2015/11/05 - 2015/11/13
45位(同エリア1885件中)
ままさん
○*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。。o○*
海に浮かぶ美しくて過酷なカトリックの巡礼地、モン・サン・ミッシェル!
2010年に訪れた時は陸地と島が堤防道路でつながっていたけど…
2015年再訪してみたら…道路は壊され新たな橋が架けられていました。
フランス北西部のサン・マロ湾に浮かぶ小島に築かれたベネディクト修道院。
大天使ミカエルのお告げで10世紀に建てられ、カトリックの巡礼地となりました。
数世紀にわたって増改築され、ロマネスク、ゴシックなどさまざまな建築様式が
混在し、14世紀の百年戦争では要塞として、18世紀のフランス革命では監獄とし
て使われた奇跡の巡礼地
二度目のモン・サン・ミッシェル!私にどんな感動と思いを与えてくれるのか?
心躍る気持ちを久しぶりに感じる訪問です*゚。+☆+。゚
○*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。。o○*
- 旅行の満足度
- 5.0
- ホテル
- 5.0
-
【ル・ルレ・サン・ミッシェル】
プラールグループの一つで、客室やレストランから
モン・サン・ミッシェルを正面に眺めることができます。
このあたりでは唯一4つ星ホテルです☆彡
客室数39 189ユーロ〜
今回は 朝・昼・夕・夜・のモン・サン・ミッシェルを撮りたい♪
そんな思いがあったので…
どおしても泊まるホテルは「ル・ルレ・サン・ミッシェル」が希望でした
今回の旅行の楽しみの一つです。.。o○* -
今回は 朝・昼・夕・夜・のモン・サン・ミッシェルを撮りたい♪
ヨーロッパの日没は あっ!という間です… 暗くなる前に…
スーツケースをロビーに預け ホテル脇の土手に行き
夕方のモン・サン・ミッシェルを撮りました。
記念にパチリッ!*゚。+☆+。゚ -
イチオシ
【夕方のモン・サン・ミッシェル】
何枚撮っても
モン・サン・ミッシェルは変わらないのに…
ついつい… 何枚も撮りました。.。*
708年、アヴランシュの司教オベールの夢枕に大天使ミカエルが現れて
「かの岩山に教会を建てよ」と命じました。
だけどオベール司教は信じず、3度目に現れた時、ミカエルはオベール
の額に触れさらに強く命じました。
やっと天使の存在を信じた司教は、ここモン(山)に聖堂を建てました。 -
【夕方のモン・サン・ミッシェル】
オベール司教が建立した時、陸続きだったモン・サン・ミッシェルが
一夜にして海に沈み、孤島になったという話があります。
その話は事実ではないと長い間思われていましたが、
8世紀までは森だったという証拠がいろいろ発見されました。
一夜にして海没したのではないにしても、地盤沈下が進行して
陸地だったところが湾になった証拠が出てきているそうです。 -
中世の人々は神々しい話や出来事を信じていたんです。
信じること、すなわち信仰こそが、
平安と喜びをもたらす生きる上での原動力だったと思います。 -
【夕方のモン・サン・ミッシェル】
文豪ヴィクトル・ユゴーが
「海上のピラミッド」と讃えたモン・サン・ミッシェル -
さて、さて… わずか15分ほどで…
少しづつ 日が落ちてきました…。 -
イチオシ
フランス ノルマンディーの夕焼けです
この夕焼けの美しさ…
言葉で伝えられそうにありません 。.。* -
【ル・ルレ・サン・ミッシェル】
ホテルフロントで 部屋の鍵を受取り 2Fの部屋へ -
【夜 モンサンミッシェル】
食事前にベランダからのモン・サン・ミッシェル
ライトアップされて始めました*゚。+☆+。゚ -
イチオシ
【夜 モンサンミッシェル】
部屋のベランダより
*゚。+☆+。゚ -
【ル・ルレ・サン・ミッシェル】
客室数39
このあたりでは唯一4つ星ホテルです☆
