2016/05/25 - 2016/05/26
69位(同エリア1062件中)
ベームさん
初めてのスイスです。5月25日から6月13日まで18泊20日でスイスを一周してきました。
昨年のドイツ旅行でかなり体力、気力の限界を思い知ったので、帰国後暫くは海外旅行はこれで打ち止めかなと思っていました。日が経つにつれ体調、特に足腰の具合が可も無し不可もなしの状態に落ち着いてきたので、外国旅行からおさらばするのはいささか寂しいという気持ちが高まってました。それでオーバーですが今年もう一度挑戦してみることにしました。
それでどこに行くかです、ドイツ、フランスは少々食傷気味、東欧・南欧は気分が向かない。半ば消去法でスイスが浮上しました。
なぜ今までスイスに目が向かなかったのか。スイスは壮麗なアルプスの山、美しい湖水など自然景観には富むけど、私が求める長年の人類の叡智の結晶である文化遺産が少ない。文学、絵画、音楽ですぐ思いつくのはアルプスの少女ハイジとペスタロッチ、セガンティーニくらい。伝説はウイリアム・テルくらい。
建国来ヨーロッパの孤島、中立国スイスでは他のヨーロッパ諸国が経験してきた国家間の対立・戦争、国内での封建領主の圧政と民衆の反抗、宗教の対立が少なかった。他の諸国では打ち続く混乱と疲弊を克服するエネルギーが大きな文化を生み出したのにたいし「スイスが長年平和をむさぼって生み出したのは鳩時計だけだ」(これはたしか映画「第3の男」でオーソン・ウエルズが吐いたセリフ)。
これが浅薄な私の先入観で、私が今までスイスに興味を持たなかった理由です。しかし今回スイスに行くにあたって少しかじった歴史、実際に目の当たりにした事物、どっこいスイスもその中立を守る必死の努力と立派な文化遺産を持つしたたかな国であることが少し分かりました。フランス、ドイツなどで政治的宗教的に迫害を受けた文化人の隠れ家を提供したのもスイスでした。それに私の敬愛するヘルマン・ヘッセがその人生の多くをを過ごし永遠に眠っているのがここスイスなんです。
天候にはおおむね恵まれ高地なので日差しが熱いくらい、日中は半袖で十分でした。ただ物価、特に食事代の高いのに驚きました。スイス人はよっぽどお金持ちらしい。鉄道は自慢するだけあって正確、5分の遅延が一回だけでした。
スイスの主な町のうわべを通り過ぎただけで、スイス通の方に浅薄な旅行記、と思われるでしょう。ご寛恕のほどを。
写真はリマト川西岸の風景。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船
- 航空会社
- スイスインターナショナルエアラインズ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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①チューリヒIN、OUTでほぼ時計回りに一周しました。大部分鉄道、一部区間はバスと湖水を渡る船です。
スイスは面積で九州とほぼ同じ、人口約800万人。
26のカントン(州)で構成される連邦共和制。スイス語というものは無く、ドイツ語圏65%、フランス語圏22%、イタリア語圏8%、ロマンシュ語圏1%でそれぞれの言語が話されスイスの公用語と認められている。
1815年のナポレオン後のウイーン会議で国際的に国家としての永世中立を認められた。2002年ようやく国連に加盟したがEUには加盟していない。通貨はスイスフラン。 -
5月25日、1日目。
成田空港。
毎回空港で撮る写真。10:25発スイス・インターナショナル・エアライン、LX161便。 -
成田空港。
横浜YCATからバスで約90分。
去年は行き帰り羽田空港だったので成田は2年ぶりです。 -
スイスエア。エアバスA340ー300。
スイスの飛行機は初めてです。 -
一足飛びにスイス到着です。機内のモニターでは面白い物が無く、本を読んだり少し眠ったりじっと固まっていたり、隣のスイス人がチューリヒ近郊の住まいとかで少し会話らしきものを交わしたり。
チューリヒ空港着15:30。約12時間の飛行でした。
空港内のインフォメーションでチューリヒカード、24時間用を購入。24フラン。 -
入国審査場までトラムで移動でした。
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真ん中に小さく写っているキャリー、私のです。荷物はこれとリュックだけです。
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チューリヒ空港駅。
チューリヒ中央駅までSバーンで10分強。早速チューリヒカードの出番です。24時間用24フランは安くはないですが近隣交通のほかチューリヒの美術館、博物館にも使えるので便利です。 -
チューリヒHB/中央駅。
車内放送ではチューリック、チューリックと聞こえる。語尾のCHをヒでなくクと発音しているようです。 -
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中央コンコースは売店で一杯。
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駅正面。
チューリヒ:スイス最大の都市、人口約40万人。チューリヒ湖に面し市内をリマト川が流れる。金融・商業・文化・芸術の中心。
紀元前のローマ時代にすでに今のリンデンホフの丘の上に城塞が築かれていたという。16世紀前半ツヴィングリによる宗教改革運動が始まったのもここチューリヒでした。 -
ホテルに向かいます。左手にスイス国立博物館。
