり、JR四国の高徳線、徳島線、牟岐線、鳴門線の発着駅です。駅の歴史は古く、1899(明治32)年に徳島鉄道の駅として開業しました。2016年の1日平均乗車人員は8187人で、JR四国管内では高松駅に次いで2番目です。 -
JR徳島駅
構内の階段には、観光地のPRペイントがなされています。
こちらは、「かずら橋」バージョンです。
駅ビルは地下1階、地上18階建てでショッピングセンタとホテルを併設して立派ですが、改札を抜けた刹那、このように昭和時代にタイムスリップするギャップが旅心を刺激します! -
JR徳島駅 特急「剣山(つるぎさん)3号」
特急「剣山号」は、徳島駅からJR高徳線、徳島線、土讃線を経由して阿波池田駅を結ぶJR四国のキハ185系の特急列車です。コーポレートカラーである水色のラインが涼やかです。「剣山号」はブルーラインの車両が多いのですが、3号だけは水色仕様です。元々は急行「よしの川」として運行していた優等列車が、1996年に特急に格上げされたものです。 -
JR徳島駅 特急「剣山3号」
列車名「剣山」は、石鎚山に次ぐ四国第2の高峰「剣山」(日本百名山:標高1995m)に因み、車両のヘッドマークは優しい姿の「剣山」をデザインしています。宮尾登美子著『天涯の花』で知られる「キレンゲショウマ」は、天然記念物に指定され、剣山を代表する稀少な高山植物のひとつです。
「祖谷平家伝説」は、平国盛は安徳帝を窮地から救い出し、祖谷の地へと逃れ落ちたと語ります。2人は別ルートで四国に落ち延び、剣山山頂で落ち合いました。そこで安徳帝が取り出したのは、「三種の神器」の一つ「宝剣:天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」でした。その宝剣を山頂の宝蔵岩という巨石で封印し、平家の復興を固く誓い合ったと伝わります。この宝剣は、壇ノ浦の合戦の際に海中に没したとされ、源氏が血眼になって海底をさらっても発見できなかった代物です。また、山頂近くの 「平家の馬場」と呼ばれる草原では、平氏の武者たちが源氏との戦いに備え、馬乗りや武術の稽古をしたとも伝えられています。
因みに、「剣山」はその名に冠する「剣」とは縁遠い穏やかな山容をしており、山名の由来はこの安徳帝所縁の宝剣にあるとの説が有力です。元々の山名は「太郎笈(たろうぎゅう)」だったそうです。笈(おい)とは、修験者などが仏具などを背負うための法具で、今風に言えばリュックサックです。この名から、剣山の山容がどんなものか推測できると思います。 -
JR徳島駅 特急「剣山3号」
キハ185系特急形気動車は、国鉄だった1986年に四国用ステンレス製オリジナル車両として導入され大車輪の活躍をしました。四国内での需要を考慮し、2両編成でも運行できる特殊設計になっているのが特徴です。1987年に鉄道友の会「ローレル賞」を受賞し、フラッグシップ・トレインとしてもてはやされました。最高時速は110kmです。
因みに、2011年に登場したJR九州の特急「A列車で行こう」号 は、JR四国から譲渡されたキハ185系のペイント・バリエーションです。「馬子にも衣裳」とはよく言ったものです。その前は、「九州横断特急」として使われていました。 -
JR徳島駅 特急「剣山3号」
よく見かけるキハ40とのツーショットです。
因みに「剣山3号」は、この1号車が後方車両になります。
キハ40系は、総計888両という狙ったとしか思えない両数が製造され、北海道~九州まで全国津々浦々の非電化線を代表する車両です。現在も第一線で活躍していますが、ディーゼルエンジンが弱く、さらに冷房化改造など、JR西日本では大幅なリニューアル改造が進められています。
JR西日本の七尾線の特急「花嫁のれん」、豪華列車「或る列車」として観光用に改造されたバリエーションもあります。 -
特急「剣山3号」
ブルーのヘッドレスト・カバーの座席が、指定席です。
社内はこのようにガラガラですので、座席指定は不要でした。
因みに、指定席だけ満席でした。(笑) -
特急「剣山3号」
徳島県は、日本で唯一「電車が走っていない」県です。正確には、「電化線路のない」県です。つまり、徳島県を走っている列車は全てディーゼルエンジン駆動の「気動車」です。何故非電化線かと言うと、私鉄が発達しなかったためです。私鉄は存在したのですが、鉄道国有法で国営化されたのです。元々鳴門駅周辺には阿波電気鉄道が路線を築いていましたが、社名の「電気」は計画に終わり、実際には電化されず「幻の電鉄」となりました。 -
特急「剣山3号」
現在も電化の具体的な計画はなく、「架線空白」の状態が続きそうです。しかし、これは経費削減や保守面の利点だけでなく、景観上も好ましいものです。車窓からは、この地方の特色なのか、むくり(丸み)を付けた屋根を持つ古民家があちらこちらに望めます。非電化を逆手にとり、ハイブリッド対応かつ車両をシースルーにした展望式プレミアム列車の運行が期待されるところです。それには、徳島観光をもっとPRする必要がありますが…。 -
JR阿波池田駅
JR徳島駅から1時間15分程で到着です。
徳島県三好市池田町サラダにある、JR四国の土讃線と徳島線が分岐・合流する「四国のへそ」に当たるターミナル駅で、「にし阿波」観光の拠点になります。
「サラダ」は珍地名として知られ、更田=更の田んぼ=新田という意味です。また、この地域には、「サラダ」をはじめ16ものカタカナ地名が存在します。しかし、元々は漢字表記だったそうです。
では、どんな経緯で漢字からカタカナに替えられたのでしょうか?