一人で使うには広すぎる思うほどの部屋です
。.。o○* -
快適で広々とした客室は防音仕様です。
無料Wi-Fi回線だけど うまく繋がりません....(^^ゞ
バタークッキーとミネラルウォーターが置いてありました♪ -
エスプレッソ&デミタスカップも置いてす ( ^^) _U~~ -
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-
【ル・ルレ・サン・ミッシェル】
明日は、いよいよ海に浮かぶ奇跡の巡礼地
モン・サン・ミッシェル。゚☆。゚
おやすみなさい。.。o○* -
【日の出前 の モンサンミッシェル】
朝5時…
まだ日の出前… -
【日の出前 の モンサンミッシェル】
ホテル脇の土手に行きモン・サン・ミッシェルを撮る -
まだ周りが暗く…
-
昨晩のモン・サン・ミッシェルのライトアップも消え始め
うす暗い中の モン・サン・ミッシェルです。。。 -
東の空に 朝焼けが
感動です。゚☆。゚
言葉にならないくらいの感動です。゚☆。゚ -
イチオシ
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【早朝 モンサンミッシェル】
早朝のノルマンディーに
モン・サン・ミッシェルが現れてきました -
-
今回泊ったホテル「ル・ルレ・サン・ミッシェル」前から
無料のシャトルバスが出ています
モン・サン・ミッシェルまでは6分位 =3=3 -
「モン・サン・ミッシェル」は 2010年11月に訪れ、2回目!
今回は 折角の一人旅… だ、か、ら …
しっかり ゆっくり 孤島にそびえる「驚異」の修道院を見学したい!
そんな思いでワクワクと心が高鳴ります。。。 -
モン・サン・ミッシェルの長い歴史は708年に始まります。
オベール司教が大天使を奉る聖堂をモン・トンブの岩山に立て
10世紀にはベネディクト会の僧が修道院に住み始め
14世紀になると村の規模は海岸まで広がりました。 -
ところが14世紀、100年戦争が始まると、修道院は閉鎖され、城塞として
軍事用にりようされました。
それから
フランス革命時は政治犯たちが監獄されました。 -
イチオシ
1863年ナポレオン3世の勅令で閉鎖されるまで「海のバスティーユ」と
恐れられ、修道士が戻ったのは、約200年後の1966年でした。
そして現在では年間300万人近い人々がここを訪れます。
巡礼者もいますが、多くは観光客だそうです。 -
-
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【モン・サン・ミッシェルの上空で竜と闘う大天使】
大天使と竜との闘いは、悪魔が天の騎士に逆らっていたモン・サン・ミッシェルの
西15キロ地点にあるモン・ドルで始まった。
聖ミカエルは竜をトンブ山の上に突き落とし、息の根をとめたと伝えられています。 -
-
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【ガブリエル塔】
16世紀に国王代理官ガブリエル・デュプイが設置。
全方面から攻撃に応じられる仕組みで
厚い壁の内部には大砲が備えられていました -
-
【大通り門】
幾重もある門が、かつてここは要塞だったことを物語っています。。
15世紀に警備を強化するために造られたこの門をくぐると… -
【ラ・メール・プラール】
19世紀に巡礼者のための宿泊施設として開業した島一番の有名なオムレツ店
ラ・メール・プラールがあります(今回宿泊したホテルと同系列グループ) -
この ラ・メール・プラールは
19世紀に島を渡ってくる巡礼者のために、
ボリュームのある食事を!と思い
マダム・プラールが作った巨大オムレツが始まりです。
オムレツ作りの実演風景を見れますが
今回は、早朝に来たため… 残念 見れませんでした。。。
