2015/02/20 - 2015/02/20
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junemayさん
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うんだもこら いけなもんや
あたいどんが 茶碗なんだ
日に日に三度も洗(あ)るもんせば きれいなもんごわんさ
茶碗についた虫(む)じゃろかい
目籠(めご)など蹴あるく 虫(む)じゃろかい
ほんにげんねこっじゃ ワッハッハ
以前勤めていた会社には多くの鹿児島人がいて、これは、今でも付き合いのあるそのうちの一人から習った「茶碗蒸しの歌」の歌詞です。客人が食堂に入り、茶碗蒸しを注文したところ、店の主人が茶碗蒸しを知らず、「茶碗に虫がついていましたか? 茶碗は日に三度も洗っていて綺麗なはずなのに、籠につく虫が入ったのかな。まことに恥ずかしい限りで。」と謝ったという歌詞だったと記憶しています。耳で聞く限りにおいては、全く意味が分からないのですが、単純な節回しなので、あっという間に覚えて、わらべ歌のように始終口ずさんでいました。変われば変わるね日本語! というのが正直な気持ちでした。
今回旅の目的地を鹿児島にしたのは、日本の端っこに展開された独自の文化を肌で感じたかったから と言うと大げさですが、単純に、鹿児島にしかないものを沢山見つけたいと考えたからでした。さあ、「茶碗蒸しの歌」をいくつ見つけられたでしょうか??
2/19鹿児島 桜島
★2/20西大山 指宿
2/21鹿児島
2/22鹿児島
2/23鹿児島 知覧
2/24串木野 鹿児島
かごんま2日目です。お天気は明日から崩れるという予報。だったら今日行くしかないでしょう。昨日遙かに見えた開聞岳。ローカル列車に乗って、日本最南端の駅西大山を目指します。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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天文館のホテルから鹿児島中央駅までは、ゆっくり歩いても10分強。途中で目についたものを写しながら行っても、15分あれば到着します。
街中に立て札が非常に多い鹿児島の町。本日最初の発見は、西郷隆盛の誕生地でした。下加治屋町(現在は加治屋町)からは西郷隆盛以外にもそうそうたる人材、大久保利通、大山巌、東郷平八郎等を輩出しています。日本史の教科書に載っていた人達ばかり・・・また後日時間のある時に来ましょうね。 -
西郷誕生地に続いて、鹿児島と日本の、幕末から明治にかけての歴史が学べる鹿児島市維新ふるさと館。ここは雨でも大丈夫そうですね。今日は素通りです。
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甲突川にかかる木造の橋「南州橋」。南州とは西郷隆盛の事で、「南の島」という意味だそうです。中国に倣い、武士は字(あざな)、諱(いみな)、号(ごう)等沢山の名前を持っていましたが、西郷の場合は更に何度も名前を変えているので、全部の名前はとても覚えられない! 南洲は号に当たるようです。
南洲橋を渡ると、右手に駅前の観覧車が姿を現しました。 -
明日乗ってみようと思っている観光客向けの市内循環バス「カゴシマ・シティビュー」の乗り場も確認OK。
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駅へと続く中央分離帯のある広い道路ナポリ通りに出ましたよ。鹿児島は火山の友で、ヴェスピオスのあるナポリ市と姉妹都市なんですって。ナポリにもヴォメロ地区にヴィア・カゴスィマ(鹿児島通り)があるそうですよ。
冬でも青々としている楠の並木道が続いていました。 -
日本最南端の駅西大山は無人駅。その駅に停まる枕崎線の列車は1日上下合わせて16本しかありません。しかもちょうど良い時間帯となると鹿児島中央10:05発、西大山11:57着しかない! その前だと朝5時半に鹿児島を発たねばなりません。そして帰りも2時間20分後の14:18発の1本のみ。これを逃すと16:56まで待つことになります。
指宿までは黒と白に塗られた「指宿のたまて箱」号という特急が走っているのですが、あえてローカル列車で出発です。 -
現在 生見(ぬくみ)駅ですれ違い列車を待っている最中。1日の乗降数60人足らずに小さな駅。のんびり、ゆったり、急がない旅人用。
線路わきにずっと咲いているこの白い花なんだろう? -
車窓から見えた、宮ヶ浜駅(指宿市)前にあった坂本いもあめ店。いもあめとは、さつまいもから作るあめのことで、1705年に利右衛門という人が、琉球から持ち帰った芋で作ったのが始まりだそうです。坂本いもあめ店では、1878年(明治10年)から伝統的な製法でいもあめを製造しています。かごんまならではの味がしそうですね。
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列車は海すれすれに進みますが、宮ヶ浜を過ぎると、暫く海とはお別れ。
