2017/06/10 - 2017/06/14
100位(同エリア229件中)
マンサフさん
アルメニア
人口302万人、首都イェレヴァンは106万人
民族構成はアルメニア人98%、他にロシア人、クルド人、アッシリア人、ユダヤ人など
宗教 大半はキリスト教の一派、アルメニア使徒教会
言語 アルメニア語
面積 九州より少し小さい
一昨年9~10月に訪れたテヘランのアルメニア人街(?)のアルメニア教会でみた100年前のオスマントルコに依るアルメニア人迫害で100万人(諸説あり)もの人々が虐殺され、国民の半数が国外に遁れ世界中に散らばったことや、近年のアゼルバイジャンとの確執など多難な過去を背負っていると言う事を知った・・・関心を持っている国の一つだ
美人さんにも会いたいし、アララト山もシッカリ見たい、厳しい一日観光になるが東部のタテブ-修道院も愉しみの一つである
表紙の女性はショッピングモ-ルで休んでいるときに隣り合わせた英語の達者な学生さんです
日本のガイドブックとLonely Planetを読みながらカメラを弄くっていた私に「写真家?それともジャ-リスト?」って聞かれた
嬉しくなった私は数枚撮らして貰うが気に入らないので「横顔も素敵だ」とお願いしたのがこの一葉・・・彼女も気に入った様だった
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
トビリシ4泊した後の朝
このギョウザにヨ-グルトも慣れて美味しく感じてきたのに別れです
未亡人のお母さんに59歳という年齢を聞きだした時に「貴男は?」と問われ、「〇3歳」との私の回答に眼を大きく見開き、10歳以上若いと思っていたとお世辞を言われ舞い上がった・・・一寸自慢話してみました
写真は撮らせて貰えなかったのが残念です。
お母さん
お世話になりました、どうも有難う
サヨナラ -
この車で6時間、ジョ-ジアの首都トリビシからアルメニアの首都エレヴァンに向かう
お代は一人¥1,800程 -
ここはもうアルメニア
レギュラ-(?)が¥85、他の物価から考えて随分と高いネ
因みに平均一人当たり国民所得は本邦の1/4程度だ
油とれないからかナ~ -
一人あたりの国民所得はジョ-ジアの方が低いのに、アルメニアに入ると途端に道路が悪くなる・・・何で?
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WCの下書いてある文字は多分「トイレット」だと思うんだけど、面白いナ~と撮りました
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特段美しい景色もあるじゃナシ・・・手慰みに撮ってみました
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向かって右はアルメニア語で「モ-テル」だと思うヨ
トイレタイムにこの写真撮ってたら、お母さん達が寄ってきて「撮って」って
撮ってあげて出来映えを見せたら「焼き立てのパン」貰った・・・却って処置に困ったデス -
イェレヴァンに近づくと道路が良くなってきた
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もう少しで着くゾ~
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ホテル(Hostel Sun Ray Yerevan)チェックイン後、未だ孫達のお土産買ってないと直ぐにイェレヴァンの大ショッピングモ-ル「Dalma」に同行させられた
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左が4泊する我等のお宿、旧市街と云うかロケ-ション最高でした
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一泊¥7,700位でハ-フボ-ドです、夕食時にはワインが出ます
ビ-ルは置いてないので直ぐ近くのコンビニで買ってHostelのキッチンの冷蔵庫に入れさせて貰いました
このHostel(Story)の愉しいオ-ナ-女史の手作りディナ-は全部美味しかった、英語が不得手だったがキチンと意志は通じあえた -
美味しそ~う
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我々老人には丁度よいボリュ-ムでした
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イェレヴァンも露店の花屋が多いです
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バラ色の凝灰岩が産出します、建物はピンク~薄茶のものが多く中々奇麗でしたヨ
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共和国広場も又然り
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今日は日曜日、博物館・美術館の類はほぼ休館
その代り
週末青空市場が盛大に・・・似たものが多いです、時間潰しに眺めるにはGood
此処まではお宿から徒歩で参りましたヨ
暑かった -
手前の手作り靴は別にして帽子なんざぁ、キットあの国製ですよ
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絨毯屋はスペ-スとるし目立つからかな?
