洛陽旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 かねてから行きたかった新疆ウイグル自治区の外務省の危険情報が2009年のウルムチ騒乱以来、レベル3(渡航自粛)からレベル1(十分注意)になったの早速訪ねる事にした。<br /> 大阪港~上海~ウルムチ~トルファン~敦煌~西安~洛陽~上海~大阪港、前回と違って余裕をのある日程を組んだが、前回よりも予想外、想定外の事が起きてしまったのである。<br /><br /> 今回は世界遺産、中国三大石窟の一つ、龍門石窟、前回、敦煌の莫高窟、大同の雲岡石窟を拝観したので是非とも行きたかった所の一つだった。<br /> 尚、6月8日(金)に行ったが、あいにくの明るい曇天で今一つ良い写真が撮れなかったので快晴だった翌日も行って、2日間撮った画像の良い方を投稿したので混在しています。<br /> ご参考まで<br /> 飛行機に乗らずに神戸~上海~西安~敦煌~嘉峪関~大同~青島~下関11,800キロの旅 vol.7 莫高窟<br />http://4travel.jp/travelogue/11049534<br /> 飛行機に乗らずに神戸~上海~西安~敦煌~嘉峪関~大同~青島~下関11,800キロの旅 vol.17 雲岡石窟<br />http://4travel.jp/travelogue/11071443<br /> 飛行機に乗らずに神戸~上海~西安~敦煌~嘉峪関~大同~青島~下関11,800キロの旅 vol.20 再び雲岡石窟へ<br />http://4travel.jp/travelogue/11077189<br /><br /> 龍門石窟の説明文については<br />西安・洛陽旅行記の「三大石窟の一つ 河南省・龍門石窟」<br />http://www.ja6ybr.org/~jf6dea/hsrpt/by/bytop.htm<br />から引用しました。

3度目の中国 烏魯木斉~トルファン~敦煌~洛陽への旅 vol.12 洛陽 龍門石窟

55いいね!

2012/05/28 - 2012/06/13

3位(同エリア160件中)

1

93

ノスタルジア

ノスタルジアさん

 かねてから行きたかった新疆ウイグル自治区の外務省の危険情報が2009年のウルムチ騒乱以来、レベル3(渡航自粛)からレベル1(十分注意)になったの早速訪ねる事にした。
 大阪港~上海~ウルムチ~トルファン~敦煌~西安~洛陽~上海~大阪港、前回と違って余裕をのある日程を組んだが、前回よりも予想外、想定外の事が起きてしまったのである。

 今回は世界遺産、中国三大石窟の一つ、龍門石窟、前回、敦煌の莫高窟、大同の雲岡石窟を拝観したので是非とも行きたかった所の一つだった。
 尚、6月8日(金)に行ったが、あいにくの明るい曇天で今一つ良い写真が撮れなかったので快晴だった翌日も行って、2日間撮った画像の良い方を投稿したので混在しています。
 ご参考まで
 飛行機に乗らずに神戸~上海~西安~敦煌~嘉峪関~大同~青島~下関11,800キロの旅 vol.7 莫高窟
http://4travel.jp/travelogue/11049534
 飛行機に乗らずに神戸~上海~西安~敦煌~嘉峪関~大同~青島~下関11,800キロの旅 vol.17 雲岡石窟
http://4travel.jp/travelogue/11071443
 飛行機に乗らずに神戸~上海~西安~敦煌~嘉峪関~大同~青島~下関11,800キロの旅 vol.20 再び雲岡石窟へ
http://4travel.jp/travelogue/11077189

 龍門石窟の説明文については
西安・洛陽旅行記の「三大石窟の一つ 河南省・龍門石窟」
http://www.ja6ybr.org/~jf6dea/hsrpt/by/bytop.htm
から引用しました。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
交通手段
高速・路線バス 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟<br /><br /> 関林南街の入口のバス停から20分程で龍門石窟のバス停に13時40分に着いた。<br />ここから龍門石窟の入口までは例の如くお土産街が延々と続いていたが、当然スルーして入り口をひたすら目指した。

