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 横浜市栄区飯島町宮ノ前に鎮座する三嶋神社は元和元年12月12日(1616年1月30日)創建と称せられ飯島村の鎮守として崇敬されて来た。祭神は大山祇命、天照大神、大国主命の3柱である。また、例祭日は9月15日である。<br /> 明治41年(1908年)に神明社と子之神社を合併した。<br /> 拝殿幣殿は大正元年(1912年)に建造され、昭和40年(1965年)に瓦屋根に葺き替えられた。裏に回るとこの瓦屋根にも草木が生え、雨漏りがしような状態である。社殿は築100年を超えており、特にトタン屋根、トタン囲いの覆い屋はもう寿命であろう。<br /> 元治初年(1864年)建造の石燈篭は関東大震災で一基が倒壊して破損したが昭和2年(1927年)に修理復元している。三島神社には狛犬の像はなく、左右の石燈篭の台石にそれぞれ阿吽の唐獅子を彫ってあり、他では見ない珍しいものである。それが、このレリーフ風の狛犬は江戸時代からのものだとしたら価値が高いであろうか。<br /> 鳥居は大正元年(1912年)建造のものを昭和25年に修理したが、昭和53年(1978年)には形を真似て現在の鉄製になった。現在はペンキを塗り替え中である。<br /> 境内には庚申塔などが建ち、拝殿にも唐獅子の飾り瓦が上がっている。<br /> 5年半前の夕暮れに一度参拝している(https://4travel.jp/travelogue/10647472)。拝殿の両袖は雪国の雪囲いのようにビニールトタンで覆い、雨が入るのを防いでいるようだ。<br /> 飯島町の古老と長老に話を伺った。覆い屋には本殿があったが、朽ちたので6年前に廃棄したという。それ以来、覆い屋には本殿がないのだという。聞いたこともない話なので驚いた。では、御神体はどのような状態で覆い屋に収まっているのか?また、神社は山の上にあったのだが、中腹というよりは麓まで下げ、現在の位置にしたのだという。神主も兼務してもらっているとのことで、通常は神主もいない。<br />(表紙写真は三島神社拝殿)

三島神社-2017年秋

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2017/09/21 - 2017/09/21

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 横浜市栄区飯島町宮ノ前に鎮座する三嶋神社は元和元年12月12日(1616年1月30日)創建と称せられ飯島村の鎮守として崇敬されて来た。祭神は大山祇命、天照大神、大国主命の3柱である。また、例祭日は9月15日である。
 明治41年(1908年)に神明社と子之神社を合併した。
 拝殿幣殿は大正元年(1912年)に建造され、昭和40年(1965年)に瓦屋根に葺き替えられた。裏に回るとこの瓦屋根にも草木が生え、雨漏りがしような状態である。社殿は築100年を超えており、特にトタン屋根、トタン囲いの覆い屋はもう寿命であろう。
 元治初年(1864年)建造の石燈篭は関東大震災で一基が倒壊して破損したが昭和2年(1927年)に修理復元している。三島神社には狛犬の像はなく、左右の石燈篭の台石にそれぞれ阿吽の唐獅子を彫ってあり、他では見ない珍しいものである。それが、このレリーフ風の狛犬は江戸時代からのものだとしたら価値が高いであろうか。
 鳥居は大正元年(1912年)建造のものを昭和25年に修理したが、昭和53年(1978年)には形を真似て現在の鉄製になった。現在はペンキを塗り替え中である。
 境内には庚申塔などが建ち、拝殿にも唐獅子の飾り瓦が上がっている。
 5年半前の夕暮れに一度参拝している(https://4travel.jp/travelogue/10647472)。拝殿の両袖は雪国の雪囲いのようにビニールトタンで覆い、雨が入るのを防いでいるようだ。
 飯島町の古老と長老に話を伺った。覆い屋には本殿があったが、朽ちたので6年前に廃棄したという。それ以来、覆い屋には本殿がないのだという。聞いたこともない話なので驚いた。では、御神体はどのような状態で覆い屋に収まっているのか?また、神社は山の上にあったのだが、中腹というよりは麓まで下げ、現在の位置にしたのだという。神主も兼務してもらっているとのことで、通常は神主もいない。
(表紙写真は三島神社拝殿)

