2017/09/22 - 2017/09/22
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redchilipadiさん
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ベトナム中部の古都フエ。19世紀にベトナムを統一した王朝、グエン朝の都で、世界遺産に登録されています。
南北に分かれて争ったベトナム戦争の激戦地であり、
その後の水害などでも被害を受け、
王宮の80%は消失したとのことですが、再建プロジェクトが地道に続けられ、
往時の姿を、今、とり戻しつつあります。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 航空会社
- ベトナム航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今回はホテルのシャトルを利用してフエを訪れました。
ランコーのホテルからフエまで約1時間。
フエの町の中心を流れるパヒューム・リバー(香河)。
王宮前のフースアン橋(C?u Phú Xuân)のたもとにある
小さな広場にバスは停車。
観光客はそこから歩いて王宮に向かいます。
まずは、外堀にかかる橋をわたり、ガン門をくぐって王宮の敷地内へ。 -
阮朝王宮 (Dai Noi (Imperial Palace))の案内図で全体像をつかみます。
中国の故宮をモデルにしているとのこと。
午門に続き、政治を行う太和殿があり、
その向こうに壁に囲まれた紫禁城がある、、、構造は似ています。 -
王宮の入り口すぐのところにある、フラグタワー。
遠くからでも見えるこの旗を目指していけば、間違いありません。
(ガン門からシクロの運転手さんが、王宮の入り口まで遠いから乗っていかないか? と、さかんに声をかけてくるのですが、徒歩3分くらい。十分に歩ける距離です。)
このフラグタワー広場の一角に、チケットブースがあります。
チケットを購入して入城。 -
内堀をわたり、王宮の南の門、正門である「午門」へ向かいます。
左右対称の建物。均整の取れた美しい門。
2017年9月、修復工事はすっかり完了。
1999年代に一度フエを訪れているのですが、
その当時は、まだこのように整っていなかったように記憶しています。 -
午門には、入り口が3つあります。
中央の黄色の扉の門が、皇帝専用の門。
黄色はロイヤルカラーです。
当時、武官や文官用が使った左右の門。男性のみ通行可だったそうです。
今は、男女問わず観光客がくぐります。 -
石組みのどっしりとした午門の上には、「五鳳凰樓」。
中央は焼成煉瓦の明るい瓦、両側は、深緑のセラミックの瓦。
そして、漆黒の壁が続きます。
オリジナルの門は1833年に建造。 -
屋根の上の装飾は、鳳凰が一杯。
「五鳳凰樓」と呼ばれていますが、5体どころではない。
五は、鳳凰の数ではなく樓の数です。 -
午門を潜り抜けると、正面に小さな池が二つ。
池には鯉がたくさんいます。
その間の「金水橋」を進みます。
この写真は、「金水橋」を渡り、午門を振り返ったところ。 -
午門の先には、朝廷義式や政治を行う「太和殿」
建物内は非常にきらびやか。朱塗りに金の装飾が施された柱が居並びます。
天蓋つきの玉座もあります。(神聖な場所なので写真は撮れません) -
太和殿の屋根は、ひときわ明るいオレンジの瓦。
屋根の上のドラゴンの装飾も一層華やか。
彫刻のように見えますが、よく見ると、セラミック製です。
屋根のすぐ下の細長い壁に、独特の四角いパネルが並んでいます。
これもセラミック製。
この辺りは、中国とは少し異なる風情。 -
太和殿は、ベトナム戦争中に全て破壊されたのだそうですが、
1970年に再建されたのだそうです。(創建は1804年) -
ランタンのような装飾が並んでいます。
遠くから見ると、御簾のようにも見えます。 -
反対側(裏側)から見た太和殿。
太和殿の屋根は、正面から見るとオレンジ色でしたが、
裏側はこのように暗い茶色。
細長い建物がふたつ、平行に建てられ、連結されているのだそうです。
ベトナム独特の建築様式。(二棟造り) -
大和殿の裏手に広がる四方形の広場。
低層の回廊に取り囲まれています。 -
太和殿から広場に出ると、両側に官吏の詰め所が、左右対称に配置されています。
向かって左が右廡、右が左廡。
この写真は右廡。武官の詰め所。 -
この写真は左廡。文官の詰め所。
ひとつ前の写真、武官の詰め所である、右廡と向かい合っています。
左廡、右廡ともほぼ同じ造り。
(2枚の写真はよく見ると中央の白い看板などが違います。) -
右・左廡の建物の壁の装飾。
2層の屋根の間の壁には、長方形のパネルがはめ込まれた装飾。
鮮やかな彩色のセラミックが使われています。 -
太和殿の広場の正面は、壁に遮られています。
壁には小さな門があり、その向こう側は紫禁城。
皇帝のプライベートエリアです。
この先は、全てが改修されているわけではありません。