2010年に訪れた時は 実演風景 ちゃ〜んと見れましたよ ↓(^^)↓
http://4travel.jp/travelogue/10982073 -
【ラ・メール・プラール】
営業 11:30〜22:00
疲れ果てた巡礼者たちの身体を癒したランチコースは
デザート付き3皿で49〜69ユーロ -
【ラ・メール・プラール】
まだ営業前の店内です。壁は花崗岩をそのまま配しています。 -
英仏百年戦争で使われた大砲が、王の門手前右側にあります
要塞としての役目を持った修道院を感じます
ところで 只今朝8時40分 周りはまだ誰もいません
こんな観光客がいないモン・サン・ミッシェルは初めてです。。。 -
【王の門】
この王の門は モン・サン・ミッシェルが王権の下にある象徴で
王から儀礼的な衛兵が派遣されこの城門にいました。
その昔は塀になっていて跳ね橋になっていました。
また右側には忍び口(通用門)の小さな跳ね橋を収めるくぼみがもあります。 -
【王の門】
塀がって小さな跳ね橋と落とし格子門が物々しく
塔の上部には警備兵が巡回していた通路があります
この門をくぐると… =3=3 -
【グランド・リュ】
ホテルやショップが軒を連ねる修道院の参道がグランド・リュです。 -
【グランド・リュ】
19世紀頃は疲れ果てた巡礼者たちが宿や食事を求め歩いていました。
それにしても早い時間なのか人が全くいません。
5年前は 人、人、で 人にぶつかりながら歩いたのに (^^;
だけど、こうして ゆっくり見学出来て何よりかも…。.。* -
【バタークッキー】
バターと牛乳をたっぷり使ったブルターニュ地方のお菓子。
ノスタルジック可愛い缶入で 500g 10.9ユーロでした♪ -
【歴史博物館】
修道院が監獄として使われていた時代を
蝋人形で再現した博物館です。
政治犯の獄中生活が見られ、
小さく仕切られた鉄格子の部屋から腕を出す囚人や
処刑を待つ囚人がリアルです。 -
-
【教会前のジャンヌ・ダルク像】
英仏百年戦争の折い 大天使ミカエルのお告げを受け
フランスを勝利に導いたジャンヌ・ダルクの像です -
【サン・ピエール教会】
岩山を掘り下げ洞窟内に建設された教会。
巡礼の最盛期には、修道院の小教会として重要な役割を果たしていました
現在では周辺に住む住民がミサに訪れるそうです。 -
【サン・ピエール教会】
この教会に立ち寄ったのは 今回が初めてです。
巡礼者たちが長い道のりを経てたどり着き 祈りを捧げた教会と思ったら
身が引き締まる思いです。。。 -
優しいお顔のマリア様とキリスト像*゚。+☆+。゚ -
-
この教会の凜とした気高さの中…
今までの旅が無事に続いていることに感謝しました。 -
【サン・ピエール教会 銅製の聖ミカエル像】
竜を打ち倒す聖ミカエル像。
「聖ミカエル」は フランス語「聖ミッシェル」
竜は西洋では「悪魔の象徴」でした。その悪魔を打ち倒す聖ミカエルの姿です。 -
祭壇の両サイドのステンドグラスから薄暗い教会の中に
光が差し込み何とも言えぬ美しさです。.。o○* -
【メール・プラール夫人の墓】
メール・プラールおばさんのお墓です。ここも初めてきました。
11月1日はヨーロッパでは
カトリック教会が崇める「すべての聖人」を祝福する日で
どのお墓も綺麗に菊の花々が飾られています -
メール・プラール夫人の墓からみる
西はブルターニュのカンカル
東にノルマンディーのゲルワン岬 -
【城壁】
15世紀に島の周囲に建造された島を守る堅固な壁
島の周囲を見渡せる場所です -
-
-
トンブレーヌの小島
干潮時には徒歩で行ける花崗岩の小島。
中世時は、隠修士の休息地となっていました。 -
モン・サン・ミッシェルの建設に使われた花崗岩です. -
-
-
【哨兵の門】
14世紀に建設された門で修道院の入口です。
2つの小さな塔の間の入口にチケット売り場があるけど…
只今9時!夏は9時からのOPENだけど11月は9時半〜OPEN!
