2015/09/27 - 2015/09/27
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Jaribunさん
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朝、不覚にも二度寝をしてしまい(疲れてんのかなあ・・)
ちょっと寝坊をしてしまいました。
先週は奈良まで行きましたので、今週は近場でウォーキングう〜。
先ずは銀閣寺までバス移動、相変わらず銀閣寺はたいへんな人出です。
私たちは「哲学の道」へ向かいますが結構すいています。
「南禅寺」から「蹴上」「知恩院」「丸山公園」「八坂神社」
まで歩いたら時間切れ、バスで帰宅しました。
久しぶりの市内プチ観光ウォーキングでした。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 徒歩
-
久しぶりに近くで見る右大文字は、
「散髪したら?」あたまパンチパーマ
になってるで・・顔も剃らんと・・ -
銀閣寺道は相変わらずごった返しています。
-
さて、私らは「哲学の道」へ行きます。
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ほぼ一年ぶりの「哲学の道」。
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「幸せ地蔵」
長泉寺と云い天和年間(1681〜1684)に聖護院の西(現京大病院内)に創建され富士垢離行屋の組頭として聖護院配下の寺となり、明治29年明石の弥勒院(延享4年、1747年創建)と合併し寺名を弥勒院とする。昭和2年聖護院より哲学の道に移築し現在に至る。(ネットより引用) -
この季節に「あじさい」?
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このお人形さん、去年も載せたかなあ。
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「冷泉天皇稜」
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黒いトンボを見つけて、指を指していますが
写真を撮る前に逃げてしまいました。 -
大豊神社
大豊神社は、元々は背後にある椿ヶ峯を御神体とする神社だったのですが、宇多天皇の病気平癒のために勅命を奉じた勅願社になり、少彦名命(すくなひこなのみこと)、応神天皇、菅原道真を祀っっています。(ネットより引用) -
大国社は大豊神社の境内末社。祭神の大国主命が、素戔嗚尊から与えられた試練を、ねずみの助けにより乗り越えたという『古事記』の中の神話にちなみ、社殿前には「狛ねずみ」が建てられている。(ネットより引用)
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「栗塚旭」さんの喫茶店跡にあるミニ馬車。
学生時代訪れたときはたいへんな賑わいでした。
今は猫の昼寝場所になっていました!?
以前は完全な廃墟にみえましたが、
廻りの草木が整理されて、かつての
建物が見えるようになっていました。
ところで、このミニ馬車だけが風化せず、
ずーとここにあります。誰かが管理されているんでしょうね。
猫については、ご近所の方が私費で去勢されているそうです。
安易に飼い猫を捨てに来ないでください。
野良猫を遺棄するのは犯罪です。
よそ者の猫は生きていけません。
えさやりはルールを守って、などなど・・・
なるほど、ご近所の皆さんの愛情で守られている猫ちゃんたちだったんですね。 -
「本日はお休みさせていただきます」
このダラダラさが猫好きの方にはたまらんのでしょうね・・ -
かつての建物がよく見えるようになっていました。
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熊野神社、新熊野神社とともに称される「京都三熊野」のひとつ。
1160年(永暦元年)後白河法皇が、禅林寺(永観堂)の守護神として熊野権現を勧請し、祈願所とされた正東山若王子の鎮守でしたが、明治の神仏分離によって、ここだけが残りました。
明治の頃には、境内に本宮・新宮・那智・若宮などがあったようですが、たびたびの荒廃により、現在は一社相殿になっています。(ネットより引用)
有名な神社の割にこぢんまりしてると思ったら
やっぱりここも明治維新の影響があったんですね。 -
若い頃は、ここを通り過ぎて、この先の滝によく行きました。
最近はお参りすると、ありがたく感じるようになって来ましたね・・ -
若王子の奥にある「滝」
標識にも「滝」としか書いてありません。
かつてはこの滝への道全体が一軒の茶店でした。
学生時代、バイト先のリクレーションで
ここに連れてきてもらいました。
写真の祠の手前右上に四畳半くらいの
離れ座敷があり、そこですき焼きをいただきました。
その後、結婚前に妻と訪れ「ところてん」を食べましたが
今はお店の跡形もありません。 -
新島襄 と 八重さん のお墓がありますが、本日はパスします。
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「永観堂」の塀、色づいています。
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「永観堂」ここもパス。
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○山高校 卓球は有名ですが
他もスゴイですね!
