2015/05/02 - 2015/05/02
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ニッキーさん
ドイツ6日目にしていよいよ首都ベルリンを訪れます。私たちは「ネフェルティティの胸像」がある新博物館、東西ドイツ統一の象徴ブランデンブルク門、そしてベルリンの壁崩壊後再開発されたポツダム広場を見学します。
第二次世界大戦後、ベルリンは社会主義の東ベルリンと資本主義の西ベルリンに分かれました。ベルリンは東ドイツ領内にあったにも関わらず東西に分断され、西ベルリンは東ドイツの海の中にぽつんと浮かんだ資本主義陣営の島のような状態であったということは知っていました。私が子どもの頃は西ドイツの首都はボンでした。
旅行記を書く段になって、もう少しきちんと知っておきたいと思い、ベルリンの歴史を少し調べてみました。
第二次世界大戦で敗れたドイツは、1949年、社会主義国ソ連が占領した北東部が東ドイツとなり、米英仏、資本主義3カ国の占領地域は西ドイツとなります。ベルリンは地理的には東ドイツ領内にありますが、米・英・仏・ソが街を分割統治していたため、ソ連が統治していた部分が東ベルリンになったのに対し、米英仏の統治領は西ベルリンと呼ばれ、周りをすべて東ドイツに囲まれた西側の飛び地のような形で存在しました。
西ベルリンへ乗り入れる空路と専用道路、鉄道があったとは言え、陸の孤島のような非常に奇妙な状態です。
当初は東西ベルリン間の行き来はできたようですが、東ベルリンから西ベルリンへ自由を求めて人々の流出が相次いだことから、1961年、東ドイツは住民が移動できないようにするため、西ベルリンを取り囲む壁(塀)を建設しました。これがベルリンの壁です。
壁はその後30年近くにわたり街を分断していました。その間、西ベルリンへ脱出を試みて殺害された人は192人、逮捕者は3000人にものぼったと言います。一方、何重にもわたる監視の目をかいくぐって約5000人が脱出に成功したと言われています。
やがて周辺諸国が相次いで民主化し、それらの国を経由して西側へ行くことが可能になり、壁は意味を失っていきます。東ドイツでも自由を求める運動が高まり、1989年11月10日、ベルリン市民が壁に殺到、ベルリンの壁は破壊されました。1990年に東西ドイツは再統一。1991年、ベルリンは統一ドイツの首都と定められ、整備が進み発展を遂げて現在に至ります。
ブランデンブルク門に関しては、訪れた時には「東西ベルリンを分けるため、ボーダーラインに建設された門」だと思っていましたが、調べてみると、18世紀にプロイセン王国の凱旋門として建てられた門だということがわかりました。門自体は東ベルリン側にあり、門のすぐ西に東西を分ける壁が築かれていました。ベルリンの壁崩壊後、統一の象徴としてベルリンを代表する観光地となったのです。
ポツダム広場に関してもよく知りませんでした。戦前ベルリンの中心地として賑わっていたポツダム広場ですが、第二次世界大戦の攻撃で大きな被害を受けました。復興が行われないままそこにベルリンの壁が造られ、周辺は長く荒廃することに。ベルリンの壁崩壊後、壁を取り去った跡にできた空き地が商業・住宅地として再開発され、現在再び脚光を浴びる場所になったのだそうです。
行く前に調べておけば、もっと興味深く観光できたかもしれません。
今回の旅行では中世の街から近代史の表舞台となった場所まで、さまざまなドイツの側面を見ることができました。ベルリンには絶景がある訳でも豪華な宮殿がある訳でもなく、実際訪れた時はあまり興味を引かれませんでしたが、後から考えると、中世のお城や街を見ることが多いドイツ旅行の中でベルリン観光は異彩を放ち、訪れた意義があったと思います。
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【今回の旅行スケジュール】★印が今回の旅行記で取り上げた場所
4/27(月) 14:05羽田発LH717便 18:50フランクフルト着
<フランクフルト泊>
4/28(火) リューデスハイムのつぐみ横丁散策とワインテイスティング
ライン川ランチクルーズ
ブリュール アウグストゥスブルク宮殿
ケルン ケルン大聖堂と旧市街観光
<フランクフルト連泊>
4/29(水) ハイデルベルク観光
ホーエンツォレルン城
<ガルミッシュパルテンキルヘン泊>
4/30(木) ノイシュヴァンシュタイン城
ヴィース巡礼教会
ディンケルスビュール散策
<ローテンブルク泊>
5/1(金) ローテンブルク観光
ヴュルツブルク レジデンツ宮殿
バンベルク旧市街観光
<ドレスデン泊>
5/2(土) ドレスデン観光
★ベルリン 新博物館、ブランデンブルク門、ポツダム広場
★<ベルリン泊>
5/3(日) ポツダム ツェツィリエンホーフ宮殿、サンスーシ宮殿
ワイマール観光 <ワイマール泊>
5/4(月) アイゼナハ ヴァルトブルク城
18:05フランクフルト発LH716便で帰国へ
5/5(火) 12:15 羽田着
- 旅行の満足度
- 3.5
-
ドレスデン観光の余韻に浸りながら北へバスで2時間半。
ベルリンの街に入って来ました。
あちこちに落書きがいっぱい。
ゴミも落ちていて、今まで回って来たかわいい街とまったく違います。 -
高い建物もあります。
オフィスビルでしょうか?