さぁ!いよいよモン・サン・ミッシェルの見学が始まります♪ -
【大階段】
ここは聖堂へつながる唯一の通路です。
高い塀に挟まれた通路上部の2つの橋から
敵を攻撃していたそうです。 -
【大階段】
90段の階段を 足元に気を付けながら
ゆっくり歩きます。。。テクテク -
【西のテラス】
大階段を上がると美しい景色が広がる
西のテラスに出ます。。 -
そして このテラスから
1897年に鐘楼のネオゴシック様式の尖塔が近くに見えます
そして その上に銅製金メッキの聖ミカエル像 -
-
聖ミカエル像
ズームUP!!
あぁ〜残念! 聖ミカエル像…横向き…!(・。・; -
そうこしていたら
「写真を撮りましょうか?」と言われ
「お願いします」と撮ってもらいました。
このテラスからは湾を展望することができ、
とても素晴らしい景色をバックに…
一人参加旅の思い出の一ページが増えました。.。o○* -
西のテラスから眺めた
西はブルターニュのカンカル
東にノルマンディーのゲルワン岬 -
【テラスから見た教会】
11世紀に完成したこの教会は何度か崩壊し、修復されました。
西のテラスから…
教会の中に入ってみます… -
【修道院付属の教会】
本堂北側は12世紀のロマネスク様式になっています
よーく見るると…
天井は板張り装飾にになっています。
前回来た時には 板張りだったなんて… 気付かなかったです。。。(*_*; -
【修道院付属の教会】
聖堂の奥にある内陣の天井には透かしの高窓が光を取り込み明るいです。
身廊の比率はノアの箱舟と同じとされ
この修道院がアララト山に漂着した方舟にたとえられている説もあります。 -
【修道院付属の教会】
ここはゴシック建築です -
-
【聖ミカエルの小像】
祭壇に飾られた聖ミカエル像
祭壇は 聖地エルサレムの方向を向いています。 -
【聖ミカエルの小像】
聖ミカエルとは…
神のように偉大な英雄であり、神の高みにある番人です -
【聖ミカエルの小像】
右手には剣、左手には秤を持っています -
【列柱廊】
「ラ・メルヴィイユ(驚異)」と呼ばれる回廊にでました。
やはりこの居住空間に感嘆せずにはいられません。.。* -
【回廊】
塔の最上階の柱廊。
柱廊をわずかにずらすことで視覚効果が生まれ
周囲を歩くと柱が無限に続くような錯覚になります -
【回廊】
修道僧たちは
この回廊を歩き 祈りと瞑想をしました。 -
また、モン・サン・ミッシェルの構造は
「神に祈りを捧げる者は最上階に集い、戦う騎士は中層に
農民は最下層で施しを受ける」
という中世聖職者理想の世界観を具現しています。 -
柱は改装されましたが
この手前の柱は昔からの柱です。 -
この回廊を通って
合同の食事室、教会、共同寝室、古文書保管室など
さまざまな階段へ行くことができます。 -
-
【食堂】
舩の底のような丸型天井の食堂。
59の小窓から美しい光が差し込みます
入口から見ると小窓が見えないので
ダイナミックな印象です -
【食堂】
修道僧たちは沈黙のうちに食事をとっていました。
その間… 彼らのうちの一人が こちらの説教壇で独唱していました。。。 -
【オペール司教の彫刻】
次の間への通路に 大天使ミカエル指を差し込まれる
オペール司教の姿を表す彫刻があります
さて階段を下りると… -
【迎賓の間】
中層階部分(合同食事室の真下に位置します)に
王や貴族たちを迎えるために使われた迎賓の間があります
中世における最も優雅な建築の一つとされています♪ -
【迎賓の間の暖炉】
大きな二つの暖炉ではイノシシや鹿を焼いていました。
今は使われていない巨大な暖炉はナラの木をそのままくべることができる
大きさで、身分の高い訪問者に暖をとらせました。
当時は、快適な場所の熱を逃がさないように、壁にはタピストリーが掛
けられていたそうです。 -
窓は外の光で美しく映える
ステンドグラスになっています*゚。+☆+。゚ -
【太柱の礼拝堂】
10の円柱は教会を支える土台として15世紀半ばに建造。
フランボワイヤン様式の天井アーチがとても美しいです。
19世紀には囚人が最終判決を待つ場所として使われました。 -
【聖マルタン礼拝堂】
修道院付属の教会、南側交差廊の土台として建設された
ロマネスク様式の礼拝堂。
高さ9mの円天井は儀式の際の歌声が響く造りになっています。 -
-
【サン・マルタン地下礼拝堂】
11世紀ロマネスクの簡素な美しさを保っている
地下礼拝堂です。 -
壁が如何に厚いか!!