私も高校時代卓球をやっていましたが、
市内の大会なんかベスト16くらいに
なると、12〜13人が○山の選手でしたね・・
そんな中ベスト32迄行ったのが
私の唯一の自慢です。
え?32じゃ自慢にならんって?!(^^;;; -
「南禅寺山門」
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「法堂」
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さて、やって来ました「水路閣」
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紅葉しだしています。
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水路閣の上に上がって蹴上を目指します。
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この小径、とても風情あって良いのですが、
右側は崖(結構深いです10mくらあります)、疎水は流れも速く落ちたら絶対流されます。結構コワイ道だと思います。 -
右奥の家屋はこの疎水ゲートの管理人さんが住んでおられると思います。
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この鉄管は右京区の山ノ内浄水場まで水を送っています。
スゴイですね〜〜 -
平安神宮の鳥居が見えます。
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左大文字も見えます。
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疎水の水が先の鉄管に吸い込まれて行きます。
ここに落ちたら助からんなあ・・・ -
インクラインの坂道
この日はさすがにひっそりしていました。 -
15夜ですね・・
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この扉、開けたら危険!?
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ここは、元玄関では???
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平安神宮の前まで降りてきました。
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「青蓮院門跡」
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黒門への登り口の路上にある大きな石は、知恩院が建立される前からあるといわれ、周囲に石柵をめぐらしてあります。
この石には、誰も植えたおぼえがないのに瓜のつるが伸び、花が咲いて瓜があおあおと実ったという説と、八坂神社の牛頭天王が瓜生山に降臨し、後再びこの石に来現し一夜のうちに瓜が生え実ったという説が伝えられています。また石を掘ると、二条城までつづく抜け道がある、隕石が落ちた場所である等、さまざまな話が言い伝えられている不思議な石です。(ネットより引用) -
知恩院北門から参拝させていただきます。
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「御影堂」は大改修中で参拝できませんでした。
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「経蔵」
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「経塔」
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数年前、嫁の甥っ子がここ知恩院で結婚式をおげました。
私も参列させてもらいましたが、たしか式は阿弥陀堂であげたと思います。
まあ、それにしても貴重な体験をさせてもらいました。 -
「三門」の先の急階段を上から見下ろします。
安全を勘案し、ここを下りることは止めて道順通り左のスロープから下りました。(^^;; -
ここでも色づいていました。
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先ほどの急階段を見上げます。
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「円山公園」
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「八坂神社」までやって来ました。
いつ来ても観光客で賑わっています。 -
さて、ご本殿にお参りします。
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「舞殿」に飾り付けをされていました。
みかんとアケビです。 -
着物四人組
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四条通
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このあと、近くの牛丼やさんでお昼にしました。
ところが、狭い店内に満席のお客さんの内、私たち夫婦とおじさん一人以外、全員外国の観光客でした。私の右に座った白人の男性は紅ショウガと七味と醤油を全部食べ尽くしそうな勢いで使っていましたし、向かい側のアジア人(たぶん中国の人?)は子どもにも、こんなに食べるの??と思うくらいの種類を注文していましたし、ギャル風の4人組は食券販売機の前で迷いに迷うし(決めてから買えよ、って日本語読めるのかなあ、メニューの写真で買ってるのか・・)・・・
そんなこんなで、本日はここで時間切れ。バスで帰宅しました。
なぜか、先日の半分以下の距離でしたが、今週の方が疲れました。(^^;;
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