手前のバスは2階建てバスです。 -
これがベルリンかぁ〜。
立派できれいではありますが、あまり面白味のない建物群が続きます。
ベルリンの壁崩壊からもう26年になるのですが、今見ている所がその昔、東ベルリン地区だったのか西ベルリン地区だったのか、ベルリンを初めて訪れた私たちはやっぱり気になります。 -
ベルリンは街のあちこちに博物館や美術館がある芸術の都です。
特にシュプレー川の中州にはドイツを代表する博物館が集まっていて「博物館島(ムゼウムスインゼル)」と呼ばれ、世界遺産にも登録されています。
その博物館島へやって来ました。
ここは東ベルリンだった場所です。
写真は旧ナショナルギャラリー。
ギリシャ神殿を思わせる重厚な建物です。 -
私たちは旧ナショナルギャラリーの隣りにある新博物館を見学します。
新博物館の入口からはベルリンのランドマーク、テレビ塔が見えました。
テレビ塔は旧東ドイツによって建てられた塔で、高さ368メートル。
空に突き刺さるような形をしています。
中ほどには展望台や回転レストランもあるそうです。 -
新博物館は第二次世界大戦で深刻な被害を受け長い間閉館していましたが、近年修復され2009年に再オープンしたばかり。
全4フロアに古代エジプト美術など先史時代から古代にかけての美術品を展示しています。
写真はチケット。
私のと妹のと色が違います。新博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
新博物館への入場を待ちます。
この広場は博物館や美術館に囲まれたすごい場所なんですよ。
正面に見えている建物はベルリンで一番入館者数の多いペルガモン博物館(古代ギリシャ・ローマから中近東にかけての遺跡展示)。
右手の建物が旧ナショナルギャラリー(19〜20世紀ドイツの絵と彫刻)。
左手前に少し見えている建物が、私たちがこれから入る新博物館です。
ここで、ベルリンと明日行くポツダムを案内してくれるガイドのカトリーヌさんと落ち合いました。
カトリーヌさん、日本語はドイツで学んだとのこと。
すばらしいですね。 -
新博物館は0階〜3階の全4フロア。
内部では自由鑑賞になりました。
まずは有名どころから見たい。
ということでやって来たのは、3階の「黄金の帽子」の展示室。
まばゆい金色に輝く黄金の帽子。
1メートル以上ぐらいの高さがあります。
紀元前1000年ー800年頃のもの。
ドイツ南部で発掘。
「誰がかぶったんだろう?」って言ってる日本人がいましたが、こんなの重くてかぶれませんって。
きっと儀式用でしょう。 -
さ、次は新博物館の一番の目玉、「ネフェルティティの胸像」を見に2階へ下ります。
吹き抜けの階段が印象的です。
新博物館はすいていて、楽に見て回れました。 -
目当ての「ネフェルティティの胸像」の展示室と隣の部屋だけは撮影禁止でした〜(T_T)。
仕方がないので、資料の写真を載せておきます。
紀元前1340年頃の作。
1912年、エジプトのアマルナで発掘されました。
美術の教科書で見たことがありますよね。
ネフェルティティは古代エジプト第18王朝のファラオ、アメンホテプ4世の王妃です。
ツタンカーメンの王妃アンケセナーメンのお母さんになります。
クレオパトラ、ネフェルタリと共にエジプトの三大美女としても知られています。
人気の作品だけに、この部屋の展示はこれ一点だけ。
ガラスケースに入ってますが、部屋の中央に展示されているので、360度結構間近から見られます。
とても美しい。
未完成なのか欠損したのか左の黒目がないため、神秘的な凄みすら感じます。
私はこの角度から見るのが特に美しいと思いました。
この「ネフェルティティの胸像」は新博物館のみならず、ベルリンの博物館の中で最も集客力の高い展示品なんだそうです。 -
また3階へ戻り、他の展示も見て回ります。
せっかくなので、気になった展示、目立った作品の写真を撮って回りました。
一人参加のHさんが「ご一緒させてください」と合流しました。