この空間に…人が何人入るかな? -
【巻き揚げ車】
大きな車輪のある通路。車輪は牢獄時代の19世紀に設置。
車輪の中に6人の囚人が入り、人力でレールに沿った荷車を上下させ
日用品を引っ張り上げていたそうです。 -
フランス革命時は、モン・サン・ミッシェルは
監獄として使用されました。 -
【納骨堂】
写真には撮りませんでしたが
この脇に大きな井戸があって、そこには死体を納めたとか。 -
-
【ピエタ像と死体安置所】
ここは1830年まで死体を安置する場所として
使用されていました
死を嘆くピエタ像が置かれています。 -
-
【聖エティエンヌ大聖堂】
死者を祀るために設置されたチャペル。
祭壇の下にはA〜Ω(アルファ 生 〜 オメガ 死)を表す文字が刻まれています。
19世紀にはハンセン病患者がこの場所に収容されていました。 -
【修道僧の遊歩道】
天井の交差アーチがロマネスクからゴシック様式の転換期を示す部屋です。
僧侶が散歩して疲れを癒した多目的ホールとして使用されました。 -
花崗岩が現れいます!!ここは岩山の斜面だったそうです!! -
【騎士の間】
騎士の間と呼ばれているこの部屋は、実は修道士の写字室でした。
現実の歴史では、モン・サン・ミッシェルが修道院だった時代、
騎士は一人として、修道士専用のこの場所に足を踏み入れたことはないそうです。
では何故、騎士の間なのか? それは…
19世紀に画家たちがこの部屋を背景に修道士ではなく、当然のように騎士と犬を
描いたからです。 -
-
【大天使ミカエルとは…】
戦いを司る最強の天使。
新約聖書では神の武器庫から賜ったという剣を持ち
数多くの武勇伝を持つ
大天使ミカエルは死者を導き、最後の審判の日にその魂を量ります
右手に剣、左には天秤をもちます -
【三大天使の中のミカエル】
神の意志を伝える天使=ガブリエル
病気や怪我を癒す天使=ラファエル
神が最初に創った天使=ミカエル
中でもミカエルは、神に最も近い存在として崇拝されています。 -
【ヨハネの黙示録では】
海が死に、太陽や月が壊れ、地震や大粒の雹が襲うなか、
苦しみのうちに死んでゆく人々の魂を秤にかけ
天国へ行けるか、地獄に落ちるかを決めるのが大天使ミカエル。
ミカエルは、神の使いとして天と地を往復すると信じられていました。 -
【巡礼への施し所】
今では売店になっていて お土産や
モン・サン・ミッシェルの歴史を示す立体模型などがあります。 -
-
-
帰りは 石段のところから左に行き、グランド・リュを通らないで
外郭の城壁の上を歩いてみました=3 -
-
北西部から見上げた
聖ミカエル像です。。。。 -
クロディーヌの塔を歩いています。
モン・サン・ミッシェルの構造が理解できます -
-
北望楼を歩いていたら…
人とすれ違ったので 写真をお願いしました*゚。+☆+。゚ -
ショレ塔を下りて…
北側の奥に見えるのが
トンプレーヌ小島かな。。。 -
グランド・リュの裏側になります。
こんなカフェスペースがあったんですね。 -
狭く急な階段を下りると=3=3
グランド・リュに出てきました。 -
-
-
【 モン・サン・ミッシェルの歴史 その1 】
708年、聖オベール司教は、夢の中で大天使ミカエル(サン・ミッシェル)の
「この岩山に聖堂を建てよ」とお告げを聞きました。
それを信じなかった司教に大天使は腹を立て、
3度目の出現で司教の頭に指を差し込んだと言い伝えられ
指の残る頭蓋骨は、今もアヴランシュに保管されています。 -
【 モン・サン・ミッシェルの歴史 その2 】
10〜13世紀初め
カトリックへの改宗を条件に、バイキングの首領ロロが
ノルマンディ公リチャード1世となる。
彼の命で966年、ベネディクト会の修道院を建設。 -
【 モン・サン・ミッシェルの歴史 その3 】
