2015/10/13 - 2015/10/13
3790位(同エリア10405件中)
ばねおさん
「港の見える丘公園」へ行くにはいくつもの道筋があるが、今回はフランス山から回ってみた。
元町と接する谷戸坂下からフランス山を上り、展望台からローズガーデンを通り大仏次郎記念館を経由して近代文学館まで辿った後、山手111番館とイギリス館の二つの西洋館を見学するコースである。
今でこそ横浜を代表する観光地のひとつであるが、この一帯は幕末から明治8年までイギリス、フランスの軍隊が駐屯する場所であった。
現在のフランス山がフランス軍、イギリス館周辺がイギリス軍の駐留場所で、両国の軍隊は最大時2300人であったとされる。
軍隊撤退後はフランス領事館・領事官邸、イギリス領事官邸が置かれ、関東大震災、横浜大空襲などを経て今では横浜市が所有管理する公園施設となった。
ここには、いくつもの文化施設があり年間を通して何らかのイベントが催されているので、それぞれの関心に応じて楽しめる場所でもある。
この時期、ローズガーデンもそろそろ秋バラの見頃を迎えようとしている。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
-
電車の場合、最寄りの駅はみなとみらい線「元町中華街」
6番出口を出て右手に進むとすぐのところに山手の丘に通じる谷戸坂がある。
この坂の左側がフランス山と呼ばれる丘陵になるが、入り口にあるフランス橋の壁面には、関東大震災で崩壊したフランス領事館の建物外壁を飾っていたメダリオンが埋め込まれている。
RFの文字はフランス共和国(Republic France)を意味する。フランス橋 名所・史跡
-
フランス山の下の広場にある骨組は「パビリオン・バルタール」
設置されている説明文をそのまま引用すると
「この純鋳鉄製骨組みは1860年代フランスのパリに建てられ1973年まで100年余り存続したパリ中央市場(レ・アール)の地下の一部です。設計者の名をとってパビリオン・バルタールと称されました」港の見える丘公園 公園・植物園
-
フランスでは今でもこの歴史的建造物を保存しなかった責任を問う声があると聞く。
取り壊されたパリの巨大な中央市場レアールの構造物の一部と街路名のプレートがここにあるというのは、あまり知られていないことかもしれない。 -
かってパリの胃袋と称された中央市場レ・アールは今では巨大な商業施設フォーラム・レアールに変身した。
写真は2013年11月に現地を訪れた時の様子である。
クレーンが稼働し工事が急ピッチで進められてた。
下はその完成図。 -
パビリオン・バルタールの広場の奥、ほとんど人目にはつかない場所にこんなものがあった
まるでルーブルのガラスのピラミッドを連想させる。 -
広場からは急な坂道(階段)を上る。
丘陵のもっとも高い所が海抜40メートルということなので
大体30メートルくらいの標高差だろうか。 -
上りきると視界が開け、正面にフランス領事官邸の遺構が見える。
ふり返ると木々の間にマリンタワーが顔を出している。 -
明治のフランス領事官邸は関東大震災で倒壊し、その後再建された建物は
昭和22年に焼失した。港の見える丘公園 公園・植物園
-
まだ上水道施設のなかった時代の井戸水を汲み上げるための風車
かっては何台かあったものを、復元している -
地下30メートルまで掘られていたという汲み上げ井戸。
-
遺構の周囲には説明パネルが何枚も掲示されており
予備知識がなくとも歴史が理解ができるようになっている。 -
フランス領事官邸の遺構から先に進むと、寄り添う三人の母子像がある。
1977年、横浜の住宅地に米軍機が墜落し、母子3人が亡くなったことを追悼して建てられた「愛の母子像」。
幼い子2人は全身火傷を負い、母親は4年4か月の治療の末に力尽きた。
自分の子をもう一度抱きたいという母親の思いはかなえられず、その死をアナウンサーが涙を流しながら伝えた当時のニュースを今でも覚えている。港の見える丘公園 公園・植物園
-
しかしこの像のいわれを記述した碑文の設置を横浜市は認めず、ごく簡単な説明文を置くことを許されたのは像の設置から21年後のことだった。
いかにも役所風の無難な言葉だけが並べられている説明文。
