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春の青春18きっぷを使って富山を訪れました。<br /><br />旅の行程<br />4月2日 越中八尾<br />4月3日 越中岩瀬、射水市二口、越中福岡<br />4月4日 高岡市吉久、南砺市福光<br /><br />富山県富山市東岩瀬(かつての越中岩瀬)は、江戸時代から加賀藩の重要な港町や北陸街道の宿場町として栄えた町で、明治6年(1873年)の大火以降に整備された岩瀬大通りの岩瀬大町や岩瀬新川町に連なる廻船問屋などの町並みは、往時をしのばせる風情をたたえています。<br /><br />古くは神通川左岸の西岩瀬を中心に栄えていたこの地域は、万治3年(1660年)の洪水で神通川の流路が東に移動したため東岩瀬にその機能が移転したもので、東西岩瀬は「岩瀬の渡し」で結ばれていました。<br /><br />ちなみに、「西岩瀬」の地名は四方地区の海岸部に残されています。<br /><br />寛文年間(1661年~1672年)に港町の形が整った東岩瀬は、加賀藩の年貢米や飛騨の木材を大阪や江戸へ運ぶ積出港として機能を開始し、江戸時代中期の新川木綿や、幕末頃の北前船による北海道からの肥料(鰊肥)などの流通拠点として目覚ましい繁栄を遂げ、それを背景に大規模な船主や廻船問屋が出現しました。<br /><br />一方、参勤交代や家臣の江戸往来の為にと、加賀藩により、古代の官道をほぼ踏襲して北陸街道が整備され、寛文2年(1662年)に東岩瀬は北陸街道の宿場町に指定されました。<br /><br />明治6年(1873年)の大火で、約1000戸あった町家の内の650戸が焼失してしまいますが、当時全盛期を迎えていた回船問屋などの努力により、岩瀬大町や岩瀬新川町の通りに面して、この地独自の「東岩瀬回船問屋型」様式による町家が連なる町並みが再建されました。<br /><br />この中で特筆すべきなのは、幕末から明治時代にかけて北前船による交易で財を成した「北前船回船問屋森家」の建物で、全国各地の銘木や貴重な建材を使ったこの建物は、京都の東本願寺の建築に携わった棟梁を呼び寄せ、明治11年(1878年)に建てられたものです。<br /><br />ちなみに、地元で「バイ船」と呼んでいた北前船がなぜこんなに儲かったのかと言うと、「半沢直樹の倍返し」ではありませんが、行きも帰りも積み荷を載せて「倍倍」に儲かることに起因するようで、「のこぎり商売」とも呼ばれています。<br /><br />東岩瀬の町並みへは、富山駅から真っすぐ北へ伸びるJR富山港線を引き継いだ、低床路面電車の「富山ライトレール」が乗り入れています。<br /><br />現在、岩瀬大町や岩瀬新川町の町並みに連なるほとんどの町家は「東岩瀬回船問屋型」様式による大型で間口の広いもので、見どころの多い壮観な景観を生んでいます。

2017 富山の旅 3/7 越中岩瀬 (2日目)

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2017/04/02 - 2017/04/04

392位(同エリア1608件中)

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nao

naoさん

春の青春18きっぷを使って富山を訪れました。

旅の行程
4月2日 越中八尾
4月3日 越中岩瀬、射水市二口、越中福岡
4月4日 高岡市吉久、南砺市福光

富山県富山市東岩瀬(かつての越中岩瀬)は、江戸時代から加賀藩の重要な港町や北陸街道の宿場町として栄えた町で、明治6年(1873年)の大火以降に整備された岩瀬大通りの岩瀬大町や岩瀬新川町に連なる廻船問屋などの町並みは、往時をしのばせる風情をたたえています。

古くは神通川左岸の西岩瀬を中心に栄えていたこの地域は、万治3年(1660年)の洪水で神通川の流路が東に移動したため東岩瀬にその機能が移転したもので、東西岩瀬は「岩瀬の渡し」で結ばれていました。