やたら多かった感じだ -
キツネやオオカミの毛皮も・・・
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多くの勲章が・・・
今となっては何の役にも立たないであろう勲章、時代によっては有難がって押し頂いたんでしょうネ
ソ連の勲章(国旗にある鎌・ハンマ-・★)が多かった様だ -
どれだけ売れるのか・・・生活できるのかナ
大変でしょう~ -
左下にポラロイドもあるが、フィルム入手出来ますか?
出店の冷やかしはこの辺りでお終い
この後はタクシ-と料金交渉、チャ-タ-しましたが¥1,000程度だったかな
3時間は乗り回したから、可哀想に・・・ -
エレブニ(博物館?資料館?)・・・日曜日は開いてました
BC783にウラルトウ国がここに要塞都市エレブニを築いたと近年発見された楔形文字により解明されたそうナ
イェレヴァンの発祥と言われている -
これがその楔形文字らしい
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土器などなど
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陶板だったかな?
覚えてまシェ~ン -
「アルメニア人虐殺博物館」の広大な施設
オスマン帝国末期、特に1915~1916に一説では150万人が虐殺され、80万人以上が国外追放されたという。
トルコ国内にアルメニア人がほ殆ど住んでいないと言う事が「何があったのか」想像に難くない
トルコへの忖度なのか、先の大戦での南京事件、東南アジア諸国での蛮行、慰安婦問題への後ろめたさなのか日本は公式にはこの「蛮行」を認めていない、先進国では数少ない国の中の一つだ。 -
ご覧ください、次の3枚の写真を・・・・
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素朴でシンプルなリプシメ教会
リプシメは非キリスト教徒のロ-マ皇帝の求婚を拒否、アルメニアに逃れ布教活動中にキリスト教徒だったトゥルダト3世からも求婚されたが拒否したため殺害された。
後に、618年この地に建てられたのがこの教会である -
お日柄が良い様で結婚式が・・・
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平服着用でお祝いして挙げられるってイイですネ
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質素だが美しいと思った
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ド-ムにもなんの飾りもない
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地下には・・・
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リプシメの棺が
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世界遺産・エチミアジン
アルメニア使徒教会の総本山
町が創設された117年にはアルメニアの首都だった
エチミアジンとは「神の唯一の子が降りた」と言う意味で、聖グレゴリウスは「キリストが地上に降りてきて火の小槌で地上を打った」夢を見て、お告げに従いこの地に木造の教会を建てた。
これが「エチミアジンの始まり」で「世界最初の公式の教会」の由来だと言う・・この項全てガイドブックの受け売り -
キリストの脇腹を刺したと言うロ-マ兵の「槍先」やノアの方舟の破片が収納されていると言う宝物庫は時間切れで観れなかった。
あまり本当だとは思えないが・・・グヤジイ~ -
中々奇麗でした。
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工事中が多くって・・・仕方ありませんネ、後世の為にはメンテナンスして補修しないと
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アルメニア使徒教会の聖職者さん
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結婚式だな・・・花束は造花でした
世界遺産・ズヴァルトノツ入口で -
アララト山が良く見えると・・・山の上部は雲がかかってます
此処からのアララト山が見たかったが、天気だけはネ~、どうしようもありません
643~652年、僧ルネセス3世によって高さ45m・円形3階建ての壮大な教会が建てられたが10世紀の地震で崩壊。
残されたのはギリシャ神殿の様な円柱と宮殿・厨房・浴場・ワイン貯蔵所あとだ
ドライバ-さん
嫌な顔もせず、5か所の見学中待って貰いました、ホステルは6か所目でした。
ありがとうございました・・・チップ差し上げました -
何の址だろう、解りませんでした・・アララト山雲でみえない・・
サァ、帰ろっと -
今夜の夕食も美味しいワインと手作り料理・・・適量でした
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甘いものは遅いんです、食べるのが・・・
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