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指宿の一つ手前の駅二月田では高校生らが沢山降りました。今日2015年2月20日時点では駅員さんがいましたが、3月14日にこの駅無人駅となってしまいました。
指宿市の中心や指宿市役所に近いので、乗降客はもっぱら指宿市民のようです。 -
指宿を過ぎると、大隅半島が薄っすらと姿を見せてくれました。2000年には山川から大隅半島の根占(ねじめ)までフェリーで移動したのを思い出しました。1日たった4便。所要時間は50分です。
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その山川駅でもすれ違い列車の待ち合わせ。時間があるので、少々うろついてみました。あそこに見えるのはヤシの木? それとも電信柱かな? 摩訶不思議・・・
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山川駅前には、「日本最南端の有人駅」という立て札が立っていました。これについては面白い話が読売新聞に載っていました。実は2016年3月で、JRは山川駅を無人化したため、この「日本最南端の有人駅」の座を指宿に奪われたのだそうです。ところが、指宿市は観光客の利便性確保のためにJRから簡易委託を受け、1日4時間ですが、有人化に踏み切り、この名誉ある座?を奪還したとのこと。まあ、どのみち指宿市同士ですけれどね。
「JRで有人駅を維持できなければ、駅が親しまれるように知恵を出すのは行政の務め」とは指宿市長の談。実に頼もしいお方だ! -
そして、山川からおよそ13分で、JR日本最南端の駅 西大山に定刻通り到着しました! 開聞岳が目の前に!
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JRもサービス精神旺盛で、この駅では2分間、写真撮影用に列車が停車します。
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私のような乗り鉄が何人かいたので、皆で揃って列車をお見送り。終点の枕崎までは、まだこの先約1時間もかかります。
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同じような写真が続きますが、実際にはこの数倍撮っています。開聞岳は標高924m。小ぶりですが、周りに山がない独立峰で、パーフェクトなコニーデ型をしています。開聞岳の別名は錦江湾への海の入口を意味する海門岳。古くから船の航路の目印とされてきました。そして特攻隊の若者たちが最後に見た本土の山なのです。
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2000年に家族4人で訪れた知覧の特攻記念館には大きな衝撃を受け、一生忘れられない思い出となりました。そこには、特攻隊員達がまず開聞岳を目指す飛行ルートをとったという説明書きがありました。それを読んで以来、開聞岳は私の中でも特別な存在になりました。多くの若者たちが大空の彼方へ消えていくのを見送った山。その山がすぐ目の前にありました。暫し、目がウルウル・・・
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駅前にJRの端っこの駅一覧がありました。二つが九州で二つが北海道というのは当然ですが、いつまで鉄道が存続できるのかが気がかりですねえ。駅名が変わらなければ良いけれど・・・
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小さな無人駅にある表示板を次から次へと写して回ります。数名降りた乗り鉄仲間も順番に同じことをしていました。
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こちらは駅前にあった幸せを届ける「黄色いポスト」です。最南端の駅から大切な人への想いや気持ちを届けてもらおうと、2010年10月に指宿観光協会が設置したものだそうです。まあ、この駅を訪れた人なら100%、開聞岳をバックにポストの写真を撮りますね。
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こちらは、あまり撮らないかも・・・駅前無人スタンドです。春キャベツ・・・ではなさそう。
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写真を撮り忘れましたが、西大山駅前には中園久太郎商店という便利なお店があり、ここで飲み物やお弁当、お土産、レンタサイクルなどが調達できます。日本人に交じって、台湾からの個人旅行者が多いことにもびっくりしました。皆レンタサイクルを借りているので、私もここから薩摩半島の最南端長崎鼻を目指すことにしました。サイクリング用の地図もここで頂けます。
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鹿児島市内からやってきたケータリング会社で働く2名の若者と共に「旅は道連れ」、約4.1km先の長崎鼻に向かいます。歩いても1時間ぐらいだからと思ってやってきたのですが、借りた自転車はなんと電動(2時間500円)。楽ちん楽ちん!!
