2015/07/06 - 2015/07/06
1070位(同エリア1836件中)
まみさん
2015/07/06月 モスクワ観光4日目
・ノヴォデヴィッチ修道院(10:40-13:55 約3時間15分)
スモレンスキー聖堂
鐘楼は修復中
ウスペンスキー(聖母被昇天)教会
イコン美術館
・アンドレイ・ルブリョーフ記念イコン美術館(スパソ・アンドロニコフ修道院)(15:10-16:50)
スパースキー(救世主)教会
アルハンゲル・ミハイル教会(イコン美術館)
・ニクーリン・サーカス(19:00-21:10 20分休憩込み)
・ツヴェトイ・セントラル・マーケット(=百貨店)散策
【モスクワ泊:マキシマ・パノラマ・ホテル】
本日の予定は、少なくともノヴォデヴイッチ修道院とアンドレイ・ルブリョーフ記念イコン美術館の2ヵ所は制覇するとして、夕方のニクーリン・サーカス観劇までの間にあと一か所くらいどこか行けるかな、くらいの、ゆとりある日程を考えていました。
そのせいもあって、ホテルを出たのは9時半すぎとスロースタートになり、メトロ駅のすぐそばにあると思ったノヴォデヴィッチ修道院へのアクセスに手間取ってしまい、ノヴォデヴィッチ修道院に着いた段階で10時40分となってしまいました。
ノヴォデヴィッチ修道院のような有名な観光地は、メトロを出た後にすぐ案内があって分かりやすいかと思ったら、そうではなく、当てが外れました。
方向音痴の私は、はじめのうち違う方向へずんずん歩いてしまい、途中で不安になって道行く人に尋ねても、知らないという返事ばかりでした。
なんで、みんな、有名なノヴォデヴィッチ修道院がこの近辺にあることすら知らないの?!
と驚きましたが、考えてみたら、私自身が道を歩いていて、人に道を聞かれても、その場所がその周辺で有名な場所だからといって、行き方を必ずしも知っているとは限らず、関心がなければ、そんな場所があることすら知らないこともあり得るんでした。
でも、本日の予定は少ないので、10時40分からでも好きなだけゆっくり撮影散策ができると思って、ノヴォデヴィッチ修道院で好きなだけゆっくりしていたら、3時間以上かけてしまいました!
我ながらびっくりです。
だけど、ノヴォデヴィッチ修道院は、中を見学できた2つの正教会のどちらも、内部の撮影がOKでしたから、いままでたまっていた欲求不満を解消できると思い、私なりに一枚一枚いつも以上に丁寧に撮ったのです。
それに、今回の旅行では一眼レフのレンズを3本持参していて、そのすべてを存分に駆使できしました。
特に、おNEWの単焦点F1.8の明るいシンデレラレンズは、それまで思ったほど使える場面がないかと思っていただけに、教会内部にはレンズにぴったりな被写体がいくらでもあって、飛び上がりたいほどワクワクでした。
しかも、現地旅行記アップ用の材料となる写真をスマフォでも撮りました。
なので、4つのレンズでノヴォデヴィッチ修道院に取り組んだことになるわけです。
同じ地点ですべてのレンズを使って撮影したわけではありませんが、気になったところでは、レンズを替えるとどうなるか、と撮り比べたりもしました。
しかし、さすがに、3時間近くなったのときには、ペースをあげて見学しないと、次のアンドレイ・ルブリョーフ記念イコン美術館に行きそびれてしまう、とあせりました。
なにしろ、修道院内には3つほどミュージーアムがあり、その段階でまだ見ていないところがあったわけですから。
アンドレイ・ルブリョーフ記念イコン美術館は、今回の旅行2日目に向かったのに、開館時間を間違えて、門の中にすら入れずに引き返したところですから、今日もまた行けない、なんてことには、絶対したくありませんでした。
ノヴォデヴィッチ修道院は、冷静にみれば見学に3時間かけるほど広くないですが、写真を撮りたくなるような美しいものがたくさんあふれていたので、3時間の撮影散策そのものは、とても充実したものになりました。
門をくぐって中に入ったときは、15年前の2000年の秋の初ロシア訪問で訪れたときの記憶がうっすら蘇りました。
でも、教会内部の記憶は全然残っていなくて、初めて訪れるところのような新鮮な目で感動しました。
博物館は、あまり興味を引かないものもあったのですが、イコン博物館は気に入り、いちいち写真を撮ってしまいました。
次のアンドレイ・ルブリョーフ記念美術館もイコン美術館なのだから、イコンをじっくり見られると分かっていても、だからといって、ノヴォデヴィッチ修道院で手を抜く理由にはなりませんでした。
そのため、「地球の歩き方」にあったような、湖越しの修道院を眺める余裕は、時間的にも体力的にも残っていなくて、それどころでなくなてしまったのは残念でした。
それに、3時間以上もかけてじっくり撮影散策をしていたので、非常に疲れてしまいました。