ちなみに、「西岩瀬」の地名は四方地区の海岸部に残されています。

寛文年間(1661年~1672年)に港町の形が整った東岩瀬は、加賀藩の年貢米や飛騨の木材を大阪や江戸へ運ぶ積出港として機能を開始し、江戸時代中期の新川木綿や、幕末頃の北前船による北海道からの肥料(鰊肥)などの流通拠点として目覚ましい繁栄を遂げ、それを背景に大規模な船主や廻船問屋が出現しました。

一方、参勤交代や家臣の江戸往来の為にと、加賀藩により、古代の官道をほぼ踏襲して北陸街道が整備され、寛文2年(1662年)に東岩瀬は北陸街道の宿場町に指定されました。

明治6年(1873年)の大火で、約1000戸あった町家の内の650戸が焼失してしまいますが、当時全盛期を迎えていた回船問屋などの努力により、岩瀬大町や岩瀬新川町の通りに面して、この地独自の「東岩瀬回船問屋型」様式による町家が連なる町並みが再建されました。

この中で特筆すべきなのは、幕末から明治時代にかけて北前船による交易で財を成した「北前船回船問屋森家」の建物で、全国各地の銘木や貴重な建材を使ったこの建物は、京都の東本願寺の建築に携わった棟梁を呼び寄せ、明治11年(1878年)に建てられたものです。

ちなみに、地元で「バイ船」と呼んでいた北前船がなぜこんなに儲かったのかと言うと、「半沢直樹の倍返し」ではありませんが、行きも帰りも積み荷を載せて「倍倍」に儲かることに起因するようで、「のこぎり商売」とも呼ばれています。

東岩瀬の町並みへは、富山駅から真っすぐ北へ伸びるJR富山港線を引き継いだ、低床路面電車の「富山ライトレール」が乗り入れています。

現在、岩瀬大町や岩瀬新川町の町並みに連なるほとんどの町家は「東岩瀬回船問屋型」様式による大型で間口の広いもので、見どころの多い壮観な景観を生んでいます。

同行者
一人旅
交通手段
JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 宿泊したホテルからJR富山駅へ向かう途中、富山市の桜の名所として名高い松川公園を通りましたが、蕾は膨らみかけているものの、残念ながら咲いていませんでした。

    宿泊したホテルからJR富山駅へ向かう途中、富山市の桜の名所として名高い松川公園を通りましたが、蕾は膨らみかけているものの、残念ながら咲いていませんでした。

  • JR富山駅に着きました。<br /><br />この後、駅の北側を走る富山ライトレールに乗って岩瀬へ向かいます。<br /><br />ちなみに、富山市の中心部を走る路面電車は、JR富山駅の北側を走る富山ライトレールと、JR富山駅の南側をカバーする富山地方鉄道があります。<br /><br />見えている電車は富山地方鉄道のレトロな車両です。

    JR富山駅に着きました。

    この後、駅の北側を走る富山ライトレールに乗って岩瀬へ向かいます。

    ちなみに、富山市の中心部を走る路面電車は、JR富山駅の北側を走る富山ライトレールと、JR富山駅の南側をカバーする富山地方鉄道があります。

    見えている電車は富山地方鉄道のレトロな車両です。

  • JR富山駅の北側に来ると、富山ライトレールのオシャレでカラフルなポートラムが停まっています。<br /><br />いろんなアングルでポートラムの写真を撮っていると、この電車が発車してしまうというドジを犯してしまいました。

