2015/11/22 - 2015/11/22
7288位(同エリア18933件中)
ポジーさん
私が旅行する目的の一つは古建築巡り。自分が生まれるはるか前から時代を生き抜いた古い建築物を見ると、それだけで恐れ多い気持ちになり、この素敵な遺産をこれからも後世に伝えねば、って気持ちになります。
今回はそんな建築物にスポットを当てた街歩き。
このシリーズ、今までは東京都のみにスポットを当てていましたが、今回は埼玉県まで足を延ばしてみようと思います。東京都もすべて回りきっていないのに他県にまで手を伸ばす余裕があるのかって話ですが。
過去の東京の重文建築巡りシリーズはこちら
渋谷区編 http://4travel.jp/travelogue/11085133
新宿区編 http://4travel.jp/travelogue/10992720
文京区編 http://4travel.jp/travelogue/10874720
千代田区編 http://4travel.jp/travelogue/10816723
江東区・中央区編(前篇) http://4travel.jp/travelogue/10815442
江東区・中央区編(後篇) http://4travel.jp/travelogue/10815528
台東区編 http://4travel.jp/travelogue/10812017
今回はうちの嫁さんが子供を連れて埼玉県某所にある実家に里帰りをしていた合間を縫って計画しました。埼玉県の重文建築を巡れるだけ巡って、嫁さんの実家へ向かい家族を迎えに行くプランです。車で移動、それも一人旅なので結構な件数を巡れるかなと思っていましたが、1件1件じっくり見学してしまったので思ったほど数は稼げませんでした。ただその分充実した小旅行になったかなとも。特に日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一の偉大さを改めて感じましたよ。
◆今回の重文建築
・歓喜院聖天堂(埼玉県唯一の極彩色に彩られた国宝建築物)
・歓喜院貴惣門(ちょっと変わった形の歓喜院正門)
・日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設(渋沢栄一の事績を巡る PART1)
・誠之堂(渋沢栄一の事績を巡る PART2)
・平山家住宅(名主を務めた豪農の屋敷)
・光福寺宝篋印塔(古寺にひっそりと残る石塔)
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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埼玉県の重文建築を巡ろうと思い立ったとき、最初に訪れる場所をどうしようかなぁと悩みました。自宅から一番近い場所から順々にめぐるプランも考えましたが、やっぱり埼玉県唯一の国宝建築から攻めるのが筋というもの。
というわけで埼玉県北部の地方都市、熊谷市にある歓喜院に到着。国宝の黄色い文字が輝いています。妻沼聖天山歓喜院 寺・神社・教会
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参道にある石灯籠、裏からホビットみたいなのが覗き込んでいます。
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この門の奥に本堂である国宝、聖天堂がありますよー。
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こちらが埼玉県唯一の国宝建築、聖天堂です。確かに細工などは見事ですが、国宝っていうには少し物足りない感じ?
いえいえ、聖天堂の真価はこの奥にあるんです。 -
拝殿のわきから奥に向かうときらびやかな建物が目に入ってきました。
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この日光東照宮を彷彿させる圧巻の極彩色に彩られた装飾の数々。これが聖天堂を国宝たらしめています。創建は18世紀前半、地元の大工である林兵庫正清らによって建設されたものです。
この聖天堂の特筆すべき点はこれだけの見事な建築物が民衆の寄進によって建てられたこと。江戸時代に発展した装飾建築技術の粋を集めた聖天堂が庶民信仰によって実現されたことは、文化史上でも高い価値を有するとされて国宝に指定されたそうです。
確かに東照宮にも引けを取らない建物が庶民の力で建てられたなんてすごいよなぁ。 -
この聖天堂、ごらんのとおりとても多くの装飾がありますが、その中でも最もシンボリックな装飾がこちら。一見すると鷹が猿をいじめているように見えますが、実はこれ、滝壺に落ちかけた猿を鷹が助ける図です。神様を鷹になぞらえて、信心深くいれば神様が助けてくれますよ、と暗示する絵だそうです。
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この猫、何処かで見覚えがないですか?
実はこちら、眠り猫で有名な左甚五郎制作と伝わっています。ただそれが本当だとしたら、左甚五郎は100歳は優に超えることになってしまいますが。まあ左甚五郎自体、伝説的な人物で本当に実在したかもよくわからない人ですからね。 -
龍が絡み合うシンメトリーな文様。
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たぶん中国の故事にまつわる装飾。内容はよくわからないけど楽しげな感じ。
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別角度からの。すごい数の装飾に包まれていることがよくわかるでしょ?
