2016/02/08 - 2016/02/08
3267位(同エリア4725件中)
ドクターキムルさん
- ドクターキムルさんTOP
- 旅行記7572冊
- クチコミ134件
- Q&A回答247件
- 7,312,754アクセス
- フォロワー41人
皇居北西部にある半蔵濠と千鳥ヶ渕のお堀の間に内堀通りと交差する道路があり、乾門前にある首都高・代官町入口へと続いている。この道路は官町通りと呼ばれ、歩道を皇居ランナーが走っている。千鳥ヶ渕のお堀端と吹上御所との間にある道路で、吹上御所とこの道路の間には空堀が掘られ、切通になっている。皇居側には内堀通り前の丘の上に守衛所があり、そこから黄色系でペイントされた鉄筋コンクリート塀が乾門横まで4、500mほど続いている。空堀を挟んで道路側には半間四方の警視庁の派出所のような小さな建物があり、警察官が配備されている。
皇居乾通りや大阪城では石垣の上にレンガ塀が築かれ、戦時中にはその上にモルタルを吹き付けたレンガ塀を見掛けるが、時代が下がるとこのように鉄筋コンクリート塀に変わってしまっているのだろう。ブロック塀でないだけの安普請だ。おそらくは戦後に建てられたコンクリート塀であろう。映画のセットを見るような光景だ。特別史跡「江戸城」にはまるで相応しくない塀である。
迎賓館赤坂離宮は「ネオバロック様式」の絢爛豪華な建物である。一方、皇居新宮殿(昭和43年(1968年)完成)は入口が庇屋根だったので驚いてしまったことがある。昨年、叙勲されて宮殿内部に招かれた知人は、内部は立派だったと言っているが、庇屋根が入口(エントランス)の宮殿に国賓が招かれることなど俄かには考えられないことだ。謂わば、「ネオバラック様式」の宮殿とでも呼ぶべきか?東京オリンピック(昭和39年(1964年))が終わると国債が発行されるようになるが、いくら経費を削減するにしても、この皇居新宮殿は宮殿建築としてはいかがなものか?京都御所の様式をイメージさせる訳でもなく、西洋のパレスからは著しくかけ離れた建築様式ではなかろうか?そんなことを思わせる代官通りの光景である。
(表紙写真は皇居外代官通りのコンクリート塀と空堀)
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ドクターキムルさんの関連旅行記
丸の内・大手町・八重洲(東京) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
4