荒れたままの領域もまだまだ残っています。
ゆっくりと時間をかけて修復中。 -
紫禁城は、縦342m横308m、高さ約3mの壁に周囲を囲まれている敷地です。
壁の内側に、当時は、皇帝の執務室や居室等の棟が建ち並んでいたそうですが、
今は、それらの建物をつなぐ回廊のみが再建されています。
明るい朱色と金の装飾が施された回廊。華やかな宮廷文化が垣間見られます。
壁だけでなく、天井まで埋めつくされ、見事! -
回廊には、途中が無数の扉があり、緑の庭へそのまま続いています。
今の季節(9月末)、確かに雨が多く、蒸し暑いのは確かなのですが、
観光中、風が適度にあり、いい感じです。 -
先ほどの回路を、外側から見るとこんな感じ。
外からは、中のきらびやかさが想像できないほど控えめな色合い。 -
紫禁城の中に、八角形の東屋
「八角亭」 -
もう少し奥へ進むと、こんな立派な建物も。(再建中)
紫禁城の中央のラインからははずれているので、
勤政殿、乾成殿、坤泰殿ではありません。
(これらの建物は、建物跡の礎石がありました。)
太平御覧書樓(文書館)?かな、と思ったのですが、
ネットで見た太平御覧書樓の写真とは異なります。
沖縄のお城と雰囲気が似ているような気がします。 -
王宮を囲む塀の向こうは、アンサナの並木道が続き、
小さなカフェもあります。
この辺りは、当時は、側近の居住地。 -
王宮入り口近くの両側にたつ伝説の動物。
左右に一対、神社の狛犬のような位置づけ。 -
こちらは、城壁の中にある顕承門。
古い石造りで彩色はありませんが、趣があります。
門は閉ざされています。 -
こちらは、顕仁門の近くの内務府。
現代風の黄色の建物。
消失した紫禁城内の建物群も、いくつかはフランスの影響を受けていたとのこと。 -
王宮の東側の顕仁門。観光客用の出口のひとつです。
門は、装飾過多でごてごてしていますが、
色が抑え気味なので、派手派手しい感じはしません。
顕仁門を出るとすぐ、内濠。
この門をくぐると、タクシーやシクロが待機しています。 -
南北に細長いベトナムの中部。
この地域は、海岸に平行して走る安南山脈が迫り、
海から山の麓まで100㎞ぐらいしかありません。
山から海へ川が横切り、かなり広い扇状地が広がっています。 -
王宮を後にして、タクシーで天女の寺 ティエンムー寺へ。
1999年に訪れた時は、パヒュームリバー下りの舟から直接やってきました。
パフュームリバーの桟橋から、見上げると、
丘の上にパゴタが聳え立つのが見えたのを覚えています。 -
香河(パフュームリバー)のほとり、
丘の上へ急な階段を上り切ったところに、7重の塔が目をひきます。 -
この寺院には、お守りの大亀が祀られています。
少し薄暗いお堂の中に、突然の横たわる亀の像に、ちょっとびっくり。
=====
フエの郊外には、王宮やティエンムー寺以外に、歴代の霊廟が点在していて、
いずれも大変、雰囲気が良いとのこと。
今回のフエ滞在中に、是非足を延ばそうと思っていたのですが、
蒸し暑さに負けてしまい、観光はここまで。ホテルに戻ることにしました。
ガイドさんが、順番に連れってくれるような
現地発1日ツアーに参加すると良かったかな、と後悔しています。
この後、ホテルへ戻るシャトルの時間まで待てず、
緑のタクシーでホテルへ戻りました。運転手さんは英語が得意ではないので、
乗り場近くにいる手配係の女性と料金を確認して。
(ホテルで事前に聞いていた料金と変わらず、大変良心的でした。) -
以下の写真は、
1999年にフエを訪れた時に写したものです。
ティエンムー寺は、20年弱経過した今と変わりはありません。 -
ティエンムー寺の高層、敦厚澄源和尚様の塔。
-
この寺には、もう一人有名なお坊様がいます。
ティック・クアン・ドック僧侶。
1963年、政府の仏教弾圧に抗議して焼身供養を行った僧侶。
彼がサイゴンまで乗った車が展示されています。 -
ティエンムー寺入り口(高台)からパヒュームリーバを眺める景色も、
驚くほど、今(2017年)と変わりはありません。
きっと、グエン王朝の栄えた時代も、こんな感じだったに違いありません。 -
屋根付きボートで水上生活する人々は、
当時はもっと多くみかけたように記憶していますが、
今回(2017年)には、あまり目にしませんでした。
撮影した場所が違うからなのかもしれません。 -
1999年、北緯17度線近くの軍事境界線、DMZに架かる橋が見たくて、
フエを訪れました。
当時、石川文洋氏の「戦場カメラマン」に触発されていました。 -
南北ベトナムの軍事境界線の川の畔に、
記念碑がぽつんと建っていました。
今は、記念館もでき、この界隈一帯を訪れるDMZツアーもあるそうです。 -
ヴィンモクトンネル(Đ?a đ?o V?nh M?c)も訪れました。
この地下壕は、ベトナム戦争当時、住民が、
米軍の爆弾を避けるために掘って暮らしたトンネル。
アメリカ人の年配のカップルが何組か訪れていました。
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