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旅の行程<br />5月11日 椿泊、日和佐浦<br />5月12日 吉良川、奈半利、土居廓中<br />5月13日 佐川、いの<br /><br />高知県安芸郡奈半利町は、室戸岬北西の国道55号線(土佐浜街道又は土佐東街道)沿いに位置する町で、承平5年(935年)頃に書かれたと言われる日本最古の「土佐日記」に、『けふはこのなはのとまりにとまりぬ(今日はこの那波の泊に泊りぬ)』と、作者の紀貫之が記した一節が見られるように、早くから開けていたことが窺われます。<br /><br />土佐浜街道(土佐東街道)は、徳島藩が整備した阿波五街道の一つで、徳島から由岐、日和佐などを通り、高知県の甲浦から室戸、安芸などを経て高知に至る海沿いの道で、その大部分は現在の国道55号線と重複しています。<br /><br />それよりも以前に奈半利の発展を支えたものに、すでに養老年間(718年頃)には官道として通っていたと言われる野根山街道があげられます。<br /><br />野根山街道は、奈半利で土佐浜街道から分岐して、現在の東洋町野根までを尾根伝いに結んだ約40kmの山道で、古くは国司や流人の移動の道、また、江戸時代には参勤交代の道として利用されたほか、幕末には中岡慎太郎らの脱藩の道として重要な役割を果たしました。<br /><br />これら街道の要衝に位置していたこともあって、奈半利は産業面でも発展を見せ、製糸業、魚梁瀬(やなせ)杉に代表される製材業などで栄えたほか、漁業や農業も盛んに行われました。<br /><br />平成14年に開通した土佐くろしお鉄道阿佐線(愛称:ごめん・なはり線)の終着駅である奈半利駅東側の、土佐浜街道や野根山街道一帯には、歴史の重みを感じさせる伝統的な様式の町家が点在する町並みが広がっています。<br /><br />土佐漆喰の白壁に何段にも取り付けられた水切り瓦のある町家や、海岸や川原から運んできた自然石を積み上げた、「いしぐろ」と呼ばれる石積塀をめぐらせた町家など、この地方独特の姿を留める町並みは、今も日常生活の場として利用されており、観光目的で整えられた町にはない、活きた息吹きが感じられます。

2017 徳島・高知の旅 4/7 奈半利 (2日目)

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2017/05/11 - 2017/05/13

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nao

naoさん

旅の行程
5月11日 椿泊、日和佐浦
5月12日 吉良川、奈半利、土居廓中
5月13日 佐川、いの

高知県安芸郡奈半利町は、室戸岬北西の国道55号線(土佐浜街道又は土佐東街道)沿いに位置する町で、承平5年(935年)頃に書かれたと言われる日本最古の「土佐日記」に、『けふはこのなはのとまりにとまりぬ(今日はこの那波の泊に泊りぬ)』と、作者の紀貫之が記した一節が見られるように、早くから開けていたことが窺われます。

土佐浜街道(土佐東街道)は、徳島藩が整備した阿波五街道の一つで、徳島から由岐、日和佐などを通り、高知県の甲浦から室戸、安芸などを経て高知に至る海沿いの道で、その大部分は現在の国道55号線と重複しています。

それよりも以前に奈半利の発展を支えたものに、すでに養老年間(718年頃)には官道として通っていたと言われる野根山街道があげられます。

野根山街道は、奈半利で土佐浜街道から分岐して、現在の東洋町野根までを尾根伝いに結んだ約40kmの山道で、古くは国司や流人の移動の道、また、江戸時代には参勤交代の道として利用されたほか、幕末には中岡慎太郎らの脱藩の道として重要な役割を果たしました。

これら街道の要衝に位置していたこともあって、奈半利は産業面でも発展を見せ、製糸業、魚梁瀬(やなせ)杉に代表される製材業などで栄えたほか、漁業や農業も盛んに行われました。

平成14年に開通した土佐くろしお鉄道阿佐線(愛称:ごめん・なはり線)の終着駅である奈半利駅東側の、土佐浜街道や野根山街道一帯には、歴史の重みを感じさせる伝統的な様式の町家が点在する町並みが広がっています。

