2016/06/24 - 2016/06/24
454位(同エリア3047件中)
玄白さん
オーストリア・チェコ一ヶ月のんびり旅の個別旅行記第4弾は、レジデンツ見学後のミュンヘン旧市街のブラブラある記。
本題の前のプロローグ最終版である。
ミュンヘンは言わずと知れたバイエルン州の州都。そしてそのバイエルン州は12世紀よりヴィッテルスバッハ家が支配し続けたバイエルン公国、王国の延長であり、その版図はあまり変わっていない。そのため、現代ドイツ国内でも他地域とは微妙に異なる文化圏を作っているようだ。言葉も標準ドイツ語とは違うところがあるという。いささか強引なアナロジーではあるが、関東と関西の違いのようなものかもしれない。
当然だが、わずか一日の滞在でそんな違いを肌で感じるなどということはできないが、バイエルン州都の文化遺産のいくつかを訪ねる半日の街歩きだった。
なお、今回の旅行スケジュールは旅行記ダイジェスト版に記載の通り
http://4travel.jp/travelogue/11152503
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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4時間半のレジデンツ見学でいささか疲れたので一旦ホテルに戻り休憩したあと、旧市街の一番賑やかな通り、ノイハウザー通りにやってきた。
カールス広場とマリエン広場を結ぶこの通りは、いろいろなショップや観光スポットでもある教会群が立ち並び、歩行者天国になっていて、そぞろ歩きする大勢の観光客があふれている。 -
最初に立ち寄ったのはミヒャエル教会。
バイエルン公ヴィルヘルム5世によって、1583年から14年の歳月をかけて創建されたイエズス会の教会である。歴代バイエルン公は反宗教改革のカトリックの立場に立ち、とりわけヴィルヘルムはラジカルな反プロテスタントだったようだ。そのため、カトリックの戦闘部隊とも言われるイエズス会にテコ入れしたのだろう。
ちなみにイエズス会の共同設立者の一人は、戦国時代に日本で布教活動をしたフランシスコ・ザビエルである。 -
教会正面は、ちょっと教会らしからぬ三角形のファッサードがしつらえられている。その壁には歴代バイエルン公の彫像が、あたかも家系図のように並べられている。
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正面入り口の上には、悪魔と戦う大天使ミヒャエル(ミカエル)のブロンズ像が置かれている。
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イチオシ
教会内部に入ると、美しく壮麗な白壁のルネッサンス様式の丸天井がまず目に入ってくる。
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中央祭壇に描かれているのも天使ミヒャエルである。なお、この祭壇の上の天蓋は、バチカンのサンピエトロ大聖堂に次ぐ大きなものだという。
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この銅像も背中に翼が生えているので、やはり天使ミヒャエルなのだろう。教会の名前の通り、ここはミヒャエルワールドである。
天使ミヒャエルというのは、キリスト教独自の概念かと思っていたが、調べてみるとユダヤ教やイスラム教にもあるのだそうだ。その起源は、紀元前6世紀のバビロン捕囚(ユダヤ民族の国ユダが新バビロニアのネブカドネザル王に滅ぼされ、捕虜となってバビロンに連れていかれたという事件)にさかのぼる。囚われの身となっているころ、現代に繋がるユダヤ教が成立したのだが、その過程でバビロンの人々が信仰していた土着の神が天使という概念としてユダヤ教に取り込まれ、それがキリスト教にも引き継がれたという説が有力らしい。 -
豪華な装飾の説教壇。
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身廊の窓からは、フラウエン教会の独特のタマネギ頭の塔が見えている。
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中央祭壇の反対側にあるパイプオルガン
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オルガンの背後の窓にバイエルンの紋章が描かれている。教会にはステンドグラスが付き物だが、この教会にはそれがない。
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この教会の地下に墓所があり、ヴィッテルスバッハ家の30人の遺体が入った棺が安置されている。ノイシュバンシュタイン城で有名なルートヴィッヒ2世の棺もある。
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墓所への入口。入るためには2ユーロの入場料が必要。金をはらってまで、棺を見る気にもなれなかったので、実際に見ることはしなかった。
他の方の旅行記によると、ルートヴィッヒ2世の棺は特に大きく、供えられている花も多いのだそうだ。存命中は、狂王、メルヘン王などと言われ中世ロマンの空想世界に逃避して国王としての責務を果たさなかった人物だが、現代ではメルヘンチックな城を作った人物として一番人気らしい。皮肉なものである。 -
ミヒャエル教会を後にして、ノイハウザー通りをマリエン広場に向かって歩いていると、こんなイノシシの銅像発見。たぶん、鼻の頭を撫でると幸せになれるなんて言い伝えがあるんではなかろうか、鼻先だけピカピカに光っている。まあ、一種のパワースポットといったところかな。
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フラウエン教会。
1468年から建設が始まり20年かけて完成したハレンキルフェというドイツ独特の後期ゴシック様式の教会。2つの塔が特徴的で、ミュンヘンのランドマーク的シンボルになっているが、あいにく、一方の塔は修復工事中。 -
教会に入って入口付近からみると、ずらりと並んだ特徴的な白い八角形の柱列が目に入る。これが壁のようになって、側面の窓が見えない。足元の床に悪魔の足跡という奇妙な足跡のような窪みがある。(これは写真撮り忘れた!)