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ヴァルヒェ橋を渡る上手にはバーンホフ橋とリマト川。
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駅から5分、今日明日の宿、アルレット・アム・ハウプトバーンホフ。
二日間朝食付きで270フラン、約31000円。
ホテルに荷を降ろしたのは4時半頃。今日水曜日はチューリヒ美術館が夜8時までオープンなのでそこと作曲家ヴァーグナーが一時住んだ建物を訪ねます。 -
ホテルからすぐのバスとトラムの停留所チューリヒ・セントラル。
トラム3に乗りました。 -
クンストハウス・チューリヒで降ります。
目の前にチューリヒ美術館。 -
対角にシャオシュピールハウス/劇場。
先にリヒヤルト・ヴァーグナーの住んだアパートを見ます。 -
劇場の横のツェルトヴェークに建つ白い3階建ての長いエッシャーハウス。
このアパートにヴァーグナー(1813~1883年)は1852年/39歳から1857年/44歳まで住んでいました。
1849年、ドレスデンで宮廷指揮者を務めていたヴァーグナーは折から起こった革命騒ぎで革命側に付き国外追放となる。
ヴァイマール、パリと身を隠した後彼は妻ミンナとチューリヒにたどり着き友人の好意でここにとりあえず束の間の棲みかを得たのでした。 -
中ほどを過ぎたあたりの3階の窓の下にプレートが掛かっています。
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「ここにリヒヤルト・ヴァーグナーが1853年から1857年まで住んでいた」。
最初このアパートの裏側の1階、13番地に住んでいたヴァーグナーは1853年に表側の3階に移っている。 -
最初住んだ裏側の1階、13番地。
このアパートに住んでいる間にヴァーグナーと豪商ヴェーゼンドンク夫人マチルデの間に灼熱の恋が燃え上がることになります。灼熱はオーバーですが。この話は後で。 -
13番地の標識。
今はポルトガル領事館のプレートが架かっています。 -
このアパートにはもう一つ碑が架けられています。
ヴァーグナーより少し劇場寄りの3階の窓の下。 -
「ここに少年小説作家ヨハンナ・シュピリが1886年から1901年7月7日の死まで住んでいた」。
なんとこのアパートはハイジの作家シュピリの終の棲家でもあったのです。 -
エッシャーハウス。
前の通りは狭いながら車の往来が激しく、渡るのに苦労しました。
この後チューリヒ美術館に行きホテルに帰りました。
チューリヒ美術館は写真が多いので美術館だけで一遍を編みます。 -
5月26日、2日目。
チューリヒ駅。朝から好天です。今日は終日チューリヒです。 -
昨日出店で一杯だったコンコースはガランとしています。
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駅前広場。
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同。
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バーンホフ通り。
まっすぐ行くとチューリヒ湖に出ます。 -
駅とリマト川。
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バーンホフ橋からの眺め。
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同。
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橋の袂のスーパーCOOP。
ここでミネラルウオーターを買うと0.6~0.8フラン。キオスクなどで買うと2フラン以上する。
スイスのスーパーではこことMigros/ミグロが全国展開しています。 -
チューリヒ・セントラルの広場。ホテルから2分。
ポリバーン乗り場。左に赤くポリバーンの車両が見えています。 -
ポリバーン入口。
町の東側は丘が連なっていて、丘上と丘下をつなぐケーブルカーです。 -
丘の上には連邦工科大学とチューリヒ大学があり学生が次々と乗ってきます。
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学生の間に小さくなって昇りました。
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着いたところは連邦工科大学。
スイスの名門だそうです。アインシュタインはここで学びのち教授になっています。 -
大学前からの眺め。
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左2本の塔は大聖堂、手前はプレディガー教会、右奥は聖母聖堂。
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正面の丘はユートリベルク。展望台があり後で行きます。
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工科大学の先にチューリヒ大学。
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ユニヴェルジテート・チューリヒ。
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ここから坂を歩いて下りました。
ポリバーンから離れているので歩いて登る学生もいます。結構急で長い坂です。 -
降りたところに建つプレディガー教会。
通りはザイラーグラーベン。 -
塔の高さ97m、チューリヒ1.
