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またまた小国つながりの過去旅で、2003年の夏休みをアップします。<br />チュニジアで古代カルタゴの遺跡などを巡り、地中海の小国のマルタへ。<br />マルタではロンドンに駐在していた友人と合流して島を散策。<br />最後はシチリアにフェリーで渡るという地中海縦断の駆け足旅。<br />真夏のチュニジアからマルタ、シチリア島の旅は汗をかきまくり。<br />それでも移動することで、体も暑さに慣れ、少しは気温も下がり、湿度も幾分か低くなった感じだったので何とかしのぎました。<br /><br />まずはパリ経由でチュニスに入りました。<br /><br />8月25日 JL405便 成田→パリ<br />     AF1684便 パリ→チュニス                チュニス泊<br />  26日 チュニス&カルタゴ観光<br />  27日 スース&エルジェム観光<br />  28日 TU300便 チュニス→マルタ        マルタ泊 <br />     マルタ観光 夜 友人と合流<br />  29日 マルタ観光<br />  30日 フェリー マルタ→カターニア       カターニア泊<br />  31日 カターニア→シラクサ観光→カターニア<br />     IG435便 カターニア→ローマ<br />     JL400便 ローマ→成田(翌日着)    <br />

2003年8月、駆け足で地中海を縦断、チュニジア、マルタ、シチリアへ①(チュニス、カルタゴ)

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2003/08/25 - 2003/08/26

59位(同エリア410件中)

itaru

itaruさん

またまた小国つながりの過去旅で、2003年の夏休みをアップします。
チュニジアで古代カルタゴの遺跡などを巡り、地中海の小国のマルタへ。
マルタではロンドンに駐在していた友人と合流して島を散策。
最後はシチリアにフェリーで渡るという地中海縦断の駆け足旅。
真夏のチュニジアからマルタ、シチリア島の旅は汗をかきまくり。
それでも移動することで、体も暑さに慣れ、少しは気温も下がり、湿度も幾分か低くなった感じだったので何とかしのぎました。

まずはパリ経由でチュニスに入りました。

8月25日 JL405便 成田→パリ
     AF1684便 パリ→チュニス チュニス泊
  26日 チュニス&カルタゴ観光
  27日 スース&エルジェム観光
  28日 TU300便 チュニス→マルタ        マルタ泊 
     マルタ観光 夜 友人と合流
  29日 マルタ観光
  30日 フェリー マルタ→カターニア       カターニア泊
  31日 カターニア→シラクサ観光→カターニア
     IG435便 カターニア→ローマ
     JL400便 ローマ→成田(翌日着)    

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
交通
4.0
同行者
一人旅
交通手段
鉄道 徒歩
航空会社
エールフランス エールイタリ (運航停止) JAL チュニス航空
旅行の手配内容
個別手配
  • 成田からパリを経由してチュニスへ。パリまではJALのアップグレード特典でビジネスクラスにしたので快適、長距離路線のビジネス利用は初めてでした。パリでは4時間ほどのトランジット。街に出るには微妙に短いのでおとなしくターミナル内で待機。で、チュニスには深夜到着、翌日から市内観光スタート。まずはバブ・バハル(フランス門)からメディナへ<br />

    成田からパリを経由してチュニスへ。パリまではJALのアップグレード特典でビジネスクラスにしたので快適、長距離路線のビジネス利用は初めてでした。パリでは4時間ほどのトランジット。街に出るには微妙に短いのでおとなしくターミナル内で待機。で、チュニスには深夜到着、翌日から市内観光スタート。まずはバブ・バハル(フランス門)からメディナへ

    フランス門 (バブ バハル) 建造物

  • まず目指すはグランドモスク(ジャマー・エズ・ジトゥナ)へ。奥に見える小さな塔はチュニスで最古のトルコ式モスクのシディ・ユセフ・モスク

    まず目指すはグランドモスク(ジャマー・エズ・ジトゥナ)へ。奥に見える小さな塔はチュニスで最古のトルコ式モスクのシディ・ユセフ・モスク

  • 地域や宗派によって様々ですが、北アフリカのモスクって異教徒が入れないケースが多い。グランドモスクも異教徒は有料で中庭までしか入れない。ただ、周辺の絨毯屋などの屋上からモスクを眺めることが可能。ということで、登らせてもらってしばしメディナとモスクの景色を堪能