一緒に回ります。
説明はドイツ語と英語で書かれていますが、固有名詞は読み方がわかりません。
Perhernofretの立像。
木製 エジプト第5王朝 紀元前2400年頃 -
男性立像と女性立像。
木製 エジプト第12王朝 紀元前1950ー1900年頃。 -
荘園長官Chertihotepの座像。
エジプト第12王朝 紀元前1850年頃。
ドイツへ来てまで、なんでエジプト美術ばかり見てるんだろう?
ちょっと疑問に思わないでもないですが、とにかく写真を撮りまくります。 -
近衛隊長、Mentechenuの座像
エジプト第18王朝 紀元前1450−1425年頃
テーベ/カルナック出土
私は咳が出るため、あまりしゃべりたくないこともあり、会話から逃げるように黙々と写真を撮ります。
一人参加のHさんから「お姉さまは美術に関心がおありなんですねー」と言われたような、言われなかったような。 -
ネフェルティティの立像
エジプト第18王朝 紀元前1345年頃
アマルナ出土
ネフェルティティですって!
王妃ネフェルティティ?
「ネフェルティティの胸像」と同じ人物です。
そう言えば、顔が似てるような。 -
アクエンアテン(アメンホテプ4世)の胸像
エジプト第18王朝 紀元前1345年頃
アマルナにて出土
アクエンアテンはネフェルティティの夫、アメンホテプ4世のことで、この人はツタンカーメンのお父さんです。
ツタンカーメンの王妃アンケセナーメンはアメンホテプ4世とネフェルティティの娘ですから、異母きょうだいの結婚ということになります。
この時代は近親婚が行われていたのですね。 -
展示室の様子1。
この部屋は高い天井からの太陽光を利用しています。 -
ここからはローマ時代の展示など。
若いローマ人の像 -
ガラス器や美しい器。
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ヘリオスの像。
ヘリオスはギリシャ神話の太陽の神です。 -
展示室の様子2。
新博物館の最初の開館は1855年です。
先にも書きましたが、第二次世界大戦で被害を受けた後、東ベルリン時代は放っておかれ、最近修復されて2009年に再オープンしたばかりです。
どこが以前から残っている部分で、どこがダメージを受けて修復された部分なのかわかりませんが、過去の傷跡を完璧に消すのではなく融合させるようにしているようです。 -
修復前の壁や柱と思われる部分が露出している所もありました。
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アクセサリーなど。
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このレリーフは人物の表情が豊かでいいと思ったんですけど、解説を撮った写真が大ボケで読めないため、何を描いたレリーフかわかりません。
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また古代エジプトの展示。
エジプト第12王朝アメンエムヘト3世の像。
紀元前1840−1800年頃
メンフィスにて出土 -
エジプト第26王朝アマシス王(イアフメス2世)の頭部像。
紀元前550年頃
サイスにて出土
アマシス王は平民出身の王だそうです。 -
ライオンの石棺。
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エジプトミイラの部屋。
中には子供やペットのミイラもありました。 -
約1時間でざっと回ることができました。
もっとドイツらしい展示を見たかったとも思いますが、大英博物館の目玉がロゼッタ・ストーンであるように、ベルリンの博物館の目玉はネフェルティティなんですね。
ネフェルティティの胸像は素晴らしいです。
見る価値がありました。
エジプト美術でこれを越える集客ができるのはツタンカーメンの黄金のマスクと黄金の棺ぐらいでしょうか?
