2015/10/23 - 2015/10/24
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Weiwojingさん
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小生のフィリピンからの帰国に合わせて、同じく知人がフィリピンからやって来た。1か月の滞在であったが、東京に3日間いて、すぐ名古屋へ向かった。名古屋に家族がいるので、そこで滞在するためであった。
東京では小生宅に泊まり、その間都心へ出て、日比谷公園や東京スカイトリー、上野公園等を回った。そんなにたくさんのところを訪れることは出来なかった。翌日は神奈川県二宮町に住む知人宅をともに訪問した。
最後に名古屋へ出かけ、彼の弟や知人に会い、2泊の後小生は東京に戻って来た。彼は4週間ほど名古屋に滞在し、フィリピンに戻った。
- 旅行の満足度
- 4.5
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日比谷公園内にフィリピンの革命英雄の記念像が建っている。この国の人ならだれでも知っている、Dr. Jose Rizal ( Dr. ホセ ・ リサール、1861〜1896 )である。
彼は1888年アメリカに渡る前に東京を訪れ、この地にあった東京ホテルに滞在した。それを記念して建てられたのがこの記念碑である。東京滞在中に彼の通訳を務めたのが”おせいさん”という女性で、彼の恋人と言われている。マニラのホセ・リサール記念館には彼女を描いた絵が展示されている。
その像の前でかつての革命家と対面して満足気な知人の D.P 氏である。 -
この記念碑をよく見ると、もう一つの英文による説明が手前にある。フィリピンがスペインから独立して(1891年)、その100周年を祝うために1981年に当時の在日フィリピン大使であった Alfonso T. Yucbengco 氏が付け加えたものである。リサールの銅像はこの時に作られたもので、最初の1961年建立の記念碑にはなかったのである。
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東京ではどこに行きたいかと尋ねると、“Tokyo Sky Tree“に行きたいというので、案内してあげた。小生自身も初めて行くところなので、最初よくわからなかったが、何とか行くことができた。
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訪れた時は曇り空で、一番上まで見ることは出来なかった。
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1時間くらいして晴れ間をのぞかせ、スカイツリーの一番上まで見ることが出来た。
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平日なのに東京スカイツリーはたくさんの人で混雑していた。展望台に上りたいと思ったが、天気も良くないので眺望は期待できないし、それにさすがの混雑振りにあきらめて上らなかった。1時間以上は待たないといけないようだった。
Soramachi というショッピングセンターやイベント広場を見て回った。ステージではちょうど秋田県の「西馬音内(にしもない)盆踊り」の紹介が行われていて、初めて見る珍しい盆踊りだったので、しばし鑑賞した。この盆踊りの特徴は、未成年の女性は黒い「彦三頭巾」を被って踊るとのことだった。 -
スカイツリーを見学した後は、周囲をぶらぶらし、適当な昼食を摂れる場所を探した。ちょうど「横浜家系ラーメン 壱角家」という店があったので、入ってみた。
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小生たちが注文したラーメンは「味噌ラーメン」であるが、やや太めの麺と濃い目のスープが特徴のようで、小生には少々きつい味付けであった。
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彼はラーメンが大好きで、日本滞在中は何度も食べたそうだ。フィリピンでもラーメンを食べるところがたくさんあるが、やはりなんと言っても本場のラーメンは違うと彼は言う。
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日本滞在3日目、神奈川県二宮町に住む T.M ご夫妻のお宅を共に訪れた。T.M 氏は小生同様にフィリピンに滞在し、活躍された方で、小生よりも早めに今年の4月に帰国された。
3人とも旧交を温め、大いに楽しいひと時を過ごすことが出来た。 -
ご夫妻は小生たちに巻き寿司をご馳走してくれた。フィリピンでは生魚は食べないので、最初心配したが、ごく普通に食べていた。前にも日本には来たことがあり、しばらく滞在していたので、食べたことがあり、問題はなかった。
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小生が住む商店街にも一諸に出かけてみた。街を歩いての彼の感想は、「どこへ行っても街がきれいで、ごみが全然落ちていないのには感心した」とのことだ。確かにフィリピンではごみがあちこちに散乱していていることが多い。
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D.P 氏はスーパーの店先に置かれたたくさんのミカンに興味を示した。フィリピンにもミカンはあるが、多くは中国からの輸入物で、形は小さくて、あまりおいしいとは言えない。
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2日後、名古屋に向かった。名古屋には彼の家族がいるので、後はここで滞在することになり、小生は2泊した後、彼と別れて三重県へ移動した。
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名古屋では名古屋城を訪れたことは言うまでもない。「尾張名古屋は城で持つ」と言われてきたように、名古屋と名古屋城は切り離すことが出来ない。
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D.P 氏の弟 (右側)に会うことが出来た。彼は今名古屋で働いていて、今年の4月に来たので9か月になるようだ。これから寒くなるので、日本の寒さが気になるところであるが、若さで何とか乗り切っていくだろう。
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本丸御殿内に描かれたトラの絵画が生き生きと描かれていて、おそらく実物は見たことがないながら、すでにあるものを見ながら江木たものであろう。
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名古屋城を出て市役所の方へ向かった。すると、何やらお祭りの行列があり、たくさんの見物人の姿があった。あちこちにポスターが張ってあり、それによるとこの祭りは「名古屋祭り」と言うものらしいかった。偶然この祭りを見学でき、D.P 氏も大いに興味を覚えたようだ。
名古屋市役所は一風変わった建物で、大正末期から昭和初期にかけて流行った「帝冠様式」という様式の建物で ビルの上に神輿が乗っているような形をしている。横浜にある神奈川県庁も々様式の建物である。 -
戦国さながらの行列が続き、このような鉄砲隊の面々が行進していた。
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延々と続く行列は、戦国時代の武将たちやその奥方、南蛮人、家来衆等を見ることが出来た。
この馬上の人物は織田信長で、だれか著名人が扮しているのだろうか。 -
信長に付き従う若者は森蘭丸である。
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信長のところには「南蛮人」と言われる人々もポルトガルからやって来た。その当時の服装をして人々が参加している。
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南蛮人たちは信長に西洋の珍しい品々を献上するため運んでいる様子を再現している。
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最後に、名古屋港にも足を延ばした。港を全望できる[「名古屋港ポートビル」に上ってみた。
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ポートビルからの眺望は素晴らしい。港だけでなく名古屋市内も見渡すことが出来、名古屋駅あたりも見ることが出来た。
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