2015/10/15 - 2015/10/21
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ペコちゃんさん
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秋晴れが続く10月に、広島県福山市にある実家の法事を兼ねて、1週間の旅に出かけました。
今回は深夜バスで四国の松山まで行って、今治 ⇒ しまなみ海道 ⇒ 福山 と回り、その後はレンタカーで近江八幡 ⇒ 彦根 ⇒ 長浜 ⇒ 敦賀 ⇒ 美浜 ⇒ 舞鶴 ⇒ 宮津 ⇒ 福知山 ⇒ 京都 ⇒ 大津 というコースです。
毎日好天に恵まれ、秋の旅行を楽しむことが出来ました。
写真は今治と大島を繋ぐ来島海峡大橋。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JR特急
-
今回の旅は、いろんな都合で、新宿を21時15分発の松山行深夜バスに乗ることにしました・・・午前中に今治でお墓参りを済ませ、お昼には福山に到着したかったために深夜バスという選択です。
それにしても、琴平バスは松山まで6,100円という嬉しい料金なので満席状態。
バスの前半分は3列シートで、後ろ半分は2人掛け4列のスーパーシートになっています。
私達が座ったスーパーシートは座席間隔が広いので、ゆったりリクライニング出来ましたが、座り心地はイマイチ。
ここは海老名SA・・・四国に入るまでのトイレストップはここだけですが、トイレはバスにあるので安心・・・深夜バスなので、あとはとにかく寝るだけです。 -
淡路島を通って翌朝6時に鳴門インター北口に到着・・・このバスは徳島に行くので、松山と高知方面はここでシャトルバスに乗り換えです。
トイレを済ませ、敷地内のコンビニでコーヒーを買って出発。 -
途中、川之江ICを一旦出て降車のお客さんを降ろします。
川之江は1337年に仏殿城が築城され、四国の中央に位置する重要拠点でした。
1677年に幕府直轄領となり、川之江に代官所が設置されたことで中央との交流が頻繁になり、文化的・経済的発展の基礎を着々と固めてきた街です。
平成12年の合併で、現在は四国中央市川之江町。 -
四国中央市は紙製品の出荷額が6年連続日本一で、大王製紙やユニ・チャーム等の本社があり、工業出荷額も四国では西条市に次ぎ第2位。
車窓から見える工場は、丸住製紙の川之江工場・・・大正8年に創業し、新聞用紙・出版用紙・印刷用紙・情報用紙・包装用紙・クラフトパルプを製造している会社です。 -
瀬戸内海が見えてきました。
海を見ると、何だかホッとした気持ちになりますね。 -
途中の上野PAでトイレストップ。
このバスが乗り換えた松山行の琴平バス・・・深夜バスよりシートが快適です。 -
PAの裏山には色付いたミカンが・・・愛媛県は温州みかんでは和歌山県に次いで第2位ですが、かんきつ類全体では昭和49年以降、日本一の生産量を誇っています。
関東に住んでいる私ですが、何故かミカンは愛媛県産に拘ります。 -
PAの売店で買った ” ちゅるるん いよかん ” ・・・ゼリー状の美味しい飲み物です。
半分眠っていた私の頭も、キリリと爽やかになりました。 -
バスは定刻の9時6分に松山駅前のバス停に到着・・・時間がないので松山駅まで走り、岡山行の「特急しおかぜ12号」に飛び乗りました。
切符も買う余裕がなく列車内で購入、一安心! -
ノンビリと瀬戸内海を見ながら今治に向かいます。
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太陽石油の工場。
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予讃線はほとんど単線のため、途中で特急同士の通過待ちがあります。
田んぼは、まさに黄金色。 -
今治が近づいてくると、標高154mの海山(うみやま)山頂に見えるのは「海山城展望公園」・・・ここはその昔、来島水軍の見張所があったところと伝えられています。
城の天守閣を模した展望台からは、来島海峡大橋や瀬戸の島々が展望でき、ダイナミックなパノラマを楽しめるそうです。 -
今治は昔から造船とタオルの街・・・国内売り上げトップの今治造船の工場と来島海峡大橋が見えてきました。
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9時56分に今治に到着。
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平成2年に今治駅周辺の高架化が終わり、平成3年に駅舎も新しくなりました。
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讃岐で生まれた空海(弘法大師)が開創した「四国八十八ヶ所霊場」・・・弘法大師が42歳で霊場巡りをした時から1200年目に当たる2014年に、開創1200年記念事業が四国4県で行われました。
駅の中にお遍路さんの人形が飾られています。 -
お墓のあるお寺までは歩いて20分ほどなので、今治駅から中心街に向かって歩きます。
これは今治市役所。 -
市役所前の広場には、平成25年に今治造船が寄贈した直径9mもある巨大プロペラのモニュメントが飾られています。
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昔は賑わいを見せていた本町のアーケード街も、今は閑散としています。
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曹洞宗・大仙寺に到着・・・ここには、お世話になった叔母のお墓があります。
久し振りの墓参りでした。 -
大仙寺から歩いて今治桟橋へ・・・ここから福山行のバス「しまなみライナー」に乗ります。
桟橋からも今治城が見えます。
慶長9年(1604年)に藤堂高虎が築城した今治城は、三重の堀に海水を引き入れ、海から堀へ直接船で入ることができるなど海を最大限に活用した城でしたが、明治2年に廃城となり、現在の天守閣は昭和55年に建てられました。
時間があれば行ってみたかったのですが・・・ -
バスは「しまなみ海道」に向けて走り・・・