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こちらは囲碁だか将棋のようなものを打っている図。
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子供を抱く女性たち。でも子供が桃に見えなくもない。
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相撲を取る童たち。
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2003年から2010年にかけて修復した結果、このような極彩色が復活したそうです。これだけのもの、維持するにも費用がかかるだろうしね。ちなみに拝観料も700円と若干お高め。
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これは囲碁ってはっきりわかるね。
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ずっと見てられそうな感じですが、時間の余裕もありませんのでこの辺で退散。でもとても見ごたえのある建物でした。
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この歓喜院、聖天堂の他にもう1件、重文建築があります。
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それがこの貴惣門。本日2件目の重文建築です。歓喜院の正門となる大きな八脚門で、19世紀中ごろにやはり地元の大工によって建てられました。
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聖天堂とまではいかないものの、この門にもかなり精緻な装飾が施されています。
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そしてこの門の珍しいところは横から見るとわかります。
正面から見ると上下二重の屋根に見えましたが、側面に回ると破風が3つになります。このような形の門は私は他に知りません。 -
参道に回るといろいろなお店が軒を連ねています。その中で目についたのがこの聖天寿司。ちょっと変わった稲荷寿司が売っていましたので一つゲット。どのように変わっているかは後ほどで。
聖天寿し グルメ・レストラン
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歓喜院を離れ、次の目的地へ。歓喜院から一番近くの重文建築を探したら出てきたのがこちら。日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設として重文指定された関連施設の一つ、旧事務所です。
渋沢栄一によって設立された日本煉瓦製造株式会社の事務所として明治21年に建てられました。
当時明治政府は日本の近代化を推し進めるために大量の煉瓦を必要としていました。そこで資本家の渋沢栄一に白羽の矢を立てて作られたのがこの会社なんです。要するに政府御用達の煉瓦工場だったというわけです。日本煉瓦製造旧煉瓦製造施設 名所・史跡
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そしてプレハブっぽい目の前の建物がこの煉瓦工場の心臓ともいえるホフマン輪窯六号窯。こちらももちろん旧煉瓦製造施設の関連施設として重文指定されています。
普段は窯が一般公開されることはめったにありませんが、私が訪れた時間帯にこの窯を見学するための予約客がちょうど来訪、係りの人もせっかくだから一緒に見てきていいよとおっしゃってくださいました!ご厚意に甘えて、窯の見学にレッツゴー! -
これが窯内部への入口。窯自体もレンガ造りなんですね。
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これが貴重なホフマン窯の内部です!奥には入れませんが、窯がぐるっと一周回る形になっており、一度に何万個もの煉瓦を大量生産できるようになっているそうです。ここで造られた煉瓦はどんどんと東京に運ばれて、東京駅の赤レンガや迎賓館、日本銀行本店など様々な東京の主要施設建設に活用されたそうです。まさに日本の近代化を支えた工場なんですよ!
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いったん窯に火が入ると夜間でも燃やし続ける必要がありました。そんな火に耐えた黒い煉瓦たち。
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この穴を通して燃料の石炭を投入したそうです。
ちなみにこのホフマン窯、ドイツ人のホフマンさんが考案した窯のタイプのことですが、日本では4件しか残っていないそうです。そう考えるととても貴重な窯なんだなぁとしみじみ。 -
往時の煉瓦工場の写真も展示されていました。関東大震災で倒壊してしまいましたが、煙突もレンガだったそうです。
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再び旧事務所。現在は施設の史料館になっています。こちらで働いている係りの方にこの施設の成り立ちなどいろいろと話を聞かせていただきました。ちゃんとわかっている人に説明を受けたほうが面白いよね。
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旧事務所の裏にぽつんとたたずむ小さな建物。こちらも関連施設の一つで旧変電室。
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明治39年ごろに建てられたレンガ造りの小屋。この中に変電設備があったそうです。
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敷地の裏手にあるこの小さな橋も関連施設として重文指定されている備前渠鉄橋。実はこの橋、鉄道軌道跡なんですよ。大量に製造される煉瓦を運ぶための輸送手段として利用されたのが鉄道。明治28年に日本初の民間専用線として深谷駅から伸びた軌道を支えた橋なんです。
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橋から伸びる軌道跡は現在遊歩道として整備されています。
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この橋桁もレンガ造りだったりする。
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おなかが空いたので先ほど買った聖天寿しを食べようと思います。稲荷寿しなんですが、特徴的なのはその長さ。結構食べごたえがありますよ。