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更に下るとリマト川に出ました。
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右聖ペーター教会の時計塔と左聖母聖堂/フラオミュンスターです。
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対岸の聖ペーター教会。
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聖ペーター教会の時計塔は1534年製で直径8.7m。ヨーロッパ最大だそうです。
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旧市庁舎。
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旧市庁舎。
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市庁舎広場。
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ツンフトハウス/ギルド会館だったと思います。
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ハウス・ツム・リューデン。
猟犬の館とでもいうのでしょうか、犬の旗が掲げられています。
リマト川の右岸/東岸は旧市街地です。 -
ラートハウス・ブリュッケ/市庁舎橋から南、ミュンスター橋。
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東岸から西岸のながめは本当に美しい。
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聖ペーター教会、聖母聖堂とミュンスター橋。
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リマト川がチューリヒ湖から流れ出る所に架かるケー橋。
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ミュンスター橋を左岸に渡ると聖母聖堂です。
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聖母聖堂の少し先を行くと金融街パラデ広場に出ます。
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グロスミュンスター/大聖堂の二本の塔、左の建物は旧市庁舎。
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グロスミュンスター/大聖堂。
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グロスミュンスター。
チューリヒのランドマーク。11~12世紀初頭の建築。その前にはカール大帝が建てた教会があったという。
ツヴィングリは1519年ここで説教師をしていた時宗教改革運動を始めて行った。 -
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重々しい入り口の扉。
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アウグスト・ジャコメッティ作のステンドグラス。
堂内は撮影禁止のため絵葉書を借用します。 -
絵葉書。
美しい変った形のパイプオルガン。 -
地下にあるカール大帝の石像。絵葉書。
地下はクローズされていて実物は見られませんでした。
チューリヒのランドマークを誇るにしては観光客に不親切な教会です。 -
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大聖堂の向かいにあるハウス・ツム・ロッホ/穴の館?。
架かっていたプレートによると、
「1230から1350年の間騎士ヴィツの館。多分1218年まではツェーリンゲン公のチューリヒにおける居所。伝説によればかってカール大帝の居城であった」。
ツェーリンゲン公とは12世紀から13世紀にかけこの地を支配していたツェーリンゲン家のベルトル5世(ベルンの創設者)のことだと思います。 -
ヴァッサー教会。
リマト川河畔にありまさに水の教会。 -
教会の前に立つツヴィングリ像。
フルドリヒ・ツヴィングリ:1484~1531年。
スイスにおける宗教改革運動の先駆者。チューリヒ大聖堂の説教師の時ルターの宗教改革運動に共鳴し1519年運動を起こした。チューリヒおよびいくつかの州で彼の改革は認められたがスイス全土はツヴィングリ派とカトリック派との対立、内戦となり、1531年ツヴィングリは戦死する。
スイスのツヴィングリ派の改革は一旦頓挫するが後カルヴァン派により進められることになる。 -
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リマト川の美しい眺め。
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ケー橋の手前に来ました。沢山の小舟がもやっています。
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チューリヒ湖とケー橋。
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ウトケー/湖岸、チューリヒ湖とケー橋。
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チューリヒ湖。
チューリヒは作家ヘルマン・ヘッセにとって縁の深い街でした。
「ペーター・カーメンチント/郷愁」の主人公カーメンチントは山の中の寒村から大望を持って出てきてチューリヒ大学に学びます。そこでは学問よりもむしろ世間を学び芸術家の卵たちと交わり女性の友を得ます。
ある夏の夕暮れ、彼はひそかに恋する美しい女性画家と二人きりでチューリヒ湖にボートを漕ぎだしました。内気なペーターはとうとうその気持ちを打ち明けられませんでした。