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途中、大きな鹿児島フラワーパークの脇を通ります。ヤシの木とアコウがいかにも南国風。
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イチオシ
やがて海岸べりに出ました。こちらの畑、2月とは思えない位カラフルなパッチワーク模様。太陽としおかぜを浴びて、野菜たちが生き生きと育っていました。
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良く見たら、緑と紫のキャベツでしたねえ・・・
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やがて、長崎鼻の岬の手前にある龍宮神社に到着。所々で撮影しながらゆっくり走らせても西大山から30分程でした。
なんとまあ、真新しい竜宮城ですよ。 -
祭神は海神 大綿津見神の娘の豊玉姫(トヨタマヒメ)。彼女は古事記に登場する海幸彦と結婚、二人の間に生まれたのが鵜茅不合葺命(うがやふきあえずのみこと)。出産する間、海幸彦は決して姫の姿を見てはならないと告げられたのですが、禁を破って見てしまう。その姿は和邇(=鰐)だった、あるいは龍だったと古事記や日本書紀には書かれています。そして真の姿を見られたため、姫は生まれ故郷に戻ってしまいます。
残された鵜茅不合葺命は、豊玉姫の妹玉依姫(タマヨリヒメ)が面倒を見ますが、なんとこの二人、後に結ばれます(甥っ子と結婚!)。そして二人の間に生まれたのが神武天皇なのだそうです。 -
そう言えば、2000年には山川からフェリーで根占に渡り、その後で吾平町(現在の鹿屋市吾平)の友人宅に滞在しましたが、その町に、神武天皇の両親に当たる鵜茅不合葺命と玉依姫の陵(吾平山上陵)があったことを思い出しました。ここからそう離れてはいません。流石に神話の故郷ですねえ。
神社は建造後50年経ち、老朽化が進んだため、2010年(平成22年)に解体、翌年に九州新幹線鹿児島乗り入れに伴う竜宮城キャンペーン等により、再建話が進み、2012年に落成したものでした。道理で新しい。 -
龍宮神社から見た薩摩半島最南端 長崎鼻です。鹿児島なのに長崎とは…なんてヤボなことは申しません。鼻=岬のようですが、三角形の鼻のような形をしている岬を特に鼻と呼ぶようです。
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長崎鼻灯台は明治30年から灯りをともし続けていますが、現在の建物は1977年(昭和52年)の建造。天気の良い日には屋久島、硫黄島まで見えると書かれていましたが、全く島影は見えませんでした。
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滅多に記念写真は撮らないのですが、若者二人が撮ろう撮ろうと煩いので、恥ずかしながらの1枚。バックの開聞岳が素晴らしい!!
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長崎鼻は浦島太郎が龍宮城に旅立った場所という伝説があるそうです。龍宮神社に浦島太郎像。出来過ぎでしょうか?
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桜島と異なり、現在は活動を休止している開聞岳は、2月だというのも山全体が樹木に覆われ、青々としていました。下の方は桜島同様クロマツの林と照葉樹林の混合ですが、高度を上げるにつれ、常緑広葉樹林が広がっていくようです。雲ができやすく、雨が多い影響でしょうか?