    地域や宗派によって様々ですが、北アフリカのモスクって異教徒が入れないケースが多い。グランドモスクも異教徒は有料で中庭までしか入れない。ただ、周辺の絨毯屋などの屋上からモスクを眺めることが可能。ということで、登らせてもらってしばしメディナとモスクの景色を堪能

  • 屋上は彩色タイルで色鮮やか。それにしても、メディナには自称ガイドが多くて面倒くさい。早速3・5チュニジア・ディナール(約330円)取られたし(苦笑)<br />

    屋上は彩色タイルで色鮮やか。それにしても、メディナには自称ガイドが多くて面倒くさい。早速3・5チュニジア・ディナール(約330円)取られたし(苦笑)

  • ということで、グランドモスクの中庭へ。「オリーブの木のモスク」の別名を持つモスクは698年に建設が始まり、9世紀半ばに完成したチュニジアで2番目に古いもの。観光客が入れるのがごく一部なので、人影のない写真が撮れるのはいいけどねえ

    ということで、グランドモスクの中庭へ。「オリーブの木のモスク」の別名を持つモスクは698年に建設が始まり、9世紀半ばに完成したチュニジアで2番目に古いもの。観光客が入れるのがごく一部なので、人影のない写真が撮れるのはいいけどねえ

  • 歴史の古いモスクってゴテゴテとした装飾はなく、だいたいシンプルなものが多い。グランドモスクも同じで全体に質素だし、落ち着いた雰囲気も漂っている。もっともモスクの建築にはカルタゴの遺跡から多くの石材が運ばれたそう。遺跡を保存、なんて考えは一切ない時代だから仕方ないけど、残念な気もしてしまう

    歴史の古いモスクってゴテゴテとした装飾はなく、だいたいシンプルなものが多い。グランドモスクも同じで全体に質素だし、落ち着いた雰囲気も漂っている。もっともモスクの建築にはカルタゴの遺跡から多くの石材が運ばれたそう。遺跡を保存、なんて考えは一切ない時代だから仕方ないけど、残念な気もしてしまう

  • 入れるエリアが限られているのでグランドモスクはさっさと切り上げてメディナを散策。ベイの墓に向かう途中で撮った1枚なんだけど、どこから撮ったか覚えてない

    入れるエリアが限られているのでグランドモスクはさっさと切り上げてメディナを散策。ベイの墓に向かう途中で撮った1枚なんだけど、どこから撮ったか覚えてない

    チュニス旧市街 旧市街・古い町並み

  • で、やってきたのがベイの墓。オスマントルコ時代のチュニジアを実質的に支配していたベイ(太守=王)の墓で、ベイのほか后、大臣の墓が整然と並んでいる。ここに眠っているベイたち、まさか死後に観光客に注目されるなんて思いもしなかったよね

    で、やってきたのがベイの墓。オスマントルコ時代のチュニジアを実質的に支配していたベイ(太守=王)の墓で、ベイのほか后、大臣の墓が整然と並んでいる。ここに眠っているベイたち、まさか死後に観光客に注目されるなんて思いもしなかったよね

  • で、チュニスですが、それまで旅したイスラム諸国の中では女性が街中にいる密度が高い。夏ということもあり、肌の露出の高い服を着ている人が多くてびっくりです。中にはおへそを出してる服やタトゥーをしている人もいて。最初は観光客かなと思っていたけどそうではないし、フランスの影響が強いということなんでしょうかねえ<br />

    で、チュニスですが、それまで旅したイスラム諸国の中では女性が街中にいる密度が高い。夏ということもあり、肌の露出の高い服を着ている人が多くてびっくりです。中にはおへそを出してる服やタトゥーをしている人もいて。最初は観光客かなと思っていたけどそうではないし、フランスの影響が強いということなんでしょうかねえ

  • チュニスで外せない場所はバルドー博物館。数々のモザイクタイルが有名な「チュニジアのルーブル」といわれる博物館。2015年3月18日に武装グループによる銃乱射事件が発生し、日本人を含む多くの人が亡くなるテロ事件が起きたことは記憶に新しい。こうした痛ましい事件が2度とおきないでほしい