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

     関林南街の入口のバス停から20分程で龍門石窟のバス停に13時40分に着いた。
    ここから龍門石窟の入口までは例の如くお土産街が延々と続いていたが、当然スルーして入り口をひたすら目指した。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 入場券120元1,560円<br /><br /> 龍門石窟は北魏の孝文帝が山西省の大同から洛陽に遷都した494年(太和18年)に始まる。仏教彫刻史上、雲岡石窟の後を受けた、龍門期(494年 - 520年)と呼ばれる時期の始まりである。<br /> 龍門石窟の特徴は、その硬さ、すなわち雲岡石窟の粗い砂岩質と比較して、緻密な橄欖岩質であることである。そのため、北魏においては雲岡のような巨大な石窟を開削することが技術的にできなかった。『魏書』釈老志にも、500年(景明2年)に宣武帝が孝文帝のために造営した石窟は、規模が大きすぎて日の目を見ず、計画縮小を余儀なくされた顛末を記している。<br /> 最初期は5世紀末の「古陽洞」窟内に見られる私的な仏龕の造営に始まる。宣武帝の計画を受けて開削された「賓陽洞」3窟のうち、実際に北魏に完成したのは賓陽中洞のみであり、南と北洞の完成は唐の初期であった。その他、北魏時期の代表的な石窟としては、「蓮華洞」が見られる。また、北魏滅亡後も石窟の造営は細々とながらも継続され、「薬方洞」は北斉から隋にかけての時期に造営された石窟である。<br /> 唐代には、魏王泰が賓陽3洞を修復し、褚遂良に命じて書道史上名高い『伊闕仏龕碑』を書かせ、641年(貞観15年)に建碑した。初唐の代表は、656年 - 669年(顕慶年間〜総章年間)に完成した「敬善寺洞」である。その後、「恵簡洞」や「万仏洞」が完成し、この高宗時代に、龍門石窟は最盛期を迎えることとなる。<br />

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 入場券120元1,560円

     龍門石窟は北魏の孝文帝が山西省の大同から洛陽に遷都した494年(太和18年)に始まる。仏教彫刻史上、雲岡石窟の後を受けた、龍門期(494年 - 520年)と呼ばれる時期の始まりである。
     龍門石窟の特徴は、その硬さ、すなわち雲岡石窟の粗い砂岩質と比較して、緻密な橄欖岩質であることである。そのため、北魏においては雲岡のような巨大な石窟を開削することが技術的にできなかった。『魏書』釈老志にも、500年(景明2年)に宣武帝が孝文帝のために造営した石窟は、規模が大きすぎて日の目を見ず、計画縮小を余儀なくされた顛末を記している。
     最初期は5世紀末の「古陽洞」窟内に見られる私的な仏龕の造営に始まる。宣武帝の計画を受けて開削された「賓陽洞」3窟のうち、実際に北魏に完成したのは賓陽中洞のみであり、南と北洞の完成は唐の初期であった。その他、北魏時期の代表的な石窟としては、「蓮華洞」が見られる。また、北魏滅亡後も石窟の造営は細々とながらも継続され、「薬方洞」は北斉から隋にかけての時期に造営された石窟である。
     唐代には、魏王泰が賓陽3洞を修復し、褚遂良に命じて書道史上名高い『伊闕仏龕碑』を書かせ、641年(貞観15年)に建碑した。初唐の代表は、656年 - 669年(顕慶年間〜総章年間)に完成した「敬善寺洞」である。その後、「恵簡洞」や「万仏洞」が完成し、この高宗時代に、龍門石窟は最盛期を迎えることとなる。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 大まかな地図

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 大まかな地図

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 龍門橋

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 龍門橋

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 龍門橋

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 龍門橋

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 龍門橋

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 龍門橋

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 香山寺<br /><br /> 香山寺の創建は北魏に遡る。この山は香葛を産することから香山の名が付き、寺の名も香山寺となった。<br /> 大和三年(829年)白居易が河南長官として洛陽へ赴任したころ、香山寺は長い間手を入れておらず荒れ果てていた。白居易は多額の資金を集め修繕を行った。太和6年(833年)自らを香山居士と号し、香山寺の仏光和尚と共に70歳以上の好友を集め香山九老詩社を結社した。<br /> 酔吟先生とも呼ばれた白居易は仲間と酒を嗜み詩を吟じ、琴を弾じ、音楽を聴き、将棋を楽しんでいたが、会昌6年(846年)8月75歳で病没した。<br /> 同年11月生前の遺言により香山寺北に位置する琵琶峰に葬られた。琵琶峰を登り柏の木立に囲まれた酔吟先生が眠る円形墓の前に立つ。<br /> 昔は許しなく名前を石に刻むことは叶わなかったが、楼がかけられた墓前の石碑には唐小伝白公墓と刻まれていた。

