2016/05/12 - 2016/05/12
17位(同エリア192件中)
frau.himmelさん
- frau.himmelさんTOP
- 旅行記596冊
- クチコミ0件
- Q&A回答19件
- 1,072,272アクセス
- フォロワー151人
シニア男女3人組、旅3日目にして早くもスケジュールを変更することになりました。
本来なら、午前中にノイエンガンメ強制収容所を見学して、午後リューベックを訪れる予定でした。
ノイエンガンメはハンブルクから30,40分のところに位置するナチスの労働収容所です。
10万人とも言われるユダヤ人や戦争捕虜が収容され、過酷な強制労働の末、また処刑により多くの人々が亡くなりました。
ナチスの負の遺産をこの目で確かめる・・・、私の旅のテーマの一つです。
ところが昨日歩き過ぎたせいか私の足の調子が今ひとつ思わしくありません。
こんな状態であの広い収容所の中を歩き回れるか?(自問自答)。
結果、また同行者に迷惑をかけてはいけない、今日はリューベックの観光だけに絞ろう。
本当に悔しい。今までだったら午前と午後に分けて、別の街を観光することなんて何でもなかったのに・・・。
齢を取るってこんなことなんですね。
でも、無理をしなかったおかげで「世界遺産の町」「バルト海の女王」「ハンザの女王」「7つの塔の町」などなど頭にいろんな形容詞がつく美しい町リューベックをゆっくり散策できました。
-
9時34分のリューベック行きREに乗ります。
-
きょうのチケットはシュレスヴィッヒ・ホルシュタインチケット。
5人まで同一行動で34ユーロです。
ノイエンガンメにもこれでいけるはずでした。 -
車窓から見える一面の菜の花畑。
北ドイツの菜の花ってことのほか鮮やかに見えます。
あ〜あ〜、本当はノイエンガンメに行くはずだったのよね。
やはり昨日歩きすぎたのがいけなかったのかしら。
こうやって、齢を重ねて徐々に徐々に旅が出来なくなるのね〜、なんてつい弱気になってしまう。
そんな話をすると、
「何を言っているのよ若い人が・・。
もうこの齢になると何があってもおかしくないのよ。だからこそ行ける時に行くんでしょう!」と、I女史に叱られました。 -
リューベック駅に到着。
さすがにハンザ同盟の中心都市として栄えた街、レンガ造りと塔を持つ駅舎も立派です。
またリューベックは「ハンザ同盟都市リューベック」として世界文化遺産に登録されています。 -
方向音痴の私。
さて旧市街はどちらに行けばいいんだろう?
迷うときはみんなの後に付いていくに限る。私の旅の哲学です。
シニア3人組、若い人たちと一緒に歩いて元気を分けてもらいましょう。 -
ここはリンデン広場。
中央の騎馬像は初代ドイツ皇帝ウィルヘルム1世。
アルトナ市庁舎にも彼の騎馬像がありました。 -
道路を隔てた反対の広場には鉄血宰相オットー・フォン・ビスマルクの像。
皇帝ヴルヘルム1世から首相を任命され、ドイツ統一に力を尽くした人。
しかし二人の仲は必ずしもうまくいっていたわけではなかったらしい。 -
アンペルマンの信号。
あれ、リューベックって東ドイツだったかしら?
そんなはずはないわよね。 -
アンペルマンの「進め!」信号が出たから、若い人たちの後に続いて道路を横断します。
-
プッペン橋。
プッペンとは人形のこと、橋の要所にこのような女神像が立っています。 -
あら失礼!
お尻を写しちゃいましたね。
お尻を見たらお顔も拝見したくなります。 -
あれ、女性じゃなかったの?