しかも「生前に海が見たいと願っていたことから」設置したといいながら、ここからは生い茂った木々で海は見えない。
ちぐはぐな文化行政の典型。
それでもローズガーデンには被害者の名を冠したバラがあることが救いか。 -
その先にあるのは
横浜生まれの俳人大野林火の句碑
《白き巨船 来たれり 春も 遠からず》 -
さらに進んだ先が展望台広場。
一般的にはここが「港の見える丘公園」のイメージかもしれない。
「港の見える丘公園」といいながら、実際にはここから港はあまり見えない。
だからという訳ではないだろうが、地元では単に「丘公園」と略称している -
展望台の北端が港に近いが、山下公園の氷川丸と大桟橋が遠望できる程度である
-
良く見えるのはベイブリッジ。
写真右手にあるのは、映画「コクリコ坂」の記念旗掲揚ポールと説明プレート。港の見える丘公園 公園・植物園
-
目立たないが、展望台広場には『港が見える丘』の歌碑がある。
終戦直後に大ヒットしたというこの歌は、自分が生まれる前の歌なのに妙に懐かしく心に響いてくる大好きな一曲
歌のモデルが横浜であるとは定まっていないが、公園の名前はこの歌に由来するという -
中央に小さな噴水がある沈床型花壇公園
周囲に木製のベンチがあって心地よいのだけれど
強い日差しの日には遮るものが何もないので、太陽の位置を確かめて座る場所を決める必要がある。
奥に見える煉瓦の建物は大佛次郎記念館 -
大佛次郎記念館
大佛次郎の全著作はもとより、フランスに関わる貴重な資料館でもあるが、猫好きにもたまらない場所
月曜日が休館(原則)大佛次郎記念館 美術館・博物館
-
大佛次郎館を左手に辿ると、霧笛橋の手前に建立されてまだ日の浅い『港』の作曲碑がある。
この歌は唱歌だと思っていたのだが、「日本初のワルツ」とある
もっとも唱歌とワルツの分類もよくわからないのだけれど... -
そして霧笛橋。
橋の名前は、大佛次郎の小説『霧笛』から採っている
ここを渡った先が神奈川近代文学館霧笛橋 名所・史跡
-
神奈川近代文学館
ひとりの作家にスポットを当てた企画展をおこなっており、現在は「柳田國男展」を開催
月曜休館(原則)県立神奈川近代文学館 美術館・博物館
-
近代文学館の裏手
隣接する韓国総領事館との境辺りは、木々が多く昼間でも鬱蒼としている
ここまで来ると観光客の姿は全くと言ってよいほど見かけない -
霧笛橋の下
後ろは芸亭(ウンテイ)の桜
「ややは冷えきし芸亭の桜かな」の句
題字は神奈川近代文学館の館長でもあった中野孝次によるもの -
近代文学から踵を返し、人工のせせらぎ沿いに緩やかな傾斜を上る
-
この辺り、季節によって変化が楽しめる
左手に進むと山手111番館、右手方向はイギリス館 -
スパニッシュ風建築の山手111番館。
見学無料。第2水曜日が休館日(祝日の場合は翌日)
一階のカフェではパリのNINASの紅茶を扱っている
以前からここのバラのソフトクリームが好きだったのだが、昨年、経営が替り風味が変わってしまった。
現在は自然素材を用いているとのことであるが、人工香料だったかもしれない以前の味が個人的には懐かしい -
この階段状の水流の左右にある階段道をのぼると、観光バス「赤い靴号」のUターン場所でもある噴水広場に出る。
-
向こうに見えるのは、山手111番館。
この反対側にイギリス館がある。山手111番館(旧ラフィン邸) 名所・史跡
-
そろそろ秋バラが開花しはじめたイギリス館周辺。
現在の正式名称は「横浜市イギリス館」である。
かってのイギリス総領事の官邸を横浜市が買い受け、コンサートなどの催しに利用されている。
見学無料。第4水曜日が休館日(祝日にあたる場合は翌日)横浜市イギリス館(旧英国総領事公邸) 名所・史跡
-
この辺りが山手丘陵で標高がもっとも高い。
ずっとずっと昔はトワンテ山と呼ばれていたそうな。
その理由は、いずれ又あらためて... -
幕末の開港によって、日本で初めてという事物が多い横浜だが、バラの栽培もそのひとつ。
ここローズガーデンもそろそろ秋バラの見頃を迎えている。港の見える丘公園 公園・植物園
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
横浜(神奈川) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
33