2017/10/11 - 2017/10/11
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belleduneさん
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長門牧場から美ヶ原高原までの中央分水嶺も最終回となりました。最終地の美ヶ原高原は初めてだと思いますが、20年ほど前に、美ヶ原高原美術館に行った記憶があります。このところ、夏のような強い日差しで、寒いということはありませんでした。最後まで雨が降らず、お天気に恵まれた行程でした。例年ならこの時期は寒くて、薄いダウンでも良いような気候だそうです。
広い台地(塩くれ場)に牛が放牧されて、黙々と脇目も振らず、草を食んでいました。
この辺りは、第四紀の火山で、盾城火山とその溶岩台地と考えられていたそうです。現在は、安山岩質の組成を持つ火山の侵食地形となっています。最高峰は王ヶ頭(2034m)で、山頂付近は平坦な台地状です。平安時代から放牧地として利用されていたんですね。
- 旅行の満足度
- 5.0
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扉峠から茶臼山を超えて行きます。本当に日差しが強くて、背中が痛い位でした。東京は真夏のような気温だったようですね。
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ナデシコがまだ咲いていました。
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秋の雲が綺麗でした。
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やっと茶臼山山頂です。
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山頂辺りの景色です。
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向こうに美ヶ原高原の台地が見えて来ました。
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板状節理が見られる一体です。
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薄く板のようなところからこの名前が付いたのですね。
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美ヶ原高原で見つけた最後のマツムシソウです。
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美ヶ原高原の放牧された牛たちを見つけました。広い台地で遮るものがないので、この辺りは、風が強いです。
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明治42年(1909)に美ヶ原牧場として利用が始まります。
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昭和5年(1930)に頂上に登山者のための山本小屋が開業します。
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塩くれ場の名前の由来は、昭和45年頃に牧区が整備されるまでは、この辺りの平らな石の上に牛馬に塩を与えたところから来ています。
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2回ほど登り降りがきつい箇所がありましたが、5回目からは足が大分慣れて来て、何とか歩くことができました。
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昭和29年(1954)に「美しの塔」が遭難防止の道標、避難所として建設されます。現在のこの塔は、昭和56年(1981)に建替されたものです。高さ6mで、鉄平石で造られた塔には、尾崎喜八の詩「美ヶ原溶岩台地」が刻まれています。
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秋の空に浮かぶ雲を目に焼き付けて、良い山歩きの1日でした。
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昭和32年(1957)に山頂まで林道が開通し、昭和56年(1981)にはビーナスラインが開通し、美ヶ原高原美術館が開館しています。
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