2016/08/08 - 2016/08/10
39位(同エリア244件中)
紅い翼さん
2016年の夏休み、北陸の能登半島を周遊する2泊3日のドライブの旅へ。
正直これまであまり縁が無かった北陸。
ワタクシの中のフロンティアとなっていた地で、いつか機会を見つけて訪れてみたいな~と思っていたところ、今年は何とか3日間の夏休みを確保。
それならばと、その北陸の中でも最も遠い「能登半島」ぐるっとドライブしてみようかと。
北陸新幹線で北陸の中枢都市・金沢へと降り立ち、ここからレンタカーで能登半島を北上開始!
最初に向かったのは、能登半島の西海岸側のまさに“付け根”に位置する「羽咋市」周辺に今も残る歴史ある神社仏閣とともに、日本で唯一、車で走ることができる「千里浜なぎさドライブウェイ」へ。
夏らしい青空の下、旅のしょっぱなから様々な顔を持つ能登の魅力を感じることができました♪
【 旅の行程 】
・東京駅 ~ 金沢駅 ~ 加賀藩十村役喜多家 ~ 志雄パーキングエリア/千里浜なぎさドライブウェイ ~ 気多大社 ~ 妙成寺
【2016夏休み・能登半島周遊ドライブの旅】
・旅行記その1 ≪この旅行記≫
・旅行記その2 ~戦国の名将・上杉謙信も称賛した巨大山城 七尾城登城記~
http://4travel.jp/travelogue/11160037
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 交通手段
- レンタカー 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
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〔 東京駅 〕
2016年の夏休み、今年は少しお盆をずらし8月8日から10日までの3日間の休みを確保(実質6連休)。
そこでこれまで訪れる機会が無かった北陸に照準を合わせ、その中から能登半島を周遊する2泊3日の旅を立案してみました。
「東京駅」を6時16分発の北陸新幹線“かがやき”の1番列車で、一路金沢へと向かいましょう!東京駅 駅
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〔 金沢駅 〕
およそ2時間半で北陸の中心都市・金沢へと到着。
初めて北陸新幹線に乗りましたが、思っていた以上に早く着きますね〜。
これまで北陸は遠いイメージがあり、なかなか訪れる機会が無かったんですが、これだと東京からも気軽に来れそうな感じ。
駅ビル内にある観光案内所をのぞいてみると、金沢以外の観光パンフレットも充実しており、これから行きそうなスポットの分を見つくろって確保。金沢駅 駅
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「金沢駅」の西口へと出て、ここからはレンタカーで能登半島を周遊してゆきます♪
石川県の北半分を占める能登半島はかなりの広さがありますし、鉄道やバスなどの公共交通機関もあるにはありますが、特に半島の先端の方へ行くにつれ厳しい状況のよう。
かつこの夏の暑さもありますので、各地へ効率的にアクセスするには車じゃないとキツイかなと。
ちなみに最初は、金沢市街の古い町並みの散策をメインにしようかとも考えたんですが、たぶんメジャーすぎて観光客も多いでしょうし、何よりもこの炎天下の中を何時間も歩くのって厳しいんですよねぇ。
この時期は町歩きには向かないというのが持論です(笑) -
〔 加賀藩十村役喜多家 〕
金沢市街より、自動車専用道路の「のと里山海道」を使い、一路能登半島を北上してゆきます。
全線無料なので、気軽に利用できるのが有難い限り。。。
のと里山海道の米出ICで降り、最初に訪れたのが「加賀藩十村役喜多家」という江戸時代のお屋敷です。加賀藩十村役「喜多家」 名所・史跡
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“表門”をくぐり、緑に包まれた中を進んでゆくと、一段下がったところに建物が見えてきました。
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イチオシ
そこには、茅葺屋根が今も残る立派な“総門”が!
