2016/05/27 - 2016/06/03
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第三日目(5月29日)の後半は、シギショアラの旧市街を見て、ブラショフへ戻ります。
【旅程】
5月27日(金) 28日(土) 成田~イスタンブール~ブカレスト~シナイア~ブラン~ブラショフ (泊)
5月29日(日) ブラショフ~ビエルダン~シギショアラ~サスキズ~ブラショフ(泊) ←
5月30日(月) ブラショフ~ブカレスト~イワノボ~ベリコタルノボ(泊)
5月31日(火) ベリコタルノボ~カザンラク~プロブディフ~ソフィア(泊)
6月 1日(水) ソフィア~ボヤナ~リラ~ソフィア(泊)
6月 2日(木) ・3日(金) ソフィア~コプレシティツア~ソフィア~イスタンブール~成田
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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13時、シギショアラに到着
旧市街へは歩いて入ります。 -
仕立業者の塔をくぐって旧市街へ。
(世界遺産:シギショアラ歴史地区)
街を守る見張り塔の一つ、塔の建設などに責任を負ったのが商工業者のギルドでその組合名が塔につけられています。
但し、この塔は17世紀に損壊し、1935年に再建されたものです。 -
旧市街は12世紀以降に建造され、現在もなお人々が暮らす中世的城塞都市です。
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路地
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ドイツからの移民トランシルヴァニア・ザクセン人によって12世紀以降、タタール(モンゴル)人やオスマン帝国の侵攻に備えた防衛拠点として建造され、城塞都市の中では中世の建造物が良好な形で残されている町だそうです。
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時計塔
(世界遺産:シギショアラ歴史地区) -
時計塔の時計部分
からくり人形が見えます。 -
ドラキュラの実家と言われるレストランで昼食
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建物に入るとバーカウンターがあります。
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こちらで昼食
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ミートボールのスープ、ミネラルウォーター付き
ビールは10レイ -
白身魚です。
ライスもついてボリュームがありました。 -
フルーツのタルト
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甲冑が飾ってありました。
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城と領主?の壁画です。
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1階に下りる階段には斧や鎌らしきものが
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裏のオープンテラス、ドラキュラの文字が見えます。
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昼食後は僅かな時間ですが自由に旧市街を廻ります。
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山上教会へ行ってみました。
屋根つきの木造階段、175段あります。
(世界遺産:シギショアラ歴史地区) -
山上教会の東端
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山上教会
(世界遺産:シギショアラ歴史地区)
1525年完成のゴシック様式の建物です。
入るには入場料を取られます。今年はさんざん教会を見て来たので入りません。 -
綱職人の塔
13世紀に建造されたシギショアラで最古の部類に属する塔で山上教会の脇に有ります。
塔はもともと14ヶ所ありましたが、現在は時計塔を含め9つしか残っていません。 -
山上教会から旧市街を見下ろします。
右側に時計塔が見えます。 -
14時40分シギショアラを出発して10分程でサスキズの町へ到着です。
今まで来た道。 -
サスキズ要塞教会
(世界遺産:トランシルヴァニア地方の要塞聖堂のある村落群) -
「世界遺産:トランシルヴァニア地方の要塞聖堂のある村落群」はトランシルヴァニア地方に残る、かつてドイツ系移民(トランシルヴァニア・ザクセン人)が築いた6つの村落とハンガリー系セーケイ人が築いた1つの村落の計7村です。
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教会脇に有る見張り塔
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教会内部の内陣側
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内陣と反対側
パイプオルガンもあります。 -
祭壇です。
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祭壇の裏側です。
こんな風になっていました。 -
15時15分、サスキズ要塞教会を出発
ビエルダン要塞教会が教会を囲む三重の防壁やいくつもの見張り塔など多くの建造物が残されているのに対してサスキズ要塞教会は教会と見張り塔が一つで落差を感じます。
これから進む道です。 -
ルーマニアの農家かな?
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広々とした草原が広がります。
「枕銭」ですが、これまで8回のヨーロッパツアー(モロッコを含む)に参加しましたが、置きなさいと指示した4人、スルー3人+否定1人でした。
置きなさいと指示した添乗員さんの中には「(ヨーロッパには)チップの習慣あり、「枕銭」=チップなのだから置きなさい」と言う人、ただ「枕銭1ユーロです」と言う人様々です。否定した添乗員さんは、参加者の質問にはっきりと「必要ない」、「それでも置きたいと言うのを止めはしない」と答えていました。
9回目となる今回の添乗員さんは前日の回答の後、この辺りのバスの車内で次のような話をしてくれました。
強制ではないとの前置きの後、現地のルームメイドの話として「①置いて行かない人が多くいる中で几帳面にも日本人は置いて行く。だから②日本人の部屋の担当は大変人気がある。」という話でした。また、ルームメイドは③低賃金で働く人達なので(私は)置いて行くとも話されました。
さて、①の話から「枕銭」は日本人が置いて行くと言うことになります。スルーした添乗員さんと話したとき「ヨーロッパの人は絶対に置いて行かない」と言っていましたし、個人的にはヨーロッパの人とヨーロッパで何回かホテルに泊まったことが有りましたが、置いて行くことはしませんでした。
よって、ヨーロッパにおいて現地の人は置いて行かないと言うことになるのでしょう?
現地のガイドさんによればルーマニアの平均月収は500ユーロ台で低い地域は400ユーロ台と言っていました。今回、22人が全て置いたとして、仮にメイド1人で参加者の10数部屋を担当したら1日分の日当相当になるのでは。これではカモネギの②になりますよね。
また、アメリカのように最低賃金を低くし、チップを得ることに寄ってサービスの正当な対価となる国はでは(貰うのは)正当な権利でもあると思います。しかし、ヨーロッパの国々はこのような低賃金策はとっていないとされています。そして③ではルームメイド=貧しい人の図式が成り立ちますが、食うや食わずの人が働いていると言われたらどう思われるでしょうか?