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 香山寺

     香山寺の創建は北魏に遡る。この山は香葛を産することから香山の名が付き、寺の名も香山寺となった。
     大和三年(829年)白居易が河南長官として洛陽へ赴任したころ、香山寺は長い間手を入れておらず荒れ果てていた。白居易は多額の資金を集め修繕を行った。太和6年(833年)自らを香山居士と号し、香山寺の仏光和尚と共に70歳以上の好友を集め香山九老詩社を結社した。
     酔吟先生とも呼ばれた白居易は仲間と酒を嗜み詩を吟じ、琴を弾じ、音楽を聴き、将棋を楽しんでいたが、会昌6年(846年)8月75歳で病没した。
     同年11月生前の遺言により香山寺北に位置する琵琶峰に葬られた。琵琶峰を登り柏の木立に囲まれた酔吟先生が眠る円形墓の前に立つ。
     昔は許しなく名前を石に刻むことは叶わなかったが、楼がかけられた墓前の石碑には唐小伝白公墓と刻まれていた。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 香山寺

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 香山寺

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟<br /><br /> 左から賓陽南洞、賓陽中洞、賓陽北洞

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

     左から賓陽南洞、賓陽中洞、賓陽北洞

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 第20窟 潜渓寺 北魏(650〜683年)

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 第20窟 潜渓寺 北魏(650〜683年)

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 第140窟 賓陽中洞 釈迦牟尼 北魏(500〜523年)<br /><br /> 北魏の時代(西暦500〜523年)に造営。 正壁に釈迦牟尼(しゃかむに)像と2つの弟子像、2つの菩薩像がある。 南北両壁に2つの立像菩薩がある。  床面は蓮の花の池の如く、石窟の天井頂部にも蓮の花と八身飛天(仏教を題材にした画や石に刻まれた絵に見られる天に舞う神々)。 前壁には皇帝及び皇后が仏に礼拝する壁画(「皇帝礼仏図」及び「皇后礼仏図」)が描かれていたと伝えられる。

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 第140窟 賓陽中洞 釈迦牟尼 北魏(500〜523年)

     北魏の時代(西暦500〜523年)に造営。 正壁に釈迦牟尼(しゃかむに)像と2つの弟子像、2つの菩薩像がある。 南北両壁に2つの立像菩薩がある。  床面は蓮の花の池の如く、石窟の天井頂部にも蓮の花と八身飛天(仏教を題材にした画や石に刻まれた絵に見られる天に舞う神々)。 前壁には皇帝及び皇后が仏に礼拝する壁画(「皇帝礼仏図」及び「皇后礼仏図」)が描かれていたと伝えられる。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 第104窟 賓陽北洞 北魏(650〜683年)<br /><br /> 北魏の時代(500〜523年頃)に造営開始したものの、唐の高宗の時代(650〜683年)に完成。 主尊は阿弥陀仏で、背景には複雑な動きを表現する火紋が表現されている。  洞口南側の龍頭の形の柱の基礎は、北魏時代を代表する作といわれる。

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 第104窟 賓陽北洞 北魏(650〜683年)

     北魏の時代(500〜523年頃)に造営開始したものの、唐の高宗の時代(650〜683年)に完成。 主尊は阿弥陀仏で、背景には複雑な動きを表現する火紋が表現されている。  洞口南側の龍頭の形の柱の基礎は、北魏時代を代表する作といわれる。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 賓陽北洞 北魏(650〜683年)

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 賓陽北洞 北魏(650〜683年)

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 第159窟 賓陽南洞 阿弥陀仏<br /><br /> 北魏の時代に造営開始、洞内正面には5体の主像があり、唐時代の貞観15(641)年に完成。 (唐の2代皇帝、太宗・李世民の四男である)魏王・李泰が、母の長孫皇后の冥福を祈るために造営した。  主仏はふっくらとした顔で、流暢な袈裟の柄の阿弥陀仏。<br /> ここは本来、北魏の7代皇帝・宣武帝のための洞で、概ね500〜512年頃から工事が始まっているようです。 しかし、ここも北魏の時代の方針転換による鞏義石窟寺の第1窟造営工事への傾注により、 工事は中断され、唐の時代になって当時の魏王・李泰 (618〜652)が、母の長孫皇后 (601〜636) の冥福を祈るためという理由で賓陽南洞を修復し、完成させたということのようです。<br />