    JR富山駅の北側に来ると、富山ライトレールのオシャレでカラフルなポートラムが停まっています。

    いろんなアングルでポートラムの写真を撮っていると、この電車が発車してしまうというドジを犯してしまいました。

  • と言うわけで、岩瀬まで乗って来たのがこのポートラムです。

    と言うわけで、岩瀬まで乗って来たのがこのポートラムです。

  • 本当にオシャレでカラフルなポートラムです。

    本当にオシャレでカラフルなポートラムです。

  • 岩瀬浜駅は富山ライトレールの終着駅です。<br /><br />では、町歩きを始めます。

    岩瀬浜駅は富山ライトレールの終着駅です。

    では、町歩きを始めます。

  • モーターボートが係留されているのは岩瀬カナルです。

    モーターボートが係留されているのは岩瀬カナルです。

  • 岩瀬の町並みへは赤い大漁橋を渡ります。

    岩瀬の町並みへは赤い大漁橋を渡ります。

  • 大漁橋からは雄大な立山連峰が望めます。

    大漁橋からは雄大な立山連峰が望めます。

  • 岩瀬の町並みへやって来ました。

    岩瀬の町並みへやって来ました。

  • こちらの庇は銅板で葺かれています。

    こちらの庇は銅板で葺かれています。

  • この、板葺の庇が普通なんですがね・・・。

    この、板葺の庇が普通なんですがね・・・。

  • 富山市の雨水枡の蓋。<br /><br />富山市の花「アザミ」がデザインされています。<br /><br />ちなみに、アザミの根は薬用として用いられ、「富山のくすり」に繋がることから市の花に選ばれたそうです。

    富山市の雨水枡の蓋。

    富山市の花「アザミ」がデザインされています。

    ちなみに、アザミの根は薬用として用いられ、「富山のくすり」に繋がることから市の花に選ばれたそうです。

  • 大屋根の小屋組みにかつての名残りを留める町家。

    大屋根の小屋組みにかつての名残りを留める町家。

  • 外壁の一部に銅板を使った町家。

    外壁の一部に銅板を使った町家。

  • 格子の中の建具は、雪見障子のように部分的に開くようになっているようです。

    格子の中の建具は、雪見障子のように部分的に開くようになっているようです。

  • こちらの玄関は少し出っ張っています。

    こちらの玄関は少し出っ張っています。

  • きれいに拭き込まれた玄関のガラス戸。

    きれいに拭き込まれた玄関のガラス戸。

  • 粗めの格子がしつらえられた町家。

    粗めの格子がしつらえられた町家。

  • 白漆喰塗の妻面を道路側に見せた町家。

    白漆喰塗の妻面を道路側に見せた町家。

  • 玄関脇に行燈を置いてある町屋は、簀虫籠(すむしこ)が嵌められています。<br /><br />簀虫籠とは、間隔の粗い格子に竹簾をはめたもので、外部からの視線を遮る視覚効果と、夏過ごしやすいように風通しを良くする通風効果を兼ね備えています。