バスに乗って博物館島を後にします。 -
ウンター・デン・リンデン通りは博物館島のベルリン王宮(再建中)からブランデンブルク門まで東西に走るベルリンを代表する大通りです。
パリのシャンゼリゼ通りと比べられることもあるそうです。
東西ベルリン分断中は東ベルリン地区でした。
プロイセン王フリードリヒ大王(フリードリヒ2世)の騎馬像。
18世紀後半、小国だったプロイセンをヨーロッパの強国にした人物です。
ブランデンブルク門の建設を命じた人でもあります。 -
ウンター・デン・リンデンとは「菩提樹の下」という意味。
その名のとおり、涼しげな菩提樹の並木道が続きます。 -
ウンター・デン・リンデン通りをさらに進むと並木道は途切れ、地下鉄工事をやっていました。
工事の様子が丸見え。
鉄板で覆って地下で工事をする日本とやり方が違いますね。 -
道路やオープンカフェの頭上をまたぐようにブルーのパイプが通っています。
これは工事で地下から出た水を流すための排水管なのだそうです。
ベルリンの他の場所にもめぐらされていて、ピンクの配管もあります。
まるでアートのようです。 -
ブランデンブルク門へやって来ました。
最初、東からアプローチしているのか西からアプローチしているのかよくわからなかったのですが、こちらは東側です。ブランデンブルク門 建造物
-
ブランデンブルク門東側に広がるパリ広場。
青銅や鉄で作った馬のアートの展示をやっていました。
肉をはがれ骨を見せた馬が何だか痛々しくて、あまり見ていません。
向こうの建物はアメリカ大使館です。
星条旗が掲げられていますよね。
パリ広場にはブランデンブルク門をはさんで南にアメリカ大使館、北にフランス大使館があります。 -
さすがはベルリン1の観光地。
人が多いです。 -
ブランデンブルク門は1791年、フリードリヒ大王の命でプロイセン王国の凱旋門として建設されました。
幅65.5メートル、高さ26メートルの巨大な門です。
門自体は旧東ベルリン側にあり、門の向こう側(西側)に西ベルリンを取り囲む壁があったそうです。 -
人が写らないようにアップで撮ったら、肩車をされた女の子の顔だけが入ってしまいました。
かわいいから、この写真、採用!
許してください。 -
上には4頭の馬が引く馬車に乗った勝利の女神ヴィクトリアの像があります。
-
門の下に入って見上げてみました。
とても大きいです。 -
門をくぐって一応西側へも行ってみました。
今は壁はもうありません。
壁の崩壊時はこの広場で東西の再会劇が繰り広げられました。
そういう場面をニュースで見ていたから、私はブランデンブルク門がベルリンの壁に造られたゲートだと思い込んでいたのです。
昔は東西分断のシンボルだったブランデンブルク門。
今は東西統一のシンボルになっています。 -
チューリップの植え込みと噴水。
噴水の左手の建物はフランス大使館です。
フランス国旗が掲げられています。
ウンター・デン・リンデン通りに駐車して待ってくれていたバスへ戻り、次はポツダム広場へ行きます。 -
途中、ホロコースト慰霊碑の脇を通りました。
第二次世界大戦中にヨーロッパで虐殺されたユダヤ人達を追悼するために造られたもの。
写真に写っているのはほんの一部です。
実際には711基のコンクリート製の石碑が建っています。 -
お洒落な街並み。
行きかう人までハイセンスに見えます。 -
ポツダム広場周辺ではベルリンの壁が取り払われた後、再開発が行われました。
今では高層ビルや斬新なデザインの建物が建ち、近未来的な街に生まれ変わっています。
この辺りはダイムラーシティと呼ばれ、ダイムラーの資本でイタリアの建築家レンゾ・ピアノが全体設計を担当し、高級マンションやオフィスビル、ホテルなどが建設されました。 -
こちらの高級マンションには有名人も住んでいるそうです。
マンションのお値段はすごく高いのだそうです。 -
ポツダム広場へやって来ました。
何本もの道路が交差している場所です。ポツダム広場 広場・公園
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昔のポツダム広場の大きな写真が立っていました。
ぼろぼろに崩れた建物や車が写っています。
戦争で街が大打撃を受けた直後でしょうか?