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 第159窟 賓陽南洞 阿弥陀仏

     北魏の時代に造営開始、洞内正面には5体の主像があり、唐時代の貞観15(641)年に完成。 (唐の2代皇帝、太宗・李世民の四男である)魏王・李泰が、母の長孫皇后の冥福を祈るために造営した。  主仏はふっくらとした顔で、流暢な袈裟の柄の阿弥陀仏。
     ここは本来、北魏の7代皇帝・宣武帝のための洞で、概ね500〜512年頃から工事が始まっているようです。 しかし、ここも北魏の時代の方針転換による鞏義石窟寺の第1窟造営工事への傾注により、 工事は中断され、唐の時代になって当時の魏王・李泰 (618〜652)が、母の長孫皇后 (601〜636) の冥福を祈るためという理由で賓陽南洞を修復し、完成させたということのようです。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟<br /><br />  窟番号、窟名ををネット検索したが結局分からなかった。

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

      窟番号、窟名ををネット検索したが結局分からなかった。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 香山寺<br /><br /> 伊河をはさんだ対岸の香山寺。ここからは、石窟群が蜂の巣のように見え、川辺の風景は抜群で、則天武后は千騎を従えてここに登っている。唐の詩人、杜甫や李白もこの地を訪れて詩を詠んでおり、白居易は晩年をこの寺ですごした。

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 香山寺

     伊河をはさんだ対岸の香山寺。ここからは、石窟群が蜂の巣のように見え、川辺の風景は抜群で、則天武后は千騎を従えてここに登っている。唐の詩人、杜甫や李白もこの地を訪れて詩を詠んでおり、白居易は晩年をこの寺ですごした。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟<br /><br /> かつて13王朝の都であった、河南省洛陽市。その南の郊外、伊河の東岸に「香山」と呼ばれる小山がある。洛陽で、18年の晩年生活を送った唐代の大詩人・白居易は、まさにここに眠っている。香山と河をへだてて相対しているのが、全長約1キロにわたる石窟芸術の宝庫「龍門石窟」の西山部分であり、また香山の南側が石窟の東山部分である。<br /> 龍門石窟は、北魏の孝文帝・元宏年間(471〜499年)に造営がはじめられた。その後も東魏、西魏、北斉、北周、隋、唐、五代、北宋などの歴代王朝が、400年以上も開削をつづけてきた。そのうち、北魏と唐の時代に造営されたものが最大の規模である。竜門の洞窟で、北魏時代のものは全体の30%、唐代のものが60%を占めている。その他の時代に造られたものは、わずか10%ほどである。<br /> 統計によれば、龍門に現存する石窟は2345、石像は11万体あまり、仏塔は70以上、銘文や図などが刻まれた石碑は2860あまり、残されている文字史料は30万字以上。中国においても、古い石碑がもっとも多いところだという。2000年11月、竜門石窟はユネスコの世界文化遺産リストに登録された。<br /><br />

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

     かつて13王朝の都であった、河南省洛陽市。その南の郊外、伊河の東岸に「香山」と呼ばれる小山がある。洛陽で、18年の晩年生活を送った唐代の大詩人・白居易は、まさにここに眠っている。香山と河をへだてて相対しているのが、全長約1キロにわたる石窟芸術の宝庫「龍門石窟」の西山部分であり、また香山の南側が石窟の東山部分である。
     龍門石窟は、北魏の孝文帝・元宏年間(471〜499年)に造営がはじめられた。その後も東魏、西魏、北斉、北周、隋、唐、五代、北宋などの歴代王朝が、400年以上も開削をつづけてきた。そのうち、北魏と唐の時代に造営されたものが最大の規模である。竜門の洞窟で、北魏時代のものは全体の30%、唐代のものが60%を占めている。その他の時代に造られたものは、わずか10%ほどである。
     統計によれば、龍門に現存する石窟は2345、石像は11万体あまり、仏塔は70以上、銘文や図などが刻まれた石碑は2860あまり、残されている文字史料は30万字以上。中国においても、古い石碑がもっとも多いところだという。2000年11月、竜門石窟はユネスコの世界文化遺産リストに登録された。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟<br /><br /> 石窟は2,345もあるのでそれを一つ一つ見てたら、それこそきりが無いのでショートカットしてメインの奉先寺洞に向かった。

