2017/08/15 - 2017/08/15
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ドクターキムルさん
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上野の東京国立博物館の平成館1Fにある考古室を覗いてみた。春にはスルーしたから今年の正月以来だ。今日の考古室は夏休みとお盆休みで親子連れが多い。その中で、展示替えがなされて、蕨手刀(わらびてとう)が並べて展示してある。山形県の田舎の資料館(高畠町郷土資料館)にでさえも蕨手刀が展示されていたが、ここ東博ではアイヌの展示物に蕨手刀が展示されたことがあるくらいか。ここ東博に蕨手刀の所蔵がないなどということは有り得ないことである。国宝や重要文化財などの指定もない錆付いた蕨手刀など展示したくなかったのだろう。あるいは、刀剣女子の奇をてらって蕨手刀を展示しているのか?
それにしても長年の胸のつっかかりが取れた気がする。
(表紙写真は蕨手刀)
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「武装の変革-蕨手刀-」。
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蕨手刀。
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蕨手刀。上は模造品。
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3振りの一番下の蕨手刀には研いだ痕が。
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金銭 開基勝宝。
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皇朝十二銭。
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富本銭。
富本銭(ふほんせん)は、和銅元年(708年)に発行された和同開珎より年代は古い銭貨で、天武天皇12年(683年)頃に飛鳥でつくられたと推定される。
富本銭は、元禄7年(1694年)発行の『和漢古今寳泉図鑑』に「富夲銭」として登場し、寛政10年(1798年)に刊行された古銭目録『和漢古今泉貨鑑』に、「富本七星銭」として図柄付きで載っており、昔から貨幣研究家の間では知られていた。『和漢古今泉貨鑑』を刊行した朽木昌綱(寛延3年(1750年)~享和2年(1802年))は富本銭を「古寳銭」と分類し、「夲」は「本」字の代わりに使用されたものであると指摘している。富本銭を含む朽木昌綱の収集品は、幕末に鉄砲の対価としてドイツ人に売却されたとされていたが、1999年に大英博物館に収蔵されているのが発見された。
「本」ではなく、「大」に「十」の「夲」と刻まれているから、富夲銭(ふとうせん)と読むべきか? -
和同開珎。
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