それでも、ゆっくり休んでいる間もなくアンドレイ・ルブリョーフ記念イコン美術館に向かうことにしたら、来た時と同じ道を忠実にたどれば、道に迷わずにメトロ駅に戻れたはずなのに、こっちの方が近道に違いない、と自分のカンを当てにしたら、また道に迷って、遠回りしてしまいました。
私はなんて方向音痴なんだろう、と、非常になさけなくなったのは、この旅行記の後の話。
実は今回のモスクワ再訪で、このあと、最寄りのメトロ駅から近くて分かりやすい経路のはずなのに、たどり着くまで道を間違えたところが何ヶ所もありました。
この日の夕方のニクーリン・サーカスといい、翌日のククラチョフの猫劇場といい。
見知らぬ町歩きで方角に関する私のカンは当てにはならず、自分では絶対違うと思う方角が正しい確率が高いので、心底、自分がなさけなくなったのは、さらにその後の話@
<2015年ロシア再訪旅行の簡易旅程>
06/30火 職場から成田のホテルに前泊
07/01水 成田第2空港からJALでモスクワへ&モスクワちょっと観光
07/02木 モスクワ半日観光&S7航空でカザンへ
07/03金 カザン観光1日目(クレムリンと国立博物館)
07/04土 カザン観光2日目(現地ツアーに参加)
07/05日 S7航空でモスクワへ&モスクワ半日観光
07/06月 モスクワ観光4日目&ニクーリン・サーカス★
07/07火 モスクワ観光5日目&ククラチョフの猫劇場
07/08水 モスクワ観光6日目&ボリショイ・サーカス
07/09木 モスクワ観光7日目(赤の広場とモスクワ動物園)
07/10金 モスクワ観光8日目(モスクワ動物園とプーシキン美術館)
07/11土 モスクワ観光9日目(アルバート街と東洋博物館)
07/12日 モスクワ半日観光&出国
07/13月 成田第2空港着(猛暑のピークの帰宅)
※この旅行記の対象の日に★印をつけました。
詳細旅程はもう1つのブログ「まみ’s Travel Diarty」
(http://mami1.cocolog-nifty.com/)
の記事に、ハイライト写真と共に前後編に分けて掲載しました。
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2015/07/2015-fd3f.html
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2015/07/2015-7006.html
「相次ぐモスクワの火事は、木造建築の多かったモスクワを容赦なく消し去った。14世紀の年代記には、全ての街が燃え去った《モスクワの6つの大きな火事》の古都が記されている。幾つもの家を焼き尽くす火事が、ほとんど毎日のように起こっていた。それに加え、侵略者たちもモスクワを破壊した。そのような事から、保存されている古代建築物の記念碑は非常に少ない。だからこそ、運良く私たちの時代まで保存されてきたロシアの巨匠たちの手による芸術作品は非常に貴重なものである。
遥か昔、石造りの建物といえば、教会と修道院群ぐらいであったため、それらは剣と火に対抗する場所となったのである。モスクワにおける最も美しい修道院のひとつであるノヴォデヴィチ修道院は、ヴァシーリー3世の命によって、ポーランド・リトアニア国境戦争でのロシア軍の勝利とスモレンスクのロシア返還の記念として、1524年に建築された。
モスクワへの南方路付近に位置するこの修道院は、国境の警備拠点としての機能を幾度となく果たしてきた。修道女たちの中には、王室の代表者や高級貴族階級の出身者がいたことから、皇帝や貴族の好意と庇護を受けることができた。修道院には、ビョートル1世の姉であり、彼と対立していた姉のソフィア女帝も属していた。
修道院の古代教会は、ビザンティン式が方によって描かれ、スモレンスク公国において聖物とされてきたイコン画『スモレンスクの生神女』に捧げられている。」
(今回の旅行で購入した写真集日本語版「モスクワ 歴史・芸術・建築」より引用)
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- その他
-
ゲートをくぐってすぐ目に入るのは、大きな柳の木と大小2つの聖堂
この景色は15年前の2000年の初ロシア旅行のときにも写真を撮ったので、そのため記憶に残っていました。
手前はプロホロウス礼拝堂(1911年建設)で、その奥にあるのがこの修道院のハイライトであるスモレンスキー聖堂(1524―1525年建設)。 -
木々を額縁に、金と銀の玉ネギドーム
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プロホロウス礼拝堂の豪華な入口
中には入れません。 -
プロホロウス礼拝堂の金細工が見事な窓
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寄り添う窓と十字架
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かくれんぼする天使@
