(15)1993年12月ヨルダン・シリアの旅13日間⑩シリア(パルミラ(バール神殿 凱旋門 列柱道路 浴場 劇場 アゴラ 四面門 博物館 墓場の谷(エラベールと3人兄弟) ゼノビア宮殿 アラブ城)
1993/12/16 - 1993/12/16
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今日は、シリアの観光のハイライト パルミラ遺跡を1日かけて見学します。(しかし、ISが破壊してしまったと報道が入り、今はどうなっているか、心配です。ビデオカメラで詳しく撮ってあるので貴重な記録となると思います。
⑧12月16日 Hを出て、朝の散歩(6:00-7:10)をします。アゴラ 円形劇場 四面門と回り、バール神殿より上る朝日を見、感動します。朝食(7:45-) 8:30バスで観光に出掛けます。
バール神殿(ベル神殿)(パルミラを説明するガイドさんと合流します。)バール神殿(子供より2ドルで黒白のターバンを買います。)より凱旋門(記念門)までバス移動(短距離ですが) 。
凱旋門でツアーの人と記念撮影します。列柱道路を歩きながら、ナボ(アポロ)神殿 ゼノビアの風呂 円形劇場 アゴラ(取引場) 遺跡の中心の四面門まで歩きます。
そこから、バスに乗り、バール・シャミン神殿(雨と富の神で修復中) ゼノビアHを通り、パルミラ博物館(11:00-11:35)見学 (ビデオ・カメラは禁止)(アラート神殿のライオン像 ベル神殿のアラム文字等の記念碑 ベル神殿の柱の上の彫刻(オリジナル) 2体のミイラ 午後に行く墓の大理石の家族の像など沢山ありました。)
その後、バスで凱旋門の前を通り過ぎ、エラベール家の塔墓(11:50-12:15) バスでHの前を通り過ぎ、3人兄弟の地下式墓(12:22-12:37)見学。
バスで町に戻り、昼食(12:45-13:45)(スープ チキンのカバブ)その後、街を散歩し、シリアのコインを買います(100Sp)。
午後の観光はディオクレティアヌス城砦(13:52-14:15)(ゼノビア女王の神殿と思われています。) Hに戻りますが、個人的にH近くのエフカの泉に行きます。
オプションとして1人7ドルでアラブ城(H15:20出発)に行きます。帰りに四面門で30分のんびりし、四面門に沈む夕日を見ます。感傷的になります。
夕食(19:30-21:00)皆でお酒を飲み楽しみます。その後、皆で星空を見ます。(オリオン座 北斗七星 スバル座 カシオペア 北極星 シリウス 等々)
{旅程}
①12/9(木) 成田11:00-イスタンブールー22:20アンマン(泊)
②12/10(金)アンマン観光(博物館 城 ローマ劇場)-アカバ(泊)
③12/11(土)アカバ観光ーワディ・ラム観光ーペトラ(泊)
④12/12(日)ペトラ観光(エル・カズネ エド・ディル ワディ・ムーサ)ペトラ(泊)
⑤12/13(月)ペトラーマダバ観光ーネボ山ー死海遊泳ーアンマン(泊)
⑥12/14(火)アンマンージェラシュ観光ーボスラ観光ーダマスカス(泊)
⑦12/15(水)ダマスカス観光(国立博物館 サラディーン廟 ウマイヤドモスク アゼイ宮殿)-パルミラ
★⑧12/16(木)パルミラ観光(ベル神殿 円形劇場 地下墳墓 アラブ城塞)パルミラ(泊)
⑨12/17(金)パルミラーデル・エゾール大橋ーマリ遺跡ードゥラ・ユーロポス遺跡ーデル・エゾール(泊)
⑩12/18(土)デル・エゾールーラッサファ遺跡ーアレッポ観光(博物館 城 スーク)アレッポ(泊)
⑪12/19(日)アレッポーエブラ遺跡ーハマの水車ークラック・デ・シュバリエーダマスカス(泊)
⑫12/20(月)ダマスカス3:30-イスタンブールー(機中泊)ー
⑬12/21(火)ー7:30成田
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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朝の散歩(パルミラ遺跡の朝日)
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パルミラ遺跡の朝日(凱旋門とバール神殿)
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パルミラ遺跡の朝日
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バール神殿全体(AD1C建立)200M四方で大きな柱で囲まれていた。配置は西アジアのオリエント式 飾りはコリント式(グレコ・ローマン式)1年に1回犠牲祭があり、1週間続き、羊・馬などに生贄をした。人の犠牲はありませんでした。10Cに地震で崩れ、200年後にアラブ人が十字軍のために、周囲に壁を作って要塞化したが、十字軍は来ませんでした。周囲に近代的な白い家があり、考古学チームの宿舎(2年前、日本奈良大学チームがいました。)まだまだ、説明を聞きましたがここに書ききれません。でも、破壊された事が残念でたまりません。
ベル神殿 史跡・遺跡
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バール神殿横(神殿の入口の右側に石碑があります。表は宇宙神や月神に対する捧げものとしてパイナップル アップルを描く。裏は軍隊の行進などが描かれています。)柱の上に青銅の飾りがありましたが、盗まれ、今は上の三角の飾りは複製(コンクリート)です。
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バール神殿内部の祭壇(穴は石と石を繋ぐ鉄がはめてあった。中央にはバール神の銅像 神殿の左に亀裂のようになっていますが、2Fに上がる階段があり、神殿を守る4人の祭祀長(男性)がおり、反対側には3人の女性が住んでいた。この神殿の右には神殿の上に行く螺旋階段があり、日の出を拝みます。4Cは教会 その後はイスラム教となり、中央に窪みとしてミフラーブとなった。左下の穴の近くに8Cの落書きがあります(ウマイヤ朝のワーヒック文字です。)
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バール神殿内部(左は入口 右の壁はアラブ人が作った。柱の前の崩れた所に祭壇があり、犠牲祭を行った。(動物の血を流す穴とそこに連れてくる地下道が柱の後ろから繋がっています。)(祭壇では動物の肉を食べた。犠牲祭の晩餐会の時は粘土板の前売り券があり、特定の人の名前とメニューが書いてあり、金持ちは飲み物はフリーでした。博物館に粘土板があります。)