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長崎鼻は、またかつて存在したとされる指宿(または阿多)カルデラの一部分と言われ、先端部分には溶岩と思われる火山岩が見られました。この辺りや指宿温泉はカルデラの内部。カルデラの西の縁に当たるのが開聞岳なのだそう。阿蘇山並みの巨大カルデラが九州にはいくつも存在していたことになります。
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正面薄っすらと見えるのは、大隅半島です。大隅半島は薩摩半島より南に突き出ていて、その一番先っぽに佐多岬があります。2000年には、単調な道をひたすら走って、風吹き荒れる佐多岬にも行ったんだっけ・・・
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だいぶ近づいて参りましたが、思ったよりずっと小さな灯台でした。よく整備された歩道が続きます。
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でも、振り返るとこの絶景なので、すぐに写したくなって、ちっとも進みません。裾野が海に落ち込んでいる火山は利尻富士以外には記憶にないなあ・・・
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海の青さがまた格別。いつまで見ていても見飽きない風景です。
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大隅半島との間に、小さな岩礁を発見! 俣川洲(またごし)という名の小島ですが、別名竜宮門と呼んでいます。ここからだと分かりにくいですが、中央部が波に削られて、アーチ状になっているんですって。なるほど、竜宮城の入口なのかもね。
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今度こそ灯台に到着です。正式名称は薩摩長崎鼻灯台。実は鹿児島県出水郡にある長島にも、もう一つ長崎鼻灯台があるんですって。同一県内で同じ名前が付いた灯台が二つって珍しくありませんか?
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灯台の先も更に岩場が続いていました。遊歩道らしきものが突端まで伸びているようです。
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でも、岩場にいるのは、釣り人と一組のカップルのみ。寂しすぎるからそろそろ帰るとしましょう。
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最後に開聞岳もう1枚だけ。
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そして、大隅半島の先っぽ佐多岬を捉えました。
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今再びの龍宮神社。ちょっと変わった絵馬があったので、ご紹介しましょう。
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こちら、絵馬代わりの貝殻です。「貝殻祈願」と書かれていました。棚から好きな貝殻を取り、金100円也を収め、願い事を書き入れて、甕壺に奉納。本殿前に立ち、鈴を鳴らしてから、願い事を念じると、叶うかもしれませんよ。
しかしねえ。壺の中、「奉納」された貝殻の数が多すぎやしませんか? これじゃあ、ご〇箱と間違いられそう・・・もう少し工夫が必要ですねえ・・・ -
お終いは神社の手水所です。丸い穴が無数に開いた素晴らしい天然石を使用していました。
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鹿児島フラワーパークを覗いてみたかったけれど、残念ながらその時間はなさそう。でもこの景色! 開聞岳を眺めながらの快適なサイクリングなので、疲れを感じません。何ですって? 電動だから当たり前ですって?
そうとも言えますね(笑)。道は殆ど平らにみえますが、電動の威力恐るべし! -
火山灰地のためか、この辺りには水田は見当たりません。このような畑が延々と続いています。指宿市の特産品はキャベツ、かぼちゃ、オクラ、そらまめ、スナップえんどうで、中でもオクラは日本一の産地なのだそうです。
流石に生のオクラはこの時期ありませんが、西大山駅前の中園久太郎商店には、オクラの浅漬けが真空パックでお土産として売られていました。シャキシャキした食感がとても良かったですよ。 -
これは春キャベツではなくて、秋冬キャベツに見えますね。
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枕崎線の踏切を渡ると、ゴールは目の前です。南国の日差しはすでに春。すっかり暑くなって、コートを脱ぎ捨てるほどポカポカ陽気だった西大山でした。
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中園久太郎商店でトイレを借り、クイックランチを済ませて、上り列車を待ちます。
来た来た! 14時18分発の鹿児島中央行きの列車です。 -
これが開聞岳の見納め! 会えて良かったぁ!