土佐漆喰の白壁に何段にも取り付けられた水切り瓦のある町家や、海岸や川原から運んできた自然石を積み上げた、「いしぐろ」と呼ばれる石積塀をめぐらせた町家など、この地方独特の姿を留める町並みは、今も日常生活の場として利用されており、観光目的で整えられた町にはない、活きた息吹きが感じられます。

同行者
一人旅
交通手段
自家用車 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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  • 奈半利にやって来ました。<br /><br />こちらのお屋敷は大勢の小作人を抱えていた大地主の濱田典弥家住宅です。

    奈半利にやって来ました。

    こちらのお屋敷は大勢の小作人を抱えていた大地主の濱田典弥家住宅です。

  • 左手が懸魚のある主屋で、右手が土蔵です。

    左手が懸魚のある主屋で、右手が土蔵です。

  • 台風の強い風雨から壁面を守る工法として発達した水切り瓦を全身にまとった土蔵です。

    台風の強い風雨から壁面を守る工法として発達した水切り瓦を全身にまとった土蔵です。

  • 濱田典弥家の豪奢な土蔵には、莫大な富を象徴するかの如く、何層もの水切り瓦が取り付けられています。

    濱田典弥家の豪奢な土蔵には、莫大な富を象徴するかの如く、何層もの水切り瓦が取り付けられています。

  • 奈半利の町並みにやって来ました。

    奈半利の町並みにやって来ました。

  • こちらの町家は、土蔵の薬局と呼ばれて親しまれているお宅で・・・

    こちらの町家は、土蔵の薬局と呼ばれて親しまれているお宅で・・・

  • 土蔵を改装した店舗で薬局を営業されています。

    土蔵を改装した店舗で薬局を営業されています。

  • 下見板張りの土塀や瓦を埋め込んだ塀を巡らせた町家です。

    下見板張りの土塀や瓦を埋め込んだ塀を巡らせた町家です。

  • こちらの町家の西側の塀は、「なはりの石塀」として紹介されています。

    こちらの町家の西側の塀は、「なはりの石塀」として紹介されています。

  • 玉石を半分に割って小口を見せて積み上げたものと・・・

    玉石を半分に割って小口を見せて積み上げたものと・・・

  • 玉石をそのままの積みあげたものの、2パターンの「いしぐろ」を見ることが出来ます。

    玉石をそのままの積みあげたものの、2パターンの「いしぐろ」を見ることが出来ます。

  • こちらは土蔵の薬局と呼ばれている東山家住宅の「いしぐろ」です。

    こちらは土蔵の薬局と呼ばれている東山家住宅の「いしぐろ」です。

  • 下見板張りの土塀や瓦を埋め込んだ塀を巡らせた町家の正面外観です。

    下見板張りの土塀や瓦を埋め込んだ塀を巡らせた町家の正面外観です。

  • 奈半利の町並みです。

    奈半利の町並みです。

  • 水切り瓦をまとった土蔵の奥で、鯉のぼりが大空高く泳いでいます。

    水切り瓦をまとった土蔵の奥で、鯉のぼりが大空高く泳いでいます。

  • 「いしぐろ」のある町家が・・・

    「いしぐろ」のある町家が・・・

  • 奈半利の町並みの中に点在しています。

    奈半利の町並みの中に点在しています。

  • こちらは、町の有志の皆さんが立ち上げた集落活動センター「なはりの郷」です。<br /><br />「なはりの郷」は、地元の方々の憩いの場であるだけではなく、奈半利を訪れた観光客のための「観光案内所」としても運営されています。