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木もれ日が射す
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壁に射す木もれ日と柳の影
ぎざぎざ縁飾りにも注目。 -
十字架とプロホロウス礼拝堂・その1
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十字架とプロホロウス礼拝堂・その2
可愛い建物だったので、ついついいろんなアングルで写真を撮りまくってしまいました。
楽しかったんですものっ! -
スモレンスキー聖堂も可愛らしい
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隣の鐘楼が修復中で残念
鐘楼が残念ですが、位置関係など記録に残したかったので写真を撮っておきました。 -
スモレンスキー聖堂の入口の上の半円のフレスコ画
中央に聖職者が巻物を掲げ、左右にずらっと修道女が集まったこの図が何を意味するのか、よく分かりませんでした。
正教会の宗教改革かな。 -
ななめから見るスモレンスキー聖堂の優雅なたたずまい
フレスコぎっしりの内部の写真は、この前の旅行記にまとめました。
関連の旅行記
「ゆったり楽しもうロシア再訪2015年─モスクワとカザン─【第6日目】(1)ノヴォデヴィッチ修道院じっくり再訪(前編)超広角レンズとシンデレラレンズでスモレンスキー聖堂とウスペンスキー教会の豪華な正教会内部に迫る」
http://4travel.jp/travelogue/11139075 -
ヴォロコンスキー霊廟(1830年代)と背後のイリンスカヤ塔
イリンスカヤ塔は、イリーナの塔という意味でしょう。 -
イリンスカヤ塔の華やかな部分と青空
どの塔も装飾的でした。 -
見張り塔のテラスもロマンチック
イリンスカヤ塔だと思います。 -
ヴォロコンスキー霊廟は中には入れず
ヴォロコンスキーの意味は不明。
イリーナと同じく人名で、姓名の方かな。 -
すっきりと美しい大食堂(イリーナ・ゴドゥノヴァの宮殿)と四隅の塔の1つのスエツンスカヤ塔(16-17世紀)
イリーナ・ゴドゥノヴァは、ロシア史上、悪名高いボリス・ゴドゥノフの妹です。
彼女がイヴァン雷帝の後を継いだ虚弱で知的障害のあるフョードル1世の妻だったため、ボリス・ゴドゥノフは皇帝の兄として摂政となり、次第に権力を握っていくわけです。
悪名高いといっても、ボリス・ゴドゥノフはタタール系下級貴族の出身ということで、いわれなき偏見にさらされたでしょう。
イリーナ・ゴドゥノヴァは、フョードル1世の死後、ノヴォデヴィッチ修道院の修道女となりました。 -
近づいてみる
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無造作に並んだ墓碑
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青空に映えるウスペンスキー教会の知的な印象の四角な部分
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ウスペンスキー教会の黄金の玉ネギ型ドーム
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3つの玉ネギ型ドームと、その上の十字架の競演
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芝生の静かな場所に立つ丸い頭の黒い墓碑
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宮殿のようなウスペンスキー教会
この教会の内部の写真もこの前の旅行記にまとめました。
関連の旅行記
「ゆったり楽しもうロシア再訪2015年─モスクワとカザン─【第6日目】(1)ノヴォデヴィッチ修道院じっくり再訪(前編)超広角レンズとシンデレラレンズでスモレンスキー聖堂とウスペンスキー教会の豪華な正教会内部に迫る」
http://4travel.jp/travelogue/11139075 -
いっそう優雅なたたずまいとなるアングルで
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青空の下のスモレンスキー聖堂の全貌のある景色を超広角レンズで広々ととらえる
修復中の鐘楼がつくづく残念でしたが、これならシルエットっぽく撮れたと思います。 -
銀のドームにかしづかれた金のドーム
いったん曇ってしまって外の景色を撮るのに残念だと思っていたところ、再び青空が出てきたので、このチャンスを逃す手はありません! -
四隅を守る塔の1つ、チェボタルナヤ塔
-
白亜の建物を背に、一休み中の天使
「雨は降ってないわね」
というポーズではありません(笑)。 -