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バール神殿前より凱旋門(右) 円形劇場(左) 列柱道路(中央)と遠くにアラブ砦が見えます。
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凱旋門前でツアー参加者10人で記念撮影(60年前より発掘されています。後ろの列柱道路の柱の横には町や隊商の有力者の像がありました。柱は365本ありました。
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円形劇場(1000人収容 民衆より税金を取っていたため、そのストレス発散の場であった。闘牛・奴隷同士・人とライオンの戦い(死ぬまでやった。)周囲には売店がありました。
近くにゼノビアの風呂があり、深さは2M 泳ぐためのプールで周囲は大理石。隣にはクアハウス マーサッジ・ルーム 図書館がありました。 -
四面門と左はアラブ砦(右から3本目のやや黒い柱は当時のオリジナルです。)
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アゴラ(商取引場)。四方に柱があり、商人・軍人・元老院の人・ローマ・パルミラの高官の像があり(アラム文字(パルミラの言葉)やギリシャ文字(教育のある人の言葉)で書かれてあった。全体の作りはギリシャ式です。(商人たちの食堂やキャラバンの部屋(番号が指定され、予約のようなシステムがあった。)や台(アゴラのチーフが乗りニュースを話す。)などがありました。馬のための出入り口や飼い葉桶もあったそうです。
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遺跡の中心にある四面門(十字路となっており、アスワンからの花崗岩の柱であった。今はコンクリートです。周囲はロータリーとなっています。1970年 柱と上の台を作ったという。)遺跡全体も12C、アラブ人が遺跡の石を使って家を建てたため、廃虚となりました。柱は2M地面に埋まっています。
四面門 史跡・遺跡
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エラベール家の塔墓(遺跡の西は墓場の谷です。)墓には4種類あり、①塔式②地下式③家式④個人用の小さな石碑(貧しい人用)
この墓は①でAD103年5階建ての22M内部は92段の階段で200の棺が入ります。(死者は甦る事でミイラにしました。)
外側はパルミラ様式 内側はペルシャ様式です。入口には大理石の像が嵌められていました。墓の谷 史跡・遺跡
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エラベール家の塔墓(1階部分 形が良く残っています。)人々の像があり、右上は柩で頭を奥にして横に寝かされていました。天井にはエラベール家の4人の兄弟の絵があり、オリジナルな色が付いています。1800年前のものです。
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エラベール家の塔墓(4階部分より5階部分を見ます。崩れそうです。)
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三人兄弟の地下墓室(入口)中の右の部屋はホールとなり1日/W 木曜日に宴会を開いていました。食物・花を添えます。中の左の部屋は奥さんの像があり、首は取られていますが、名前がアラム文字で書かれています。入口は3トンの石の戸がありますが、スムーズに開きます。
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三人兄弟の地下墓室(正面奥の部屋)三人兄弟(マリー サエー ダラーの絵があります。半円の部分はトロイの戦いの神話が書かれています。デルフィの神託の場面 アキレスなど。その上の半円の天井には人々を天界に連れて行くゼウス神が書かれています。左右に沢山の遺体入れの部分があります。
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三人兄弟の地下墓室より周囲を見ます。(中央上はエラベール家の塔墓です。)
その他にも4つのタイプの墓が沢山あります。 -
パルミラ遺跡全景(左は四面門から右はバール神殿)
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パルミラ遺跡全景(左はディオクレティアヌス城砦より右は四面門)
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ディオクレティアヌス城砦(元来はゼノビア女王の宮殿と言われています。)
ローマのアウヌレアヌスがパルミラを攻め落としてローマ軍の要塞となった。 -
ディオクレティアヌス城砦
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ディオクレティアヌス城砦
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エフカの泉(鉱泉で地下にあり、25〜6度 泉は涸れています。奥は50〜200Mぐらいあります。)
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アラブ砦に向かいます。
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アラブ砦(現在、中は軍の施設で立ち入り禁止です。)海抜600m(パルミラは400mです。
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アラブ砦より見たパルミラ遺跡(墓場の谷)左上にエラベール家の塔墓があります。
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アラブ砦より見たパルミラ遺跡(中央上に列柱道路よりバール神殿が分ります。)
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夕暮れの列柱道路
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夕暮れの列柱道路
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夕暮れの列柱道路
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夕暮れの四面門
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