2017/08/13 - 2017/08/13
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ドクターキムルさん
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東京都江東区富岡にある深川不動尊は真言宗智山派のお寺であり、成田山 東京別院 深川不動堂という。千葉県成田市にある成田山新勝寺の東京別院である。通称は深川不動尊、深川不動堂である。成田山新勝寺はNHKの「ブラタモリ」などでも紹介され、小さなお堂のお寺だった新勝寺が本堂の改築の度に伽藍が大きくなり、現在に至っている。その要因は江戸での成田不動の「出開帳」であった。
江戸時代の始め、歌舞伎役者・市川團十郎が、不動明王が登場する芝居を打って人気を博した。そして市川團十郎は「成田屋」と呼ばれるようになる。このため、江戸っ子の町人のあいだでは成田山の不動明王を拝観したいという気運が高まった。これを受けて、元禄16年(1703年)、1回目の成田不動の「出開帳」(現代風にいえば「秘仏特別公開」)が富岡八幡宮の別当・永代寺で開かれた。これが深川不動堂の始まりである。江戸における成田不動の出開帳は安政3年(1856年)まで、江戸時代を通じて12回行われたが、そのうち11回は深川永代寺が会場となった。
永代寺は明治維新後、神仏分離令により廃寺となり、旧境内は深川公園となった。しかし不動尊信仰は止むことがなく、明治11年(1878年)に東京府により、現在の場所に成田不動の分霊を祀り「深川不動堂」として存続することが認められた。明治14年(1881年)に本堂が完成した。その後、本堂は関東大震災、東京大空襲と二度にわたって焼失したが、本尊は焼失を免れた。永代寺は門前にあった塔頭・吉祥院が明治29年(1896年)に再興され、名跡を継いでいる。なお、地名「門前仲町」は「永代寺の門前町」という意味である。東京メトロ東西線と都営地下鉄大江戸線の駅名にもなっている。
(表紙写真は深川不動尊本堂)
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