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟

     石窟は2,345もあるのでそれを一つ一つ見てたら、それこそきりが無いのでショートカットしてメインの奉先寺洞に向かった。

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞<br /><br />  奉先寺洞は岩山の山腹に幅33.5m、奥行38.7m、高さ40mという広大な空間を切り開き、その三方の壁に、高さ17.14mの盧舎那仏を中心として、迦葉・阿難の二大弟子、二菩薩、二天王、二力士の合わせて9尊の大像を彫り出している。<br /> 中尊台座に刻まれた開元10年(722年)の銘を有する『大盧舎那像龕記』によれば、高宗(在位649〜683年)の勅願に始まり、則天武后が化粧料二万貫を援助して、咸亨3年(672年)4月から上元2年(675年)12月までの3年9ヶ月を費やし建立された。 <br />

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞

      奉先寺洞は岩山の山腹に幅33.5m、奥行38.7m、高さ40mという広大な空間を切り開き、その三方の壁に、高さ17.14mの盧舎那仏を中心として、迦葉・阿難の二大弟子、二菩薩、二天王、二力士の合わせて9尊の大像を彫り出している。
    中尊台座に刻まれた開元10年(722年)の銘を有する『大盧舎那像龕記』によれば、高宗(在位649〜683年)の勅願に始まり、則天武后が化粧料二万貫を援助して、咸亨3年(672年)4月から上元2年(675年)12月までの3年9ヶ月を費やし建立された。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞<br /><br /> 絶頂期の石窟が、675年(上元2年)に完成した「奉先寺洞」である。これは、高宗の発願になるもので、皇后の武氏、のちの武則天も浄財を寄進している。その本尊、盧舎那仏の顔は、当時既に実権を掌握していた武則天の容貌を写し取ったものと言う伝説があるが、寄進と時期的に合わず今では否定されている。また、武則天は弥勒仏の化身と言われ尊像としても合わない。龍門最大の石窟である。<br /> 武則天の時代には、西山の南方、「浄土洞」の付近まで造営が及んだので、武則天末より玄宗にかけての時期には、東山にも石窟が開削されるようになった。「看経寺洞」がその代表である。<br />

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞

     絶頂期の石窟が、675年(上元2年)に完成した「奉先寺洞」である。これは、高宗の発願になるもので、皇后の武氏、のちの武則天も浄財を寄進している。その本尊、盧舎那仏の顔は、当時既に実権を掌握していた武則天の容貌を写し取ったものと言う伝説があるが、寄進と時期的に合わず今では否定されている。また、武則天は弥勒仏の化身と言われ尊像としても合わない。龍門最大の石窟である。
     武則天の時代には、西山の南方、「浄土洞」の付近まで造営が及んだので、武則天末より玄宗にかけての時期には、東山にも石窟が開削されるようになった。「看経寺洞」がその代表である。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 蘆遮那仏坐像<br /><br /> 盧舎那仏の顔は、一説には則天武后の顔を写したものであると云われている、が、寄進と時期的に合わず今では否定されている。また、武則天は弥勒仏の化身と言われ尊像としても合わない。龍門最大の石窟である。<br />また、唐に渡った弘法大師空海が、盧舎那仏坐像を目にして驚嘆、感激したとも伝えられている。空海が真言密教を伝来せんと誓を立てた奈良東大寺の盧舍那仏は、この像を意識していると云われる。

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 蘆遮那仏坐像

     盧舎那仏の顔は、一説には則天武后の顔を写したものであると云われている、が、寄進と時期的に合わず今では否定されている。また、武則天は弥勒仏の化身と言われ尊像としても合わない。龍門最大の石窟である。
    また、唐に渡った弘法大師空海が、盧舎那仏坐像を目にして驚嘆、感激したとも伝えられている。空海が真言密教を伝来せんと誓を立てた奈良東大寺の盧舍那仏は、この像を意識していると云われる。

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 盧舍那仏坐像 高さ17.14m<br /><br /> 盧舍那仏像の腰から下は風化によって崩れているものの、胸部から腹部にかけて量感が感じられ、均整の取れた体躯は実に芸術的である。大衣を通肩(左右両肩を衣で覆うこと)としているが、この様式は龍門の坐像としては珍しい例である。<br /><br />