  • 三島神社掲示板。

    三島神社掲示板。

  • 三島神社鳥居。鉄製で赤いペンキを塗り替え中だ。

    三島神社鳥居。鉄製で赤いペンキを塗り替え中だ。

  • 三島神社参道。幟を掲げるポールが高い。

    三島神社参道。幟を掲げるポールが高い。

  • 三島神社常夜燈。狛犬の像はない。

    三島神社常夜燈。狛犬の像はない。

  • 常夜燈の基台に狛犬のレリーフ。江戸時代からあるというから、誰も子供の頃に狛犬に跨ることはなかったのだろう。

    常夜燈の基台に狛犬のレリーフ。江戸時代からあるというから、誰も子供の頃に狛犬に跨ることはなかったのだろう。

  • 常夜燈の基台に狛犬のレリーフ。

    常夜燈の基台に狛犬のレリーフ。

  • 「宗教法人 三島神社<br />鎮座地 横浜市戸塚区飯島町宮ノ前二一四六<br />御祭神 大山祇命 天照大神 大国主命<br />例祭日 九月十五日<br />当社は 元和元年十二月十二日創建と称せられ飯島村の鎮守として崇敬されて来た<br />明治四十一年七月十四日附け神奈川県指令第三一三○号を以って許可を得<br />無格社神明社及び同子之神社の両社を合併せり<br />社格の沿革 明治六年十二月村社に列せられ大正十五年九月十四日神奈川県告示第三八三号を以って神饌幣帛料供進神社に指定せらる<br />社殿工作物 拝殿幣殿大正元年建造昭和四十年瓦屋根に改造す<br />鐘楼 鐘は明和元年鋳造であったが大東亜戦争の為徴発を受け昭和十九年供出す<br />石燈篭 元治初年建造大正十二年関東大震災には左一基は倒壊し傘及び火袋は破損す昭和二年修理復元す<br />鳥居 大正元年建造昭和二十五年修理し昭和五十三年同形で鉄材により改造し現在に至る<br />織 枠 織竿 昭和十二年新調す<br />太鼓橋 参道右左水田の埋め立てが進み昭和四十四年盛土工事の際撤去す<br />樹木明治十二年記録に社地中老松五株有り蓋し四百年余のものなりと有り<br />この末も台風で倒れ害虫の被害を受け昭和四十六年には姿を消した<br />銀杏 大正四年昭和四年境内に植える(御大典記念)<br />  昭和五十六年九月吉日<br />    氏子中」<br />注、現在は栄区に分区している。元和元年十二月十二日は1616年1月30日、明治四十一年は1908年、明治六年は1873年、大正十五年は1926年、大正元年は1912年、昭和四十年は1965年、明和元年は1764年、昭和十九年は1944年、元治初年は1864年、大正十二年(関東大震災)は1923年、昭和二年は1927年、昭和二十五年は1950年、昭和五十三年は1978年、昭和十二年は1937年、昭和四十六年は1971年、大正四年は1915年、昭和四年は1929年、昭和五十六年は1981年である。<br />樹木 明治(スペース抜け)。

    「宗教法人 三島神社
    鎮座地 横浜市戸塚区飯島町宮ノ前二一四六
    御祭神 大山祇命 天照大神 大国主命
    例祭日 九月十五日
    当社は 元和元年十二月十二日創建と称せられ飯島村の鎮守として崇敬されて来た
    明治四十一年七月十四日附け神奈川県指令第三一三○号を以って許可を得
    無格社神明社及び同子之神社の両社を合併せり
    社格の沿革 明治六年十二月村社に列せられ大正十五年九月十四日神奈川県告示第三八三号を以って神饌幣帛料供進神社に指定せらる
    社殿工作物 拝殿幣殿大正元年建造昭和四十年瓦屋根に改造す
    鐘楼 鐘は明和元年鋳造であったが大東亜戦争の為徴発を受け昭和十九年供出す
    石燈篭 元治初年建造大正十二年関東大震災には左一基は倒壊し傘及び火袋は破損す昭和二年修理復元す
    鳥居 大正元年建造昭和二十五年修理し昭和五十三年同形で鉄材により改造し現在に至る
    織 枠 織竿 昭和十二年新調す
    太鼓橋 参道右左水田の埋め立てが進み昭和四十四年盛土工事の際撤去す
    樹木明治十二年記録に社地中老松五株有り蓋し四百年余のものなりと有り
    この末も台風で倒れ害虫の被害を受け昭和四十六年には姿を消した
    銀杏 大正四年昭和四年境内に植える(御大典記念)
      昭和五十六年九月吉日
        氏子中」
    注、現在は栄区に分区している。元和元年十二月十二日は1616年1月30日、明治四十一年は1908年、明治六年は1873年、大正十五年は1926年、大正元年は1912年、昭和四十年は1965年、明和元年は1764年、昭和十九年は1944年、元治初年は1864年、大正十二年(関東大震災)は1923年、昭和二年は1927年、昭和二十五年は1950年、昭和五十三年は1978年、昭和十二年は1937年、昭和四十六年は1971年、大正四年は1915年、昭和四年は1929年、昭和五十六年は1981年である。
    樹木 明治(スペース抜け)。

