2015/12/15 - 2015/12/15
258位(同エリア1618件中)
k.sさん
壬申の乱(672年)の後、近江の旧都を訪れた二人の宮廷歌人がいた。一人は、「歌聖」の誉れ高い柿本人麻呂で、もう一人は、高市黒人(たけちのくろひと)である。
二人とも詠んだ歌は旧都の衰退ぶりを嘆いたものだが、その調べは異質だ。
巻1-30 (柿本人麻呂)
楽浪(ささなみ)の 志賀(しが)の唐崎(からさき)
幸(さき)くあれど 大宮人(おほみやひと)の 船待ちかねつ
巻1-33 (高市黒人)
楽浪(ささなみ)の 国つ御神(みかみ)の うらさびて
荒れたる京(みやこ) 見れば悲しも
*「うらさびて」というのは、霊魂の遊離した状態を表した言葉で、国の神霊がすっと遊離し、虚脱の状態だ、と詠っている。
私に万葉集の良さを教えてくれた故犬養孝さんは、柿本人麻呂が”国立劇場”ならば、高市黒人は”築地小劇場”が似合うと喩えられた。その表現が的確なものであるかもしれないが、私は高市黒人の歌に惹かれる。
「うらさびて」と詠ったことにこの人の非凡さがあると思う。と同時に、この人も何かしらの重荷を背負って生きているんだ、とその言葉に彼の溜息を感じる。
一方、柿本人麻呂の歌は、剣道で喩えるなら、上段の構えから、一気に剣を振り下ろし、相手の面を打つ気魄のこもった歌である。「大宮人を待っているようだが、待っても無駄だ!」と濁声が響き渡っている。
この二首に導かれ、今回私が選んだコースは、浜大津から、弘文天皇陵、近江大津宮遺跡、近江神社、そしてびわこ大津館を訪ね、びわこ大津館からは湖西の海岸線を北上し、ゴールを唐崎神社とした。
今回は、格調高く旅行記を書けたらいいな、と思っているのですが...。どうなることか?では、出発します。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
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京阪・浜大津駅
奈良から浜大津までは、乗換案内のジョルダンを利用し、電車で来ました。京都までは近鉄で、京都でJRに乗り換え、山科まで行き、そこで京阪・山科駅に乗り換え、スタート地点の浜大津といった経路です。
乗り換えなしが理想ですが、ジョルダンが示した経路を問題なく乗り継げるか、訓練も必要かと思い、敢えてややこしい乗り継ぎに挑戦しました。びわ湖浜大津駅 駅
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大津港
浜大津から京阪石山坂本線を利用するのか、それとも全工程を徒歩で歩くのかは大津港から見た風景で決めようと考えておりました。ポイントは、びわこ大津館までの距離です。 -
大津港から湖東を望む
写真の右端にそれらしい建物が見えます。ズーム・アップしてみると...。 -
大津港から湖東を望む
写真の真ん中に写っている建物です。さらに、ズーム・アップします。 -
大津港から湖東を望む
これで確信できました。びわこ大津館です。
全工程を歩いても3時間程で歩ける距離と判断し、電車を使わず、徒歩で回ってみよう、と思いました。京阪石山坂本線に沿って浜大津から北上します。 -
浜大津駅〜三井寺駅の途中
洒落たデザインの滑り台を見つけたので写真を撮りました。小さな公園ですが、ちょっとした配慮が街を活気づけます。 -
京阪・三井寺駅
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京阪・三井寺駅付近
写真の右側下を流れている川は「琵琶湖疏水」です。
もともと琵琶湖の水を京都に運び、飲料水や水運に使うため掘削されましたが、今では、その使命は終わり、春は桜、秋には紅葉の名所として親しまれています。琵琶湖疏水 名所・史跡
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三井寺駅〜別所駅の途中
公園がありましたので、写真を撮りました。たっぷり時間があれば、散策をしたいのですが、午後から天気が崩れるとの予報なので、先を急ぎます。 -
京阪・別所駅
弘文天皇陵はこの駅の近くにあります。 -
別所駅付近
皇子山(おうじやま)陸上競技場。 -
大津市役所付近の案内板
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案内板から進む道を撮影する。
真っ直ぐに進み、左に折れれば、天皇陵が見えてくる。 -
弘文天皇陵 長等山御陵
671年、天智天皇の死後に近江朝廷の実権を握ったのは大友皇子である。翌672年の壬申の乱で、大海人皇子(後の天武天皇)に敗れて亡くなった。
この間に大友皇子が即位式を行って即位し天皇になったのか、それとも行わないうちに亡くなったのかが、江戸時代から明治時代初めにかけ、論争され、1870年(明治3年)に、明治政府は大友皇子に「弘文天皇」と追諡(ついし)した。
しかし明治時代の終わり頃から即位説の根拠に疑問が提出され、現在では即位はなかったとみる見方が有力。