山の若者ペーターは大都会チューリヒで学び遊び酒を飲み恋をし、もがき、親友を失い、つまるところ自分の生きる場所はこんな所ではない、結局自分には田舎がふさわしいのだとさとり故郷の山村に帰り老いた父親の面倒を見るのでした。 -
ゼクセロイテン/六点鐘広場。
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広場の先にチューリヒ・オペラハウスがありました。
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1891年。
日本でおなじみのネルロ・サンティもここで指揮者として活躍していた。 -
「白鳥の湖」、「ペレアスとメリザンド」をやっています。
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チューリヒ歌劇場。
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尾のふさふさした馬。サーカス用ですか。
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ケー橋。
大聖堂の塔。 -
ケー橋を西に渡るとビュルクリ広場があります。
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広場の先に高級ホテル「ボー・オー・ラック」があります。
ヘッセの「荒野のおおかみ」で仮面舞踏会が行われたのはここでした。 -
ホテルの横のシャンツェングラーベン。
「荒野のおおかみ」1927年を執筆したころヘッセは冬をチューリヒで過ごしていました。 -
シャンツェングラーベン。
その時ヘッセはこの辺りのアパートに住んでいたというのですがどこか全く分かりませんでした。 -
ここら辺り大きな建物ばかりです。
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ホテル ボー・オー・ラックの前を北に進むと旧証券取引所があります。
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アルテ・ベルゼ/旧証券取引所。
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スイス金融の中心パラデ広場に来ました。
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スイスの2大銀行。左UBS銀行、右クレディ・スイス銀行本店。
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クレディ・スイス。
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UBS。
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USB。
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向うに聖母聖堂。
ここでトラムに乗りリートベルク博物館に向かいますが以降はその2にいたします。
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この旅行記へのコメント (3)
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- frau.himmelさん 2016/06/26 12:05:53
- スイス旅、はじまりー、はじまり。
- ベームさん、こんにちは。
何度かまだ始まらないかなーとお邪魔していました。
いよいよ始まりましたね。
訪問なさった地図を拝見してびっくり、本当にスイスを隈なくといった感じで回っていらっしゃいますね。
お身体のほうはいかがでしたか?
私は2006年にスイスを訪れて以来、10年以上行っていません。
ドイツからの日帰りはチョコチョコありますが。
理由は1にも2にも、物価が高いから・・(笑)。
でも旅行記を拝見してまた訪れたくなりました。
さて、ヴァーグナーはドレスデンの革命で追い出されてからチューリッヒに行ったのですか。
最初の妻ミンナといっしょ。その時はまだ仲がよかった。
でも、続編では何か起こりそうな気配・・・。
なお、続編ではチューリッヒ美術館の旅行記もアップしてくださるのですね。
楽しみにしています。
himmel
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- schneewittchenさん 2016/06/24 22:14:24
- チューリヒのワーグナーとヘッセ!
- ベームさんこんにちは。
さっそく拝見させていただいています。
チューリヒにワーグナーとヘッセゆかりの
場所があるんですね。
「荒野のおおかみ」にそういう場面があったかしら。
覚えていない (^^;
このアパートみたいなところで
「ヴェーゼンドンク歌曲集」が
書かれたのでしょうか。
セガンティーニ美術館は行かれたでしょうか?
私は、スイスは「観光客ばっかりでしょうね」と思って、
足が向かないのですが、セガンティーニ美術館は
行ってみたいと思ってます。
「晴れ男」でいらっしゃるんですね。
お天気が悪かったのはドイツだけだったのかしら。
続きを期待しておりますo(^-^)o
schneewittchen
- ベームさん からの返信 2016/06/25 16:17:59
- RE: チューリヒのワーグナーとヘッセ!
- schneewittchenさん、
早速訪問いただき有難うございます。
ご覧のように今回は結構天気に恵まれました。
「荒野のオオカミ」は昔読んだのでひょっとしたら思い違いかもっしれません。ヴェーゼンドンクについては実は次回チューリヒその2にいろいろ書くつもりです。今作成中なのでちょっとお待ちください。ヴァーグナーについてはルツェルンでも登場します。
セガンティーニ美術館は行きました。残念ながら撮影禁止なので写真はありません。チューリヒ美術館で3点ほどセガンティーニの作品がありましたのでこれも後ほどアップします。
ベーム
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