2015/05/03 - 2015/05/03
10位(同エリア24件中)
Keiさん
あわただしいオヤジ一人旅シリーズ。華やかさやおしゃれ感は全くありませんが、イタリアの歴史や素晴らしさを街を歩きながら味わいたい。
2015年3月にオルヴィエートに行ったばかりですが、奇跡的にGW後半の航空券がとれたので、しつこく3月同様ウンブリア州に行ってきました。今回は古くからある魅惑の町スポレートです。
例によって慌ただしく街を観光し、なおかつレンタカーを借りてスポレートの外までも回ってきました。
?はB&Bに荷物を置いて街歩きを再開です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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部屋の鍵も手に入れたし、荷物を置いて街歩き再開です
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情緒ある風景が沢山見られる街です
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B&Bから近いサン・ドメニコ教会です。建物は13世紀中頃、14世紀に完成したファサードはシンプルで赤と白の縞々模様。
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教会横にもゴシック様式の入口があり、ルネッタにフレスコ画があります
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イエスのフレスコ画ですが、随分いたんでいます。16世紀のペルージャの画家であるピエリーノ・チェザレイ作
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内部は20世紀前半に修復されましたが、14〜15世紀のフレスコ画が結構残されています。しかしフレスコ画は剥落している物が多いです
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作者分かりませんでしたが、ピエタですね
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スタッコのはいっているクーポラも新しいですね。
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ステンドグラスもきれいですが年代は感じません。
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マグダラのマリア礼拝堂、15世紀前半のマエストロ・デイ・カヴァラーリ作といわれています。
マリアの生涯を各場面で紹介していますが、ここもかなり傷んでいます -
柱にもたれ磔刑のイエスを見上げているマリア
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ノリメ・タンゲレ「我に触れるな」ですね
復活後マリアの前に現れたイエスですが、まだ完全復活していないのでマリアが触れないようにイエスが言った言葉です。
マグダラのマリアはイエスの恋人 というニュアンスが含まれた感じで扱われている作品が多いと思います。 -
写真中央の剥落した部分のすぐ右側に包帯みたいな布をグルグル巻きにされた男性がいます。「ラザロの蘇生」の場面です。このミノムシ、じゃなかったラザロはここではマグダラのマリアの弟になります。
新約聖書ではラザロの兄弟はマルタとマリアでこのマリアはベタニアのマルタといわれています。ベタニアは地名でエルサレム近郊です。
この礼拝堂はマグダラのマリア礼拝堂なので、ベタニアのマリアではなく、マグダラのマリアがラザロの兄妹として扱われています。この二人のマリアはよく混同されるようですが、恐らく当時の画家たちに大きな影響を与えていたのがウォラギネの「黄金伝説」だったと思われるので、マグダラのマリアがラザロの兄妹となっているのでしょう。 -
マリアの場面にはエルサレムでのもの以外にも、マルセイユと思われる場面も描かれています
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「黄金伝説」ではイエスが磔刑となったあと、マリアは姉マルタや弟ラザロらとともに舵の無い船に乗せられ遠島されますが、風が吹いてマルセイユに到着し異教徒を改宗させたと言われています、その場面と思われます。
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あの洗濯物はどうやって回収するんでしょうね
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トンネルみたいになっている路地が多いです
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一つ抜けるとまたその先にも
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どこを歩いているのかわからなくなります
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でも所々に案内があるので助かります
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リベルタ広場に行ってみよう
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結構な坂を上り
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街の一番南側にあるリベルタ広場に出ました
ローマ劇場のすぐそばにある広場です -
丁度市がたっています。
近郊や各州のチョコレートが売られていて甘いにおいがしました。 -
どんなものが売られているかを見ながらジュゼッペ・マッジーニ通りを町の中心へ向かって歩きます
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この通りがスポレートで一番賑わいを見せる通りのようです
ローマからの日帰り観光客も多いそうです -
マッジーニ通りの終点から北側に向かって坂を下りていきます
途中壁にこんな傷んだフレスコ画もありました -
写真右上がフレスコ画です
ドンドン下りていき町の北側から東に向かいました -
途中川沿いに石積みの城壁が続いています
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円形闘技場との事ですが面影は殆どありません
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城壁が何となくカーブを描いているのが分かる程度です
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城壁に沿って東に歩いて行ったらエスカレーターが見えました。山の上の要塞まで続いているようです。
これは助かったと、エスカレーターで上ります。何度も乗り換え、乗っている時間は5分以上あったと思います -
やっとアルボルノス要塞に到着です
この要塞の完成は1370年、グッビオ出身のマッテオ・ディ・ジョヴァネッロという建築家が建設しました。
アルボルノスという名は当時法王不在のイタリアを安定させるためにフランスの教皇庁から送り込まれたのが、スペイン人枢機卿のアルボルノスだったそうです。
彼の活躍は目覚ましく、イタリア中部を中心に彼の名が付いた要塞があちこちにあるそうです。 -
周りの景色をみながら一周します
街の中心部 -
ウンブリアは起伏の激しい土地ですね
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後で行く水道橋です
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この時期緑が濃くなって空気もいいし、気持ちイイ
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要塞の中は有料です、確か8ユーロ位取られます、高っ!
こちらはコルティーレ・ドノーレ。訳すと「名誉の中庭」とでもいうのでしょうか? -
2階建てのアーチ柱廊を建設させたのは法皇ニコロ5世で、お抱え建築士のベルナルド・ロッセリーノにやらせたそうです。
ベルナルド・ロッセリーノといえばピエンツァの設計・建設で有名ですね -
フレスコ画は2階部分に集中しています
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階段から2階へ移動します
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紋章の画が多かったです
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蜂が3匹いますがバルベリーニ家の紋章ですね、となるとウルバーノ8世の紋章ということでしょうか
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回廊から中に居住空間の部屋にはいる時にはチケットのチェックがありました。
ピンタの部屋と呼ばれている一室です、沢山のフレスコ画がありました。
14世紀末から15世紀前半にテルニの画家ドルミティオと彼の工房で描かれたものだそうです -
天使が女性には恋の矢を射込み、男性の方には「あの娘、君にゾッコンだぜ〜、やっちゃえ、やっちゃえ!」と指導しております・・・たぶん。
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部屋を仕切るアーチの両側にもオシャレな絵が。
女性と -
男性が両端に描かれています
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この部屋のフレスコ画もかなり傷んでいますが、この要塞は19世紀途中からは監獄としても使用されていたそうです
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しかも監獄として使われていたのは1984年までだって!つい最近じゃん。
日本がバブルだった頃ですよ。 -
この写真を見てなんとなく フチ子さん をイメージしたのはオヤジだけ?
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先程上ってきたエスカレータです。写真右端の城壁が円形闘技場の名残です
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要塞を出てエスカレータとは反対、山側の道から下りていくと
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ポンテ・デッレ・トッリ
13〜14世紀に作られた水道橋です -
橋を渡ることが出来ます。
でも行って帰ってきただけでした -
要塞の敷地沿いの道を通って町の中心へ戻ります。
この辺も景色が良いのでカフェで沢山の人が寛いでいます -
ドゥオモ傍のサンタ・エウフェミア教会は修復中で入れません
見たかった教会なので残念です。 -
同じ敷地内に入口のある司教区美術館は開いていましたのでそちらに
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見所はこれでしょうか
フィリッピーノ・リッピ「聖母子と聖モンターノと聖バルトロメオ」(1485年)
元々はウンブリア州とマルケ州境にあるプレーチのサン・モンターノ教会を飾っていた作品です -
美術館を出てメルカート広場にほど近い「ローマ時代の家」
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位置関係が分かり辛いのですが、入り口は違いますが要するに市役所の地下に当るところにローマ時代の家が発掘されたようです
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四角いアトリウムです
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モザイクもきれいに残っています
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紀元1世紀頃に建設された家だそうです
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メルカート広場にやってきました
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2時過ぎです。暑いしちょっと休憩です。
まだドゥオモも見てないし、どうしても行きたい教会があるし、時間いっぱいまで歩き回ります
今日はここまで、本日も最後までご覧頂きありがとうございました。
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