この門の横で入場料(大人500円)を払うと、「この門の前で待っていてください」とのこと。
しばらくすると、案内してくれる方がいらっしゃり、
現在の石川県にあたる旧加賀・能登国は、戦国時代に一向一揆が盛んな地で、織田信長による徹底的な弾圧が行われました。
この地を治めた大名・前田家としては、武士である代官が直接年貢を徴収するのではなく、地域の有力な農民を“十村(とむら)役”として任命し、彼らが農村全体を管理することにより、徴税を円滑に進められるメリットがあったそうです。
………といった話を伺いながら、建物の中へ。
どうもこの日初めてのお客だったようです。。。 -
総門の先に、これまた重厚な雰囲気の“母屋”が建っています。
何でも、もうすぐ築300年にもなる旧家で、国の重要文化財に指定されています。
ちなみにこの“喜多家”の先祖は源氏に連なる新田氏で、南北朝の動乱以降この地で帰農し、江戸時代に“十村役”に任命され、最終的には約200村、2,300石の管理を担っていたんだとか。
それってぜんぜん“十村”じゃないですねぇ(笑) -
(写真ではちと分かりづらいですが)この建物には玄関が4か所あり、奥から殿様用・家老とか偉い武士用・一般武士用、最後に十村役ら農民用に区別されています。
さすが江戸時代の身分制が反映されています。 -
(加賀藩十村役喜多家の風景①)
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母屋の平面図がこちら。
これを見ても分かるとおり、かなり広い造りになっています。 -
中に上がり、まずは“溜りの間”へ。
ここは十村役や各地域の庄屋らが集まり、打ち合わせなどをするための部屋。
この奥に一段高い間が続いていますが、ここから先が武士たちの居住空間になります。 -
ちなみにここにかかっているのは、江戸時代末期の幕臣・山岡鉄舟の書で………何て書いているんだっけかな(−−〆)
説明を聞いたんですが、改めて見ても達筆すぎて読めませんねぇ(苦笑)
たしか意味は、「物事を進めるときにはゆとりをもってやろうね」って感じでした。
うん、なかなかいいこと言いますねぇ。 -
(加賀藩十村役喜多家の風景②)
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この格子戸の向こう側(建物の外)に農民たちが座り、お役人様に対していろいろと報告をしたりしたんだとか。
そんなに見られちゃ困る顔だったのかな??? -
お殿様用の玄関口からの通り道には、畳の向きを変える工夫も。
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(加賀藩十村役喜多家の風景③)
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(加賀藩十村役喜多家の風景④)
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建物の1番奥に、お殿様が来た際に滞在する“御本陣”が設けられています。
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(加賀藩十村役喜多家の風景⑤)
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建物の中を20〜30分ほどかけてひと通り案内いただいた後、あとは自由に見学する感じでした。
今回案内していただいた方が、実は喜多家のご当主の方だったようです( ゚Д゚)
何とも恐れ多い限りで…。
ちなみに母屋以外にも蔵に見立てた資料館もあり、中には喜多家に残るお宝が展示されています。 -
イチオシ
(加賀藩十村役喜多家の風景⑥)
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緑に包まれた中を通り、お屋敷の外へ。
ちなみにこれにも意味があって、この地が加賀・能登・越中国のちょうど交わる交通の要衝であり、万が一徳川幕府と事を構える事態になった際ここを拠点にするという構想があり、極力目立たずに防備を整える必要があったためだそうです。
今回、江戸時代から続く貴重な建物とともに貴重なお話も伺うことができました。
平日の午前中だったのもあり、またあまり知られていないためか、途中でもう1組の観光客が訪れただけのほぼ貸切状態で、ゆっくりと当時の歴史に接することができました。 -
〔 志雄パーキングエリア/千里浜なぎさドライブウェイ 〕
喜多家の見学を終え、「のと里山海道」へと復帰。
さらに北上してゆくと、パーキングエリアがあったので寄り道していきますか〜。
ちなみに建物に“しおパーキング”と書いてありますが、漢字をあてると“志雄”です。志雄パーキングエリア (上り) 道の駅
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ナニユエ寄ったかといえば、今通っている「のと里山海道」に並行するように、日本で唯一車で走れる砂浜として有名な「千里浜なぎさドライブウェイ」があるから!