どちらか見分けは付きません。
手にはハンザとして栄えた街らしく塩の荷物袋(たぶん)とお金。 -
広場の正面にはホルステン門。
聖ペトリ教会(右)とマリエン教会(左)の塔も見えます。 -
リューベックのシンボル「ホルステン門」。
1478年に街の防衛のために建造された頑丈な門です。
どう見ても右側が傾いていますね。
これはあまりの重さに耐えかねて右側の一部が地面に沈んでしまったものだそうです。
中世のころ、中には見張り兵が住んでいました。 -
正面の文字、「CONCOLDIA DOMI FORIS PAX」
「内は団結を、外は平和を!」 -
この門をくぐると、旧市街の入り口です。
ホルステン門の旧市街側。
赤レンガが黒光りして、こちら側も立派ですね。
2つの尖塔とその中に3本の細い塔、その真ん中に見えるのは・・・。 -
聖母子像が・・・。
街のほうを向いて静かに見守っているようです。
こんな写真を撮るのはI女史、本当に細かいところに気が付く方なのです。 -
-
塩の倉庫。
この、ずらりと並ぶ煉瓦の建物は、1579〜1745ころ建てられた塩の倉庫です。
リューベックは近郊のリューネブルクで産出する塩の積み出し港として栄えました。 -
下を流れるのはトラヴェ川。
リューベックはトラヴェ川とトラヴェ運河に囲まれた中州なのです。
遊覧船での周遊も楽しそう。 -
後ろを振り返って、ホルステン門と塩の倉庫を。
橋の上で写真を撮っている団体さんは殆ど隣の大国の方。
多いですね、どこでも。 -
右手に雰囲気よさげな路地を見つけました。
こういう路地って、いくつになっても女子(一応)には気になる存在です。
ちょっと寄り道しましょう。 -
路地に並んでいるレンガの建物は北ドイツ特有のもの。
右側手前はテアター・フュギューレン・ムゼウム:人形劇博物館。
そして窓から顔を覗かせているのは・・。 -
かわいい人形達。
ここで人形劇をやるのでしょうか? -
この看板も人気者。
さっきから何人もの人に写真に撮られていました。 -
さあ軌道修正、本道に戻りましょう。
広場の向こうに見える工事中の塔は、マリエン教会。
後で寄りますね。 -
黒褐色の重厚な市庁舎。
ハンザ同盟が結ばれていた頃はリューベックは中心都市で「ハンザの女王」と呼ばれていました。
壁にはハンザ同盟都市の、紋章がはめ込まれています。
その上の丸い穴のあいた壁は、バルト海からの強い風を通すためだそうです。 -
角度を変えて。
こちら側の壁には双頭の鷲、帝国自由都市の紋章です。
市庁舎は1230年に建設が始まって、現在のような姿になったのは15世紀になってからです。
この市庁舎はドイツ最古のゴシック建築と言われています。 -
その間何度も増改築が繰り返され、この白い部分は1500年代にオランダ・ルネッサンス様式で改築されました。
背後の工事中の覆いが鬱陶しいですね。 -
市庁舎広場では市が開かれていました。
スイカって早くないですか? -
市庁舎、こちらはブライテ通り側。
丸い穴はバルト海からの強風を通すためのものだとか。
またこの様式は他のハンザ同盟都市の市庁舎建設のモデルになったそうです。
そういえば2013年にシュトラールズントを訪れたとき、市庁舎の壁が同じような形をしていました。 -
ほんとに豪華な装飾の建物です。
-
-
市庁舎の前はマジパンの有名店ニーダーエッカー。
店内には動物やお花、果物などの形をしたかわいいマジパンがいろいろあって目を楽しませてくれます。 -
果物の形。
精巧に出来ています。
マジパンは13世紀にハンザ商人によってリューベックに持ち込まれたもの。原料はアーモンドの粉です。
当初は薬効として病気治療に使われたが、そのうち砂糖と練り合わせた菓子パンも作られるようになりました。 -
てんとう虫の可愛いプレゼント用。
ドイツのビール純粋令と同じように、マジパンにも砂糖を50パーセント以下に抑えることという決まりがあるそうです。
ここニーダーエッガーのものはアーモンド70パーセント、砂糖30パーセントと更に嬉しい配分になっています。 -
私達はまだお土産用には早いので、おやつ用にいくつか買いました。
キャッシャーの上のシェードはリューベック観光の模様入り。 -
市庁舎の横に立っている大きな教会、マリエン教会です。
ドイツで3番目に大きな教会で、レンガゴシック様式の教会では世界最大の高さを誇っています。
第二次世界大戦では大きな被害を受けました。 -
マリエン教会の外にはなぜか悪魔が腰掛けています。
教会に悪魔とはミスマッチ!?
