2015/12/15 - 2015/12/17
157位(同エリア747件中)
chekimanさん
- chekimanさんTOP
- 旅行記44冊
- クチコミ25件
- Q&A回答8件
- 101,097アクセス
- フォロワー29人
入院2日目、右肘頭骨折の手術の3時間前だ。
不要な写真を削除して、順番を入れ替えた。
コメントを考えようとするが何も思いつかない。
この続きは諦めて、スガシカオを聞くことにしよう。
剛力綾芽似の看護師が点滴の準備を始めた。
昨日の18時から、食事をしていない。
今日も食べることは出来ない。
僕は彼女に質問をした。
「点滴をすると空腹は満たされるのですか?」
これは病院のベットの上で作成したタイ旅行4日目の物語である。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
-
剛力綾芽似の看護師の隣には同僚の男性看護師がいた。
「そのストレッチャーも手術室に行くんですか?一緒に行きましょう。」
ぎゅうぎゅうのエレベーターの中で、ストレッチャーに貼られていた自分の名前を見つけた。
何か言わなければ、声が震えないように慎重に声を出した。
「このストレッチャーで病室に戻るんですか?」 -
暗闇の中、遠くの方から僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
「手術が終わりました。成功でしたよ。」
これで旅行記が再開できる。
タイ北部の地方都市チュンライ、山岳民族が多く住む都市。
その山岳民族を尋ねるトレッキングツアーが盛んだ。
これから、僕が体験した2泊3日のトレッキングツアーが始まる。
山の奥深くに暮らしているラフ村にも普通の生活があった。
だけど、それに気付くには時間が必要だった。 -
Jトラベルへ事前にリクエストしたのは、長い距離を歩くのでは無くて、短い距離を写真を撮りながらゆっくり歩きたいということ。
そして、村の人たちと交流しながら、写真を撮るということ。
ツアー参加者は僕一人、僕のリクエストに対応したツアーが始まった。 -
ラフ族のガイドは日本語は話せず、英語のみ。
僕の英語は感覚的英語、その場の状況から想像力で補う英語なので、彼が用意したツアーの内容を把握することは出来なかった。 -
ツアーのスタートはお寺の拝観だった。
歩き方にも載っていない所だったので、ここがどこかは今でも分からない。 -
次に向かう所にはスネークがいるらしい。
-
ヘビ園に行くのかと思っていたら、スネークはお土産さんにいたニシキヘビだった。
写真を撮るのにチップが必要だった。 -
スネークは本当の目的では無かった。
ツアースケジュールは、紙では無くて英語だったので、僕にはどこに行くのかが判っていない。 -
お土産屋さんに寄ることも無く通り過ぎる。
-
目的地は食堂だった。
トレッキングの途中で食べるランチはバッタイを選んだ。 -
バッタイが出来上がるのを待っていると.......
-
川から突然、象が......
-
これが壮観で、事前のJトラベルとのメールでのやり取りでは、パスすることにしていたが、俄然興味を持った。
-
象は、僕の横を悠々と過ぎて行った。
-
エレファントトレッキングに参加することにした。
-
象使いは事前の予習通りで、クリスチャンのカレン族だった。
-
川に向かって進む。
しばし、現実の世界に戻ることにする。
あの病室に....... -
手術後の初めての夜。
手術した右腕は吊るされている。
左手には点滴、胸には心電計、人差し指には血中酸素の測定器がついている。
身体を動かすことは出来ない。
頭の中ではどうしようか、ずっと考えていた。
思いきって、ナースコールを押した。
看護師が布団をどけると、寝巻きがめくられていた。
パンツを見られてしまった。
彼女に支えられながら車イスに移動する。
僕は情けない姿を見られてしまった言い訳をするように言った。
「相当弱っていますよね。」
「手術の後で元気な人はいませんよ。」
僕は看護師に車イスを押されながらトイレへ向かった。 -
看護師とは一期一会だった。
24時間体制の病院では勤務にローテーションがあった。
昼間と夜では、勿論違うし、2日連続の勤務も少ない。
だけども、初めて会う看護師は、どの人も話し易くて、優しかった。
看護師は羨ましい仕事だと思う。
人から頼りにされて、感謝される。
女性看護師は美しくて優しかった。
男性看護師は爽やかで頼もしかった。
退院の時にお礼を言った。
でも、本当はあの言葉の10倍以上感謝していた。
それを伝えきることは出来なかった。 -
象にバナナをあげる。
これが以外と楽しかった。
象の鼻の良さへの驚きと鼻が僕に迫って来る迫力! -
最後に余っていたバナナにあげる。
象は鼻探りで来るので、象の鼻が僕の身体にガンガン当たってくる。 -
これから、2時間のトレッキング開始。
-
日差しの下は、30度を超えている。
汗はダクダク、早くも、ばて気味! -
最初の老夫婦が住んでいる民家。
ガイドとは顔なじみのようで談笑をしていたが、その輪には入れず一人で家の中を探索した。 -
トレッキングの再開!
