2016/02/20 - 2016/02/26
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azianokazeさん
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エローラ石窟寺院群の仏教窟を観光後、アウランガーバード市内に戻り、「ミニ・タージ」とも呼ばれる「ビービー・カ・マクバラー」や貯水池「パーンチャッキー」などをまわります。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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華麗な装飾に溢れたジャイナ教石窟(前々編)、壮大な「カイラーサナータ」に圧倒されるヒンズー教石窟(前編)を見た後、最後の仏教石窟へ。
時代的にはもっとも古く、5世紀から7世紀にかけて造られたものです。
素人眼的には、ヒンズー教窟やジャイナ教窟に比べると、やや地味と言うか素朴な感もあります。
絢爛たる仏教美術の世界は、「アジャンタ石窟寺院」の方で堪能できます。
写真は第10窟 -
石窟には「ヴィハーラ窟」と呼ばれる修行僧が生活しながら瞑想などを行った僧房や僧院と、仏塔(ストゥーパ)を祀り仏像を配した「チャイティヤ窟」があります。
エローラの仏教窟の多くは僧院・僧坊の「ヴィハーラ窟」ですが、第10窟は「チャイティヤ窟」です。 -
入口正面上部のレリーフ
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2階建て構造になっています。
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中に入ると、キリスト教の教会を思わせるような広い空間が。
天井のアーチがまるで「骨」のようで、クジラのお腹の中にいるような感じも。
アーチは実際的なものではなく、木造建築を模してつくられた装飾のようです。
奥には仏像が安置され、その背後に仏塔が。 -
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同じような構造は「アジャンタ」でも目にします。
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第10窟の更に奥には第1〜9窟が連なりますが、ガイド氏の「あまり面白いものはないです」との言葉に従って、中心部方向に戻り、第12窟へ向かいます。
まあ、私もそんなに石窟マニアでもありませんし、お昼も過ぎてお腹がすいてきていましたので、大幅にはしょることには異存もありませんでした。 -
第12窟
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学校かアパートのようですが、僧坊「ヴィハーラ窟」です。
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第12窟内部の菩薩像
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仏陀像
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柱などの装飾性は排されています。
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仏像以外は、実にシンプルな直線構造です。
以上で、エローラ観光を終了。
見ていない石窟は多々ありますが、どこまで見るかは関心・興味に応じて・・・といったところでしょう。
時間もお昼を過ぎて、お腹がすいています。 -
エローラ遺跡から車で5分ぐらいのところにあった、ローカルなお店で昼食。
カレーセットの「ターリー」です。
同席したガイドのアシフ氏は、胆のう手術をした関係で外では食事しないとのことで、少しばかりクラッカーをかじる程度。
ただ、食べない人が真向いに座っていると、食べにくい感も・・・。
そのアシフ氏は翌日は外食していましたから、ここのローカルな雰囲気がお気に召さなかったのかも。
300円程度。 -
まだ時間も早いので、アウランガーバード市内のスポットを少し。
最初は「ビービー・カ・マクバラー」 -
すぐにわかるように、「タージ・マハル」とそっくりです。
それもそのはずで、インド・イスラーム文化の代表的建築とされる「タージ・マハル」がムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、愛妃ムムターズ・マハルのため建設した墓廟であるのに対し、ここ「ビービー」は、第6代皇帝アウラングゼーブの妃、ディルラース・バーヌー・ベーグムの廟墓として、17世紀後半に息子のアーザム・シャーにより構築されたものです。 -
ただ、「タージ・マハル」が総大理石造りであるのに対し、「ビービー」は基底部とドームだけが大理石で、残りは石材の上に漆喰を縫った形になっています。
「タージ・マハル」建設などで、さしものムガル帝国の財政も悪化していたのでしょう。
なお、「ビービー・カ・マクバラー」という名前は、翻訳すると「婦人の墓(Tomb of the Lady)」の意味だそうで、「貧乏人のタージ」あるいは「ミニ・タージ」とも呼ばれているとか。
「貧乏人のタージ」というのは、ちょっとかわいそうな呼び方です。
地元住民の憩いの場として、多くの人が訪れています。 -
漆喰の装飾は、やや傷んだところも。
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エントランス前の天井
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雨期には噴水も作動します。
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インドの大気汚染は、よく話題になる中国以上に悪く、「タージ・マハル」ご自慢の白い大理石も黄ばんできています。
そこで周辺でのガソリン車の運行規制、近隣火葬の自粛要請などの他、廟全体の「泥パック美白作戦」を始めたとか。
インドの伝統医療「アーツルヴェーダ」で使う「ムルタニ・ミッティ」という泥パックだそうで、洗剤より効果的とも。 -
内部
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「タージ・マハル」を観光したのはもう17年ほど前になりますが、そのときはもっと暑い時期で、建物にたどり着くまでで頭がクラクラするほどだったことや、人が多く中はすし詰め状態で空気が非常に悪かったことなどで、「もういいや・・・」と早々に出てきました。
それに比べれば、この「ミニ・タージ」は涼しくて(時期の問題でしょうが)ゆっくり過ごせます。
ただ、あまりくつろいでいると、係員が笛をならして警告したりしていました。 -
地下部分に安置された棺
点々としているのは、投げられたおカネです。 -
下半分は大理石、上の装飾部分は漆喰のようでした。
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「ビー・ビー」の更に裏手に広がる庭園。
パキスタン・ラホールの「シャリマール庭園」などと雰囲気が似ています。
同じイスラム・ムガル帝国時代の造営ですから当然でしょう。 -
裏は日陰になっているので、みなくつろいでいます。
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斜め方向から。
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塔とドームの高さのバランスなど、「タージ・マハル」とは微妙に異なるそうです。
「ミニ・タージ」とは言われますが、これはこれで十分に立派な遺跡です。 -
「ビービー・カ・マクバラー」を後にして、「パーンチャッキー」へ向かいます。
写真は「パーンチャッキー」そばの門。アウランガーバードを囲んでいた城壁につくられた四十いくらかの門のひとつです。
車中から、もっと重厚な門も目にしました。 -
「パーンチャッキー」は10kmほど離れた丘から水を引いた貯水池ですが、今は親水公園の趣が。
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バニヤン(ベンガルボダイジュ)の大きな木の下では住民が休んでいます。
周囲にはイスラムの学校もあるとか。 -
この訳のわからない写真は、水の流れで勢いよく回る水車です。この水車を動力として隣で粉ひき機が回っています。
ガイド氏に「動画でとって」とアドバイスもされましたが、そこまでのこともないので・・・。 -
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奥には、モスクとイスラムの偉い導師ムザファルの廟があります。
ムザファルはムガル帝国第6代皇帝アウラングゼーブの師で今のウズベキスタン方面から移り住んだとか。
アウランガーバードは皇帝アウラングゼーブが自らの名をとって名付けた名前です。“バード”は“街”の意。 -
廟の内部
中にいた男性が勝手に案内を始めたので、あまり関らないようにもしていたのですが、後ろから写真にもある箒のようなものでお祓いみたいなこともされました。
当然、最後は「ドネーションを」ということになりますが、お祓いまでされたので、少しばかり賽銭箱に入れておきました。
以上で、今日のエローラとアウランガーバード市内観光は終了。
明日2月23日(火)はアジャンタ観光です。
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