一旦、追諡(ついし)すれば、なかなか元に戻さない。これが日本流の美徳の表れだが、果たしてそれが”美徳”かどうか、はなはだ疑問だと思うのですが...。弘文天皇陵(長等山前陵) 名所・史跡
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弘文天皇陵
戦いに敗れた者に対する墓としては立派過ぎると思う。古代には戦いが終われば、その弔いについては、”皇子”として取り扱われたのか? -
別所駅〜皇子山駅の途中
真っ赤に紅葉しているモミジに惹かれ、シャッターを切りました。 -
京阪・皇子山駅
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皇子が丘公園
かなり大きな公園です。
大津の印象は、緑が多く落ち着いた街だな、と感じながら、歩きました。 -
皇子が丘公園
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近江大津宮錦織遺跡付近
「錦織二丁目」の案内板がありました。遺跡はもう少しです。 -
近江大津宮錦織遺跡付近
進行方向の街並みを撮りました。遺跡は、道路右側にありましたが、家と家に挟まれた空き地にポツンポツンとありました。 -
史跡 近江大津宮錦織遺跡 第一地点
672年の壬申の乱で廃都と化し、以後所在地をめぐり議論を呼んでいたが、宮跡らしき遺構が発見されたのは、昭和40年代になってからだ。
大津宮の位置が確定され、国の史跡に指定されたのが、昭和54年という最近の話。
1300年の眠りから覚めた遺構は何を語りかけるのか? -
史跡 近江大津宮錦織遺跡 第一地点 説明板
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史跡 近江大津宮錦織遺跡 第二地点
この場所が、天智天皇が政(まつりごと)を執り行った、内裏正殿のあった場所と推定される、とのこと。
何ヶ所かの遺跡を回ったが、心に響く工夫が欲しい。映像技術が飛躍的に発達してきているので、バーチャルリアリティを創り出し、1300年の時を遡り、その世界に迷い込んだように感じさせる施設など造れないか、と思うのだが、どうでしょう。
費用もそれ程掛からないし、新しい発見があれば、プログラムを修正すれば済む。 -
近江神宮
近江神宮への案内板がありました。直ぐに境内に入ります。
近江神宮は大津京を建都した天智天皇を祭神とし、昭和15年に皇紀2600年を記念して建立された。長い歴史から見れば、生まれたてほやほやの赤ちゃんである。
社殿は近江造と呼ばれる新しい様式で、近代神社建築を代表するものとして国の登録文化財に指定されている。
因みに、建立された時代はどういう時代かというと、血なまぐさい時代です。昭和15年9月27日に日独伊三国同盟条約が調印され、翌昭和16年には太平洋戦争へと突入する。近江神宮 寺・神社・教会
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近江神宮参道
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近江神宮参道
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近江神宮 二の鳥居
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近江神宮 楼門
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近江神宮 外拝殿
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近江神宮 内拝殿
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近江神宮 外拝殿
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近江神宮 高市黒人の歌碑
近江神宮の手水舎の右側に歌碑があります。万葉仮名で書いてあるので、手も足も出ません。ご心配なく読めるようちゃんともう一つ設置されております。 -
近江神宮 高市黒人の歌碑
高市黒人の別な歌をここで紹介したい。同じ琵琶湖でも、米原市と彦根市の境、磯山が湖岸に突き出た岬あたりで詠まれた歌です。
巻3-273
磯(いそ)の崎 漕ぎ廻(た)み行けば 近江(あふみ)の海(み)
八十(やそ)の湊(みなと)に 鵠(たづ)さはに鳴く
二回、三回と口ずさで下さい。”漕ぎ廻(た)み行けば”という言葉はリズムがいいでしょう。”磯の崎”から”近江の海”に移動した時、視界が急に広がり、鶴の鳴き声が琵琶湖の湖上で響き渡ります。いい歌です。しかし、繊細過ぎて、私は作者の心の脆さが心配です。 -
近江神宮 一の鳥居
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近江神社前の標識
これから、びわこ大津館に向け、歩いて行きます。国道161号(海岸線)の方向です。 -