    玄関脇に行燈を置いてある町屋は、簀虫籠(すむしこ)が嵌められています。

    簀虫籠とは、間隔の粗い格子に竹簾をはめたもので、外部からの視線を遮る視覚効果と、夏過ごしやすいように風通しを良くする通風効果を兼ね備えています。

  • こちらは明治44年(1911年)創業の料理屋さん。<br /><br />ベンガラ塗りの外壁が老舗の風格を感じさせます。

    こちらは明治44年(1911年)創業の料理屋さん。

    ベンガラ塗りの外壁が老舗の風格を感じさせます。

  • 粗めの太い枡格子を嵌めた町家。

    粗めの太い枡格子を嵌めた町家。

  • こちらは細めの千本格子の町家です。

    こちらは細めの千本格子の町家です。

  • ここにも庇を銅板で葺いた町家がありました。

    ここにも庇を銅板で葺いた町家がありました。

  • 袖壁をしつらえた町家。

    袖壁をしつらえた町家。

  • 岩瀬で最も風情のある旧北国街道の町並みが見えて来ました。<br /><br />旧北国街道の途中に出たので、ここから北側に戻って折り返してきます。

    岩瀬で最も風情のある旧北国街道の町並みが見えて来ました。

    旧北国街道の途中に出たので、ここから北側に戻って折り返してきます。

  • 先ほどと同じデザインの蓋ですが、こちらは汚水枡の蓋です。<br /><br />受け枠にはアザミの葉があしらわれています。

    先ほどと同じデザインの蓋ですが、こちらは汚水枡の蓋です。

    受け枠にはアザミの葉があしらわれています。

  • ここから旧北国街道の町並が始まります。<br /><br />では、旧北国街道を南に向かって歩きます。

    ここから旧北国街道の町並が始まります。

    では、旧北国街道を南に向かって歩きます。

  • こちらは60年以上続くお惣菜のお店です。

    こちらは60年以上続くお惣菜のお店です。

  • 出汁を継ぎ足して煮込まれる昆布巻きが絶品だそうです。

    出汁を継ぎ足して煮込まれる昆布巻きが絶品だそうです。

  • 塀の上の波模様を型どった細工瓦。

    塀の上の波模様を型どった細工瓦。

  • 下見板張りの妻面を街道筋に見せる町家。<br /><br />このブルーシートの中は、何の工事をしているんでしょうか・・・。

    下見板張りの妻面を街道筋に見せる町家。

    このブルーシートの中は、何の工事をしているんでしょうか・・・。

  • 箏曲と生花の看板を掲げた町家。<br /><br />こちらのお宅では、御夫婦で日本古来の伝統文化にいそしんでおられるようです。

    箏曲と生花の看板を掲げた町家。

    こちらのお宅では、御夫婦で日本古来の伝統文化にいそしんでおられるようです。

  • 板戸に彫られた家紋。

    板戸に彫られた家紋。

  • こちらはカフェ。

    こちらはカフェ。

  • 屋根瓦の修繕をしている町家がありました。

    屋根瓦の修繕をしている町家がありました。

  • こちらの町家にも簀虫籠が嵌められています。<br /><br />他にも同様の町家が沢山見られるので、簀虫籠は岩瀬の町並みの特徴のようですね。

    こちらの町家にも簀虫籠が嵌められています。

    他にも同様の町家が沢山見られるので、簀虫籠は岩瀬の町並みの特徴のようですね。

  • こちらのお店はお休みのようです。

    こちらのお店はお休みのようです。

  • こちらの町家は、2階の窓の部材接合部に飾り金物が使われています。

    こちらの町家は、2階の窓の部材接合部に飾り金物が使われています。

  • ここまでの旧北国街道の町並みを振り返ったところです。

    ここまでの旧北国街道の町並みを振り返ったところです。

  • 千本格子の町家がありました。<br /><br />岩瀬の町並みでは、こちらの方が希少かも知れません・・・。

    千本格子の町家がありました。

    岩瀬の町並みでは、こちらの方が希少かも知れません・・・。

  • こちらは酒屋さん。<br /><br />何と、土蔵の扉がお店の入り口なんだそうです。

    こちらは酒屋さん。

    何と、土蔵の扉がお店の入り口なんだそうです。

  • 潜り戸の付いた玄関のある町家。

    潜り戸の付いた玄関のある町家。

  • こちらは、伝統的な町家と洋館が一体となっています。

    こちらは、伝統的な町家と洋館が一体となっています。

  • 旧北国街道の町並みです。

    旧北国街道の町並みです。

  • 「三角どらやき」と書いてありますが、本当に三角形なんでしょうか・・・。<br /><br />まあ、丸でも三角でも美味しかったら良いんですけどね。

    「三角どらやき」と書いてありますが、本当に三角形なんでしょうか・・・。

    まあ、丸でも三角でも美味しかったら良いんですけどね。

  • 土蔵の大きな窓を、ガラス戸で覆っています。

    土蔵の大きな窓を、ガラス戸で覆っています。

  • 伝統様式で整然としつらえられたこちらの町家は、北前船で賑わった岩瀬の「北前五大船主」の一人と言われた回船問屋、馬場家の建物です。<br /><br />現在、この建物を含む馬場家のお屋敷は富山市に寄付されたそうです。