角を触ると幸せになるとかの言い伝えがあり、その部分だけピカピカです。 -
祭壇。
-
高い天井。
可愛い小花模様。 -
アントワープの祭壇
-
-
-
この教会で最も有名なのはこのパイプオルガン。
管が8512本もあり世界最大級のオルガンだということです。
巨匠ブクステフーデは1668年から1707年まで専属オルガニストを務めており、このオルガンを弾いていました。 -
バッハやヘンデルもブクステフーデの演奏を聴きにリューベックまではるばるやってきたそうです。
特にバッハは、1705年20歳のとき、ブクステフーデの奏でるオルガンの音色に感激して、休暇を延ばしてまでこの教会に通いつめました。
このような写真が展示してありました。
ブクステフーデ(左)と若いころのバッハのようです。 -
美しいブルーを基調とした天文時計。
16世紀に造られましたが、戦争により破壊されたため、復刻されたもの。 -
時計の針が5月12日を指しているのがわかりますか?
細かく造られていますね。
中央では月の満ち欠けがわかるようになっています。 -
-
マリエン教会では「死の舞踏」も有名です。
死の舞踏とは、14世紀から15世紀、ペストが流行った頃にヨーロッパで流布した寓話。
ペストの流行により人々がバタバタと死んでいくさまを、生者と死者(骸骨)が一緒に踊り狂っている図で表しています。 -
死は、老いも若きも、男も女も、皇帝や教皇、国王や乞食も、健常者や病人も、それらの身分や立場を超えて平等にやってくる。
生者に対して「死を忘れるな!」という意味のメメント・モリという言葉が当時流行りました。 -
これはLuebecker Totentanz(リューベックの死の舞踏)」と言われるもの。
ペストがヨーロッパで猛威を振るった頃、1463年にベルント・モトケによって描かれたもの。
1942年3月29日の空襲で消失したものを再現したものです。 -
生者と死者(骸骨)が共に手をつないで踊っています。
それぞれの下には説明があります。 -
これなどさしずめ、骸骨が皇帝に「さあ、一緒に地獄へ行きましょう」と袖を引っ張っている図。
皇帝は「いやいやご遠慮申し上げる」とでも言っているのでしょうか(笑)。 -
このオルガンは「死の舞踏オルガン」と言うそうです。
-
片隅に割れたまま地面にめり込んでいるの鐘が展示してありました。
これは第二次世界大戦で連合軍の爆撃で教会の屋根が焼け落ちたとき、落下した鐘なのです。
戦争の記憶を風化させないために、あえて戒めとしてそのまま展示してあります。 -
これなんだろう?