ラフ族のガイドはトレッキングの開始とともに、刃渡りが30cmもありそうなナイフを腰に差していた。 -
ガイドのペースは速い。
ガイドがとっとと先に行って、遅れてくる僕を待つ。
そんなペースでトレッキングは進んだ。 -
2回目の休憩はランチ。
-
日本でいう山小屋。
この山道を通る人たちの休憩所。 -
ガイドは草むらに入って行き、例のナイフでバナナの葉っぱを調達して来た。
僕はバテバテで日影で彼を待つだけだった。 -
ナイフは包丁に変身!
汁が滴るパイナップル!
身体に水分とビタミンが補充されていった。
(痛切にパイナップルを食べたい!病院食は美味しいけど、ベッドの上で食べる食事は、味気無かった。) -
3回目の休憩。
-
先客がいた。
彼もナイフを使って小屋に転がっていた木を削っていた。 -
削った木に砥石をはめ込み、ナイフを砥ぎ始めた。
そこらに転がっていた木が砥石に変身していた。 -
今日の最終目的地ラフ族の村を目指す。
-
今夜の宿になるラフ族の村に到着。
舗装された道路があったが、どこに通じている道路か、ガイドに聞く英語力は無かった。 -
シャワーを浴びた後、村の散策を開始した。
村の一番高い所に給水タンクがあって、家では栓をひねると水が出た。 -
カメラを向けると「俺を撮るな!」という勢いで小僧が走って来た。
-
殴り掛かってくる小僧を交わしながら、チェキのシャッターを押す。
チェキから写真が出てくれば、こっちのペースになる。 -
豚は自由に徘徊していた。
Jトラベルとの事前メールでは、豚の丸焼きを食べることも考えていたが、この村に着いたら、そんなことはどうでも良くなっていた。 -
この村には外国人を泊まらせる家が何軒かあった。
-
1階が豚小屋で2階が住居。
-
村の散策は続く。
コメントが単調になってきたので、病室に戻ることにする。 -
手術の翌日の午後、点滴が外れた。
スマートフォンの電源を入れた。
一昨日投稿した旅行記が読まれていた。
暖かいメッセージが掲示板に残っていた。
嬉しかった。 -
大人はビジネスを理解しているので黙って写真を撮らせてくれる。
-
ラフ族の言葉は、「こんにちは」ぐらいしか知らない。
コミュニケーションが上手く取れなかった。 -
心の中では、「お茶ぐらい出してよ。」と思っていたが通じなかった。
-
大人に比べると子供たちは正直だった。
写真を撮らせてくれる子供もいたが、嫌がる子どもの方が多かった。 -
これはチェキの撮影後。
-
一人ずつ写真を撮った。
-
これがガイドの家。
僕が泊まったのは、この家の隣に建っている米倉庫兼ゲスト専用の高床式住居だった。 -
ガイドの家でも豚を飼っていた。
-
鶏も至る所にいた。
-
日が暮れて来るとガイドの息子が餌をやっていた。
-
これが今晩の宿。
-
これが部屋の中。
-
夜、ここに寝ていると豚の気配を感じた。
鶏は夜中でも容赦なく鳴いた。
それがこの高床式住居には似合っていた。 -
ここで、昼寝をした。
ここで、考えごとをした。
考えていたことはつまらないことだった。
明日の朝のトイレのこと。
和式の便座、右手に水の入った桶、そして、左手で.......