    伝統様式で整然としつらえられたこちらの町家は、北前船で賑わった岩瀬の「北前五大船主」の一人と言われた回船問屋、馬場家の建物です。

    現在、この建物を含む馬場家のお屋敷は富山市に寄付されたそうです。

  • こちらの町家は、若き陶芸家の住居兼工房です。

    こちらの町家は、若き陶芸家の住居兼工房です。

  • 簀虫籠には、ケヤキの一枚板にお名前の「岳」が手彫りされた扁額が掲げられています。

    簀虫籠には、ケヤキの一枚板にお名前の「岳」が手彫りされた扁額が掲げられています。

  • 旧北国街道の町並みを振り返ったところです。

    旧北国街道の町並みを振り返ったところです。

  • こちらの町家も「北前五大船主」の一人に数えられた森家の建物で、京都の東本願寺の建築に携わった棟梁を呼び寄せ、明治11年(1878年)に建てられたものです。

    こちらの町家も「北前五大船主」の一人に数えられた森家の建物で、京都の東本願寺の建築に携わった棟梁を呼び寄せ、明治11年(1878年)に建てられたものです。

  • 森家は、代々「四十物屋(あいものや)仙右衛門」を世襲してきた船持ちの肥料問屋でした。

    森家は、代々「四十物屋(あいものや)仙右衛門」を世襲してきた船持ちの肥料問屋でした。

  • 玄関のガス灯には、仙右衛門の「仙」の字が使われています。

    玄関のガス灯には、仙右衛門の「仙」の字が使われています。

  • 森家の駒寄せの中に保存されているイカリ。

    森家の駒寄せの中に保存されているイカリ。

  • 旧北国街道の町並みを振り返ったところです。<br /><br />「北前五大船主」に数えられた、馬場家と森家が隣り合っています。

    旧北国街道の町並みを振り返ったところです。

    「北前五大船主」に数えられた、馬場家と森家が隣り合っています。

  • ビルの1階部分を伝統様式でしつらえた銀行の建物。

    ビルの1階部分を伝統様式でしつらえた銀行の建物。

  • 前庭を簀虫籠で囲った町家。

    前庭を簀虫籠で囲った町家。

  • こちらの町家も、土蔵の窓をガラス戸で覆っています。

    こちらの町家も、土蔵の窓をガラス戸で覆っています。

  • こちらはライオンズクラブの事務局です。

    こちらはライオンズクラブの事務局です。

  • こちらは豆本作家さんのお宅です。<br /><br />2cmにも満たない小さな豆本も手作りされているそうです。

    こちらは豆本作家さんのお宅です。

    2cmにも満たない小さな豆本も手作りされているそうです。

  • こちらは明治26年(1893年)に北海道旭川で創業された桝田酒造店さん。

    こちらは明治26年(1893年)に北海道旭川で創業された桝田酒造店さん。

  • 岩瀬には明治38年(1905年)に移ってこられたそうです。

    岩瀬には明治38年(1905年)に移ってこられたそうです。

  • 桝田酒造店さんの酒蔵群。

    桝田酒造店さんの酒蔵群。

  • 銘柄名の「満寿泉」は、桝田酒造店の「桝」にちなんで、縁起の良い「寿」が「満」ちる「泉」と当て字して命名されています。

    銘柄名の「満寿泉」は、桝田酒造店の「桝」にちなんで、縁起の良い「寿」が「満」ちる「泉」と当て字して命名されています。

  • では、町並みへ戻ります。

    では、町並みへ戻ります。

  • 旧北国街道を一本西側に入ったところにある町家。

    旧北国街道を一本西側に入ったところにある町家。

  • こちらの銀行も1階部分を伝統様式でしつらえています。<br /><br />さすが地元企業だけあって、街道筋の景観に配慮されています。

    こちらの銀行も1階部分を伝統様式でしつらえています。

    さすが地元企業だけあって、街道筋の景観に配慮されています。

  • 店先に蕎麦処の看板が置かれていますが、現在は閉店されています。

    店先に蕎麦処の看板が置かれていますが、現在は閉店されています。

  • 千本格子の町家。

    千本格子の町家。

  • 旧北国街道の町並み。

    旧北国街道の町並み。

  • こちらの町家は、全然それらしくない釣具店さん。<br /><br />看板が掲げられているから判るものの、一見しただけでは何のお店か見当がつきません。

    こちらの町家は、全然それらしくない釣具店さん。

    看板が掲げられているから判るものの、一見しただけでは何のお店か見当がつきません。

  • 釣具店さんにも見事なガス灯が付けられています。

    釣具店さんにも見事なガス灯が付けられています。

  • こちらは新聞屋さん。

    こちらは新聞屋さん。

  • 潜り戸付きの跳ね上げ大戸を玄関にしつらえた町家。

    潜り戸付きの跳ね上げ大戸を玄関にしつらえた町家。

  • 2階の外壁全面に銅板を貼った町家。<br /><br />庇も銅板葺ですね。

    2階の外壁全面に銅板を貼った町家。

    庇も銅板葺ですね。

  • 事務所部分に幅の広いガラス戸の入った町家。<br /><br />事務所と住居が一体になっているようです。<br /><br />そろそろ予定していた時間になったので、旧北国街道の町歩きはこれ位にして、富山ライトレールの東岩瀬駅へ向かいます。