ななめにとらえた優雅なウスペンスキー教会
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祈る天使
F1.8の明るいシンデレラレンズで撮りました。
お気に入りの一枚です。 -
聖書を掲げたイエスのイコンのある墓碑
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イリンスカヤ塔と同じタイプのポクロフスカン塔
別名ボロビヨフスカヤ塔。 -
17世紀頃の歌手の家
白漆喰が剥げかけていてレンガが見えているところがかえって風情がありました。
中は非公開。
というより、たぶん一般公開したり、なにかに利用したりできるほど整備されていないかんじでした。 -
1つめのミュージーアムへ
なにやら1812年のノヴォデヴィッチ修道院の展示らしかったです。
ナポレオンがロシアに侵攻し、敗退し、ナポレオンの運命の転換となった戦いがあった年。
ロシアでは1812年祖国戦争と呼ばれます。 -
ミュージーアムの建物の方へ
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歴史展示ミュージーアムの入口
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展示の様子
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燃えるモスクワの絵
右側の建物は、ノヴォデヴィッチ修道院ではなく、クレムリンだと思います。 -
修道院内の建築のオリジナル部分と、中世当時の様子が分かる資料としての複製画
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ナプルドナヤ(池の上の)塔と、ピョートル一世の姉ソフィアのかつての部屋
表紙候補でした。
ピョートル一世が姉ソフィアの部屋の窓から見られる位置でソフィア配下の者を処刑した事件のことを、トレチャコフ美術館にある絵画から知りましたが、その舞台はここでしょうか。
もちろん処刑場は修道院の外側です。
件の絵画は、レーピンの「ソフィア・アレクセイエヴナ王女、ノヴォデヴィッチ修道院幽閉1年後の1698年、銃兵隊(ストレリツィ)の処刑と彼女の追従者全員の拷問の最中」や「スリコフの「銃兵(ストレリツィ)処刑の朝」です。
その写真のある関連の旅行記
「2013年ロシア旅行〜13年ぶりの再訪を3年前にあきらめた旅行計画で実現【第4日目:モスクワ】(2)トレチャコフ美術館(中編)ロシア史とロシアの古き時代にどっぷり浸りながら」
http://4travel.jp/travelogue/10835845 -
そのかつてのソフィアの部屋が3つめのミュージーアム
全然写真を撮らなかったミュージーアムもあります。 -
かつてソフィアが暮らした部屋のある建物
表紙候補の写真でした。
私の中で彼女は建物の中にずっと幽閉されたイメージがあったのですが、実際にこういう建物を見ると、修道院の敷地から出られなかったにせよ、敷地内は自由に歩けただろうと思い直しました。 -
ステキな建物なのでタテでも撮っておく
-
ナプルドナヤ塔の美しいたたずまい
ぎざぎざの城壁はおとぎの国のお城のようです。 -
聖人と共に描かれたノヴォデヴィッチ修道院の絵と、大小のステキなイースターエッグ
ここからの展示品はすべて単焦点のF1.8の明るいシンデレラレンズで撮影しました。 -
すばらしい装飾タイルのストーブとイコンの展示の様子
ピョートルの姉ソフィアが暮らしていたときの家具かもれしません。
逆に言うと、そうだとしても、これしか残っていませんでした。 -
おそらく、祝福される聖母マリアと両親のヨアキムとアンナのイコン
ヨアキムとアンナの間にいる聖女は誰か分かりません。
遠近法が確立されていなかった中世絵画のような背景の建物も、現代人の私の目からはとても興味深いです。 -
娘マリアを見る母の顔の聖アンナを中心に
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おそらく、教会に預けられる少女時代の聖母マリアとその両親のイコン
これも背後の建物や街並みは、いまや逆に新鮮です。 -
受胎告知だと思うけど、天使が2人いる!?
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十字架を見つめる聖女のイコン
聖女に表情はほとんどありませんが、それがかえって独特な味わいになっていました。 -
よく見ると、哀しみをこらえたような表情
聖女と書きましたが、聖母マリアかもしれません。 -
イコン展示がずらりで舞い上がる私@
次に行くアンドレイ・ルブリューフ記念イコン美術館でイコンがたっぷり見られると分かっていても、ここで鑑賞や撮影の手を抜くわけにはいきません!