ヨーロッパの人を見るとむやみにチップを置くようなことは無いようです。何かを頼んだ、一寸長居した、世話になっているなど何らかの理由がある時はサッと置いて行きます。当然、自分と向き合った相手がいますが、「枕銭」がチップだとしたら相手は?誰だか分からない。
最も、日本においても誰か分からない人にチップを渡すことは無いでしょう。旅館に泊まった時、仲居さんに「心づけ」を渡す(古い話、社員旅行の幹事さんが渡していました)にも手渡しで、間違っても布団の上に置くようなことはしないでしょう。
ではヨーロッパにおける「枕銭」とは何なのでしょう。
ガイドブックを見た範囲では「枕銭」という単語は(見た範囲では)見当たりません。ネットにおいて出版社系や各国政府・観光局のガイドにもこの単語を同様に見ることが出来ませんでした。しかし。旅行社系のガイドには頻繁に「枕銭」という単語が出てきます。
また、都市伝説の類のようなものですが「その昔、ノーキョーさんが大挙して海外に出かけホテルで大騒ぎするので、免罪符として枕銭を置いた」という説(社員旅行と同じ?)をネットで見ました。これらから「枕銭」とは旅行社が仕掛けた?何ゆえ?
「1人1ユーロの小銭にとやかくいう言うことは無い」と言う人は多いと思います。ただ、①と②から分かるように他の国の人から見て、日本人が特異な存在と見られるのが・・・(終) -
羊さんです。
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シタデル
城塞のことで、都市・町の一角に建てられた要塞です。 -
角度を変えるると城壁の内部が見えました。
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町の上に有ります。
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ローカルな道をブラショフへと戻ります。
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ブラショフに入ると踏切で貨物列車の通過待ちがありました。
この貨物列車は恐ろしくゆっくりとしたスピードで通過して行きました。 -
ブラショフのラウンドアバウト(環状交差点)
ツァーの旅程では前日の2日目がブラショフ旧市街観光でしたが、前日は飛行機が夜行便と言うこともあり、3日目の本日に振り替えました。 -
17時15分、聖ニコラエ教会に到着
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聖ニコラエ教会はルーマニア正教の教会で町の中心から離れたスケイ地区に有ります。
ここは立ち寄っただけです。 -
旧市街の観光の前にスーパーでお買い物です。BILLAはオーストリアのウィーンにも有りました。
このビルの1階が専門店、地階がBILLAです。
どちらもエイジングケアコスメのジェロビタールH3は売っています。勿論、BILLAの方が安いです。
価格は、非常に安いです。最も賃金水準から妥当かも知れませんが、ジェロビタールH3は専門店で買っても絶対にお得です。 -
ビールの価格を見てみました。
地元ビールが100円もしないのにハイネッケンは約120円です。
物価は安いですね。 -
BILLAから歩いてエロイロル大通りをレプブリチ通りに向かって歩きます。
左は市役所、右が郵便局 -
県庁
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レプブリチ通りを町の中心スファトゥルイ広場に向かって歩きます。
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レプブリチ通りは歩行者天国、通りの中央にはカフェやレストラン
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スファトゥルイ広場
中央は1420年に建てられた旧市庁舎、現歴史博物館 -
スファトゥルイ広場から見た白い塔。
ここからは旧市街を見下ろせるのでしょう。人が上っているのが見えました。 -
スファトゥルイ広場を過ぎると黒の教会です。
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黒の教会
高さ約65mの塔を持つトランシヴァニア地方最大の後期ゴシック教会。14世紀後半から15世紀初頭にかけて造られ、1689年にオスマン帝国との戦いでハプスブルク軍が侵入してきた際の大火の煙で、外壁が黒こげになったことにより、この名になりました。 -
黒の教会からスケイ門へ。
ブラショフはドイツからこの地に植民したトランシルヴァニア・ザクセン人により建設されました。当時、先住ルーマニア人がこのスケイ門の先に移住を余儀なくされ、こちら側へは許可なく入れなかったそうです。
ルーマニア正教の聖ニコラエ教会は、この先にあります。 -
荒れた建物もいくつか見る事か出来ます。
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スフォリイ通りに入ります。
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スフォリイ通りは人ひとりが通れるような細い通りです。
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旧市街の裏通り?を歩きスファトゥルイ広場に戻ります。
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トゥンパ山、BRASOVの文字が見えます。
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スファトゥルイ広場の前に建つ、名は忘れましたが由緒あるレストランだそうです
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レストランに入場です。
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ホルンの演奏と民族衣装のお姉さんが出迎えてくれます。
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甲冑の騎士に見下ろされて階下に降りて行きます。
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地下にはワインが並べられています。
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更に進むとワインの大樽がずらりと並びます。
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更に進むとようやっとワインの試飲会場です。
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注いでくれるワインが美味しくなりそうなおじさんです。
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赤1種、白2種のルーマニアワインを試飲しました。
おつまみ付きです。 -
途中、バンドの演奏もありました。おひねりは不要です。
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1階に戻り、細長い室内で夕食です。
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前菜です。
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フォーククロアショウの始まりです。
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民族衣装を来たお兄さんとお姉さんが踊ります。
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メイン
温野菜がしっかりと付いています。 -
ミネラルウォーターとともに赤と白のルーマニアワインが付きます。飲み放題ではないのですが、十分な量が出ます。
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お客さんも一緒に踊ります。
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デザート
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21時レストランを出ます。
トゥンパ山のBRASOVの文字に灯が入ります。 -
21時25分ホテルに到着です。
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