まあ、どちらにせよ車なので、アスファルトの道路も砂浜も移動することにあんまり変わらないかな〜と思いつつ(←夢の無い奴)も、ま、景色だけでも眺めてみようという趣向です。
PAの中から海の方へと道が続いていて、その先には………。千里浜なぎさドライブウェイ 自然・景勝地
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おおっ、蒼い空と美しい日本海の海岸線が(^^♪
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イチオシ
あ、砂浜を走ってる走ってる(笑)
海も予想以上に綺麗な感じで、まさに夏らしい一情景といった絵。千里浜海岸 自然・景勝地
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砂浜に立つ道路標識………もちろん必要だからあるんですけど、何となくシュールな絵ですねぇ(苦笑)
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(志雄パーキングエリア/千里浜なぎさドライブウェイの風景①)
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せっかくなんで、砂浜まで降りてみました。
波打ち際へと行く場合には横断注意です(実際看板が出てました)。 -
(志雄パーキングエリア/千里浜なぎさドライブウェイの風景②)
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(志雄パーキングエリア/千里浜なぎさドライブウェイの風景③)
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このスポットはちょうど西側に海が広がっているので、日本海に沈む夕日の景色なんかも最高でしょうね〜。
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〔 気多大社 〕
「のと里山海道」通り、能登半島の西岸をさらに北上してゆくと、能登国一宮の「気多(けた)大社」が鎮座していますので、こちらへお参りしていきましょう。気多大社 寺・神社・教会
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鳥居をくぐり、右手にある社務所でご朱印をお願いすると、「書いておきますので参拝されてください」とのこと。
“ポケモンGO”禁止の看板が出てるのも、そういう時代なんですかねぇ(苦笑) -
「気多大社」境内の案内図がこちら。
その創建は約2,100年前とも伝わる神社であり、境内には重要文化財に指定されている社殿が立ち並ぶとともに、特徴的なのが社殿の奥に広がる原生林の社叢で、“入らずの森”として立ち入りが禁止させています。 -
重厚さを醸し出す“神門”を抜けると…。
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イチオシ
1653年に建てられたという“拝殿”へ。
御祭神は大国主命で、能登の地を開いた大神と仰がれているそうです。 -
(気多大社の風景①)
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(気多大社の風景②)
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神社の名前=「“氣”が多」からか、パワースポット(←あんまり好きな言葉じゃないですが…)としても有名で、かつ御祭神が大国主命ということもあってか、縁結びにもご利益がある神社としても人気があるんだとか。
そう言われてみれば、若い女性の姿もちらほらと。。。 -
(気多大社の風景③)
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“拝殿”から右側奥へと進むと、社叢林の前に鳥居が立っていました。
ここから先が、まさに“入らずの森”になるんですね〜。 -
その“入らずの森”の手前には、鬱蒼とした緑に包まれるように、いくつかの摂社が建ち並んでいます。
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(気多大社の風景④)
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イチオシ
立派な社殿はもちろんいいんですが、こういう簡素な鳥居だけが建つ社叢のただ中に佇んでいると、神域としての空気が感じられます(>_<)
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(気多大社の風景⑤)
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最後にいただいた御朱印がこちら。
御朱印と一緒に、部屋に置く用に“氣”の文字が書かれた神符もいただけました。
さらに、“氣”の一文字が記されたお守りを別途購入し、これでかなりの“氣”を集めることができたかな(*^^)v -
〔 妙成寺 〕
ここ羽咋市周辺で最後に訪れたスポットが、日蓮宗の北陸総本山「妙成寺(みょうじょうじ)」です。
浄土真宗が強いお国柄の中、加賀藩前田家の手厚い庇護を受け、能登随一の大伽藍が造営され今に至っています。妙成寺 寺・神社・教会
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こちらが境内の地図。
さすがに日蓮宗の北陸総本山だけあって、広い境内に多くの建物が残っているようですねぇ。
何でも、境内には10棟もの国指定重要文化財の諸堂があるんだとか。 -
入口で参観料(大人500円)を納め、合わせて御朱印帳を預けておくと帰りまでに書いておいていただけるとのこと。
なお、これから示された順番で参拝していくのですが、ここですべて紹介しているとキリが無いため、特に印象的な場所を中心にしときます。 -
“浄行堂”のそばにある“さざれ石”。
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(妙成寺の風景①)
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イチオシ
その先には、山号“金榮山”の扁額を掲げる“仁王門”が。
見るからに重厚な門構えで、1625年の建立だそうです。 -
(妙成寺の風景②)
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その“仁王門”を抜けると、階段の先にそびえ立つのが北陸唯一の五重塔!!!
こちらに立ち寄った1番の理由が、この五重塔を生で観てみたいと思ったから(>_<) -
(妙成寺の風景③)
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(妙成寺の風景④)
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イチオシ
階段を上り切り、塔の真下へ。
この五重塔は、加賀藩3代利常の生母で熱心な日蓮宗信者であった福寿院が願主となり、1618年に建立されたもので、その高さは約34メートルあります。
こうやって見上げてみると、塔としての均整が取れた美しい姿(^^♪ -
塔の門扉には細かな彫刻が施されています。
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屋根は薄い板を張り付けた“栩葺(とちぶき)”という造りで、五重塔としては全国でもこの塔だけなんだとか。
豪雪地帯の北陸で300年以上立ち続けるなんて、その技術がスゴイとしか言いようがありませんね〜。
ちなみに五重塔は境内の1番高所の比較的狭い場所に建っていて、かつまわりに木々も植えられており、撮影のアングルを探すのにちと苦戦しました(苦笑) -
(妙成寺の風景⑤)
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こちらは、1614年に、加賀藩3代藩主利常が大坂冬の陣に出陣する際、戦勝祈願のために建てられたと伝わる“三十番神堂”です(手前が拝殿で奥が本殿)。
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あ、このあたりの新緑がヤバいっす。。。
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(妙成寺の風景⑥)
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妙成寺の“本堂”(写真奥)を中心に、その左側に“三光堂”(写真手前)と右側に“祖師堂”の3堂が並んで建っていますが、お堂が大きすぎて入り切らん(ー_ー)!!