ただ、写真を撮るのは、聖母子のイコンをメインにしました。
ちなみに、日本の正教会では、聖母マリアのことを、聖母マリアとは呼ばず、生神女と呼ぶようですが、コメントでは聖母マリアとしておきます。 -
全体的にラフェエルの絵のようなやわらかさのある聖母子のイコン
けっこう近代のものだと思います。 -
きつめの表情のこちらの聖母マリアは絶世の美女@
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古めかしさが味わい深い聖母子のイコン
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聖母と幼子イエスのポーズがぐっと親密なタイプのイコン
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息子の最期を予感しているような憂いを帯びた聖母マリアと、母を必死に慰めているようにも見える幼子
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望んだわけではないのに天上の王の母になって複雑な表情のマリア
というかんじ? -
再びビザンチンっぽい古めかしい聖母子のイコン
今度は幼いうちから果敢に運命を受け入れた我が子に、マリアの方が心配そうに顔を寄せています。 -
よく見ると幼子も少し不安そうに母親に視線を向けている
母親の方がすでに視線が彼方でした。 -
シルバーのオクラード(イコンの覆い)のあるやわらかなタッチの聖母子イコン
オクラードそのものも豪華で見ごたえあるものも多いですが、オクラードに覆われてしまっている部分のイコンが見えないのはちょっと残念かも。 -
ママと頬をぺったんこっ!
-
光輪がまぶしい、古めかしい聖母子のイコン
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我が子が自慢なエリート・ママチックな聖母
衣装にも宝石が散りばめられていて、とても豪華です。
冠もかぶっているので、これはすでに天上の王の母としての装いでしょう。 -
「ママーっ、ボク、怖い夢を見ちゃった。十字架にかけられるの」
「よしよし、坊や、心配しないで、ママが守ってあげるから」 -
しかし、心の底では来る運命を受け入れていた母子
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「ママのほっぺはあったかいっ!」
「ぼうやのほっぺもあったかいわ」 -
神の言葉を掲げる聖母
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母子の眼差しが交差する
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この母の表情も慈しみと哀しみをたたえて
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奇跡を起こすというカザンの聖母
奇跡を起こしたときのオリジナルのイコンではないと思いますが、イコンは模写も同じ効力をもつと考えられています。 -
まだ少女のようなあどけなさのある聖母と、母というより姉を支えるしっかり者の弟のような幼子イエス
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聖母の死と被昇天の図の浮彫
ベッドに横たわる聖母の回りでは現世の人々が悲しんでいますが、そのベッドのそばにはすでにキリストが母を迎えに来ています。
キリストが片手に抱いている幼子は、マリアの魂です。
マリアは自分で昇天するのではなく、キリストの導きによって昇天するので、被昇天なのです。 -
中心部に少しズーム
良く見るとベッドごと天上に運ぼうとしている天使がいました。 -
イコンの覆いであるオクラード部分のみ残ったイコン
イコンの方がどうしても痛みやすく、金属製のオクラードの方が長く残ります。 -
聖母が両手を拡げたオラントの聖母のイコンのオクラード
浮彫彫刻として見ても、すばらしいです。 -
トルコ石とローズカット・ダイヤモンドがぜいたくに散りばめられた十字架
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透かし彫り装飾が美しいお香入れ
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ついついローズカット・ダイヤモンドの方に目が奪われてしまうかも
ピンクの宝石は何かなぁ。
スピネルとかピンクサファイアかな。 -
ノヴォデヴィッチ修道院ゆかりの修道女の肖像画
背景は、対岸にノヴォデヴィッチ修道院が見える景色です。
チャイコフスキーが「白鳥の湖」の着想を得たという風景でしょう。 -
肖像画の修道女ゆかりの展示室
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直筆の手紙やメガネや写真など
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いくシーンもあるカルフルで物語的なイコンと金メッキのきらきらな聖具
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中心のイコンのテーマは聖母の死と被昇天
-
刺繍によるノヴォデヴィッチ修道院の絵
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たっぷり3時間以上かけて見学したノヴォデヴィッチ修道院をついに後にする
スロースタートで入場したのは10時40分でしたが、出てきたのは午後2時近くでした。
このあとは急いで、本日の次の目標のアンドレイ・ルブリョーフ記念イコン美術館へと向かいました。
つづく。
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