なんて私達がお喋りしながら見ていると、一人の女性が寄ってきて「ご説明しましょうか」と。
そして英語で絵の内容とか、教会の歴史とか、その他いろいろホントに詳しく説明してくれました。 -
この旅で多かったですね。そういう風に声をかけてくださる方。
私達が知識を吸収したいオーラを放っているのかしら、それともアジアのシニアが何もわからなさそうだからつい口を出さずにおれないのか。
とても嬉しいことです。
しかし、せっかく説明してくださっても、単語が断片的にわかる程度で、理解できないのが悲しい。 -
ブクステフーデのメモリアルを見つけました。
マリエン教会のオルガン奏者だったブクステフーデは、1707年に死去し、ここに埋葬されているそうです。 -
協会の片隅に、枝に白い布を巻き付けた何本もの十字架が並んでいます。
1914-1918、第一次世界大戦で亡くなられた方への追悼の碑のようです。 -
いつの間にか人が集まり、講演が始まりました。
そっと音を立てないように外に出ます。 -
この後ブッデンブロークハウスに寄り(この項は後編で)、ケーニヒ通りを通ってハイリゲンガイスト病院にやって来ました。
囲いの中に見える像はリューベック生まれの詩人エマニュエル・ガイベル。
シューマンの「流浪の民」の詩は彼の作だそう。 -
ハイリゲンガイスト病院、日本語では「聖霊養老院」。
リューベックのハンザ商人たちは得た利益を私腹を肥やすだけでなく、惜しみなく貧しい人々に還元していました。
ここは富裕な商人たちによって建てられ運営された世界最古の救貧院なのです。
中に入ってみましょう。 -
その前に建物写真を。
3人とも誰も外部の写真を撮っていませんでしたので、私が2008年に訪れた時の写真を。
K氏I女史にとっては専門的なことなので早く中を見たかったのでしょう。
5本のマスト(尖塔、1本は隠れて見えませんが)を持つ赤レンガの立派な建物です。 -
外観も立派なら内部も素晴らしい。
まるで豪華な教会のたたずまい。
説教壇もあります。 -
こちらは祭壇側。
白い柱に散りばめられた小花模様の内装、豪華なシャンデリア。 -
こちらのバルコニーにはびっしりと宗教画が並んでいます。
下の左側は絵葉書などを売っている売店、右側は養老院の入り口になります。 -
養老院の中に入ると、長い廊下があり、廊下を挟んで簡素な個室が並びます。
-
個室の入り口には部屋番号と、扉は各々好みの飾り付けが出来たのでしょうか。
-
その中の1室を見学することが出来ます。
どのくらいの広さでしょうね、日本で言えば4畳半くらいかしら?
狭い空間ですがそれなりに工夫されています。
貧しい老人にとっては、ちゃんと住む部屋があって、食事が与えられるだけでも嬉しいことです。 -
廊下には入居者達が楽しく談笑している写真が展示してありました。
造られた当時は貧しい病人が収容されましたが、その後老人福祉施設へと変化して行きます。 -
現在でも一部は老人ホームと介護施設になっているそうです。
それでは聖霊養老院を後にして、おなかも空きましたのでレストランへ参りましょう。 -
お食事の場所は決めておりました。
シッファーゲゼルシャフト、船員組合の家(ギルドハウス)です。
1535年に船乗りの同業者組合の家として建てられたもの。
リューベックはバルト海の交易で巨大な富を得ました。それには船乗りの存在は大きなものでした。
リューネブルクの塩をヨーロッパ各地に売り歩き、北欧のニシンやタラを持ち帰り塩漬けにして、ドイツ各地に販売する。
それらはすべて帆船で運ばれました。
このレストランはどうしても訪れたいと思っていました。 -
またしても誰も外観の写真を撮っていません。
これはお店のホームページからお借りした写真です。
建物の外観はレンガ造りのギザギザ破風屋根で、ハンザ都市独特のもの。 -
外観も素晴らしいけれど、内部の重厚さにも驚きました。
薄暗い店内の広いホールはまるで往時の帆船の船室をしのばせます。
もう一つビックリしたのは、その船室には日本人のツアー客が大勢いたこと。
久しぶりにこんなに多くの日本人に会いました。 -
太い柱をはりめぐした天井からは帆船の模型やランプが吊り下げられ、船員達が信仰した聖人の像や船の紋章などさまざまなものが飾られています。
-
帆船の模型は実際使われた船のミニチュア版だそうです。
-
日本人のツアーより一段高いところに席が空いていました。
そこに座りましたので、ツアー客の様子が丸見え。
添乗員さんらしい人が「はい、赤ワイン○○ユーロ!コーヒーの人は○○ユーロ!ミネラルウォーターは・・・」。
なんて注文をとっているのを見て、K氏I女史は懐かしそう。
「そうそうああやって注文をとっていたね、お料理は選べないからみんな同じものだったよね。」 -
さて、私達は?