  • 手水鉢。

    手水鉢。

  • 石段左側の石碑群。

    石段左側の石碑群。

  • 手水鉢に石燈篭の傘を載せた?

    手水鉢に石燈篭の傘を載せた?

  • 庚申塔(寛文13年(1673年)銘)。三猿は表面、右側面、左側面に分割されている。。

    庚申塔(寛文13年(1673年)銘)。三猿は表面、右側面、左側面に分割されている。。

  • 寛文13年(1673年)銘)。

    寛文13年(1673年)銘)。

  • 「飯嶋村中」。

    「飯嶋村中」。

  • 「月山・湯殿山・羽黒山 供養」(明治10年(1877年)銘)。

    「月山・湯殿山・羽黒山 供養」(明治10年(1877年)銘)。

  • 「月山・湯殿山・羽黒山 供養」(明治10年(1877年)銘)。<br />これと同じ碑が「上倉田南」バス停にある。

    「月山・湯殿山・羽黒山 供養」(明治10年(1877年)銘)。
    これと同じ碑が「上倉田南」バス停にある。

  • 「廿三夜供養塔」(明治7年(1874年)銘)。

    「廿三夜供養塔」(明治7年(1874年)銘)。

  • 明治7年(1874年)銘。

    明治7年(1874年)銘。

  • 石段右側の石碑群。

    石段右側の石碑群。

  • 「堅牢地神」(明治6年(1873年)銘)。

    「堅牢地神」(明治6年(1873年)銘)。

  • 「三十夜供養塔」(明治33年(1900年)銘)。

    「三十夜供養塔」(明治33年(1900年)銘)。

  • 「廿三夜供養塔」(安政3年(1856年)銘)。

    「廿三夜供養塔」(安政3年(1856年)銘)。

  • 階段。

    階段。

  • 「奉納」ステンレス製板。

    「奉納」ステンレス製板。

  • スタジイ。

    スタジイ。

  • 子供神輿倉。

    子供神輿倉。

  • 三島神社拝殿。

    三島神社拝殿。

  • 三島神社拝殿の屋根に上がる唐獅子の飾り瓦。

    三島神社拝殿の屋根に上がる唐獅子の飾り瓦。

  • 三島神社拝殿の屋根に上がる唐獅子の飾り瓦。

    三島神社拝殿の屋根に上がる唐獅子の飾り瓦。

  • 三島神社拝殿の龍の彫刻。

    三島神社拝殿の龍の彫刻。

  • 三島神社拝殿の木鼻彫刻。

    三島神社拝殿の木鼻彫刻。

  • 三島神社拝殿の木鼻彫刻。

    三島神社拝殿の木鼻彫刻。

  • 三島神社拝殿に掛る「三島神社」の扁額。

    三島神社拝殿に掛る「三島神社」の扁額。

  • 「参拝の作法」。

    「参拝の作法」。

  • 三島神社拝殿の鈴。

    三島神社拝殿の鈴。

  • 三島神社拝殿高覧の彫刻。

    三島神社拝殿高覧の彫刻。

  • 覆い屋。

    覆い屋。

  • 三島神社拝殿高覧の彫刻。

    三島神社拝殿高覧の彫刻。

  • 覆い屋。

    覆い屋。

  • 三島神社拝殿と覆い屋。

    三島神社拝殿と覆い屋。

  • 三島神社拝殿屋根に生えた木。

    三島神社拝殿屋根に生えた木。

  • 三嶋神社弁財天。

    三嶋神社弁財天。

  • 三嶋神社弁財天の祠。

    三嶋神社弁財天の祠。

  • 「三嶋神社弁財天由来記」。

    「三嶋神社弁財天由来記」。

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