今まで避けできたアジア式トイレに初挑戦する時が迫っていた。 -
飲料水、ビール、コーラ。
僕が行ける範囲には秘境は無かった。 -
部屋の前のテーブルではガイドがナイフで竹を削っていた。
-
ワラを山ほど積んだ車が村に戻ってきた。
写真を撮っていた僕に車からワラを降ろす作業を手伝えと言う。
ヘナチョコの僕は3束でギブアップした。 -
僕が村ですべきことは写真を撮ることではなくて、こういうことだったのかも知れない。
-
ガイドの家で夕食の準備が始まった。
-
ガイドの奥さんとお嫁さんが料理の担当。
奥さんはゲストの世話をした。
お嫁さんと娘さんは恥ずかしがりで話しは出来なかった。 -
この写真は村に到着して直ぐにガイドの家に案内された時に撮ったもの。
-
どんな味だったかは覚えていないが、お腹がいっぱいになるまで食べた。
-
ガイドが竹を削って作ったコップでお茶を飲んだ。
-
食事の後は水パイプ。
-
電気は太陽光パネルの電灯のみ。
家の敷地から、5m離れると闇が広がっていた。
何も見えない闇が怖くて、それ以上、足が進まない。
そんな闇も関係なくガイドは、僕の横を駆け抜けて行く。
そして、パチンコで小石を飛ばした。
木の上で眠っている鳥を狙って、パチンコで小石を何発も飛ばした。 -
この村にはスイス人の男性2人がホームステイをしていた。
僕は彼らにラフ村の感想をアメージングと言った。
村の人たちにとったら、高床式住居も、豚や鶏が徘徊しているのも、しゃがみながらの料理も、どれもが当たり前のことで、日常だった。
外国人が来て、その様子をアメージングと言いながら無遠慮に写真を撮る。
僕はラフ村のストレンジャーだった。 -
僕の入院生活は4日間。
車イスでトイレに行ったのは3回。
点滴していたのは28時間。
後、3ヵ月もすれば骨折も治るはず。
だけども、同室だったあの人たちは今夜もベットでナースコールを押している。
僕はあの病室のストレンジャーだった。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (4)
-
- tomyさん 2016/02/02 09:58:15
- ラフ語
- タイではラフーのことをムスーとよびます。
主なムスーの言葉
ありがとう オボウジャ
ご飯 オチャ
要らない マフ
違う マヘ
水 イカ
水を飲む イカド
シャワー イカへ
- chekimanさん からの返信 2016/02/02 21:33:00
- RE: ラフ語
- tomyさん、こんばんは
これはいいですね。
次回の訪問時に使ってみます。
chekiman
> タイではラフーのことをムスーとよびます。
> 主なムスーの言葉
>
> ありがとう オボウジャ
> ご飯 オチャ
> 要らない マフ
> 違う マヘ
> 水 イカ
> 水を飲む イカド
> シャワー イカへ
>
>
-
- fuzzさん 2016/01/25 16:37:59
- ストレンジャー、ストレッチャーにてザール(手術室)へ行く
- chekimanさん、こんにちは。
新作、早速おじゃましてます。
大変だったっすね、オペ。今は自宅療養?もう仕事に行ってるのかもしれませんね。
タイへ旅行って一般的にはバンコク。私もバンコクにしか行った事がないです。
チュンライの山岳民族、すごいトコに行ってきましたね。すごい体験です。
豚小屋の上の住居・・・韓国の田舎で、豚小屋の上がトイレで排泄物を
豚に食べさせると聞いてから、韓国産の豚肉が輸入されなければ良いなと(笑)
私もバンコクでゾウ乗り体験しました。すごく地面から高く感じて怖かったです。
でもドバイの砂漠でラクダ乗り体験が今までで一番恐ろしかったです。
クレジットカード付帯の海外旅行保険しか入ってなかったので、何かあったら
大丈夫かなあと恐怖でした。chekimanさんのお得意「チェキ」大活躍ですね。
私も購入を考えますが、一人旅とか秘境旅をしないので(笑)
でも、本当にコミュニケーションをとるツールとしては最高ですね。
fuzz
- chekimanさん からの返信 2016/01/25 18:40:42
- 是非、ご一緒に・・・・
- fuzzさん、いつもありがとうございます。
今日は、この旅行記を仕上げる為に仕事は休みにしました。
トレッキングは凄く楽しかったですよ。
でも、山岳民族の村に滞在していることに満足してしまって、もっとやるべき事があったのでは無いかと今になって反省しています。
象に乗るのはアンコール・トムについで2回目だったのですが、バナナの餌やりは、象の鼻が迫ってくる迫力は圧巻です。
ラクダは立ちあがる時と座る時が振り落とされそうになるので怖いですよね。
チェキは是非とも買いましょう!
旅行がもっと楽しくなることを請け負います。
ホテルのフロントやレストラン、お土産やさん、空港の免税店、活躍の場所はどこにでもあります。
何より、写真を撮らせてと言いやすくなるのが最大のポイントです。
一緒にチェキで旅行を楽しみましょう。
chekiman
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
4
70