飲み物はすでに決めてあります。
リューベック名物ロート・シュポン。
実はこれはフランスのボルドーワインなのです。
その昔フランスで塩を売りさばいた商人たちが軽くなった船室にボルドーの赤ワインを持ち帰り、それを塩の倉庫に入れておいたそうです。
倉庫の温度・湿度共に最適な環境だったのか、本場ボルドーより美味しいワインに仕上がったそう。
ホントにコクがあって、美味しいワインでした。 -
お料理は?
これも決めてあります。
リューベックおよび近郊の街々では、毎年「7つの塔の料理」というコンテストが行われ、入賞したレストランのみこの名前で料理を提供することが許されます。 -
写真は2016年「7つの塔料理」認定のレストランです。
-
もちろん名門レストランであるシッファーゲゼルシャフトは今年も認定レストランに選ばれています。
これがその料理。
白身魚(スズキ?)とサーモンを芯にして、ハーブを練りこんだもので巻いてあります。
付け合せにも工夫がされています。 -
でも実際出てきたものは写真とは似ても似つかないもの。
看板に偽りありよ!なんて思いますよね。 -
写真がボケボケですが、よく見ると、スズキとサーモンを重ねてその間にハーブの練り物が使ってあります。
ロールと平たいの差こそあれ、お料理自体は同じです。
ロールはコンテスト用だったようです。
さすが、バルト海で獲れるサカナ料理は美味しかったです。
付け合せのすりつぶしたほうれん草(たぶん)のソテーがとても気に入ったってI女史は言っていました。
料金はワインが6.30ユーロ、7つの塔料理は17.5ユーロ、リーズナブルです。 -
日本人のツアーさんは、お食事が終わると添乗員さんから
「これからはバスでの移動です。トイレ休憩はありませんので今のうちに済ませておいてくださ〜い!」
と言われトイレを済ませて出て行きました。
私も何度もツアーの経験はありますから、その光景は懐かしい。
それにしてもここ数年、中国人のツアーはいろんなところで大勢見かけますが、日本人のツアーは少なくなりました。 -
私達も食事が終わったあと、トイレを済ませてから次に向かいます。
またまた長くなりましたので後編に続けます。
いつも長ったらしい旅行記で申し訳ありません。
すっきりまとめたいとは思うのですが、私の場合、まさにこの旅行記は備忘録。
経験したこと、知りえたことは何でも記録しておきたいという自己満足的なものですから、適当にスルーしてください(笑)。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (6)
-
- ぶどう畑さん 2016/08/02 13:23:05
- なんか違う…
- himmelさん
ぶどう畑です。リューベックの旅行記にお邪魔しました。
強制収容所の見学にどのくらいかかるかわかりませんが、リューベックだけでも見どころ満載なのに、両方行こうと思うhimmelさんの体力に驚いてます。
結果、リューベックだけになって、なぜかホッ。
大聖堂の詳しい説明ありがとうございました!
ガイド付きで見学してるような気になって、フムフムと読みました。
パイプオルガンは、音色を聴けたんですよ。が、練習中だったようで、つっかえつっかえ。感動の音色にはほど遠かった…。
私も、シッファーゲゼルシャフトでランチしました!
店内の重厚さには、驚きますよね。たくさんの船の飾りも、店の雰囲気を特徴的なものにしていると感じました。
あの時は、メニューを見ても料理の数があまりに多くて、何を頼んでいいか分からず、ガイドブックに従っておススメメニューにしました。
たぶん、綺麗に盛り付けされた写真の物と思うんだけど…。
あんなにきれいではなかったものの、himmelご一行様の料理よりはマシでした。(^^;
【ハンブルクの旅 その6 リューベック観光】
http://4travel.jp/travelogue/10660417
ロートシュポン、昔ならいざ知らず、今はボルドーから船に揺られて運ばれてくるわけでもなく、疑問に思うリューベック名物。(笑)
これからどこを周るのでしょうか。続きを楽しみにしています!