    チュニスで外せない場所はバルドー博物館。数々のモザイクタイルが有名な「チュニジアのルーブル」といわれる博物館。2015年3月18日に武装グループによる銃乱射事件が発生し、日本人を含む多くの人が亡くなるテロ事件が起きたことは記憶に新しい。こうした痛ましい事件が2度とおきないでほしい

  • スファックスで発見されたネプチューンの勝利。当時の入場料は4.2ディナールで撮影料は1ディナール(撮影料を徴収するほかの観光地も一律1ディナールでした)

    スファックスで発見されたネプチューンの勝利。当時の入場料は4.2ディナールで撮影料は1ディナール(撮影料を徴収するほかの観光地も一律1ディナールでした)

  • 2階のカルタゴの間。モザイクだけでなく、カルタゴ・ローマ時代の彫像も

    2階のカルタゴの間。モザイクだけでなく、カルタゴ・ローマ時代の彫像も

  • これもギリシア・ローマ神話の一場面かな

    これもギリシア・ローマ神話の一場面かな

  • こちらはペルセウスとアンドロメダ(3世紀)でブラ・レジア出土<br />

    こちらはペルセウスとアンドロメダ(3世紀)でブラ・レジア出土

  • 海の神、ネプチューンとアンフィトリーテーの勝利(2、3世紀)。ウティカ出土

    海の神、ネプチューンとアンフィトリーテーの勝利(2、3世紀)。ウティカ出土

  • 午前中にチュニス市内を観光した後はメトロ(路面電車)で古代都市カルタゴへ向かいます。ただ、夏の暑さに思考能力が減退、チケット代が0・40Dなのに10D払って4・5しか釣りをもらわなかったりとボケまくり(笑)。まずはローマ以前のカルタゴの雰囲気を残す数少ない場所、トフェ(タニト神の聖域)へ。

    午前中にチュニス市内を観光した後はメトロ(路面電車)で古代都市カルタゴへ向かいます。ただ、夏の暑さに思考能力が減退、チケット代が0・40Dなのに10D払って4・5しか釣りをもらわなかったりとボケまくり(笑)。まずはローマ以前のカルタゴの雰囲気を残す数少ない場所、トフェ(タニト神の聖域)へ。

    カルタゴ遺跡 史跡・遺跡

  • ポエニ戦争でローマと戦ったカルタゴ。古代ローマの史書ではここで人身御供が行われ、幼い子どもたちが神に捧げられたとされています。ただ当時のローマはカルタゴを嫌っていた指導者たちが徹底的に街を破壊し尽くしています。実際にそのようなことが行われたのか、今でははっきりしたことは分かりません。降り注ぐ真夏の太陽と濃い緑が独特の雰囲気を醸し出しています

    ポエニ戦争でローマと戦ったカルタゴ。古代ローマの史書ではここで人身御供が行われ、幼い子どもたちが神に捧げられたとされています。ただ当時のローマはカルタゴを嫌っていた指導者たちが徹底的に街を破壊し尽くしています。実際にそのようなことが行われたのか、今でははっきりしたことは分かりません。降り注ぐ真夏の太陽と濃い緑が独特の雰囲気を醸し出しています

    トフェ 史跡・遺跡

  • ここにまつられたいた神は火の神バール・ハモンと天と豊穣の神タニト

    ここにまつられたいた神は火の神バール・ハモンと天と豊穣の神タニト

  • 少しばかり歩いて行くと古代カルタゴの軍港と商業港の跡が……。といっても、現在使われているわけでもなく、そうだと知らなければ見逃してしまう。2000年以上前、ここを起点に古代の地中海をカルタゴの船が出航していたのか

    少しばかり歩いて行くと古代カルタゴの軍港と商業港の跡が……。といっても、現在使われているわけでもなく、そうだと知らなければ見逃してしまう。2000年以上前、ここを起点に古代の地中海をカルタゴの船が出航していたのか

    古代カルタゴ軍港と商業港 史跡・遺跡

  • こちらはサンルイ教会。第8回十字軍でチュニスを包囲したルイ9世に捧げられた教会。十字軍というと、イスラム世界からしたら侵略軍なわけで……。微妙な気がしないでもない。ルイ9世って、信心深いけど王としては能力が……な人だったわけで。