これには、こんな言い伝えがあるという。
「教会の建築家が悪魔とある協定を結んだ。それは窓がない暗い教会にするから、悪魔に建設を手伝わせるというもの。教会が完成して、悪魔に見せると窓が無いように見えるにも関わらず、教会内は明るい光に溢れていたため、悪魔は、騙されたと知り地団駄を踏み、その足音を残した。」というもの。
たわいない言い伝えではあるが、確かに入口からは窓がないように見えるが、側面からはステンドグラスを通して外の光が入り込み、悪魔が嫌うであろう明るい教会になっている。 -
イチオシ
柱の横の側面身廊のステンドガラス
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ステンドガラスいろいろ。外は快晴で、日の光を受けて、美しく輝いている。
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入口の上方にはパイプオルガンがある。
パイプオルガンは、設置する場所に応じた専用の設計になっているので、一つとして同じものはない。 -
ヴィッテルスバッハ家出身の神聖ローマ帝国皇帝ルートヴィッヒ4世の巨大な墓碑。
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この教会も、他のミュンヘンの歴史的建造物同様、第2次大戦で連合国の空爆で破壊された。破壊された当時の様子を伝える写真が教会内に展示されている。
修復には大変な時間がかかり、復元工事が完了したのは1994年だった。 -
内陣には多くの礼拝堂が並んでいる。
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さらにノイハイザー通りをブラブラ・・
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こんなフルーツや野菜の露店も出ている。
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もう時期遅れだとは思うが、シュパーゲル(ホワイトアスパラ)も売られている。安いし、ミュンヘンでもアパートでの自炊だったら買って帰りたいところだが、明日はザルツカンマーグートへ移動するので、ここはグッと我慢。
現役のころ、5月に出張でワイマールやデュッセルドルフに来たときに食べた、ゆでたシュパーゲルにオランデーズソースをかけたシンプルな料理の味が忘れられない。 -
午後のミュンヘン旧市街の散策は、連れ合いにとっては観光よりも(ウィンドウ)ショッピングがメイン。
「Sale」という文字が目に入ると、スーッと店の中に吸い寄せられていく。一度入ると20分、30分は出てこない。
その間、通りを行き交う人の流れを眺めたり、写真をとったりして時間をつぶす。 -
ウェディングドレスを着たカップルが歩いて行く。最近どこでも見かける中国の新婚さんではなく、欧州系のカップルだ。どこかの教会に結婚式をあげにいくのだろうか。
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マリエン広場にやってきた。広場に面して荘厳な雰囲気のネオ・ゴシックの建物が聳えている。新市庁舎である。新市庁舎といっても完成したのは1909年、今から100年以上前である。
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別のアングルで。
右側の塔は広場の真ん中に立つマリエン柱。柱のてっぺんには、金ぴかのマリア像が広場を見守っている。 -
超広角レンズに換えても全部入りきらない。
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イチオシ
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新市庁舎の見どころは、中央に聳える高さ85mの時計塔の・・・
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塔の中に組み込まれた巨大な仕掛け時計グロッケンシュピーゲルである。毎日11時、12時、17時、21時(冬は11,12時のみ)になると、時計の中の32体の人形がグロッケンシュピーゲルつまり組み鐘(英語で言えばカリヨン)の演奏に合わせて動き出す。1568年にバイエルン公ヴィルヘルム5世とフランスロレーヌ公の娘レナーテの結婚を祝して行われた騎士の馬上試合がテーマになっているという。小さく見えるが人形は等身大だそうだ。
人形が動き出すのにまだ一時間以上もある。日差しが強い広場で待っているのも苦痛なので、仕掛け人形の動きを見るのは断念。 -
塔の真下から見上げる
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新市庁舎の塔にはエレベーターで昇れる。(2.5ユーロ)