14世紀、英仏百年戦争へ突入。修道院は閉鎖され城塞となる。
干満の差と潮流の激しさが功を奏し不落の要塞となり百年戦争は終結。 -
【 モン・サン・ミッシェルの歴史 その4 】
18世紀のフランス革命後、修道院は監獄へに。
反体制派の12000人が送られ恐れられた。
1863年のナポレオンの3世の勅令で監獄は閉鎖され
1866年に修道院として再開、1979年に世界遺産に登録されました。 -
-
【サン・ミッシェル】
モン・サン・ミッシェルの魅力とは、
切り立つ花崗岩の上に建つその不思議な地形と
海と天空の狭間にたたずむ修道院がロマンを誘い、
一度は訪れてみたいという憧れを誘います。
1300年にわたり巡礼地として人々の心を癒した共に
100年戦争時の要塞、そして牢獄として
フランス革命時の監獄として使われた過酷な幽閉生活…
私にとっての2回目のモン・サン・ミッシェルの印象は…
驚異の建築はもとより、修道院でありながら、
中世という時代の歴史に翻弄され、城塞として生き抜き、
奇数な運命をたどった脅威を感じるモン・サン・ミッシェルでした。 -
2015年11月9日
130年前の本来の美景を取り戻すために
2011年から3年をかけ新たな橋が建設され完成していました
いつの日か長い時間をかけ 130年前の景観が復活することでしょう
そう、10〜20年後この修道院に再び訪れることができた時、
その時の年代の私は、モン・サン・ミッシェルの景観に触れ
どう思いどう感動するのかしら。.。o○*
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この旅行記へのコメント (5)
-
- fuzzさん 2016/06/23 08:12:53
- モンサンミッシェル♪
- ベティーままさん、おはようございます。
ベティーさんの(ままさんを省略してすみません)モンサンミッシェルに特化した
旅行記、羨ましいです!
私は母と東日本大震災の震災直前にフランス旅行に行って、現地のツアーを
予約してモンサンミッシェルに行きました。
ところが片道たしか2時間、滞在時間2時間、帰りも2時間と移動時間の方が
多かったので、満足できませんでした。
ついでに言うと、お土産屋さんで買った人形が(紙粘土?みたいな)震災で
みごとに壊れてしまって。
とても気に入って時間をかけて買ったので本当にガッカリしました。
もし、再びモンサンミッシェルに行ける時が来たら、ベティーさんみたいに
長い時間滞在できるスタイルでじっくりと楽しみたいと思っています。
美人さんのショット♪
ベティーさんも顔出しですね。
その方が、親しみを感じます。
fuzz
- ままさん からの返信 2016/06/23 13:32:33
- RE: モンサンミッシェル♪
- fuzzさん
はじめして ベティーまま改めベティーです(笑)
> ベティーさんの(ままさんを省略してすみません)
いやいや 結構 「ベティー」気に入りました〜 (^_-)-☆
> 私は母と東日本大震災の震災直前にフランス旅行に行って、現地のツアーを予約してモンサンミッシェルに行きました。
フランス初めての親子海外旅行だったんですね。お母さまとのフランス旅行… すご〜〜く親孝行でしたね( ^)o(^ )
ところで、中国東方航空は大変でしたね (;^_^A
私は未だ中国東方航空を利用したことはないんですが、5年前にエミレーツでイタリアから帰国時、中国の団体さんがいて それはそれは… (*_*;ビックリ!!!でしたよ
> 美人さんのショット♪
> ベティーさんも顔出しですね。
> その方が、親しみを感じます。
(pq´v`*)ァ-?♪ 幾つになっても褒められる!つーのは 嬉しいや〜ね〜(笑)
つーか、まっ 60代なので… それなりなんでやんすよ。
できる限り顔出ししないつもりですが…