    こちらはサンルイ教会。第8回十字軍でチュニスを包囲したルイ9世に捧げられた教会。十字軍というと、イスラム世界からしたら侵略軍なわけで……。微妙な気がしないでもない。ルイ9世って、信心深いけど王としては能力が……な人だったわけで。

    サン ルイ教会 アクロポリウム 寺院・教会

  • サンルイ教会と同じビュルサの丘にあるのがカルタゴ博物館。バルドー博物館には及ばないけれど、カルタゴからの出土品を豊富に展示。で、博物館からは丘から発掘されたフェニキア時代の住居跡が

    サンルイ教会と同じビュルサの丘にあるのがカルタゴ博物館。バルドー博物館には及ばないけれど、カルタゴからの出土品を豊富に展示。で、博物館からは丘から発掘されたフェニキア時代の住居跡が

  • 博物館前から遺跡とともに青い地中海がみえる。ちなみに当時の博物館を含めたカルタゴの共通券は5・2ディナール&撮影料1ディナール

    博物館前から遺跡とともに青い地中海がみえる。ちなみに当時の博物館を含めたカルタゴの共通券は5・2ディナール&撮影料1ディナール

  • しかし、真夏で天気がいいってことは暑いってことで……。1・5リットルのペットボトルも3時間くらいで飲み干すペースでのどが渇く。ふう<br />

    しかし、真夏で天気がいいってことは暑いってことで……。1・5リットルのペットボトルも3時間くらいで飲み干すペースでのどが渇く。ふう

  • 海に面した住居跡のカルティエ・マゴンを見学して

    海に面した住居跡のカルティエ・マゴンを見学して

  • 吹き出る汗をぬぐいつつ古代ローマの都市には欠かせない公共浴場へ。アントニヌスの共同浴場はローマの五賢帝の一人アントニヌス・ピウスによって建設されたもの。海を背景にした浴場って、リビアのレプティス・マグナやサブラタなど北アフリカには多い印象。日本人的な感覚だと気持ちよく入浴できそう

    吹き出る汗をぬぐいつつ古代ローマの都市には欠かせない公共浴場へ。アントニヌスの共同浴場はローマの五賢帝の一人アントニヌス・ピウスによって建設されたもの。海を背景にした浴場って、リビアのレプティス・マグナやサブラタなど北アフリカには多い印象。日本人的な感覚だと気持ちよく入浴できそう

  • とはいえ、ローマ崩壊後はヴァンダル族に破壊され、その後もオスマントルコをはじめ様々な国(チュニスのグランドモスクなども)に建築資材として運び去られてしまう。ユネスコの支援で修復、整備がされたとはいえ残っているものは多くない

    とはいえ、ローマ崩壊後はヴァンダル族に破壊され、その後もオスマントルコをはじめ様々な国(チュニスのグランドモスクなども)に建築資材として運び去られてしまう。ユネスコの支援で修復、整備がされたとはいえ残っているものは多くない

  • 往時は100を超える部屋があったという大浴場。そこで使われる水は60キロ離れた地から水道橋を使い運ばれてきたというからローマ人の風呂にかける想いが伝わってくる

    往時は100を超える部屋があったという大浴場。そこで使われる水は60キロ離れた地から水道橋を使い運ばれてきたというからローマ人の風呂にかける想いが伝わってくる

  • アントニヌスの共同浴場からローマ時代の住居跡へ

    アントニヌスの共同浴場からローマ時代の住居跡へ

    ローマ人の住居遺跡 史跡・遺跡

  • 整然と計画的に建てられている住居。現在のカルタゴは高級住宅地だそうだけど、当時もこに住んでいた人はリッチな人たちだったのでしょうか

    整然と計画的に建てられている住居。現在のカルタゴは高級住宅地だそうだけど、当時もこに住んでいた人はリッチな人たちだったのでしょうか

  • こちらはローマ劇場、今でも古代演劇が上演されるという

    こちらはローマ劇場、今でも古代演劇が上演されるという

  • だいぶ日も暮れてきたけれど、最後に真っ白な壁が映える街シディ・ブ・サイドへ。チュニジアで最も美しいといわれる街の石畳をしばし散策しました<br /><br />

    だいぶ日も暮れてきたけれど、最後に真っ白な壁が映える街シディ・ブ・サイドへ。チュニジアで最も美しいといわれる街の石畳をしばし散策しました

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