    事務所部分に幅の広いガラス戸の入った町家。

    事務所と住居が一体になっているようです。

    そろそろ予定していた時間になったので、旧北国街道の町歩きはこれ位にして、富山ライトレールの東岩瀬駅へ向かいます。

  • 旧北国街道から東岩瀬駅へ向かう途中にある和食屋さん。<br /><br />まだ時間が早いので、支度中のようです。

    旧北国街道から東岩瀬駅へ向かう途中にある和食屋さん。

    まだ時間が早いので、支度中のようです。

  • 東岩瀬駅が見えて来ました。

    東岩瀬駅が見えて来ました。

  • クラシックな木造平屋建ての東岩瀬駅は、富山市街と岩瀬湊(富山港)を結ぶ貨物路線として営業を始めた富岩鉄道の越中岩瀬駅として、大正13年(1924年)に建てられたものです。<br /><br />その後、数度の吸収合併を経た富岩鉄道は、昭和18年(1943年)に旧国鉄(現在のJR)に買収され、平成18年までJR富山港線として営業されていましたが、JRの廃業により路線は富山ライトレールに引き継がれました。<br /><br />旧JR富山港線時代の駅で唯一現存する東岩瀬駅は、現在、内部が改修され休息施設として利用されています。

    クラシックな木造平屋建ての東岩瀬駅は、富山市街と岩瀬湊(富山港)を結ぶ貨物路線として営業を始めた富岩鉄道の越中岩瀬駅として、大正13年(1924年)に建てられたものです。

    その後、数度の吸収合併を経た富岩鉄道は、昭和18年(1943年)に旧国鉄(現在のJR)に買収され、平成18年までJR富山港線として営業されていましたが、JRの廃業により路線は富山ライトレールに引き継がれました。

    旧JR富山港線時代の駅で唯一現存する東岩瀬駅は、現在、内部が改修され休息施設として利用されています。

  • JR富山駅行きのポートラムがやって来ました。<br /><br />ちなみに、低床のポートラムに合わせて新しいプラットホームが作られています。

    JR富山駅行きのポートラムがやって来ました。

    ちなみに、低床のポートラムに合わせて新しいプラットホームが作られています。

  • JR富山駅に戻ったあと、美味しいお蕎麦屋さんへ昼食に向かいます。<br /><br />駅の南側をカバーする富山地方鉄道は、JRの駅舎内に始発駅のプラットホームがあるので、線路を横断する歩行者のために信号機が付いています。<br /><br />富山駅で見かけた面白い光景です。

    JR富山駅に戻ったあと、美味しいお蕎麦屋さんへ昼食に向かいます。

    駅の南側をカバーする富山地方鉄道は、JRの駅舎内に始発駅のプラットホームがあるので、線路を横断する歩行者のために信号機が付いています。

    富山駅で見かけた面白い光景です。

  • 昼食に向かう途中で見かけた富山市水道局のマンホールの蓋。<br /><br />立山連峰と雪がデザインされています。

    昼食に向かう途中で見かけた富山市水道局のマンホールの蓋。

    立山連峰と雪がデザインされています。

  • 昼食後JR富山駅に戻ってくると、セントラムと名付けられた富山地方鉄道の新しい車両に出くわしました。<br /><br />この後、あいの風とやま鉄道に乗って次の目的地へ移動します。

    昼食後JR富山駅に戻ってくると、セントラムと名付けられた富山地方鉄道の新しい車両に出くわしました。

    この後、あいの風とやま鉄道に乗って次の目的地へ移動します。

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