    こちらは、町の有志の皆さんが立ち上げた集落活動センター「なはりの郷」です。

    「なはりの郷」は、地元の方々の憩いの場であるだけではなく、奈半利を訪れた観光客のための「観光案内所」としても運営されています。

  • こちらの町家は、樟脳(しょうのう)の商いで栄えたお宅です。

    こちらの町家は、樟脳(しょうのう)の商いで栄えたお宅です。

  • こちらの土蔵にも水切り瓦が設けられています。

    こちらの土蔵にも水切り瓦が設けられています。

  • 現在、母屋はカフェ、土蔵はギャラリーとして利用されており、当家の調度品や工芸品などが展示されています。

    現在、母屋はカフェ、土蔵はギャラリーとして利用されており、当家の調度品や工芸品などが展示されています。

  • 妻側に水切り瓦をしつらえた町家。

    妻側に水切り瓦をしつらえた町家。

  • こちらの土蔵は、奈半利町農業協同組合の倉庫として利用されていたものだそうです。

    こちらの土蔵は、奈半利町農業協同組合の倉庫として利用されていたものだそうです。

  • 敷地の外周に「いしぐろ」を巡らせた町家です。

    敷地の外周に「いしぐろ」を巡らせた町家です。

  • こちらの「いしぐろ」は、四角く加工された切り石を基礎に使い、玉石は割って小口を見せるように積んでおられます。

    こちらの「いしぐろ」は、四角く加工された切り石を基礎に使い、玉石は割って小口を見せるように積んでおられます。

  • 妻面には、3段の水切り瓦がしつらえられています。

    妻面には、3段の水切り瓦がしつらえられています。

  • こちらの町家は・・・

    こちらの町家は・・・

  • 旅客や貨物の運送事業で「土佐の交通王」と呼ばれたお宅です。

    旅客や貨物の運送事業で「土佐の交通王」と呼ばれたお宅です。

  • 「土佐の交通王」のお屋敷の周囲にも「いしぐろ」が巡らされています。

    「土佐の交通王」のお屋敷の周囲にも「いしぐろ」が巡らされています。

  • こちらの「いしぐろ」は、玉石をそのまま積み上げておられます。<br /><br />この先に常夜燈があるようなので行ってみます。

    こちらの「いしぐろ」は、玉石をそのまま積み上げておられます。

    この先に常夜燈があるようなので行ってみます。

  • 町並みの外れにある常夜燈。<br /><br />この常夜灯は、奈半利に出入する人々の目印だったそうです。

    町並みの外れにある常夜燈。

    この常夜灯は、奈半利に出入する人々の目印だったそうです。

  • 火袋は、三日月形に加工されています。<br /><br />では、ここで引き返します。

    火袋は、三日月形に加工されています。

    では、ここで引き返します。

  • 「土佐の交通王」のお屋敷裏側の「いしぐろ」には・・・

    「土佐の交通王」のお屋敷裏側の「いしぐろ」には・・・

  • 煉瓦のアーチで縁取られた潜り門が開けられています。

    煉瓦のアーチで縁取られた潜り門が開けられています。

  • 次に見かけたこちらの「いしぐろ」は、大き目の玉石基礎に、小さな玉石をそのまま積み上げておられます。

    次に見かけたこちらの「いしぐろ」は、大き目の玉石基礎に、小さな玉石をそのまま積み上げておられます。

  • こちらの「いしぐろ」は・・・

    こちらの「いしぐろ」は・・・

  • 出隅部分に四角い切り石を積んで補強しています。

    出隅部分に四角い切り石を積んで補強しています。

  • こちらの建物は、平成17年まで操業していた藤村製糸さんの倉庫です。

    こちらの建物は、平成17年まで操業していた藤村製糸さんの倉庫です。

  • 明治時代の酒蔵を移築したこの倉庫は、かつては絹糸の原料になる繭蔵として使っておられたそうです。

    明治時代の酒蔵を移築したこの倉庫は、かつては絹糸の原料になる繭蔵として使っておられたそうです。

  • 脇道の入口に「奈半利の二重柿」と彫られた石標が見えます。<br />二重柿は内皮と外皮の二重構造になっている渋柿で、県の天然記念物に指定されているそうです。<br />