- frau.himmelさん からの返信 2016/08/02 22:41:59
- RE: なんか違う…
- ぶどう畑さん、こんばんは。
近々旅にご出発なさるのでは?
お忙しいのにコメントありがとうございます。
早速ぶどう畑さんのリューベック、見せていただきました。
お写真もきれいだし素晴らしい。
遊覧船で一周なさったのですね。散策だけと違って、見える風景も全く違う。
それに9時から5時まで滞在とは、まるで会社の1日と同じ。
ずいぶんのんびりしましたね。
私たちもやはりあの状況でノイエンガンメはちょっと無理でしたね。
でも、元気でしたら絶対行っていましたよ。私の旅のテーマ・・(笑)。
>大聖堂の詳しい説明ありがとうございました!
実は私自身はリューベックは3度目なのです。
2008年にはツアーでも行きまして、その時のガイドさんがとても詳しく説明してくださって、その受け売りなのです。
マリエン教会でパイプオルガンの音色が聴けるなんて羨ましい・・・、でも、つっかえつっかえほど耳障りなものはありませんからね(笑)。
私たちは今回ペトリ教会でパイプオルガンの音色を聴くことができました。
そんな時ってラッキー!って思いますよね。
ところで、
>himmelご一行様の料理よりはマシでした。(^^;
ぶどう畑さんっ!そんなことを仰るものではありませんよ〜〜。
あれは1にも2にもカメラの腕が悪かったせいです。(^^;
本物はもっときれいでしたよ。(笑)
たしかお酒は少々(?)のぶどう畑さんが、ロートシュポンに挑戦なさるなんて、そして残りをペットボトルに詰めて持って帰るなんて、ほほえましい・・。
>ロートシュポン、昔ならいざ知らず、今はボルドーから船に揺られて運ばれてくるわけでもなく、疑問に思うリューベック名物。(笑)
そう言えばそうですね。今まで全然疑問に思いませんでした。
美味しければいいか、の飲兵衛シニアです。
お気を付けて行ってらっしゃい!
himmel
- ぶどう畑さん からの返信 2016/08/03 22:08:27
- RE: RE: なんか違う…
- himmelさん
ぶどう畑です。
> 本物はもっときれいでしたよ。(笑)
あらら、ゴメンナサイ!
私のは一応ロールになっていましたが、サンドイッチのように見えたのです。
それじゃぁ、看板に偽りあろうかと。
お味はよかったですよね!でも、油がよくなかったのか、翌日、お腹を壊してしまいました。トホホ…。
> それに9時から5時まで滞在とは、まるで会社の1日と同じ。
気づかれました?私の旅のプランは、それが目安。
2都市行くと、時間のほうが気になったりするので、欲張らないようにしています。と言いながら、そこで欲張って歩くから、疲れてヘトヘトになって、どっちがいいのやら。(^^;
> でも、元気でしたら絶対行っていましたよ。私の旅のテーマ・・(笑)。
そうでしたね。himmelさんのドイツの旅の原動力でもありますよね。
> その時のガイドさんがとても詳しく説明してくださって、
なるほどー。最近、台湾やベトナム行きでツアーを利用して、ガイドブックにはない情報を聞けたりすると思いました。(チャラ男は別)
現地発ツアーなどを、うまく利用していこうと思ってます。たいてい2人から催行なのが悩ましいのですが。
私の旅行は、まだ一ヶ月先の9/4出発。今回はひとりです。
ジャカルタ→東京は夜便しかなく、それを避けたいので、帰りにまたシンガポールに行くことにしました。
私もなにかしらテーマを持たせるようにしていますので、今回のシンガポールの旅のテーマは、夜景とローカルフード。(^^)
なにしろ暑いので、昼間の観光をどうしようか思案中です。
それではまた!