ドイツはローテンブルクと言いドレスデンと言いベルリンと言い、空襲や砲撃により大きな被害を受けた街が少なくありません。
日本も東京、広島、長崎を始め大きな都市が戦争で破壊されましたが、ドイツも同じだったのだなぁと思います。 -
あちらはソニーの資本で開発されたソニー・センター。
アメリカ人建築家ヘルムート・ヤーンが設計を担当しました。
大きな傘のような屋根が見えます。
かっこいい〜!
あそこまで見に行きたかったけれど、はぐれるのが怖くてバスから遠くへ離れられませんでした。
私たち、どんだけ臆病なんでしょう。 -
ポツダム広場の交差点に立つと、こんな眺めが見えます。
レンゾ・ピアノ設計のオフィスビル(左のガラスのビル)
ハンス・コルホフ設計の高層タワー(中央の赤いビル)
バーンタワー(ドイツ鉄道本社 右の丸みのあるビル) -
ポツダム広場からダイムラー・シティを眺めます。
カラフルで温かみのある街並みですね。 -
またバスに乗って移動します。
ここでも気球を見ました。
この日の朝もドレスデンで気球を見かけていました。
ドイツでは宣伝に気球をよく使うのですね。
左手の建物は大切な建物なんでしょうか?
旗が立っているし、パトカーが前に停まっています。 -
ニーダー・キルヒナー通りにあるトポグラフィー・オブ・テラー。
ここは第二次世界大戦中、ゲシュタポの本部があった場所。
かつて地下牢だった場所が屋外展示場になっていて、資料館と共にゲシュタポがどんなことをやってきたかという展示が見られますが、その後ろにベルリンの壁が200メートルほど残されています。 -
私たちはベルリンの壁の遺構を見学するために立ち寄りました。
説明しているのはガイドのカトリーヌさん。
鉄筋が埋め込まれた壁。
壁は二重に築かれ、間に数十メートルの無人地帯が設けられ、犬も放されたそうです。
壁は西ベルリンを囲むように建てられたため、総延長は155キロメートルにも及んだとか。 -
午後6時半。
これから夕食を食べに行きます。
バスの中から見えたカリーヴルスト(カレーソーセージ)の宣伝。
クマがソーセージを頭上に掲げています。
クマはベルリンのマスコットだそうです。 -
ベルリン大聖堂が遠くに見えました。
-
テレビ塔と赤の市庁舎(ベルリン市庁舎)。
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レストラン、アルテ・シュタット・マウアー。
ここでベルリンの郷土料理、アイスバインを食べます。アルテ シュタットマウアー 地元の料理
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一皿目はいろいろな野菜が入ったサラダです。
-
この飲み物はベルリナー・キンドル・ヴァイセと言います。
白ビールにシロップを混ぜた甘めで軽いカクテルビールです。
グリーンの他に赤もありました。
珍しいので何人かの人が注文しました。
ストローで飲みます。
ジュースみたいに甘いって言ってました。 -
出ました〜!
アイスバインです。
塩漬けにした豚のスネ肉を煮込んだもの。
ザワークラウトとマッシュポテト、マスタードがつけ合わせです。
これは妹のお皿です。
これならまだ食べられそうですが、ドイツの料理は当たりはずれがあります。
私のはと言うと・・・ -
これです〜!