この地域は江戸時代からタバコの葉の生産・加工で栄え、商人たちは大都市の問屋に出向きました。明治時代初期、商人たちが大都会で斬新なカタカナの看板を見て、それをカッコいいと思い、地名に取り入れたそうです。つまり、珍地名「サラダ」は、文明開化の置き土産と言えます。 -
JR阿波池田駅
ここからは、四国交通「秘境 西祖谷ツアー」の前後で池田町を散策した様子をレポします。
かつて甲子園高校野球大会で「さわやかイレブン」や「やまびこ打線」でその名を全国に轟かせた池田高校は、「ウエノ(上野)」という高台の見晴らしの良い場所に聳え、駅前からも見られます。正面の小高い丘の上にある5階建ての白い校舎がそれです。
その上の遥か高台にも民家が建てられています。このように山と共にある集落を徳島県西部地方では「そらの郷」と呼びます。その代表格が、三好市にある落合集落です。 -
JR阿波池田駅前アーケード街
阿波池田は、知る人ぞ知る隠れた酒処です。南には剣山山系、北には阿讃山脈を臨む山狭の盆地は、酒造りに最適な寒冷地です。年間平均気温は2℃で、この気温は奇しくも酒処新潟と同じです。また、現在の蔵数は5蔵に甘んじますが、最盛期には10蔵以上あり、「四国の灘」と称されるほどでした。
「阿波山田錦」に代表される酒造好適米の産地でもあり、日本三大暴れ川の一つ吉野川の伏流水が滾々と湧き出る名水で知られる地域でもあります。 -
三芳菊酒造
JR阿波池田駅から徒歩5分程の距離にあります。
創業1889(明治22)年の老舗酒蔵です。蔵元の馬宮家は、元々は赤穂藩の武士で江戸時代初期に秀吉の片腕 蜂須賀小六と共に阿波入りしました。三芳菊酒造は、徳島県外では独特の甘さを売りにしていますが、県内では普通酒も販売しており、県内と県外で味覚を違えている点が興味深いです。
2007年には、日本酒愛好団体が銘柄を呑み比べする「純米酒バトル」で最優秀賞に輝くなど、小規模ながら存在感のある酒蔵です。因みに馬宮氏は、バンド「the rotator」のドラマーをされているという異色の杜氏です。 -
三芳菊酒造
阿波池田で有名なのが、「卯建(うだつ)の町並み」です。「うだつ」とは、軒の上に取付けられた小さな隔壁のことです。 元々は防火壁でしたが、次第に装飾性が増し、江戸時代中期には商家の財力を示す富のバロメータとなり、競って豪華なものがつくられるようになりました。「うだつの上がる」という言葉は、ここからきているそうです。池田には、現在27軒のうだつが残されています。
1階は格子造りで角木を透かし、窓や出入口に取り付けています。2階は虫籠窓で、木材を使った窓や練り土に漆喰を塗り、堅牢に造られています。 -
三芳菊酒造
これが「うだつ」です。
その瓦には「三芳」の銘が入れられています。 -
三芳菊酒造
酒=清水ということで波が随所にあしらわれ、よく見ると出世魚の鯉も泳いでいます。 -
三芳菊酒造
蔵の一画には、築300年以上経た三好市指定文化財の武家門と江戸時代後期に建て直された武家屋敷が残されています。
この武家門は、一国一城制でお城が壊された後、池田の統治に当たった藩士の館の門です。残念ながら、杉玉が下げられた門は閉ざされていました。 -
まちかど資料館
旧市街で比較的大きな区画を占める「まちかど資料館」です。
現在は改修工事のためシートで覆われています。通常は催事会場やギャラリーになっている関係で見学ができないことも多く、見学には事前予約が必要のようです。
江戸時代の阿波国は藍作が主要な産業でした。木綿が急速に広まったと共に、木綿の染料である藍の需要も高まったのです。吉野川が生み出した肥沃な平野で生産された阿波の藍は品質に優れていたため、江戸や大坂をはじめ全国に販売されました。そこに目を付け、徳島藩は藍の専売制を行ないました。藩は、その他にも阿波の塩やタバコも専売品にし、主要産業としました。 -
まちかど資料館
正面の連子格子と接する外壁に嵌め込まれた板が注目のポイントです。
欅板の「節穴」がこのように埋められています。おへそを彷彿とさせますが、「良い商家の証」だそうです。表札には「真鍋」と書かれています。 -
蔦家住宅
本町筋の一画には、甲子園高校野球大会でその名を馳せた池田高校野球部の故 蔦文也監督の住宅が健在です。甲子園で優勝3回、準優勝2回を成し遂げられた名監督さんでした。
立派な建屋です。現在も「蔦文也」の表札が掛けられています。 -
蔦家住宅