- frau.himmelさん からの返信 2016/08/05 16:58:57
- RE: RE: RE: なんか違う…
- ぶどう畑さんこんにちは。
暑いですね〜。でもこちらは平和でいいですね(笑)。
さて、三度目、シッファーゲゼルシャフトのお料理の件。
ぶどう畑さんのはロール状になっていた!?
私たちのはまさにサンドイッチ状。さては手抜きをしたなー。
看板に偽りが・・・・。
それにしても、ぶどう畑さんの旅行記から受ける感じでは、あんまりおなかが丈夫ではない?それに食が細いですね。
私たちもシニアですから、さすがにメインの後はデザートはいただけません。カロリーの取りすぎですから。
それにデザートをいただく場合は一食分です。もちろんビールと供に。
ご旅行は9月でしたか。
早くカナダ旅行記を仕上げなければ・・・とおっしゃっていたので、てっきりこのお盆休みかと・・・。
次はシンガポール。最近アジアづきましたね。
どうかお気をつけて行ってらっしゃいませ。
himmel
-
- jijidarumaさん 2016/08/01 18:15:46
- リューベック・マリエン教会と可愛い悪魔
- himmelさん
暑中お見舞い申し上げます。
次回の旅行記も楽しみにしていますよ。
さて、聖霊養老院の内部で見た聖女エリザベートの一代記の絵、船員組合の家の料理・室内の見事な装飾、恥ずかしながら、読んだ事も無いノーベル賞作家トーマス&ハインリッヒ・マン兄弟の記念館などリューベックの旧市街には見るべきものがいっぱいでしたね。
2006年の北ドイツの旅:
マリエン教会の外に、教会のあまった礎石の上に座っている可愛い悪魔の姿は面白かったですね。
説明を読むと、『教会の建設を、酒場が出来るのだとだまされた酒好きの悪魔が、教会が出来てしまったことに怒って何かと悪さをしたとか・・・』
旅行中のトラブルを避けるべく、悪魔の像をしっかりなでて(日本的にはビールでもかけて)、私共は旅の無事をお願いしておきました(笑)。
2014年の北方2州の旅:
シュレースヴィヒのゴットルフ城で見たベルント・ノトケの『死の舞踏』は長さ十数メートルの複製でした。
同じ作品でもラヴァル(現エストニア、タリン)の聖ニコラス教会にあった『死の舞踏』は戦災にも遭わず、見事な色彩の絵を今も見ることが出来るようです。
以前タリンに行った際には見なかった覚えが・・・。
それではまた。
jijidaruma
- frau.himmelさん からの返信 2016/08/02 22:05:40
- RE: リューベック・マリエン教会と可愛い悪魔
- jjidarumaさん、暑中お見舞い申し上げます。
北ドイツの旅行記も順調に進んでいますね。楽しませていただいています。
ところで、
>聖霊養老院の内部で見た聖女エリザベートの一代記の絵・・・、
えっそんなものがあったのですか?
エリザーベトってマールブルクの聖エリザベートでしょう?
うわ、残念!
あそこを訪れるのは今回で2度目なのですが、やぱり下調べをして行かなければダメですね。
ほんと、悪魔って言うよりデビルちゃんといいたいほど、愛嬌がある悪魔でした。
あの悪魔は結局近くに酒場ができたのでご機嫌を直したのだとか(笑)。
そういうユーモアが似合う街ですね、リューベックは。
「死の舞踏」っていったらエストニアのものは有名だと聞いたことがあります。
あれもベルント・ノトケの作だったのですか?
教会前の悪魔ではないけど、骸骨と踊っているあの絵もなんだか笑ってしまいたくなります。
骸骨の方は嬉々としているのに、生者の方はシブシブと手をつないでいる・・・。
ペストが流行った当時は恐怖だったんでしょうけど。
いろんなことを教えてくださいましてありがとうございます。
himmel
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
リューベック(ドイツ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
6
86