2015/11/06 - 2015/11/06
47位(同エリア117件中)
滝山氏照さん
金子城(かねこじょう、愛媛県新居浜市滝の宮町)は新居浜駅西方にある緩やかな金子山丘陵地にあり現在では「滝の宮公園」と称する市民が憩う場所となっています。
築城者は鎌倉幕府御家人として当地に所領を得た金子家範(かねこ・いえのり)の曾孫金子広家(かねこ・ひろいえ)で、建長年間(1249ー1255)に本貫地である武蔵国入間郡金子郷より新居浜に移住した人物とされその子孫は伊予金子氏として繁栄します。
もともと金子氏の出自は武蔵国入間郡金子郷で武蔵七党村山党に属する庶流で、金子家忠(かねこ・いえただ)は源頼朝の御家人として義経の指揮下のもと平氏追討軍として従軍、一の谷合戦等で戦功を挙げ、その功績により新たに伊予国新居や播磨国等に所領を得る事になります。
その後裔の一派が所領の一つである当地(伊予国新居郷)に地頭職を得て下向し移住地を出身地の金子と同一の名を付けて、領地を見渡せる丘陵地の頂きに砦を築き、併せて麓には居館を構えます。
戦国時代にはその勢力を新居郡から東隣の宇摩郡まで領土を拡げるなか、阿波、讃岐を手中に収め伊予国進攻を企てる土佐国長宗我部元親とは戦わずして軍門に下り和議を交わし本領を安堵されます。
天正13年(1585)豊臣秀吉が四国平定に乗り出すと、命令を受けて小早川隆景が率いる3万の軍隊は長宗我部氏と同盟を結んでいた金子元宅(かねこ・もといえ、1551?ー1585)の居城である金子城を攻めたて遂に落城(天正の陣)し鎌倉時代後期以降支配に幕を閉じます。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 交通手段
- JR特急 徒歩 ジェットスター
-
JR新居浜駅移動
松山発(7:20)特急しおかぜ8号にて新居浜に移動します。新居浜城跡(金子城跡)を追加訪問するため昨日松山駅で一度予約した指定席券を変更して早めの特急に乗車します。 -
車内設備
-
自動販売機
車内販売はなく飲料水に関しては自動販売機が設置されているだけです。 -
JR新居浜駅
松山駅からの予讃線は電化区間となっており、当該車輌も岡山駅まで乗り入れる電車として編成されています。尚多度津駅で一部車両が高松行として切り離されます。 -
滝の宮公園案内図
JR新居浜駅から徒歩で約25分滝の宮公園に到着、新居浜城は金子城としてその名が伝わっており、現在では公園化されて滝の宮公園として市民の憩いの場所となって入ます。 -
天正之陣滝の宮口
四国平定の一連の戦い(天正の陣)で秀吉の命を受けた3万の小早川隆景軍が土佐の長曾我部元親側に付いた金子氏の2千で籠城する金子城を攻撃する入口となっています。 -
滝の宮公園大池
公園入口の左側には唯一の大池があり、その周辺は遊歩道が造られ市民の散歩道となっています。 -
遊歩道(階段)
金子城跡本丸は現在第一展望台となっており、緩やかな自動車道路を歩く代わりに急階段を登ります。 -
遊歩道風景
遊歩道の急階段を歩く途中は厳しい谷底となっています。 -
山頂駐車場
-
第一展望台方向
駐車場から北方向にある第一展望台に足を進めます。 -
金子山八十八ケ所由来石碑
-
本丸の植込み
-
市指定史跡 金子城跡
-
イチオシ
金子城趾石柱
本丸跡もすっかり公園化されてしまい、金子城の遺構らしきものは見事に消されています。 -
あずまや
-
新居浜市街
-
金子城跡本丸跡
公園化され一部には景観に馴染まない遊園器具が配されています。本丸跡奥には第一展望台が設置され市街展望が楽しめます。 -
新居浜市街
-
新居浜市街(近景)
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
滝山氏照さんの関連旅行記
新居浜(愛媛) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
20