このように横一線に並ぶ伽藍配置は、近世以前の日蓮宗寺院の本来の形だそうで、ここ妙成寺が全国唯一その姿を残しているそうです。 -
その“本堂”と“祖師堂”を正面から見るとこんな感じ。
この大寺に相応しい堂々たる姿! -
お、この常香炉にある家紋は、加賀前田家の“加賀梅鉢”の紋かな。
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順路に従い、“祖師堂”の前から延びる屋根付きの回廊を通っていきます。
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(妙成寺の風景⑦)
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ここまででも十分お腹いっぱいなんですが、最後に“書院庭園”へと向かいましょう。
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(妙成寺の風景⑧)
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ここ“書院”の縁側からは、池泉鑑賞式の庭園とともに、その借景として五重塔が望めるようになっています。
最後の最後まで気の抜けないスポットだなぁ(笑) -
イチオシ
せっかくなので、アップ目に五重塔の雄姿を1枚パチリ♪
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こんな感じで境内をひと回りし、入口に戻り御朱印をいただきました。
じっくりと見る価値のある昔ながらの伽藍群が今も建ち並び、あっという間に時間が過ぎてしまいました。
その中でもやはり、必見なのが北陸唯一の五重塔でしょうか。
アクセス的には車がないと厳しい場所ですが、それでもこういう歴史的建物が好きな方は訪れる価値があると思います。 -
金沢から能登半島の西側を主に「のと里山海道」に沿って北上し、羽咋周辺のスポットを巡ってきた旅の最初の章は、ちょうどここで一区切り。
この能登半島ドライブの旅もまだまだ始まったばかり。
ではでは、ここからさらに次のスポットへと向かいますが、その模様は次の旅行記で。
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この旅行記へのコメント (2)
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- Weiwojingさん 2016/08/30 11:31:18
- 「能登半島の旅」のこれからの展開に期待しています。
- 紅い翼さん、お久しぶりです。
今年の夏休みは北陸能登半島ドライブの旅でしたか。私は金沢と砂浜ドライブウェイを、あっ、それから東尋坊も10数年前に行ったことがあるだけで、北陸方面は未知の地域です。
これまでそんなに行きたいというところではありませんでした。どんよりした灰色の空ばかり見ていたせいか、こんなにも青い空があるとはあまり想像もしていませんでした。
いつも車での旅は便利で、快適でしょうね。これから北陸路をどのように進んでいかれるのか楽しみです。今後を期待しています。
では、フィリピンから。
Tamegai
- 紅い翼さん からの返信 2016/08/31 00:49:55
- RE: 「能登半島の旅」のこれからの展開に期待しています。
- Tamegaiさん、こんばんは。
ご無沙汰しております。
> 今年の夏休みは北陸能登半島ドライブの旅でしたか。私は金沢と砂浜ドライブウェイを、あっ、それから東尋坊も10数年前に行ったことがあるだけで、北陸方面は未知の地域です。
> これまでそんなに行きたいというところではありませんでした。どんよりした灰色の空ばかり見ていたせいか、こんなにも青い空があるとはあまり想像もしていませんでした。
私もこれまで北陸には縁が無く、今回思い立ち能登半島へと行ってみました!
おっしゃるとおり、北陸はどんよりとした天候の印象が強いのですが、2泊3日の旅行中、だいたい晴れてくれたので良かったです。
> いつも車での旅は便利で、快適でしょうね。これから北陸路をどのように進んでいかれるのか楽しみです。今後を期待しています。
ありがとうございます。
昔は公共交通機関を乗り継いでたんですが、最近はだいぶ横着するようになり、車をメインにすることが多くなってしまいました・・・。
遅筆で恐縮ですが、また続きもご覧いただけると嬉しいです。
紅い翼
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