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今治北ICから入ります。
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しまなみ海道(正式には瀬戸内しまなみ海道)は全長約60km・・・平成11年に開通し、四国・今治と広島・尾道にある6つの島を7つの橋で繋いでいます。
それぞれの橋には、北に向かって左側に自転車・歩行者道、右側に原付バイク道が併設されています。
通行料金は、普通車は4,000円以上しますが、自転車と原付は全ての橋を渡っても合計で500円、歩行者は無料です。 -
1番目は、平成11年に開通した「来島海峡大橋」・・・大島と今治間の海の難所・来島海峡に架かる世界初の三連吊橋で、全長は4105m。
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美しく弧を描くケーブルが優美な来島海峡大橋・・・サイクリングロードとしての人気が高く、定期的にサイクリングイベントが行われています。
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私の友達は、今月初めにスリーデーマーチに参加し、真っ黒になって帰って来ました。
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最初に渡る大島は大三島より小さいのですが、トンネルがあり・・・
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島の南北を走るため、とても大きく感じます。
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2番目の橋は、昭和63年に開通した「伯方・大島大橋」で全長は1230m・・・伯方島と大島間の風光明媚な宮窪瀬戸に架かる橋です。
この大島大橋は吊橋で・・・ -
伯方橋は桁橋です。
伯方島と見近島の間に架かる伯方橋と、見近島と大島との間に架かる大島大橋の二種類の違うタイプの橋が連なる二連橋となっています。 -
3番目は、伯方島と大三島を結ぶ「大三島橋」・・・昭和54年に本州四国連絡橋の橋の中で最初に開通した橋梁で、328m。
大三島は母親が生まれ育ったところで、今も親戚が住んでいます。
島内にある「大山祇神社」には子供の頃何度も行った事がありますが、源義経が奉納したと伝えられる赤糸威鎧など多くの国宝があります。 -
車窓から瀬戸内海らしい風景を楽しみながら進みます。
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4つ目は、平成11年に開通した「多々羅大橋」・・・生口島(広島県)と大三島(愛媛県)の間の県境に架かる斜張橋で、長さは1480m。
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バスは大三島のバス停に立ち寄り・・・しまなみ海道に戻る途中からも多々羅大橋がよく見えました。
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多々羅大橋は、鳥が羽を広げたような、非常に美しい橋です。
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橋を渡って生口島に入りました。
この島には、「西の日光」とも呼ばれる耕三寺や、瀬戸田町で生まれた平山郁夫の「平山郁夫美術館」などがあり、以前、見に行ったことがあります。
生口島から見る瀬戸内海も美しい。 -
5つ目は、平成3年に開通した「生口大橋」・・・因島と生口島を結ぶ斜張橋で、長さは790m。
スレンダーな主桁が優美な橋です。 -
6つ目は、昭和58年に開通した「因島大橋」・・・向島と因島の間に架かる1,270mの吊橋で、風光明媚な島々の美しい景観が広がります。
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向島の岩屋山にある巨石群が見えます。
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7つ目は、平成11年に開通した「新尾道大橋」(左側)と、昭和43年に開通した「尾道大橋」(右側)・・・しまなみ海道の開通で将来的な交通量増大が懸念されたことから、386mの尾道大橋に平行する形で549mの新尾道大橋が計画されました。
2つの橋は、兄弟橋・親子橋とも呼ばれます。 -
瀬戸内海の島々と、個性的な美しい7つの橋を楽しみながら尾道まで来ました。
ここからは国道2号線で福山に向かいます。 -
1時間半ほどのバス旅を終えて、12時40分に福山駅前に到着。
福山市の人口は約46万人で、広島県内では広島市に次ぎ2番目となる大きな街です。
終戦直前の空襲で大きな被害を受けた福山では、「荒廃した街に潤いを与え、人々の心にやすらぎを取り戻そう」と公園にバラを植えました。
1000本からスタートしたバラは、今や「100万本のばらのまち 福山」となり、駅前にも綺麗な秋バラが咲いています。 -
駅の入り口にも大きなバラの絵が。
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駅南口の左側にある像は、昭和50年の山陽新幹線の開通記念として、福山市の名誉市民になっている彫刻家・平櫛田中(1872~1979)作の「五浦釣人(いづらちょうじん)像」。
平櫛田中が崇敬した岡倉天心が東京から茨城県・五浦に移って、横山大観など多くの偉才を育てたことを釣りにたとえ、師に対する報恩の気持ちを込めて制作した像で、高さは約6mのブロンズ製。
明治5年に岡山(現在の井原市)で生まれた平櫛田中は、10歳の時に現在の福山市今津町の平櫛家の養子になり、10年ほど福山で過ごした後、大阪で木彫りの修行に励みます。
晩年は東京・小平市に住み、107歳まで彫刻を彫り続けました。 -
駅ビルでやっと昼食。
これは鞆の浦名物・鯛のあら煮・・・やっぱり鯛は美味しい。 -
こちらは天ぷらと海鮮のミニ丼。
お腹も一杯になった所で、福山の観光名所・鞆の浦に向かいます。
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