2017/02/10 - 2017/02/20
33位(同エリア1691件中)
ottoさん
外務省危険情報によれば「現地の警戒は強化されているが、
人が集まる場所は避けるように」ということで漠然とした
不安を抱えながら古代文明への憧れ断ち難く2月はベスト
シーズンとて意を決して旅立つことになりました。
成田を発ちドーハを経てカイロからアフリカに入国しました。
国内航空やバスでナイル川沿いに移動しながらカイロ歴史地区、
ギザのピラミッドへ、4日目からクルーズ船で東岸のカルナック神
殿、ルクソール神殿、西岸の王家の谷、ハトシェプスト女王葬祭
殿、王妃ネフェルタリの墓などの世界遺産・テーベ墓地遺跡を見学し
ました。日替わりで観光ポリスの護衛付です。
4泊5日のクルーズを愉しみつつ アスワンに至りヌビア地方最大の
遺跡アブシンベル大神殿では夜のライトアップ、朝日に輝く壮大なド
ラマに感動しました。その後、国内線のフライトでカイロに戻りま
す。締めくくりはカイロ考古学博物館でツタンカーメンの黄金の
マスクをはじめ王家のミイラ、王家の財宝などをじっくりと見ること
ができ、得がたい旅友にも恵まれて充実の旅となりました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
2月10日 12:30伊丹空港発-15:00成田集合、諸手続きの後
2時間ばかりさくらラウンジに寛ぎながら22:15の出国を待ちました。
2月11日 カタール航空807便は時差-6時間のドーハに4:30到着
12時間弱のフライトでした。カタール航空の食事は人気の和食が2人に1
つと言われたもののいきなりイスラム風の洋食はちょっと馴染ず江戸前寿司
を頼みました。デザートやフルーツがとてもおいしく、フルフラットのシー
トに身を沈めて熟睡しました。
CAさんの中には日本人と結婚したばかりのタイ出身の方も居て
感じの良い応対でした。 -
巨大なライト・ベアーが鎮座するドーハ・ハマド国際航空の待合広場
ここでカイロまでを国内線に乗り継ぐのですが、長途国際線に乗ってきた
のだから5時間待機の間、ラウンジが利用できるようにとコンダクターの
Uさん掛け合って貰い交渉成立! -
早朝のラウンジはだだっ広く暗い印象でしたが5時間の待ち時間の間に活気
づいてきて洗練された空間が姿を現しました。 -
趣の異なる各部屋には和洋中の軽食が用意され落ち着いた雰囲気です。
ぬぬ -
この部屋に決めました。ライトベアーの広場で声をかけて貰ったMさんご夫妻
と歓談し、5時間はあっという間に過ぎました。 -
9:00発カタール航空1303便は3時間45分で11:45
カイロに到着しました。座席は狭く身動きままならず後方に1つ
あるトイレ争奪戦に巻き込まれました。
時計の針をさらに1時間遅らせます。 -
所要時間3時間50分, カイロ国際空港に着いたのは11:45。
(時差は更に-1時間、日本を出てからほぼ20時間半経過。) -
空港アシスタントの女性のサポートでエジプト入国ビザをここで
、
申請しますが、並んでいる列に割り込んでくるグループの逞しさ
に圧倒されそうになりました。( $ 25 )
これをパスポートの余白ページに貼ってから入国手続きです。 -
ほとんど U$でOKだそうで現地通貨には交換しませんでした。
1$= ¥110 →18.11EGP
1EGP(エジプトポンド)=100pt(ピアストル)約 ¥6.10
貸切観光バスに乗り世界遺産・モハメド・アリ・モスクに向かいます。
旅を通しての現地ガイドはセラーグさん、カイロ大学卒日本人の奥様
との間に2歳の坊やがいて、背が高く流暢な日本語を喋る誇り高い
アラブ青年。左ハンドルのドライバーはモハメドさん、
拳銃を携えた観光警察官が乗り込んできたのにはドキッとしました。 -
城砦は1176年に建設されました
-
城門を入ります
-
セキュリテイーを通り、チケットをゲットしました。
-
人口の集中が加速し今や1200万人が暮らすアフリカ最大の都市
である首都・大カイロの象徴的モスク・「ムハンメド・アリ・モスク」
に着きました。
シタデル(城砦)の中にある壮大なモスクです。 -
当日はとりわけ快晴で20℃の上天気。美しいドームが輝いています。
1517年以来オスマン帝国のもと暗黒時代にあったエジプトを
独立国として認めさせたムハンマド・アリーが古代エジプト王朝
から約4000年後の1824~48年に建設しました。 -
石灰岩の赤い壁が印象的です。
アラバスター石材を用いたモスクなので「アラバスター・モスク」
の呼び名もあります。 -
レリーフに描かれた人物がムハメッド・アリさんと思われます。
-
壁面を飾るレースの透かし彫りがきれいです。
-
長い回廊伝いに歩を進めます。
-