まさにすね肉。
骨の断面がしっかり見えて、すねをぶつ切りにしたことが丸わかり。
おまけに皮がギラギラ張っていて、コラーゲンだと思ってもとても食べる気になりません。
仕方ないので、皮を切って赤身のお肉のところだけマスタードをつけて食べました。
味は美味しかったです。
量が多いと思いましたが、日本人向けにこれでも通常の3分の1の大きさにしてくれているのだそうです。
相手が欧米人や中国人だと、この3倍の大きさのを出すのだそうです。
ええーっ!? -
アイスクリームは間違いない。
嬉しいです。 -
夕食後、ホテルへ向かう途中、イーストサイドギャラリーと呼ばれる所を通りました。
残ったベルリンの壁に世界各国の118人のアーティストが絵を描き込んでいます。
道にバスを停めて、しばし見学。イーストサイドギャラリー 博物館・美術館・ギャラリー
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元東ドイツ国家評議会議長ホーネッカーとソ連の指導者ブレジネフがキスをしている有名な絵を探してみたけど、近くにはありませんでした。
なにしろイーストサイドギャラリーは全長1.3キロメートルもあるというのですから。
(後で車窓から見ることができました)
私と妹は少し見てバスへ戻りましたが、皆さん、結構遠くまで歩いて見に行かれたようで、なかなか戻って来ません。
見始めるといろいろなのがあって止まらないのかもしれません。 -
車窓から。
メルセデスベンツのショールームです。
そう言えば、ドイツでは日本車はほとんど見かけませんでした。 -
午後8時半、ホテルに到着。
ベルリンの東の方にあるエストレル・ホテルです。エストレルホテル : シンプルだけど機能的で清潔な客室、充実の朝食ブッフェ、近くにスーパー なかなか良いホテルでした by ニッキーさんエストレル ホテル ホテル
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ロビー。
大きな木の鉢植えが置いてあり、中2階のテラスもあって、まるで屋外のようです。
正面にテーブルが並んでいるのは、明日の朝食会場にもなるレストランです。
オープンカフェみたいな雰囲気にしてあります。 -
私たちの部屋、20503号室。
ルームナンバーが5桁なので、いったい何階なんだろうとびっくりしましたが、2号棟5階の3号室という意味でした。
昨晩のマリティムホテル・ドレスデンと比べるとどうしても見劣りするけど、シンプルで清潔で悪くない部屋です。 -
無料Wi-fi用のユーザー名とコード名をもらいましたが、私たちのやり方が間違っているのか、うまく接続できませんでした。
結局auのサービス、グローバルパスポートでネット接続をしました。 -
妹がフロントで近くにスーパーがないか聞いてきました。
ホテルを出て左へ。大通りに出たら右へ。橋を渡って5分ほど。
右手に夜10時までやってるスーパーがあるというので、その情報を他のメンバーにも教えてあげたら、みんな続々と行ってました。
Nettoというスーパー。
チョコレートがめちゃくちゃ安かったので、レモンチョコレートやハリボのヌガーをお土産にたくさん買いました。
お酒をたくさん買っている人もいました。
のど飴が買いたくて、お店の人にアメ売り場を聞いたら親切に案内してくれましたが、「キャンディーズ」では通じなくて、パスタ売り場やら何やら案内されて、3度目にようやくアメ売り場へたどり着きました。
10時前になると店内の照明が薄暗くされ、閉店に間に合うのかハラハラしましたが、大丈夫でした。
レジでお釣りを受け取る時、妹が「ダンケ〜」と言ったら、後ろの男性が笑いながら何か言って、周りのお客さんがどっと笑いました。
何だったんでしょう?
