2010/12/22 - 2010/12/23
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amstrobryさん
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2010年年末、これまで行ったことがなかった島根・鳥取県の観光を企画。
当時、周遊きっぷが細々と販売されていてこれを使って各地を観光しようとしていた(その後廃止)。
4日間で世界遺産に指定された石見銀山や神話の伝承がある出雲大社、鳥取砂丘などの観光地をはじめ温泉や名物も満喫しようという旅行を計画した。
初日は終業後、寝台特急サンライズ出雲で出雲市へ。さらに山陰線を進み石見銀山を観光。
ホテルはドジョウで有名な安来にある鷺ノ湯温泉に宿泊する。
初日
東京22:00(サンライズ出雲)→岡山6:50頃 列車ダイヤ乱れのため乗換
岡山7:05(やくも1号)→出雲市9:58/10:16→大田市10:56/11:10~大森11:37【石見銀山】
大森代官所跡~大田市15:33/15:52(スーパーおき4号)→安来16;59
安来駅前17:23~鷺の湯温泉17:43 さぎの湯荘宿泊
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 JR特急 JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2010年もまもなく終わろうとしている頃、この年最後の旅行に出発。
目的地は山陰2県。周遊きっぷを活用し未開の地を開拓する。
移動効率を高めるため寝台特急サンライズ出雲で出雲市に向かう。
会社終業後、22時前に東京駅に向かった。 -
これまで寝台特急はブルートレインの乗車経験のみ。
98年に運転開始したサンライズは初めての乗車となった。
ブルートレインを置き換える形で高松行きの瀬戸と出雲市行きの出雲が誕生。
その後、古くなったブルートレインに取って代わるかと思われたが、結局はこの2系統のみに終わり、夜行列車そのものがどんどんと無くなっていった。 -
車内の様子。昭和の時代からあるブルートレインからの進化を感じる。
寝台内はすべて個室でソロ、シングル、サンライズツイン、シングルツイン、シングルデラックスなどの設備がある。
今回はシングルを利用。夜行列車の旅は何とも言えない独特の雰囲気がある。 -
列車は岡山駅に到着。
途中、雪の影響でダイヤは大幅に乱れていた。
岡山駅で併結するサンライズ瀬戸を切り離す。 -
こちらが切り離しする部分。
ちなみに列車のダイヤが大幅に乱れており、同区間を走行する特急やくもへの振り替えをするとのこと。
せっかくの寝台特急の旅を満喫したかったが定時運行しているやくもに乗り換えることにした。 -
岡山から特急で出雲市に普通列車に乗り換え石見銀山の最寄り駅である大田市駅に到着した。
-
大田市駅から路線バスで約30分、石見銀山エリアに到着した。
石見銀山は戦国時代から江戸時代にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山。
2007年には世界遺産登録もされた。
今回は石見銀山エリアの観光ポイントをまわっていく。 -
まずは羅漢寺の五百羅漢。
1764年に創建された寺。内部にある五百羅漢は1736年ごろから始まり25年の歳月をかけて完成。銀山で働いていて亡くなられた方の供養や、労働者の安全のために発願。羅漢寺 寺・神社・教会
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石見銀山のエリアは製錬所跡や坑道などが残る銀山ゾーンと政治経済の中心地だった街並み地区に分かれる。
まずは奥にある銀山ゾーンを見学していく。 -
こちらは福神山間歩。
間歩とは坑道のこと。石見銀山では明治期以前に間歩という名称を用いていた。
石見銀山には主な鉱脈が23本あったと伝えられている。福神山間歩 自然・景勝地
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こちらは高橋家住宅。
1839年ごろ、高橋富三郎が銀経営に関するの役職である町年寄山組頭を務めていたと伝わる。
1975年に「石見銀山御料銀山町寄山組頭遺宅」として島根県指定史跡に指定高橋家 名所・史跡
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さらに奥へと進む。
観光用間歩である龍源寺間歩は最も奥にある。 -
龍源寺間歩に到着。
こちらは内部の見学ができる。
江戸時代の中頃1715年に掘られた代官所直営の坑道。
龍源寺間歩は明治時代以降の開発でも使われ、大正12年の休山まで開発が続けられた。龍源寺間歩 名所・史跡
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全長600メートルのうち公開されているのは273メートル部分。
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坑内は歩いている主坑道のほかに写真のような枝坑道もたくさんある。