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西大山は無人駅なので、車内で乗車駅証明書を貰いました。まだ日が高いので、指宿で途中下車していきましょう。西大山から20分足らずで、砂蒸し温泉で有名な指宿に到着です。
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龍宮伝説の町にようこそ! という看板が出迎えてくれました。15年ぶりの指宿駅前です。龍宮伝説とは、さっきお参りしてきたばかりの龍宮神社の事ですね。
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駅トイレの壁面には開聞岳のタイル画がありましたよ。
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そして、駅前広場には、足湯も用意されていました。ちょうど春節の時期だったので、ここも台湾系の旅行者で大賑わいでした。
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もう一つの指宿名物菜の花が黄色いピラミッド型のプランターの中で春爛漫を告げていました。これを見て、砂蒸し温泉に入場する前に、列車を下りる前に、車窓左手に見えた一面の菜の花畑を訪れようという気持ちになりました。
いつもの癖で、思い付きだけで行動しています。ここで鹿児島から来た二人組と別れ、線路を渡って、町の西側の散策を開始。 -
丁度指宿駅に停まっていた快速「なのはな」と菜の花です。快速「なのはな」は鹿児島中央と山川間を1日に6.5往復している列車で、2011年に「指宿のたまて箱」(略称いぶたま)号の運行開始前には、指宿への観光列車としても使われてきました。
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後程撮った写真ですが、こちらが「なのはな」号。黄色ではなく、これではオレンジ号のようですね。開聞岳をモチーフにしたマークが素敵でしょう?
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日本全国ご当地マンホールも披露しましょう。指宿市のマンホールは菜の花ではなくて、ハイビスカスでした。ハイビスカスが市の花なんですって。
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ついでに、指宿名物をもう一つ紹介。指宿の野菜の特産品は前述しましたが、オクラと共に生産量の多いそら豆が収穫期を迎えていました。
実は私、そら豆が生っているのを見るのは初めて。都会っこなんです。 -
ほぅら。こんなに沢山の鞘がついていましたよ! 初めて見る光景に感激です!
露地栽培は、9月に作付け、12月から4月までと長い期間収穫が可能です。鹿児島県のそら豆の生産量は30%を占め日本一。その中でも指宿では特に生産が盛んだと言われています。 -
少々地味ですが、こちらがそら豆の花です。
夢中になってそら豆を撮っていると、遠くから「おーい!」という声がします。見ると、一緒にサイクリングをした鹿児島の若者二人が走ってこちらにやってくるではありませんか! 「指宿の玉手箱」号で帰ると言っていたのに、折角だから砂蒸し体験していきたくなったのだそうです。県外の人間である私が2回目なのに、彼らは初めてなんですって。まあ地元というのはそういうものかもしれません。 -
再び三人でやってきたのが、こちらの菜の花畑。指宿駅に到着する少し手前で車窓から見えた場所です。
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イチオシ
この名の花畑のすぐ先には、考古学的に非常に重要な橋牟礼川遺跡の屋外展示場があり、反対側には指宿市の考古学博物館「時遊館COCCOはしむれ」が建っていました。
美し~い!! -
黄色いカーペットにすっかり魅了されてしまいました。ここは、毎年1月の第2日曜日に開催される「指宿菜の花マラソン」のコースにもなっていましたよ。
マラソンコースを見たら、指宿からぐるりと池田湖、開聞岳、カゴシマフラワーパーク、山川からは海岸線を走り、橋牟礼川遺跡を抜けていくコースで、素晴らしい自然が満喫できそう。マラソン開催に合わせ、市内各地に菜の花畑が作られたようです。 -
博物館はきちんと見学するとかなりの時間を要しそうなので、ほんの障りだけ。実は若者二人は時遊館と砂蒸し温泉「砂楽」との共通券を安くゲットするのが狙いだったようです。
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ここから常設展がスタート。橋牟礼川遺跡の凄いところは、縄文土器と弥生土器が両方見つかったところだそうです。
縄文文化が開聞岳の噴火で火山灰の下に埋もれた上に弥生式住居、そしてその上には古墳時代、そして平安時代の住居跡も発見されています。ここは4度も火山の噴火に見舞われた場所なのです。日本のポンペイだったんですねえ。 -
縄文土器と弥生土器については、100年ほど前までは、どちらが古い様式のものであるのかが分かっていませんでした。橋牟礼川遺跡には、噴火が繰り返し起こっても代々人々が住み続けた結果、両方の土器が同時に出土した初めての遺跡となったのです。
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食いしん坊なので、興味の対象は土器よりももっぱら縄文時代と弥生時代のグルメの比較!
