2017/05/28 - 2017/05/31
5545位(同エリア7603件中)
rieさん
数えで米寿の父と山陰ドライブの旅。
60年以上前――独身時代の旅行を懐かしみつつ山陰を旅する父。そのとき同行した友人たちはすでに亡く、父のノスタルジーを想像して私も少し甘い感傷に浸ったりしています。
1日目松江城出雲大社、2日目石見銀山と旅して、3日目の今日は萩市内を観光する予定。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
萩観光ホテルさんの部屋から。
本当にいい景色だった。朝も露天風呂に入りましたが格別でした。
今日は、夕方まで一日、ゆっくりと萩観光の予定です。楽しみ。 -
まずは松陰神社へ。
写真は塾の建物の隣にある、「幽囚の旧宅」。松陰は海外渡航に失敗した後、この一室の三畳半の間に謹慎させられていました。
その部屋の真向かいには、今、松陰神社の立派な鳥居がそびえています。
松陰が何度も外を眺めたはずの窓からの景色――その景色の中に150年後、まさか自分を祀る神社が立とうとは――当時の彼の立場に照らして思えば想像のしようもなかったでしょう。享年たった30歳とか。 -
さて、まだ見るところがいっぱい、次へ急ごうと思って参道を戻りかけると、おや、境内の木にカラフルなものがたくさん結び付けてある! なんだろうと思ったら、傘の形をしたおみくじ。
なんてかわいい! これは見逃せない! ぜひ引いて帰らなきゃともう一度社務所へ戻って引くと、なんと大吉。 -
写真は違うんですが、松陰神社の入り口にある「吉田松陰歴史館」にも行ってきました。萩往還にある松陰記念館とは違うものです。
蝋人形で松陰の生涯の20シーンを描いてます。昔の観光地にありがちな胡散臭さはあるんですが、結果から言うと、松陰に感情移入できてすごく良かったです。 -
この後、境内から脇道を2、3分歩いたところにある、伊藤博文別邸へ。伊藤博文が東京に建てた邸宅を移築したもの。伊藤博文は偉大だけれど成り上がりな人と思っていたので、趣味のいいつくりに驚きました。
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さて、次の訪問地は、松陰神社から車で10分ほど――松陰の墓への道筋にある東光寺です。
ここには、毛利家の墓所がありますが、奇数代藩主の墓だけだそうです。偶数代はなぜか分かれて別のお寺(大照院)にありまして、なにか中国の慣例に基づくものらしいです。
墓地の最奥を仕切った一画、暗い森を背景に、黙祷するがごとく隊列をなす灯篭たち。不思議な静寂を感じる空間でした。 -
背筋もしゃんとして、しっかりした足取りで歩く父。
好奇心も人一倍で、すたすた先へ行ってしまいます。ちょっとほれぼれして写真に収めました。 -
ほとんど誰もいなかったのですが、私たちが門を入る前には、中学生の団体がいて、入れ替わりでした。なかなか礼儀正しく可愛く、父が何度か話しかけていましたが、山口市内から来た子らで、社会見学かなんかの途中だそうでした。
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こちらは同じ東光寺にある、木魚の原型になったとされる魚型の銅鑼?のようなもの。
お堂も立派だったし、よいお寺でした。 -
東光寺からまた車で5分行ったところ、普通の墓地の中に、松陰のお墓があります。ここにはお線香が置いてあって手向けることができ、松陰を身近に感じられます。お墓の写真はちょっと遠慮しました。
写真は、お墓のとなりにある生誕の地。不思議なくらい眺めのよい場所です。藩主がお城を作りたくなるような景色でした。ネットでは見つけられませんでしたが、この前に7~8台分、少し細い道の先にさらに広めの駐車場があります。 -
次に訪れたのは、明倫センター。もともと明倫館のあったところにある、昔の小学校校舎を利用した資料館のような建物です。建物自体は明倫館とは関係ないとはいえ、まさに昭和初期を体感できるすばらしい建物。駐車場も大きく、1日停められます。城下町方面へも歩いていけるので、観光の起点として本当に便利。
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ここは、展示が盛りだくさんだったので、結局思ったより長居してしまい、良かったのか悪かったのか、スライドなんかを見て結構時間がたってしまいました。父は有意義だったと喜んでいましたが、私は外を歩いたほうが良かったな。人によりけりです。まあ、父にとってはよい足休めになったのかもです。
お昼は、近くの「がんこ庵」さんで十割ソバをいただきました。もっと薬効食みたいのかと思っていましたが、普通にのど越しがよくおいしいお蕎麦でした。
ちょうど城下町の方角へ歩いたので、そのまま歩いて城下町へ。 -
見応えのある街並みでした! 菊屋横丁、江戸屋横丁はゆっくりと行きつ戻りつしながら美しい街路を堪能しました。車も来ないし、そぞろ歩きの心持ちにしっくり馴染む道の幅なんですよ! 板塀、生垣……車でなく人が行きかうための、声の届きあう街路です。
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このあと、写真の木戸孝允旧宅などいくつかの家を見学しました。雰囲気重視派なんで、こういう史跡は通りいっぺんに見ちゃう私ですが、木戸孝允旧宅はお風呂とトイレが風呂桶とか便器とか戸とかものすごくちゃんと残っているし、生活をリアルに想像できて面白かったです。間取りも真四角でなくて、二階への階段も不思議な位置についてるし、ちょっと、住みたくなる家でした。