近江神宮付近
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近江神宮〜びわこ大津館の途中
近江神宮からびわこ大津館への道は、神宮道(じんぐうみち)と呼ばれているのですね。 -
近江神宮〜びわこ大津館の途中
振り返ると、まだ一の鳥居が見えていました。 -
近江神宮〜びわこ大津館の途中
びわこ大津館は、柳が崎湖畔公園の中にあります。 -
近江神宮〜びわこ大津館の途中
びわこ大津館に到着したみたいです。 -
びわこ大津館
滋賀県初の国際観光ホテルだった旧琵琶湖ホテルに手を加え、レストラン、貸ホール、市民ギャラリーなどがあり、現在では、市民の集いの場として利用されている。
地上3階、地下1階の、この建物の特徴は、桃山様式と呼ばれる和風の外観と洋風の内観デザイン。
隣に、バラ園があったので、そちらにも入らせてもらいました。びわ湖大津館(旧琵琶湖ホテル) 名所・史跡
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びわこ大津館 バラ園 (有料)
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びわこ大津館 バラ園
バラ園に入ったものの、バラの花には期待しておりません。一歩でも琵琶湖に近づけたらという気持ちから入ったまでです。 -
びわこ大津館 バラ園
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びわこ大津館 バラ園
大津港を望む。 -
びわこ大津館 バラ園
左ののっぽの建物が大津プリンスホテルと思われる。 -
びわこ大津館 バラ園
ちょうど観光船”ミシガン”がやって来ました。 -
びわこ大津館 バラ園
以前”ミシガン”に乗船したことは憶えているのですが、憶えているのは、「乗船」したことだけで、船から見えた風景は全く記憶にありません。
雪化粧した山々を眺めながら琵琶湖を縦走する”雪見船クルーズ”にはちょっと心を動かされます。大津港発〜長浜港着の片道で3000円(2時間40分の船旅)ですが、JRの「冬の関西1デイパス」3600円を使えば、片道はタダになります。
この雪見船クルーズですが、1/9〜1/31までは、土、日、月、祝日の運行で、2/1〜3/10までは毎日運行するとのこと。但し、予約制です。
天智天皇も琵琶湖で舟遊びをされたことだし、私も日を改め、琵琶湖縦走を楽しみましょうか。
なお、JRの「冬の関西1デイパス」の利用期間は、2/28までです。 -
びわこ大津館〜唐崎神社への途中
国道161号線(海岸線)を北上します。 -
びわこ大津館〜唐崎神社への途中
メタセコイアが紅葉していたので、思わず写真を撮りました。黄色に色が変わると記憶していたのですが、褐色が正しいようです。
以前の旅行記で、「私の記憶では...」黄色と書きましたので、ここで訂正させていただきます。 -
びわこ大津館〜唐崎神社への途中 (陸上自衛隊の施設)
ここで、自衛隊の巡回されていた方から、柵の近くまで来るようにと呼び止められました。(写真に写っている方です)
顔は笑っているのですが、嫌な予感がします。
笑顔で迎えてくれているので、こちらも笑顔で応える必要があるだろう、と相好を崩して近づき、事情を説明しました。悪意はないと判断していただき、無事に解放されたのですが、本日の教訓です。軍事施設の写真は撮らない!
上海で10人以上の中国人に囲まれ、「なぜお前はここに居るのか?」と詰問されたことがあるので、中国だったら、大変な目にあっていただろう、と思うと、ぞっとします。 -
びわこ大津館〜唐崎神社への途中
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びわこ大津館〜唐崎神社への途中
浜辺の写真がとりたい、と思い、シャッターチャンスを狙って歩いていたのですが、建物に遮られ、写真をとることができませんでした。”唐崎”という文字が見え、少し焦りました。 -
びわこ大津館〜唐崎神社への途中
空き地があったので、かろうじてこの1枚を撮ることができました。
柿本人麻呂が詠った”唐崎”からの風景がどのようなものか、分かりませんが、今の唐崎は、天智天皇が舟遊びをした当時の面影はない、と思われます。 -
唐崎神社
やっと着いたようです。 -
唐崎神社 鳥居と本殿
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唐崎神社境内
”唐崎”の説明板。 -
唐崎神社 本殿
唐崎神社 寺・神社・教会
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唐崎神社 老松
樹齢は、150年〜200年と推定されるとのこと。 -
唐崎神社
再度、柿本人麻呂の記憶に残っている”唐崎”に思いを馳せ、唐崎神社から北を望んだ。
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