出土した骨や貝塚などから導かれた縄文時代のグルメは、鹿と猪のステーキ、木の実の蒸し団子、海の幸・山の幸のスープ、タイの姿焼き、生カキ盛り合わせ 山芋の蒸し焼きと書かれていました。どれも美味しそう・・・ -
弥生時代になると、赤米(古代米)が登場します。唾液で発酵させたお酒も新たに加わりました。野菜の煮物なども、この頃から作られ始めたようですよ。
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若者二人にせっつかれ、展示半ばで博物館を後にします。もう少し真面目に見ればよかったと後から反省しましたが後の祭りです。
あっ 菜の花畑の先を「快速なのはな」が横切っていますよ! -
道路の反対側には、ヤシの並木道の奥に、気根を沢山ぶら下げたガジュマルの木がありました。南国ムンムンの景色ですねえ。
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枕崎線の踏切を超え、海岸方面に向かいます。
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橋牟礼川遺跡から徒歩5分足らずで、砂蒸し会館砂楽に到着です。砂浜に寝そべって温泉成分を含んだ砂で蒸される砂蒸しは2000年に続き二度目ですが、今回はやけに鄙びた印象を受けました。昔のような活気が感じられませんでした。
砂蒸し入場券は2015年当時900円でしたが、別にタオル代がかかります。先ほどの博物館「時遊館」の入場券とのセット割引1000円は確かにお得でした!
砂蒸しの海岸には、カメラを持ち込みませんでした。置き場所もなさそうだったので正解だったかも。二人の若者とだべりながらの15分間。熱くて熱くて我慢できないというところまでは行きませんでした。冬のせいでしょうか? それとも新陳代謝が悪くなっているのかしら? -
そして、お風呂の後はこちら! 指宿名物そら豆のアイスクリームですよ。今までいろいろなフレーバーを楽しんできたけれど、そら豆は初物です。
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では、頂きます。
うう~ん、風呂上がりの火照った体に染みわたります。そら豆独特の香りや味はさほど感じません。ラベルがなかったら、何のアイスだかわからなかったかも。味にインパクトがなかったので、★★の評価。 -
お終いは、砂蒸し会館屋上からの景色です。日の暮れるのがまだ早い2月下旬の5時半の海は、ブルーの1枚の布のように穏やかでした。下に見える庇が、屋根付きの砂蒸し場です。
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波打ち際には、人が寝そべった痕跡が続きます。今は満ち潮なのかな?
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これから砂蒸しに向かう人たちの姿が右下に写っています。大隅半島の南大隅町辺りもはっきりと見えていますね。東の空なのに、夕映えを受けて薄いピンクになっていて息を呑むほど美しい・・・
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指宿から南大隅町までの距離は14.8km。二つの大きな半島の間には、鏡のように滑らかな海が広がっていました。
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砂蒸しに時間を取られて、指宿の町歩きは叶いませんでしたが、身も心もポッカポッカになって鹿児島へと戻ることが出来ました。砂蒸し初体験の若者たちも剥き卵のようにつるっつるの感触を楽しんでいました。
さあ鹿児島に帰るぞ!! -
行きは芋あめ店を写した(反対側)宮ヶ浜は、長渕剛ゆかりの地ということで、こんな大きな横断幕が車窓からはっきりと見えました。
何でも宮ヶ浜は、長渕さんのお母様の故郷で、彼の曲「鶴になった父ちゃん」にも登場する場所だそうです。長渕人気は鹿児島では別格で、まさに現代版薩摩の英雄といった扱いをされていました。 -
鹿児島中央駅に着いたのはとっぷりと日の暮れた19時20分。
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駅から程なく甲突川を渡ります。
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ここ高見橋には、物思いに耽る女性の姿が座っていました。特定の人物ではなく、母の像なのだそう。題して「明治維新の母と子供の群像」。
あれれっ 子供たちはどこにいたのでしょう? 暗くて見逃しちゃったみたい・・・ -
後日ここを通りかかった時に子供たちを発見! こんなにたくさんいたんだ!