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菊屋家住宅というお金持ちの商家。写真は井戸のある中庭です。
大名屋敷かというほどに豪勢な客間と庭、地下室もある立派な蔵、往時を偲ばせる立派な台所、……もっと載せるべき写真はあったんですけども、雰囲気派の私はここが好き。勝手口から出て、働いていた人の気持ちになって井戸端で空を見上げたりしてみました。ここ舞台にした朝ドラとか、見てみたいです。 -
もっとドラマティックに思えたのは、この、レトロに美しい電話ボックスです。「五番」と書いてあるのは、萩で五番目に引かれた電話だということですね。一番は役場とか二番は病院とか、知らないけど公共機関だったんでしょう。民間では一番だったんじゃないでしょうか。近所の人も何度も頭を下げて、借りに来たことでしょう。誰がどんな電話をかけに来たのやら。
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歩き疲れたので、お茶をしようと歩いていて、ガイドブックや旅行サイトで見た覚えのあるこのカフェをたまたま見つけました。
門も立派だし、玄関まで来ると、普通のお宅みたいでちょっと逡巡……。えい!と思い切って戸を開けると、明るい廊下と緑ゆたかな庭の景色が左手に望めました。まずはソファのような椅子がたくさんある応接室ふうの部屋、その向こうには和室かな? 私たちは勧められて逆側の廊下を進みますと、洋風の、普通のお宅のリビングダイニングのような空間でした。 -
ふたりでコーヒーとケーキをいただきましたが、予想よりはるかにおいしく、ものすごく満足しました。ご自宅で趣味半分になさってる店かと思っていましたが、失礼、コーヒーもケーキも本格的でした。父は庭を眺めながらソファの座り心地の良さにうとうとしはじめたので、ここに父を置いて私は車を取りに戻ることにしました。
父も承諾、ご主人夫婦に話すと気持ちよくどうぞと言ってくださり、ほぼ寝入りかけている父を置いて、私はふたたび明倫センターの駐車場へ。車で戻るとふたたび父を拾って、今日の最後の行程となる萩城址へ。そろそろ日が傾いてきました。 -
萩城址。不思議な地形に作られた城だったようです。海に突き出た小山だなんておとぎ話風だし、指月山という名前も詩的ですよね。
それにしても、大街道沿いでもない山陰の、海と川に挟まった三角州の町・萩に長州藩のお城があったなんて……。異論もあるようですが、幕府に「封じられた」という感は否めません。
最近行った会津城や松江城に比べると、城壁もなんと低く小振りな……と思えてしまいます。 -
しかも城跡に立ってみると、……本丸内の敷地も広いのに、なぜこんなに手前に突き出た場所に天守が……?と思ってしまいます。
もっともこの本丸、三方は海や川に囲まれているし、内堀からの道も複雑だし、昔は広い外堀が城下町の外側にあったみたいですし、……すでにめちゃめちゃ攻めにくそう。
山の上には籠城に備えた詰丸もある、と案内がありました。もちろん上りませんでしたが……。 -
旅から帰った後、城在りし日のこの写真が残っているのを初めて見て、びっくりしました。
なんと、思ったより全然、立派な城ではないですか。まさかこんなに、お堀に乗り出すようにいっぱいに建てられていたとはね! もう少し周りに余裕があって建てられていたんだと思ったので、すごく小さいのを想像してしまっていました。 -
それにしても、私はお城に詳しくないのでわからないのですが、本丸の中に普通の家とか塀のある庭とか池とか橋とか……こんなにあるのって普通なんでしょうか。普通の村みたいで面白かったです。
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さっきの橋を渡って階段を上ると、毛利家代々の藩主を祀っている志都岐山神社があります。指月山をしょってるような位置……ていうか、本丸の中に自然の山があるってやっぱり変わってないですか?
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前後しますが、天守跡を下から見上げたところです。この右に階段もありますが、石の並びも不規則だしなんとも上りにくいところでした。
父の年では当たり前と思いますが、父は「こんな上り道で苦労するなんて、おれも年をとったなあ」と悲しそう。
このあと、共通券で内堀のすぐ外にある旧厚狭毛利家萩邸長屋へ。江戸時代の建物と思えないほどきれいでしっかり保存がされている感じでした。外から覗くだけですが、横に長いので中までよく見ることができます。 -
日が傾いてきましたが、最後にもう一か所、寄り道……鍵曲(かいまがり)です。車で行くのは近隣の方にご迷惑かな…と……思いつつ、高齢の父に免じて許してもらおうとこっそり出かけたわけです。途中でものすごく小さな、クラシカルデザインの石橋も車で渡りました――平安橋という橋で、明らかに江戸時代のものです。これ文化財じゃないんですか……? 本当に車で通っていいんだ?!
盛りだくさんの一日の観光を終えて、今日の宿へ向かいます。
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旅行記グループ 米寿の父と山陰ドライブ4日間
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