中庭の中央にはモスクに入る前に体を清めるための貯水槽(マイダアー)
が置かれ(現役ではない)、ルクソール神殿のオベリスクと交換に
フランス政府から貰った今は動かなくなった時計塔があります。 -
ムハンマド・アリはナポレオンの侵略からエジプトを救った英雄で
エジプトの近代化に貢献した王として高名なのだそうです。 -
修理中の時計塔を右に仰ぎ見て、モスクの内部に靴を脱いで入ります。
パリのコンコルド広場に行ってしまったオベリスクの代償にしては
勿体無い事でした。 -
この国では9割がイスラム教を信仰し、1割がエジプト独自のキリスト教である
コプト教を信仰していると言います。。 -
金曜は特別礼拝日だそうです。シャンデリアが煌いています。
365個のランプが点灯していました。 -
メッカ・エルサレムは東方に当たるので人々の日に5回の礼拝は
東を向いて行われます。 -
天井は暗くてはっきりとは写っていませんが...
モザイクタイルが見事です。 -
天井の4隅には後継者の名が掲げられています。
トルコのアヤ・ソフィアを髣髴とさせる美しいイスラム寺院です。 -
高く聳える尖塔(ミナレット)が青空に映えます。84mもあるそうです。
(世界第3位) -
モスクを出て丘から町を一望します。
強面の猛者ポリスは案外ソフトでやさしく写真に収まってくれました。 -
旧市街モカッタムの丘に建つ城砦から眺めた町の様子は混沌という感じ...
-
車窓から見る市街は建物によっては部分的に骨組みだけの部屋も
あるままで住んでいると聞いて驚きました。 -
道端に生活用具としての石の細工物が並んでいます。
-
壷や植木鉢などもたくさんあります。
-
ナイル川を渡り新市街の方へ。
-
カイロには横断歩道は無く 車線、信号はあっても無いのと同じだそうです。
-
町のすぐ傍にもうピラミッドが見えてきました。
ギザ はカイロからナイル川を挟んで約20km西南にあるギザ県の
県都です。 -
元王族の別荘として建てられた宮殿で、外国からの賓客用に整備された
メナ・ハウスに宿泊します。 -
イギリス植民地風の洒落た邸宅です。
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各国の旗が迎える入り口付近
-
ギザは古代エジプト時代からの町で遺跡の町として世界的に知られています。
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スエズ運河開通式の来賓用迎賓館として1869年に改装されました。
玄関のタイル張替えなのか一部補修工事中のようです。 -
広い敷地に各棟がゆったりと配置されています。
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ツアーコンダクターのチェックインが終わるまで
とりあえず食堂で一服して待ちます。 -
新館のピラミッド側の部屋に泊まります。
敷地内のオープンカーでみんなの後につい行きました。 -
ゆっくりとした速度で進みます。
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椰子の木々がリゾート気分をかもし出しています。
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4階建ての新館入り口です。
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2階の部屋に落ち着きました。
-
広さも十分、すっきりとしたベッドルームです。
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アメニテイーも揃っています
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お湯の出もいい具合です。
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バスローブがクローゼットに掛かっています。
-
日が暮れて夕食の時間となりました。
旧館のダイニングルームに移動します。
風が出てきて気温も低下、羽織るものが必要でした。 -
サラダに始まりスープと続き、
-
ひき肉のグリル、とアーテイーチョークのコース料理が並びました。
大変美味しく頂きましたが量は少し多く残してしまいました。
デザートのチョコレートムースはやはり甘いめでした。 -
補修工事が終わりアラブの男たちが数人がかりで活けていた花が玄関を
飾っていました。
明日はピラミッド行きです。ゆっくりと休みましょう。
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