    脇道の入口に「奈半利の二重柿」と彫られた石標が見えます。
    二重柿は内皮と外皮の二重構造になっている渋柿で、県の天然記念物に指定されているそうです。

  • ここにも「いしぐろ」に潜り門を開けた町家があります。

    ここにも「いしぐろ」に潜り門を開けた町家があります。

  • 「いしぐろ」を巡らせた町家。

    「いしぐろ」を巡らせた町家。

  • 水切り瓦のある土蔵造りの町家。

    水切り瓦のある土蔵造りの町家。

  • こちらの煉瓦造りの建物は、寛政7年(1795年)創業の奈半利を代表する豪商の煉瓦蔵です。

    こちらの煉瓦造りの建物は、寛政7年(1795年)創業の奈半利を代表する豪商の煉瓦蔵です。

  • こちらの町家がその豪商の主屋です。

    こちらの町家がその豪商の主屋です。

  • 平成23年に起きた東日本大震災をきっかけに、津波被害に対する関心が全国的に高まった日本では、今後発生すると予測されている「南海トラフ地震」を想定した津波被害のシミュレーションが公表されました。<br /><br />この「奈半利町4号津波避難タワー」もそのシミュレーションに基づいて設置されたようです。<br /><br />では、津波避難タワーに上らせてもらって、町の様子を観察します。

    平成23年に起きた東日本大震災をきっかけに、津波被害に対する関心が全国的に高まった日本では、今後発生すると予測されている「南海トラフ地震」を想定した津波被害のシミュレーションが公表されました。

    この「奈半利町4号津波避難タワー」もそのシミュレーションに基づいて設置されたようです。

    では、津波避難タワーに上らせてもらって、町の様子を観察します。

  • 津波避難タワーから間近に見た豪商の煉瓦蔵です。<br /><br />明治時代後期の建築と伝えられているこの煉瓦蔵は、現在、外壁が鉄枠で補強されています。

    津波避難タワーから間近に見た豪商の煉瓦蔵です。

    明治時代後期の建築と伝えられているこの煉瓦蔵は、現在、外壁が鉄枠で補強されています。

  • 屋根は寄棟造の和瓦葺きです。

    屋根は寄棟造の和瓦葺きです。

  • 津波避難タワーから見た町の様子です。<br /><br />では、地上に下りて町歩きに戻ります。

    津波避難タワーから見た町の様子です。

    では、地上に下りて町歩きに戻ります。

  • こちらの町家の2階の小窓には、土蔵のような銅板の防火扉が付いています。

    こちらの町家の2階の小窓には、土蔵のような銅板の防火扉が付いています。

  • 2階の水切り瓦を一部切り取って窓を開けた町家。<br /><br />出窓になっているので、瓦葺の屋根が付けられています。

    2階の水切り瓦を一部切り取って窓を開けた町家。

    出窓になっているので、瓦葺の屋根が付けられています。

  • こちらの町家は江戸時代の旅籠屋さんです。

    こちらの町家は江戸時代の旅籠屋さんです。

  • 野根山街道の西側の入口にあるかつての高札場です。<br /><br />江戸時代には、町民に藩の情報を知らせる掲示板として使われました。

    野根山街道の西側の入口にあるかつての高札場です。

    江戸時代には、町民に藩の情報を知らせる掲示板として使われました。

  • こちらの町家は、奈半利の町並み保存やガイドなどの活動をしている「なはり浦の会」の活動拠点となっている「なはり物語館」で、お遍路さんの休憩所としても利用されています。

    こちらの町家は、奈半利の町並み保存やガイドなどの活動をしている「なはり浦の会」の活動拠点となっている「なはり物語館」で、お遍路さんの休憩所としても利用されています。

  • 町並みに立つ常夜燈。

    町並みに立つ常夜燈。

  • 奈半利橋東詰めに立っている二つの大きな石碑です。<br /><br />右側の石碑は、土佐の国司だった紀貫之が京都に帰任する際に奈半の泊に立ち寄った事を記念して建てられたもので、『土佐日記那波の泊』と彫られています。<br /><br />承平5年(935年)頃に紀貫之が書いたと言われる日本最古の「土佐日記」に、『けふはこのなはのとまりにとまりぬ(今日はこの那波の泊に泊りぬ)』との一節が見られます。<br /><br />左側の石碑は、明治維新を前に一命を落とした郷土の志士、能勢達太郎生誕地の記念碑です。<br /><br />これで町歩きも一通り終えたので、この後は土佐くろしお鉄道阿佐線(愛称:ごめん・なはり線)の奈半利駅へ向かいます。