レジの人も笑っていたので悪いことではなさそう。
言い方が可愛かったのかな? -
夜10時なので、少し緊張しながら歩いてホテルへ戻りました。
でも物騒な感じはありませんでした。
写真は帰りながら撮ったエストレルホテルです。
ベルリンは、街自体にあまり魅力を感じず、観光もそんなに面白いものではありませんでしたが、夜の買い物は楽しかったです。
満足度こそ低かったけれど、帰国した今、ベルリンの歴史を調べながら旅行記を書いていたら、ベルリン観光は他の観光とは異質。訪れた意義があった気がしてきました。やっぱり行って良かったです。
さて、ツアーも残り2日を残すだけになって来ました。
国内旅行ではホテルへ1泊するだけでもわくわくします。
今回は7泊もできるのです。
なんと幸せなことなんでしょう。
残りの一泊一泊を味わって過ごしたいと思います。
明日はポツダムへ行きます。
ポツダムって日本人にはちょっと心が重くなる響きのある場所ですが、ポツダム会談が行われたツェツィリエンホーフ宮殿と私の長年の憧れ、サンスーシ宮殿を見に行きます。
その様子はまた次の旅行記で。
(新緑のドイツ旅行<11>へつづく)
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この旅行記へのコメント (2)
-
- ねいちゃさん 2015/09/14 10:31:19
- お帰りなさい。
- ニッキーさん、お疲れ様でした。
朝夕、急に涼しくなってきましたので、お身体いたわってくださいね。
さて、ベルリン。
私の見所も、やはり「ネフェルティティ」ですね〜。
確かミタンニの王女様が嫁いできたとかで、エジ人にない異国風だとか、「ネフェル」は「美」ですもんね。
私もこれは見たいと思ってます。いやたぶん見ます。(笑)
お隣のペルガモン博物館のイシュタル門も見たいんですよ。
バビロンの至宝なんで・・・。
そうして「ベルリンの壁」はやっぱり外せませんね。
ベルリンの壁が崩壊したニュースは、やはり衝撃だったもんね〜。
ソ連崩壊といい、何か一時代が終わったと感慨深かったです。
「歴史が動く」時を生きているんだと実感できた一瞬。
やはり、ここも必見かな。
「ブランデンブルク門」は観光地化されちゃってますね。
プロイセンはブランデンブルク辺境伯領が由来ですので、ここも興味ある場所です。
四騎馬像付近にあったハーケンクロイツが、爆破される動画も何度も見ますし外せません。
だいたいベルリンで思い浮かべるのは、この辺なんでツアーとしては十分。
こんだけあれば、たっぷり歴史が語れます。(笑)
もっとも大都市は、歴史遺物が残ってても、どっぷり浸れる感はあんまりありませんが・・・。
次はポツダムですね、サンスーシーも行きたい宮殿だな〜。
ドイツってあんまり触手が伸びなかったんだけど、ニッキーさんの旅行記で結構色々あるもんだと再認識することができました。ありがとうございます。
あ、でもしばらくは移民で大変そうでもあるなぁ。 ねいちゃ
- ニッキーさん からの返信 2015/09/16 07:52:37
- RE: 秋らしくなってきましたね
- ねいちゃさん、こんにちは。
ネフェルティティはエジプト人ではなくて、外国から嫁いで来たお姫様だったのですね。凛とした品格を持つ誇り高い大人の女性の胸像でした。そう言えば、クレオパトラもギリシャ系だったと言いますね。
私もベルガモン博物館は見てみたかったです。大規模な展示が見られるそうですね。私たちが行った新博物館は「ネフェルティティの胸像」と「金の帽子」以外は目を引く展示がなかったので、贅沢な回り方ですが滅多に行けない外国人観光客としては、新博物館ではネフェルティティだけを見てベルガモン博物館とはしごさせてもらえれば最高なんですけどね。
> 「ブランデンブルク門」は観光地化されちゃってますね。
> プロイセンはブランデンブルク辺境伯領が由来ですので、ここも興味ある場所です。
「辺境伯」って言葉、ドイツのことを調べているうちに何度か出て来ましたが、日本語訳が微妙です。「辺境」という言葉の響きから、中央から辺境地域に飛ばされたおちぶれ領主みたいな印象を持ってしまいますが、実際には国境を任された重要な地位だったようですね。
ベルリンの壁はあちこちに少しずつ残っています。もともとどの部分に設置されていたのか、自分が今見ているのがそのうちどの部分なのかをわかって見ると、おもしろいと思います。
私の中でも最初はドイツは少し後回しだったんですけど、今回のツアーはGWにかけた日程で、私も妹も仕事や用事を一日も休まなくていい点で都合がばっちり。日程優先で行き先を決めたような旅行でした。行ける時に行っておいて良かったです。今、移民問題でドイツも大変になって来ていますものね。
ねいちゃさんの「萩・錦帯橋」の旅行記、拝見しました。面白くて止まらず、結局全部いっきに見ちゃいました〜。ねいちゃさんの旅行記は内容たっぷり。読んでいると引き込まれます。旅行記の名作ですよ〜。
ニッキー
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