2015/07/04 - 2015/07/04
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bakanekoさん
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著者注)
本紀行は、写真撮影記に私の妄想が入り、過去の人物などが出る事があります。入江:入江泰吉 土門:土門拳 佐藤:佐藤義清
梅雨である。雨が降ったりやんだり。仕事もおもろうないのでのでどこかに行く計画を立てる。
しかし梅雨である・・・・アジサイ あじさい 紫陽花・・・・・おもろうない。みんな考えることは一緒で、矢田寺や三室戸寺であろうか・・・むしむししている所で、ごったがえす中にいるのは、最悪である。むしむし、じめじめ・・・なめくじ、ミミズ・・・・あかん最悪や。
スマホが鳴る。
私「エッ。佐藤さん・・・梅雨だからウェット入江からだと思った」
佐藤「苦労してるようですね。自然を素直に見ればいいですよ」
私「いやいや吉野山の桜のアップの催促かと」
佐藤「来年また見に行きましょうよ。それよりいつも歌ってるでしょう。南海電車の歌。 走る電車は」
私「緑の電車」
佐藤「じゃ!!歌会なので」
私は狐につままれたように
「緑、カエル・・・水・・・・緑・・・わかった!!」
という長い前振りで苔を撮影に行くことにする。
先日の京都、随心院もいいが祇王寺もいい。
ところが前日天候が悪化・・・土曜日途中から雨が降ることになる。
バイクで行きたかったのだが、京都出撃は中止とする。
バイクはやめて電車でいける所なら・・・なら・・・なら 奈良がある。
奈良の苔といえば、すぐに私の戦術コンピュータが答えを出す。
秋篠寺、唐招提寺はきれい。
ヨシ決めた。ということで秋篠寺へ
朝、7時過ぎに起きゆっくりいく。1500円の近鉄の奈良周遊切符を買う。上六から西大寺へ行く。押熊行きのバスが待っていたので飛び乗る。秋篠寺のバス停で降りる。
秋篠寺東門にゆく。そこで目つきの悪い男が待っている。
土門「なぜ俺だ?梅雨で奈良の寺だろ」
私「いやいや今日は、風景ではなく庭の一部分。そうなると接近戦の土門先生でしょう。撮った写真の端から端まで10m以内に収まる事が多いので土門先生ですよ」
土門「フン・・・」
秋篠寺
近鉄大和西大寺駅下車。奈良交通バス72号系統押熊行きに乗車の上、「秋篠寺」バス停下車。
「秋篠寺」の草創は,光仁天皇の勅願とか秋篠氏の氏寺であったなどと言われていて、
はっきりしないところが神秘的で、秋篠寺にふさわしいような気がします。
宗派は当初の法相宗から現在は単立宗となっております。
「東塔・西塔」などを備えた伽藍規模と「脱活乾漆像」の尊像が多く安置されていたと
ころからも官寺並みの大寺院秋篠寺でしたが、平安時代に兵火による悲惨な災難を被
り、伽藍の大半を失い、創建当時の大寺の面影は残念ながら今は偲ぶことができず静かな佇まいの寺院となっております。
「脱活乾漆造」の脱活とは像が「張子の虎」のように空洞と言う意味です。尊像の素材が漆だけにひび割れでもすれば恐れ多いことなのでそのため高純度の漆を使用しなけ
ればなりません。当時、漆は金と同価格という大変贅沢な素材でその漆を使用する「脱活乾漆像」の制作が行われたことは大寺の証といえましょう。
礼宮さまは,平成2年のご結婚式後、陛下から歴史ある皇室ゆかりの地名に因んだ「秋篠宮」の宮号を賜りました。その当時、妃殿下である「紀子さま」の横顔が、「伎芸天像(ぎげいてんぞう)」に似ておられるという評判が起こり、多くの人が伎芸天を拝観すべく秋篠寺に観光バスなどで訪れました。また、2006年には、秋篠宮家の長男、悠仁(ひさひと)さまが誕生されます慶事があり、お寺は賑わいましたが、今は静寂な境内で感動を覚えるお寺に戻っております。
- 旅行の満足度
- 4.5
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秋篠寺のバス停から東門に向かう。入江先生が好きそうな風景だ。今回は庭だけで境内にははいりません。
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土門「今日はわしをご指名か。えらくなったもんだ」
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いい感じである。以前来たときから、ここの人の少なさと苔の美しさはチェックしていた。
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東門正面
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土門「下手な構図だなあ」
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どんよりした空だが緑が美しい。
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東門入ってすぐのお寺の人の家の庭だとおもう。
のが4つ。すばらしい文章だ。 -
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ここを左に行く。
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三段上がって、東門見返し
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土門「ここだな!!」
私「先生。踏み込んだら駄目ですよ。」
土門「アングルが大事だ」 -
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土門「いい苔だ」
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この段階で苔と藪蚊がお出迎え。
虫除けスプレーを用意していたが汗でとれて効果なし。
日曜日でも痒い両腕である。 -
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この色がなかなか出せない
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土門「おお いい場所だな」
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南門 ここが正門である。
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門から今来た道を額縁撮影
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またもどってゆく
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私「ここに先生の好きなものが」
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土門「おおっ 撮るんだ撮るんだ」
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「東塔の礎石」は「南門」を入ると右側(東側)にありますので忘れずご覧ください。
竹薮に囲まれた栄華をとどめる「礎石」は、「東塔」が天平時代後半から平安時代初めの創建ですので礎石の上に突起物「枘(ほぞ)」が造られております。
これほどの貴重な遺構が写真撮影だけでなく手で触れることが出来るのは有難いことです 。
「法隆寺」の建物の礎石は枘が無い自然石のため、建物が強風などで動かないように、重量瓦を用いなければなりません。しかし、その重量瓦によって建物の重心が上がり
ますので地震に対して弱くなる欠点があります。ところが、このことを古代の工人たちが知っていたのか「法隆寺金堂」の柱などは当時の建築基準より太くなっております。
当時はまだ近隣地域に巨木が存在したことが大きな要因でしょう。しかし、巨木の減少に伴い柱を標準の太さにする必要上礎石に枘を設けて地震の際柱が礎石からずれるのを解消したのです。 -
私「先生撤収します。右上方藪蚊3、左下方藪蚊2接近。迎撃まにあいません・・・撤収」
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左に行くと受付。まっすぐだと東門
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私「先生 おでこに蚊が付いていますよ」
土門「早く言え。早く」 -
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まるで緑のビロードの絨毯
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金堂跡、西塔跡は苔むした庭園内にあり立ち入ることができません。
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土門「何かバシッと決まらないなあ」
私 先生の頭をパシッと
土門「なにをするんだ」
私「蚊ですよ蚊」 -
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土門「お前さんこのアングル好きだなあ」
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苔を入れた風景をどう写すのか難しい
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土門「単調だな」
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やはり金堂跡の石など入れないと画がひきしまりません
土門「お前がたるんどるからだ」
私「先生 蚊が蚊が」 -
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土門「苔はいいなあ」
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どうしても石塔中心になってしまいます
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ここは苔の開けた部分が少し少ないようです
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でも苔は思ったとおりいい感じです。梅雨と秋雨のときがいいようです。
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この苔の質感が
土門「わかるなあ」 -
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さて撤収作業に
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土門「これもいいな」
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土門「フン きのこ屋か?」
私「先生頭にまた蚊が」 -
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私「先生 次もお願いしますよ」
土門「次はどこだ」
私「唐招提寺です」
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