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 盧舍那仏坐像 高さ17.14m

     盧舍那仏像の腰から下は風化によって崩れているものの、胸部から腹部にかけて量感が感じられ、均整の取れた体躯は実に芸術的である。大衣を通肩(左右両肩を衣で覆うこと)としているが、この様式は龍門の坐像としては珍しい例である。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 蘆遮那仏坐像<br /><br /> 盧遮那仏(るしゃなぶつ)は、史実の人物としての釈迦を超えた宇宙仏(法身仏)。宇宙の真理を全ての人に照らし、悟りに導く仏。<br />聖武天皇の発願により造られた東大寺盧舎那仏像(奈良の大仏、東大寺大仏)が有名。

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 蘆遮那仏坐像

     盧遮那仏(るしゃなぶつ)は、史実の人物としての釈迦を超えた宇宙仏(法身仏)。宇宙の真理を全ての人に照らし、悟りに導く仏。
    聖武天皇の発願により造られた東大寺盧舎那仏像(奈良の大仏、東大寺大仏)が有名。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 蘆遮那仏坐像

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 蘆遮那仏坐像

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 蘆遮那仏坐像

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 蘆遮那仏坐像

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 蘆遮那仏坐像と阿難と菩薩像<br /><br /> 右から盧舍那仏坐像(高さ17.14m)、阿難像(10.65m)、菩薩像(13.25m)

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 蘆遮那仏坐像と阿難と菩薩像

     右から盧舍那仏坐像(高さ17.14m)、阿難像(10.65m)、菩薩像(13.25m)

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 蘆遮那仏坐像と阿難と菩薩像

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 蘆遮那仏坐像と阿難と菩薩像

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 右は阿難(10.65m)、左は菩薩(13.25m)

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 右は阿難(10.65m)、左は菩薩(13.25m)

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 右から阿難像(10.65m)、菩薩像(13.25m) 

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 右から阿難像(10.65m)、菩薩像(13.25m) 

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 阿難<br /><br /> 阿難は、釈迦の十大弟子の一人。多聞第一と称せられた。<br />禅宗は摩訶迦葉の跡を継いで仏法付法蔵の第3祖であるとする。

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 阿難

     阿難は、釈迦の十大弟子の一人。多聞第一と称せられた。
    禅宗は摩訶迦葉の跡を継いで仏法付法蔵の第3祖であるとする。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 菩薩<br /><br /> 菩薩(ぼさつ)は、仏教において一般的に成仏を求める(如来に成ろうとする)修行者のことを指す。菩提薩埵とも音写される。<br /> 後に菩薩は、悟りを求めて、修行中ではあるが、人々と共に歩み、教えに導くということで、庶民の信仰の対象ともなっていった。<br />

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 菩薩

     菩薩(ぼさつ)は、仏教において一般的に成仏を求める(如来に成ろうとする)修行者のことを指す。菩提薩埵とも音写される。
     後に菩薩は、悟りを求めて、修行中ではあるが、人々と共に歩み、教えに導くということで、庶民の信仰の対象ともなっていった。

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 菩薩

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 菩薩

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 右から阿難、菩薩、天主、金剛力士像

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 右から阿難、菩薩、天主、金剛力士像

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞南壁 右から天王、金剛力士像<br /><br /> かなり崩落してしまっている。

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞南壁 右から天王、金剛力士像

     かなり崩落してしまっている。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞<br /><br /> 写真を撮るのに人は邪魔なので人のいないのを見計らって撮りたいところだが中国人観光客はお構いなしにカメラのファインダー内に割り込んで来るのでこのアングルで撮るのは時間が掛かって苦労した。中国人にはちょっと待って、というマナーは全く無いのである。

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞

     写真を撮るのに人は邪魔なので人のいないのを見計らって撮りたいところだが中国人観光客はお構いなしにカメラのファインダー内に割り込んで来るのでこのアングルで撮るのは時間が掛かって苦労した。中国人にはちょっと待って、というマナーは全く無いのである。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 第1280窟 奉先寺洞 <br /><br /> もともとは大廬舎那仏龕。 唐の時代の672(咸亨3年)に三代皇帝:高宗李治 が建立を始め、皇后武則天(則天武后)が化粧品代の2万貫の金を寄進して、 675(上元2)年に完成した。 廬舎那仏の高さは 17.14m、顔の長さは4m。 主尊の右の迦叶は落ち着き、左側の阿難はおとなしく従順な姿。 両脇の菩薩は色鮮やかな盛装を身に着け、天王は壮大・雄壮、力士は勇猛である。 これこそが中国・唐時代仏教彫刻の芸術的傑作である。