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煉瓦施設を後にしてお次に向かった先は深谷市にある公民館。地元の学生たちがバスケの練習をしていました。こちらに何があるかというと・・・。
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本日3件目の重文建築、誠之堂です。この建物は渋沢栄一が喜寿を迎えたことを記念して建てられたもの。渋沢栄一が設立した第一銀行(現みずほ銀行)の保養施設が東京都の瀬田にあったそうですが、現在は渋沢栄一の故郷である深谷市に移設されています。
渋沢栄一のリクエストであるイギリス風農家をイメージされた見た目にも瀟洒な建築。設計は大正時代の建築の名手と言われる田辺淳吉です。誠之堂 清風亭 名所・史跡
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建物に近づいてみると外壁の煉瓦がモザイク状になっています。煉瓦は焼けば焼くほど黒味がかかってくるそうです。近くには先ほど訪れた煉瓦工場がありますが、そこで規格外となった煉瓦を活用してこのデザインを生み出したんですって。ただの煉瓦造りでは味わえない温かみのあるデザインですよね。黒い煉瓦って要は粗悪品扱いだったんでしょうが、それを逆手にとって活用するなんて、設計者田辺淳吉のイマジネーションの深さに脱帽です。
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窓はステンドグラスになっています。そして絵は中国の故事を表している中国風の絵。これも渋沢栄一のリクエストだそうです。
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煉瓦であしらわれた喜寿の文字。これも粋な演出ですね。
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裏手に回るとテラスなどが備え付けられています。屋根もなだらかに反っていますが、これは日本の寺院風の味付けを加えているそうです。
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実は公民館にいる係りの人にお願いすれば中にも入れます(というか声をかけないと建物に近づくことすら許されません)。建物の説明など丁寧な案内付なので、予備知識なしで訪れた私にとってはとてもありがたいサービスでした。
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喜寿を記念した建物だからか、縁起物のツルがあしらわれたレリーフ。
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建物の中から見るとステンドグラスが映えますね。絵はやっぱり中国風。
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そして渋沢栄一御大のレリーフも飾られています。
この誠之堂、実は瀬田から現在地に移されることが決定する前は取り壊される運命でした。郷土の偉人、渋沢栄一ゆかりの建物が壊されることを知った当時の深谷市長があわてて瀬田に飛んで、すんでのところで取り壊しを免れたという逸話があります。
たまたまこの建物は保存されることになりましたが、日本人ってすぐに建物を壊してしまう悪い癖がありますよね。 -
実は瀬田から移築された建物は誠之堂だけじゃないんです。誠之堂の隣に建つ清風亭と呼ばれるスパニッシュ風の建物も一緒に移築されました。
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この清風亭は、第一銀行二代目頭取の佐々木勇之助の古希を記念して建てられました。この佐々木勇之助という人は、渋沢栄一の懐刀のような存在で、第一銀行の実際の経営は佐々木に任せていたと係りの人が教えてくれました。
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清風亭の中にも入れてもらいました。こちらも素敵な建物でしたが、誠之堂のほうがディテールなど細かな部分にもこだわりを感じて好きかな。
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誠之堂を離れ、次の目的地へ。お目当ての建築はあの林の中にあります。
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本日5件目の重文建築、平山家住宅です。名主(村長みたいなもの)を代々務めた当地屈指の名家である平山家の住居として18世紀初頭に建てられたそうです。
名前からわかるように、「旧」と名のつかない住宅、つまり平山さんが所有している住宅なんです。そして軒先で箒仕事をしているおじいさんが平山さんその人(笑)平山家住宅 名所・史跡
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平山さんの了解を得て中の見学をさせてもらいました。玄関先の梁の大きさが目につきます。
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釜も残っていました。
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せっかくなので平山さんに色々お話を伺いました。個人で所有する建物が文化財登録されると自分の判断では取り壊すこともできず、維持するのもそれなりに大変とおっしゃっていました。それなりに苦労が多いんですね・・・。
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平山家住宅を後にして次の目的地へ。東松山市にある光福寺にやってきました。
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この中にお目当てのものがあります。
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本日6件目の重文建築、光福寺宝篋印塔です。鎌倉時代に作られたかなり歴史のある石塔ですが、ごらんのとおり近くに近づくことができないのでよくわかりませんでした。
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光福寺の本堂。この辺で時間切れになりました。1日で6件の重文建築を巡れたし、渋沢栄一の事績を巡れたのもとても勉強になったかな。
次回はいつできるかわからないけど、また埼玉県の重文建築巡りを行いたいと思います。
今回はここまで、お付き合いくださりありがとうございました。
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