一応 4traをMyアルバム代わりにしているので… 顔出ししているッス!( ´艸`)ぷっ
こんなベティー(おっ!最後までベティーで通してるっス)ですが これからもよろしくです<(_ _)>
ところで GACKTのファンなんですね♪ GACKTカッコイイですよ。゚☆。゚
★ベティーより
> fuzz
-
- tomvoさん 2016/06/16 08:36:10
- 隣の芝は青い
- MSM・・・・私も行きましたが生憎途中でデジカメの電池が切れて写真が少なかったです。
拝見しますともう一度行ってもいいような気がします。
お泊りのホテルでは私どもはオムレツの昼食をとりました。(うまくなかたあなー)
それからもうひとつ
>>【グランド・リュ】
19世紀頃は疲れ果てた巡礼者たちが宿や食事を求め歩いていました。
、お写真のピーターパンに似た看板のお店。
ピーターパンの看板の右側に日本語でジェームスと書いてありましたがご記憶ありますか。
- ままさん からの返信 2016/06/23 11:52:45
- RE: 隣の芝は青い
- tomvoさん
はじめまして。投稿して頂きありがとうございます。
> 拝見しますともう一度行ってもいいような気がします。
そんな風に言って頂いて、とても嬉しいです。
私も他の方々の旅行記を拝見しながら、「あぁ〜 もう一度行きたいな〜」
とか「あぁ〜 ここに行ってみたいな〜」とか…
この4traを楽しんでいます。
ただ…いろんな方々にコメントを投稿したいのですが
時間がなく中途半端になってるのが残念かなぁ。。。。(-_-;)
> ピーターパンの看板の右側に日本語でジェームスと書いてありましたがご記憶ありますか。
ごめんなさい。全く気付きませんでした。。(^^ゞ
ジェームスって方の経営なのかしら?
それとも??
tomvoさん、ご存知でしたら 教えてくださ〜い。
ところでtomvoさんはクルーズの旅が好きなんですね
私も基本的には大好きなんですよ♪
これからもよろしくお願いしますね
★ベティーまま
- tomvoさん からの返信 2016/06/23 12:11:31
- RE: RE: 隣の芝は青い
- ご返事ありがとうございます。
MSMのジェームスの看板は私も気が付きませんでした、もう辺りをチョロチョロするのが精いっぱいで。
ただ写真の片隅に映っていたのでこんなところに日本語?と驚いていたのです。
クルーズはもうやめます。
観光より船中が忙しくて、好奇心旺盛な若い方はいいと思いますが年寄りにはどうかと思います。
今からは近場でのんびり、おいしいものを食べることにに転換します。
tomvo
> tomvoさん
> はじめまして。投稿して頂きありがとうございます。
>
> > 拝見しますともう一度行ってもいいような気がします。
>
> そんな風に言って頂いて、とても嬉しいです。
> 私も他の方々の旅行記を拝見しながら、「あぁ〜 もう一度行きたいな〜」
> とか「あぁ〜 ここに行ってみたいな〜」とか…
> この4traを楽しんでいます。
>
> ただ…いろんな方々にコメントを投稿したいのですが
> 時間がなく中途半端になってるのが残念かなぁ。。。。(-_-;)
>
> > ピーターパンの看板の右側に日本語でジェームスと書いてありましたがご記憶ありますか。
>
> ごめんなさい。全く気付きませんでした。。(^^ゞ
> ジェームスって方の経営なのかしら?
> それとも??
> tomvoさん、ご存知でしたら 教えてくださ〜い。
>
> ところでtomvoさんはクルーズの旅が好きなんですね
> 私も基本的には大好きなんですよ♪
>
> これからもよろしくお願いしますね
>
> ★ベティーまま
>
>
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