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 第1280窟 奉先寺洞 

     もともとは大廬舎那仏龕。 唐の時代の672(咸亨3年)に三代皇帝:高宗李治 が建立を始め、皇后武則天(則天武后)が化粧品代の2万貫の金を寄進して、 675(上元2)年に完成した。 廬舎那仏の高さは 17.14m、顔の長さは4m。 主尊の右の迦叶は落ち着き、左側の阿難はおとなしく従順な姿。 両脇の菩薩は色鮮やかな盛装を身に着け、天王は壮大・雄壮、力士は勇猛である。 これこそが中国・唐時代仏教彫刻の芸術的傑作である。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 奉先寺 蘆遮那仏坐像と迦葉尊者、菩薩 

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 奉先寺 蘆遮那仏坐像と迦葉尊者、菩薩 

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 奉先寺 左から迦葉尊者と菩薩の立像<br /><br /> 迦葉(かしょう)は釈迦十大弟子の一人。仏教教団で釈迦の後継(第2祖)とされ、釈迦の死後、初めての結集(第1結集)の座長を務めた。頭陀第一といわれ、衣食住にとらわれず、清貧の修行を行った。<br /> 摩訶迦葉、摩訶迦葉波、迦葉、迦葉波とも呼ばれる。なお迦葉は古代インドではありふれた名であったといわれ、仏弟子中には三迦葉という三人兄弟や十力迦葉という名前も見受けられるが、摩訶迦葉とは別人である。<br />

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 奉先寺 左から迦葉尊者と菩薩の立像

     迦葉(かしょう)は釈迦十大弟子の一人。仏教教団で釈迦の後継(第2祖)とされ、釈迦の死後、初めての結集(第1結集)の座長を務めた。頭陀第一といわれ、衣食住にとらわれず、清貧の修行を行った。
     摩訶迦葉、摩訶迦葉波、迦葉、迦葉波とも呼ばれる。なお迦葉は古代インドではありふれた名であったといわれ、仏弟子中には三迦葉という三人兄弟や十力迦葉という名前も見受けられるが、摩訶迦葉とは別人である。

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 左から迦葉尊者、菩薩、天王、金剛力士像<br />

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 左から迦葉尊者、菩薩、天王、金剛力士像

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞北壁 左から天王と金剛力士像<br /><br /> 天王、金剛力士像は像高10m前後、躍動感溢れる姿を見せている。 向って右側、北壁の天王像は、右手に宝塔を捧げ、右脚を少し曲げて邪鬼を踏みつけ、憤怒の表情で前方を睨む。 また、金剛力士像は身体を大きく「く」の字に曲げて腰を突き出し、筋肉を誇示するかのようである。

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞北壁 左から天王と金剛力士像

     天王、金剛力士像は像高10m前後、躍動感溢れる姿を見せている。 向って右側、北壁の天王像は、右手に宝塔を捧げ、右脚を少し曲げて邪鬼を踏みつけ、憤怒の表情で前方を睨む。 また、金剛力士像は身体を大きく「く」の字に曲げて腰を突き出し、筋肉を誇示するかのようである。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞北壁 左から天王と金剛力士像<br /><br />

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞北壁 左から天王と金剛力士像

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 金剛力士像<br /><br /> 金剛力士は、仏教の護法善神(守護神)である天部の一つで「金剛杵(こんごうしょ、仏敵を退散させる武器)を持つもの」を意味する。開口の阿形(あぎょう)像と、口を結んだ吽形(うんぎょう)像の2体を一対として、寺院の表門などに安置することが多い。一般には仁王の名で親しまれている。

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 金剛力士像

     金剛力士は、仏教の護法善神(守護神)である天部の一つで「金剛杵(こんごうしょ、仏敵を退散させる武器)を持つもの」を意味する。開口の阿形(あぎょう)像と、口を結んだ吽形(うんぎょう)像の2体を一対として、寺院の表門などに安置することが多い。一般には仁王の名で親しまれている。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 金剛力士像