塔の上からはミュンヘン市街が一望できる。間近にフラウエン教会のネギ坊主の屋根をかぶった2本の塔が見える。 -
イチオシ
広場の上方突き当りにある三角のファッサードがある建物が旧市庁舎。見た感じは新市庁舎よりあたらしく見える。新市庁舎ができてからしばらくは市議会議事堂として使われていたというが、今ではおもちゃ博物館になっている。
その奥に見える青い屋根の塔はペーター教会の塔。 -
ペーター教会の塔をアップで見ると、こちらも展望台になっていて観光客がいるのが分かる。こちらの方が新市庁舎展望台より少し高いようだが、エレベータはないので300段弱の階段を登らなければならない。
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下に降りて、上から見えた噴水のそばに行ってみた。
この日は30度を超える暑い日なので、観光客が入れ替わり足を水に浸けて涼んでいる。 -
「僕もやりたい〜」とせがむ息子を止める母親。
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噴水の周りをウロウロしている間、またまた連れ合いはSaleの看板に吸い寄せられて背後に写っているデパートらしき店に吸い込まれている。
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ペーター教会に行ってみる。
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内部は、こんな具合になっている。ミュンヘンでは最も古い教会で、11世紀前半、ヴィッテルバッハ家が台頭するはるか以前からロマネスク様式の教会として存在していたという。13世紀末にゴシック様式の教会に改築された。
第二次大戦で破壊された町の復興は、まずこの教会の再建から始まり1954年にはすでに復旧工事が完了している。 -
中央の祭壇は15世紀末に制作されたもの
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天井のフレスコ画
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説教壇
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パイプオルガン
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まだ、外は日が高いが6時をすぎたので、夕食にする。
今回の旅行では数少ないレストランでの外食。新市庁舎の地下にあるバイエルン郷土料理レストラン「Ratskeller」へ。恐ろしく広い店内である。一旦手洗いに行くと、自分の席が分からなくなるほどだ。
場所柄、観光客が多いのであろう。写真付きの日本語メニューまであるが、ドイツ語や英語のメニューに比べると料理の品数がやけに少ない。
先にビールを注文し、ビールを飲みながら英語のメニューで料理を選ぶ。 -
前菜。
アフタヌーンティーならば、サンドイッチ、スコーン、プチケーキが並ぶのだろうが、アフタヌーンビールなので、上段:ブルスケッタ、中段:パプリカ、グリーンアスパラ、モッツァレラのサラダ、下段:生ハムとスモークサーモンが並ぶ -
左上:自家製ソーセージ、自慢の白ソーセージは、すでに薄皮が剥かれ、蜂蜜入り入りマスタードを塗って処理されている
左下:骨付きポークを揚げたもの、外側はパりパリ、中はジューシー。付け合わせのクヌーデル(ジャガイモの団子)もボリュームがすごい。デザートが入る胃袋の隙間はなくなった。
ビールは、名門レーベンブロイのラガービールと白ビール。白ビールとは、大麦麦芽に大量の小麦を混ぜて醸造したビール。苦みは少なく、ちょっとフルーティな独特の味である。 -
満腹となった腹をさすりながら一旦ホテルに引き上げる。9時半過ぎ、ようやく日が落ちるころ、夜の旧市街の撮影をしに、三脚を持ってノイハウザー通りに一人で出かける。
カールス広場あたりも、昼間と変わらぬ大勢の観光客でにぎわっている。 -
イチオシ
カールス門
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ミュンヘンの街は、期待したほど夜景がきれいというわけではないな。
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イチオシ
バッグの店のショーウィンドウが目を惹きつける。観光客の皆さんも立ち止まって写真を撮っている。
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ミヒャエル教会とフラウエン教会の塔
30分ほどウロウロしてからホテルに戻る。
明日の朝はザルツブルグ経由でザルツカンマーグートの真ん中、バート・イシュルへ移動する日である。
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