蔦家もかつてはタバコ業者として繁栄していた豪商で、うだつの上がった立派なお宅です。蔦家のうだつは、池田では珍しい切妻型をしています。
うだつの装飾の違いを見比べて巡るのも趣があります。 -
蔦家住宅
幅も広いですが、奥行もすごいです。
このように屋敷全体を写真に収めることができるのは、周りが空き地になっているためです。競うように「うだつ」を並べていた家だったのではないでしょうか? -
有形文化財指定
表札を見つけられなかったのですが、有形文化財のプレートが嵌め込んでありました。
江戸~明治時代にかけ、繁栄を極め、競うようにうだつの民家を建築した阿波池田のタバコ商人は、やがて激震に襲われます。日露戦争の戦費調達のため、明治政府はタバコの収納管理から製造販売、製品の輸入に至るまで専売制を拡張しました。その煽りで池田の商人は事業の中止に追い込まれ、廃業や異業種への転換を余儀なくされました。比叡山彷徨では煙草王の凋落をレポしましたが、四国の真ん中にも似たような政府主導の残酷な歴史があったとは吃驚ポンです。
かつて池田には100軒を越える民営タバコ工場があり、吉野川を下ってタバコを運んだのが「平田船」です。池田では、「船いっぱいのたばこで蔵が一軒建つ」と言われたほどでした。今も残るうだつのある商家の佇まいが、かつての繁栄を偲ばせます。 -
有形文化財指定
「うだつ」の瓦には、亀甲に五三の桐紋があります。
亀甲紋は、元々は出雲大社の神紋で、南北朝時代頃から家紋として用いられるようになり、室町時代の家紋集『見聞諸家紋』には「藤民部」という人物が「亀甲に桐紋」を使用していたとあります。
いずれにしても由緒ある家柄ということなのでしょう。 -
阿波池田うだつの家・たばこ資料館(旧真鍋家住宅)
この辺りが旧市街地の中心部になります。かつての繁栄を偲ばせる袖卯建を従えた旧家が、新しい家々に挟まれながら共存しています。徳島藩では、藍や塩、砂糖、タバコを専売品として栄えました。「かか巻き」、「とと切り」と言うように、特産のタバコの葉を女性が手で巻き、男性が刃物で切り刻み、タバコにして行商して歩き回りました。この阿波池田は、交通の要衝でもあり、特にタバコの集積地として栄えました。
旧街道沿いに発展した古風な佇まいは、どことなく寂しげで、もの思いに耽りたくなる町並みです。 -
阿波池田うだつの家・たばこ資料館(旧真鍋家住宅)
幕末~明治時代にかけて繁栄した真鍋家の母屋とタバコ工場を、「たばこ歴史資料館」として保存しています。百年以上経過した今でも、往時の繁栄振りを偲ばせる住宅です。 -
阿波池田うだつの家・たばこ資料館(旧真鍋家住宅)
旧真鍋家のうだつの瓦には、「丸に蔦」の家紋が入れられています。 -
阿波池田うだつの家・たばこ資料館(旧真鍋家住宅)
現在、2階は市民ギャラリーとして開放され、奥にある旧タバコ工場ではタバコ産業に係わる様々な資料を展示しています。往時は100人以上の従業員が働いていたそうです。また、「真鶴」や「あやめ」、「富貴煙」、「ききょう」、「わかば」、「ハイライト」などのタバコのパッケージは、この池田町で作られたものだったそうです。 -
旧かねき
旧真鍋家の左にある板垣を挟んだお隣は、現在カフェになっています。
元々は「かねき」という屋号を持つ商家で、タバコを巻く紙を裁断するのを家業としていたそうです。 -
旧かねき
軒下には、屋号を表す「き」の透かし彫りがあります。 -
黒木家住宅
屋根の上には大きな鯱鉾が載せられています。
玄関に杉玉が下げられていますので、酒造に関わっておられる家なのかもしれません。表札には「黒木」とありました。 -
大坂酒店
元々は、酒造をされていたそうです。
池田町史によると、池田の酒づくりは江戸時代に遡り、松屋、頭師、喜多屋の3家が酒造を行っていたようです。その後、明治29年に三芳菊酒造、明治35年に入江酒造、明治36年に大坂酒店、明治42年に真野武酒造、大正15年に中和商店が酒造りをはじめています。酒造りの水はどちらも、桂林寺の井戸水を使用していたそうです。 -
JR阿波池田
ぐるりと一周して駅まで帰還しました。
アーケード街の先では、山車に乗った子供たちが哀愁のあるおはやしを奏でています。
この続きは、桐葉知秋 阿波紀行⑧秘境 西祖谷<前編>でお届けいたします。
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