    奈半利橋東詰めに立っている二つの大きな石碑です。

    右側の石碑は、土佐の国司だった紀貫之が京都に帰任する際に奈半の泊に立ち寄った事を記念して建てられたもので、『土佐日記那波の泊』と彫られています。

    承平5年(935年)頃に紀貫之が書いたと言われる日本最古の「土佐日記」に、『けふはこのなはのとまりにとまりぬ(今日はこの那波の泊に泊りぬ)』との一節が見られます。

    左側の石碑は、明治維新を前に一命を落とした郷土の志士、能勢達太郎生誕地の記念碑です。

    これで町歩きも一通り終えたので、この後は土佐くろしお鉄道阿佐線(愛称:ごめん・なはり線)の奈半利駅へ向かいます。

  • 土佐くろしお鉄道阿佐線の鉄橋が・・・

    土佐くろしお鉄道阿佐線の鉄橋が・・・

  • 奈半利川を渡っています。

    奈半利川を渡っています。

  • 奈半利駅へ向かう途中で見かけた町家です。

    奈半利駅へ向かう途中で見かけた町家です。

  • さて、土佐くろしお鉄道阿佐線奈半利駅に到着です。

    さて、土佐くろしお鉄道阿佐線奈半利駅に到着です。

  • 奈半利駅の駅舎には、商業施設が併設されています。

    奈半利駅の駅舎には、商業施設が併設されています。

  • 奈半利駅の改札口です。<br /><br />駅員さんに電車の運行状況をお伺いすると、「そろそろ到着します。」とのことなので、「じゃあ、ホームで写真を撮ってもいいですか?」と確認すると、「いいですよ。」と快い返事が帰って来ました。<br /><br />と言うことで、先ずは駅舎の屋上にスタンバイして、遠景写真を撮ります。

    奈半利駅の改札口です。

    駅員さんに電車の運行状況をお伺いすると、「そろそろ到着します。」とのことなので、「じゃあ、ホームで写真を撮ってもいいですか?」と確認すると、「いいですよ。」と快い返事が帰って来ました。

    と言うことで、先ずは駅舎の屋上にスタンバイして、遠景写真を撮ります。

  • 駅舎の屋上からは、先ほど見た奈半利川に架かる鉄橋が見えます。

    駅舎の屋上からは、先ほど見た奈半利川に架かる鉄橋が見えます。

  • その鉄橋を渡って電車がやってきました。

    その鉄橋を渡って電車がやってきました。

  • ここで、急いで駅のホームへ取って返します。

    ここで、急いで駅のホームへ取って返します。

  • ほどなく電車がホームへ滑り込んできました。

    ほどなく電車がホームへ滑り込んできました。

  • 土佐くろしお鉄道阿佐線には、駅ごとに高知県出身の漫画家やなせたかし氏が考案したキャラクターが居るそうです。<br /><br />このキャラクターは夜須駅の「やすにんぎょちゃん」です。

    土佐くろしお鉄道阿佐線には、駅ごとに高知県出身の漫画家やなせたかし氏が考案したキャラクターが居るそうです。

    このキャラクターは夜須駅の「やすにんぎょちゃん」です。

  • こちらは後免駅の「ごめんえきお君」です。

    こちらは後免駅の「ごめんえきお君」です。

  • こちらは奈半利駅の「なはりこちゃん」です。<br /><br />各駅にキャラクターが居るなんて、土佐くろしお鉄道はとても楽しい鉄道ですね。

    こちらは奈半利駅の「なはりこちゃん」です。

    各駅にキャラクターが居るなんて、土佐くろしお鉄道はとても楽しい鉄道ですね。

  • この前の旅行記で訪れた吉良川同様、奈半利も「台風銀座」と形容されるほど台風の襲来が多い土地柄ゆえか、この地方ならではの工夫が凝らされた、極めて独自性の高い、風土色豊かな町並みを見せてくれました。<br /><br />では、次の目的地へ向かいます。

    この前の旅行記で訪れた吉良川同様、奈半利も「台風銀座」と形容されるほど台風の襲来が多い土地柄ゆえか、この地方ならではの工夫が凝らされた、極めて独自性の高い、風土色豊かな町並みを見せてくれました。

    では、次の目的地へ向かいます。

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