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龍源寺間歩は通り抜けができるので出口は入口とは異なる場所となる。
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こちらは新切間歩。
幕府直営の間歩の一つ。
1715年に開発し水抜き坑として掘ったものといわれる。
江戸時代後期には、坑口から520mまで堀り進山んでいた。 -
こちらは清水寺。京都のそれではなくせいすいじと読む。
清水寺 名所・史跡
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石見銀山開発に関わった領主、代官らに信仰され798年現在地に移転。
貴重な寺宝を数多く所有している古刹 -
次は清水谷製錬所跡に向かう。
明治時代に造られた製錬所の遺構である。清水谷製錬所跡 名所・史跡
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明治28年に山すその傾斜を利用して造られた明治時代の先端技術による精錬所の遺跡。
石見銀山は明治期、地元で細々と採掘がおこなわれていたが、藤田組により製錬所を建設。ところが採算性などの問題からわずか1年で操業停止となった。 -
ここからは街並み地区に入る。このあたりは大森と呼ばれるところ。
左右には歴史的な街並みが広がっている。 -
現在の大森の街並みは1800年の大火の後に建替えられたものがベースになっているようだ。
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こちらは栄泉寺。1596年の創建。
山門は水天門または竜宮門と呼ばれている。栄泉寺 寺・神社・教会
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曹洞宗の寺院で、石見銀山における禅の修業道場。
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町並みはやや格式の高い雰囲気の通りに。
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こちらは河島家。唯一公開されている武家屋敷。
代官所地役人旧河島家 名所・史跡
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1800年初頭に建築された代官所地役人の遺宅。
代々大森に居住して銀山の経営や領内の支配に当っていた。 -
こちらは観世音寺。
岩山の上にあり、江戸時代には大森代官所が銀山隆盛を祈願するための祈願寺だった。観世音寺 寺・神社・教会
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創建年は不詳。
現在の本堂は1860年に再建されたもの。
高いところにあるので街並みが見渡せる。 -
山あいに密集する石見銀山の街並み。
赤い瓦の屋根が見られるがこれは石見瓦というこの地区特徴的なもの。 -
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こちらは石見銀山資料館。
建物は明治35年建築の邇摩郡役所を利用したもの。
石見銀山の歴史資料、道具などを展示している。石見銀山資料館 美術館・博物館
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最後は城上神社。
拝殿の鏡天井に描かれた鳴き竜の真下に立って手をたたくと、天井がリンリンと鳴り響く。城上神社 寺・神社・教会
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石見銀山の観光を終え、大田市駅に戻った。
ここから山陰線の特急に乗車、安来駅で下車する。大田市駅 駅
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大田市から約1時間。安来駅に到着した。
外観は観光を意識したような駅舎である。安来駅 駅
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安来地方はどじょうすくいで知られる安来節のふるさと。
明日の観光では安来節を生で見る時間を取ってある。 -
安来駅からは路線バスに乗車。
さぎの湯温泉さぎの湯荘が今日のホテルである。
さぎの湯温泉は含放射能-ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉で宿泊のホテルはかけ流しで泉質が良い。さぎの湯温泉 さぎの湯荘 宿・ホテル
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夕食は山陰の海の幸などをはじめ地元食材のセットメニュー。
宿泊料を考えると充実した内容だった。 -
温泉は大浴場のほか内湯、露天ともに貸切風呂が無料で利用可能。
かけ流しのお湯を満喫することができた。
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