元気に遊びまわっていましたよ。 -
道の反対側には、明治維新の立役者の一人大久保利通が、少々気取ったポーズで立っていました。女性は大久保の奥様かお母様だと思っていたのですが、どうやら違ったみたいです。
かごんま2日目。今日も沢山の「茶碗蒸し」を見つけることが出来て、大満足で宿へと戻ります。明日はお天気下り坂だそうだけれど、まだまだ知らないかごんまを見つけに参りましょう。この続きは、よかとこかごんま その3 鹿児島市内(城山・仙巌園) で!
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この旅行記へのコメント (2)
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- マリアンヌさん 2017/05/22 12:53:40
- 日本でない風景
- junemayさん こんにちわ。
鹿児島も南端までくるともはや異国のような風景が広がりますね。
桜島とはまたひと味違って開門岳の姿の美しいこと、見惚れますね。
特攻隊が最後に見た風景でもあるのですね。出張で鹿児島に行った折、知覧には行ったことがあるのですが。
実は私の父は志願兵で戦争に行き、飛行機に乗っていたのであと数日、戦争が長引けば特攻隊だったそうです。(私は生まれてませんね)
父が健在なので英霊の眠る沖縄、グアム、サイパンには行きにくいといったところです。
西大山の駅、のどかでいいですね。竜宮城の神社、おまけにトヨタマヒメが祭神なんて興味津々です。神武天皇あたりの歴史は後の大和朝廷が筆を入れてて怪しいですもんね。でも隠れた真実が、きっと韓国から渡ってきたのでしょうね。
美しい菜の花あり、日本のポンペイあり、見所てんこ盛りですね。
では、また。
マリアンヌ
- junemayさん からの返信 2017/05/22 23:09:44
- RE: 日本でない風景
- マリアンヌさん こんばんは
ご丁寧なコメントありがとうございました。
マリアンヌさんのお父様のこと、前にもお聞きしたことがあるような記憶です。生きていれば92歳の私の父が終戦当時20歳だったので、私よりうんとお若いマリアンヌさんのお父様は10代半ばだったのでしょうか? マリアンヌさんのお父様を想像するに、宮崎駿の映画に出てきそうなキャラを思い浮かべてしまいます。
> 父が健在なので英霊の眠る沖縄、グアム、サイパンには行きにくいといったところです。
私はリゾートと名のつくところがだめで、グアム・サイパンはもちろんのこと、プーケットとかモルディブとか頼まれても行かないかも。沖縄は独自の文化が残っていて、中国の影響を受けているので、その痕跡集めをいつかしたいと思っています。これって本筋から逸れましたね。全然関係ありませんでした。失礼!
マリアンヌさんのロマネスクを見てしまったので体がうずうず。良い夢をみせていただいてありがとうございます。早く治して旅に出ねばと思っています。鹿児島の後、広島・山口があってその後スペイン・ポルトガルになります。遅れついでなのでと、開き直っています。
Junemay
> junemayさん こんにちわ。
>
> 鹿児島も南端までくるともはや異国のような風景が広がりますね。
> 桜島とはまたひと味違って開門岳の姿の美しいこと、見惚れますね。
>
> 特攻隊が最後に見た風景でもあるのですね。出張で鹿児島に行った折、知覧には行ったことがあるのですが。
> 実は私の父は志願兵で戦争に行き、飛行機に乗っていたのであと数日、戦争が長引けば特攻隊だったそうです。(私は生まれてませんね)
> 父が健在なので英霊の眠る沖縄、グアム、サイパンには行きにくいといったところです。
>
> 西大山の駅、のどかでいいですね。竜宮城の神社、おまけにトヨタマヒメが祭神なんて興味津々です。神武天皇あたりの歴史は後の大和朝廷が筆を入れてて怪しいですもんね。でも隠れた真実が、きっと韓国から渡ってきたのでしょうね。
>
> 美しい菜の花あり、日本のポンペイあり、見所てんこ盛りですね。
> では、また。
>
> マリアンヌ
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