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 奉先寺洞 金剛力士像

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 漫水橋から

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 漫水橋から

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 漫水橋から

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 漫水橋から

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 漫水橋から

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 漫水橋から

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 漫水橋から

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 漫水橋から

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 伊河対岸から

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 伊河対岸から

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 伊河対岸から

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 伊河対岸から

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 伊河対岸から

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 伊河対岸から

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 伊河対岸から

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 伊河対岸から

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 伊河対岸から

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 伊河対岸から

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 伊河対岸から

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 伊河対岸から

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 伊河対岸から

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 伊河対岸から

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 伊河対岸から

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 伊河対岸から

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 伊河対岸から

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 伊河対岸から

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 玄奘三蔵像

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 玄奘三蔵像

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 玄奘三蔵碑文<br /><br /> 玄奘は、隋朝の仁寿2年(602年)、洛陽にほど近い緱氏(現在の河南省偃師市緱氏鎮)で生まれた。

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 玄奘三蔵碑文

     玄奘は、隋朝の仁寿2年(602年)、洛陽にほど近い緱氏(現在の河南省偃師市緱氏鎮)で生まれた。

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟<br /><br /> 漫水橋を渡って橋のたもとから入場券売り場まで電気カート(10元130円)に乗った。

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟

     漫水橋を渡って橋のたもとから入場券売り場まで電気カート(10元130円)に乗った。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 龍門橋

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 龍門橋

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 龍門橋から

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 龍門橋から

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 龍門橋から

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 龍門橋から

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 龍門橋から

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 龍門橋から

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 お土産街

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 お土産街

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 お土産街

    平成24年6月8日(金)洛陽 龍門石窟 お土産街

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 お土産街

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 お土産街

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 お土産街

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟 お土産街

  • 平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟から洛陽へ戻るバス車中

    平成24年6月9日(土)洛陽 龍門石窟から洛陽へ戻るバス車中

  • 平成24年6月8日(金)洛陽駅前<br /><br /> 洛陽駅前には18時に着いた。陽射しが強く汗が噴き出た。

    平成24年6月8日(金)洛陽駅前

     洛陽駅前には18時に着いた。陽射しが強く汗が噴き出た。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽駅前

    平成24年6月8日(金)洛陽駅前

  • 平成24年6月8日(金)洛陽駅前の食堂<br /><br /> 15元(195円)の夕食を食べたが何を食べたか全然覚えていない。多分、パネル写真を指差して注文したと思う。

    平成24年6月8日(金)洛陽駅前の食堂

     15元(195円)の夕食を食べたが何を食べたか全然覚えていない。多分、パネル写真を指差して注文したと思う。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽駅前の食堂

    平成24年6月8日(金)洛陽駅前の食堂

  • 平成24年6月8日(金)洛陽駅前の白バス<br /><br /> ウルムチ、深圳、桂林行きのバスの客引きに声を掛けられ、こんな長距離バスの座席はどうなっているのか車内を覗かせて貰ったら、運転席以外は板張りの蚕棚のような2段寝台だった。これで事故でも起きれば霊柩車になりそうだった。写真を撮らしてくれと客引きに言ったら断られた。

    平成24年6月8日(金)洛陽駅前の白バス

     ウルムチ、深圳、桂林行きのバスの客引きに声を掛けられ、こんな長距離バスの座席はどうなっているのか車内を覗かせて貰ったら、運転席以外は板張りの蚕棚のような2段寝台だった。これで事故でも起きれば霊柩車になりそうだった。写真を撮らしてくれと客引きに言ったら断られた。

  • 平成24年6月8日(金)洛陽 <br /><br /> 中国将棋、象棋(シャンチー)に興ずる人たち<br /><br /> この後バスに乗ってホテルに帰って寝た。

    平成24年6月8日(金)洛陽 

     中国将棋、象棋(シャンチー)に興ずる人たち

     この後バスに乗ってホテルに帰って寝た。

この旅行記のタグ

55いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

この旅行記へのコメント (1)

開く

閉じる

  • こまちゃんさん 2016/08/11 16:28:55
    見応えのある石窟
    龍門石窟、とても見応え有る石窟ですね。
    中国三大石窟の中で総合的に素晴らしい石窟遺跡じゃ無いでしょうか?
    比較的街寄りのロケーションながら、壊された部分が少なめで驚きました。
    文革の時、ご当地の紅衛兵も遠慮してくれたのでしょうか?

    こまが中国に係わっていた20年間中には、ここ以外の「莫高窟」と「雲岡石窟」には出掛けることが出来ましたが、唯一龍門だけロストしており、ノスタルジアさんの素敵なお写真を拝見させて戴き、一つ残してきた事がとても残念に思えてしまいました。

     こま

ノスタルジアさんのトラベラーページ

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

中国で使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
中国最安 273円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

中国の料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP