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2015、GWの6日間、京都、奈良の史跡、古刹を多く廻って来た。<br /><br />2日目<br /><br />奈良市へ向かう道中、「無料パーク&ライド」の看板を見付け、そこに行き車を停めた。<br /><br />市役所が市内の交通渋滞を緩和させるため、休日に実施しているサービスだ。駐車場は無料で、近くの臨時バス停から市内循環ぐるっとバス(100円)に乗れば市内の観光が出来る。<br /><br />今日は、近鉄奈良駅で降り、電動レンタサイクルで市内を観光した。<br /><br />奈良公園中心<br /><br /> (興福寺国宝館、東大寺大仏殿、二月堂、三月堂、春日大社、新薬師寺、ならまち、平城京朱雀門)

京都奈良の史跡と古刹巡り その2

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2015/05/02 - 2015/05/02

2421位(同エリア5394件中)

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Wind99

Wind99さん

2015、GWの6日間、京都、奈良の史跡、古刹を多く廻って来た。

2日目

奈良市へ向かう道中、「無料パーク&ライド」の看板を見付け、そこに行き車を停めた。

市役所が市内の交通渋滞を緩和させるため、休日に実施しているサービスだ。駐車場は無料で、近くの臨時バス停から市内循環ぐるっとバス(100円)に乗れば市内の観光が出来る。

今日は、近鉄奈良駅で降り、電動レンタサイクルで市内を観光した。

奈良公園中心

 (興福寺国宝館、東大寺大仏殿、二月堂、三月堂、春日大社、新薬師寺、ならまち、平城京朱雀門)

旅行の満足度
4.5
同行者
一人旅
交通手段
自家用車

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  • 近鉄奈良駅から、すぐに奈良公園になり、興福寺に入る。本尊は釈迦三尊像。<br /><br />南都七大寺の一つで藤原鎌足とその子息・藤原不比等ゆかりの寺院で、藤原氏の氏寺。もちろん世界遺産だ。<br /><br />広大な敷地に、共に国宝の東金堂と五重塔がそびえる。

    近鉄奈良駅から、すぐに奈良公園になり、興福寺に入る。本尊は釈迦三尊像。

    南都七大寺の一つで藤原鎌足とその子息・藤原不比等ゆかりの寺院で、藤原氏の氏寺。もちろん世界遺産だ。

    広大な敷地に、共に国宝の東金堂と五重塔がそびえる。

  • 高さ50.1mで木造塔としては東寺五重塔に次ぎ、日本で2番目に高い。<br /><br />天平2年(730年)、光明皇后の発願で創建された。現存の塔は応永33年(1426年)頃の再建である。

    高さ50.1mで木造塔としては東寺五重塔に次ぎ、日本で2番目に高い。

    天平2年(730年)、光明皇后の発願で創建された。現存の塔は応永33年(1426年)頃の再建である。

  • 南円堂。<br /><br />敷地の真ん中にあった中金堂は、復元再建中だった。<br /><br />ここでは国宝館に多くの奈良時代の国宝の仏像があり見逃せない。最も有名な阿修羅像も拝見できた。

    南円堂。

    敷地の真ん中にあった中金堂は、復元再建中だった。

    ここでは国宝館に多くの奈良時代の国宝の仏像があり見逃せない。最も有名な阿修羅像も拝見できた。

  • 東大寺の参道を進む。<br /><br />大勢の観光客がいた。正面が国宝の南大門だ。<br /><br />東大寺は、奈良時代に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺であり、天平文化と言われる。

    東大寺の参道を進む。

    大勢の観光客がいた。正面が国宝の南大門だ。

    東大寺は、奈良時代に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺であり、天平文化と言われる。

  • 南大門の左右には、高さ8.4mの木造金剛力士立像(国宝)が立っている。

    南大門の左右には、高さ8.4mの木造金剛力士立像(国宝)が立っている。

  • 金堂(大仏殿)(国宝)に向かう。遠くから見てもでかい!これには感動した。<br /><br />近世を除くと世界最大の木造建築物だ。<br /><br />金堂手前中央にある八角灯篭(高さ4.62m)も国宝だ。

    金堂(大仏殿)(国宝)に向かう。遠くから見てもでかい!これには感動した。

    近世を除くと世界最大の木造建築物だ。

    金堂手前中央にある八角灯篭(高さ4.62m)も国宝だ。

  • 高さ46.8m、間口57m、奥行50.5mで、高さと奥行は創建時とほぼ変わりないが、東西の幅は約3分の2に縮小されている。

    高さ46.8m、間口57m、奥行50.5mで、高さと奥行は創建時とほぼ変わりないが、東西の幅は約3分の2に縮小されている。

  • 中に入ると、本尊の大仏(盧舎那仏像)が中央に鎮座している。<br /><br />周囲にも多くの菩薩像があったが、大仏の像高14.7mに圧倒される。

    中に入ると、本尊の大仏(盧舎那仏像)が中央に鎮座している。

    周囲にも多くの菩薩像があったが、大仏の像高14.7mに圧倒される。

  • 入場チケットの書いてある大仏の大きさ<br /><br />頭部  5.33m<br />目長  1.02m<br />耳長  2.54m<br />台座高 3.05m

    入場チケットの書いてある大仏の大きさ

    頭部  5.33m
    目長  1.02m
    耳長  2.54m
    台座高 3.05m

  • 奈良公園一帯にいる鹿。<br /><br />普段はおとなしいの鹿は癒しに感じたが、小さく丸い糞がいっぱい落ちているが、ちょっと嫌だった。

    奈良公園一帯にいる鹿。

    普段はおとなしいの鹿は癒しに感じたが、小さく丸い糞がいっぱい落ちているが、ちょっと嫌だった。

  • 大仏殿から坂道を上がり頂上に着くと、お水取りで聞いたことがある東大寺二月堂だ。<br /><br />これも国宝だ。十一面観音を本尊とする。<br /><br />

    大仏殿から坂道を上がり頂上に着くと、お水取りで聞いたことがある東大寺二月堂だ。

    これも国宝だ。十一面観音を本尊とする。

  • この手水の水は、飲めますとあり、それで水筒に汲んで咽を潤した。

    この手水の水は、飲めますとあり、それで水筒に汲んで咽を潤した。

  • ここの大観音・小観音ともに絶対の秘仏であり、見ることは出来ないそうだ。

    ここの大観音・小観音ともに絶対の秘仏であり、見ることは出来ないそうだ。

  • 高台に位置するため、奈良市内が良く見渡せる。

    高台に位置するため、奈良市内が良く見渡せる。

  • 無料休憩所ではお茶も飲める。<br /><br />お水取りで使用する松明も飾ってあった。

    無料休憩所ではお茶も飲める。

    お水取りで使用する松明も飾ってあった。

  • 四月堂。本尊は十一面観音立像。

    四月堂。本尊は十一面観音立像。

  • 法華堂(三月堂)。不空羂索観音立像を本尊とする。<br /><br />東大寺最古の建物で国宝。創建は733年と言われているが、伐採の部材測定で729年の可能性があるとのこと。<br /><br />この法華堂は見逃しそうになったが。割と小さなお堂が1つあるだけだが、ここもすごかった!<br /><br />真ん中に観音菩薩像があり、その周囲の9体の金剛力士などの像がそれぞれの姿で立っている。どれもが等身大の大きさで国宝である。その内の1つは秘仏で箱の収納されていた。

    法華堂(三月堂)。不空羂索観音立像を本尊とする。

    東大寺最古の建物で国宝。創建は733年と言われているが、伐採の部材測定で729年の可能性があるとのこと。

    この法華堂は見逃しそうになったが。割と小さなお堂が1つあるだけだが、ここもすごかった!

    真ん中に観音菩薩像があり、その周囲の9体の金剛力士などの像がそれぞれの姿で立っている。どれもが等身大の大きさで国宝である。その内の1つは秘仏で箱の収納されていた。

  • 手向山八幡宮。<br />

    手向山八幡宮。

  • 八幡使徒の鳩絵馬がいっぱい結ばれていたが、絵馬を見ると圧倒的に外国人が書いたようだ。

    八幡使徒の鳩絵馬がいっぱい結ばれていたが、絵馬を見ると圧倒的に外国人が書いたようだ。

  • 次は春日大社に向かう。<br /><br />若草山を左手に見て進む。若草山は全面芝生で、鹿もいっぱいいた。<br /><br />知らなかったが、入山ゲートがあり、有料の山だった。

    次は春日大社に向かう。

    若草山を左手に見て進む。若草山は全面芝生で、鹿もいっぱいいた。

    知らなかったが、入山ゲートがあり、有料の山だった。

  • 途中の茶屋。<br /><br />今日の気温は30度オーバーで暑さが厳しいが、新緑に映える木陰がうれしい。

    途中の茶屋。

    今日の気温は30度オーバーで暑さが厳しいが、新緑に映える木陰がうれしい。

  • 参道を進み、一の鳥居に来た。<br /><br />登坂が続くが、ここからはサイクルを置いて徒歩で行く。

    参道を進み、一の鳥居に来た。

    登坂が続くが、ここからはサイクルを置いて徒歩で行く。

  • 全国に約千社ある春日神社の総本社である。<br /><br />武甕槌命が白鹿に乗ってきたとされることから、鹿を神使とする。

    全国に約千社ある春日神社の総本社である。

    武甕槌命が白鹿に乗ってきたとされることから、鹿を神使とする。

  • 南門を入る。

    南門を入る。

  • 銘木 砂ずりの藤。<br /><br />花穂が地面の砂にすれるほど長いところからこの名がある。樹齢800年ともいわれる。

    銘木 砂ずりの藤。

    花穂が地面の砂にすれるほど長いところからこの名がある。樹齢800年ともいわれる。

  • ここでは神紋にも藤の紋様を用い、奈良朝以来、境内の藤は大切にされている。<br /><br />ホームページの藤の開花状況が載っていた。

    ここでは神紋にも藤の紋様を用い、奈良朝以来、境内の藤は大切にされている。

    ホームページの藤の開花状況が載っていた。

  • 中門・御廊(重要文化財)<br /><br />通常、特別拝観を申し込んだ場合、本殿前のこの中門から参拝することになるそうだ。今回は20年に一度の特別公開で、さらに中の本殿に入れた!<br /><br />本殿は春日造で4棟並んで立っており、第一殿に武甕槌命、第二殿に経津主命、第三殿に天児屋根命、第四殿に比売神が祀られている。<br /><br />本殿の後には、神秘の石とされる「磐座(いわくら)」が初公開された。見た目には確かに不思議な石に見え、大きな翡翠のようだった<br />

    中門・御廊(重要文化財)

    通常、特別拝観を申し込んだ場合、本殿前のこの中門から参拝することになるそうだ。今回は20年に一度の特別公開で、さらに中の本殿に入れた!

    本殿は春日造で4棟並んで立っており、第一殿に武甕槌命、第二殿に経津主命、第三殿に天児屋根命、第四殿に比売神が祀られている。

    本殿の後には、神秘の石とされる「磐座(いわくら)」が初公開された。見た目には確かに不思議な石に見え、大きな翡翠のようだった

  • 西回廊と直会殿

    西回廊と直会殿

  • 特別拝観には、式年造替特別記念品が付いていた。<br /><br />包みを開けると、春日大社は、お清めに「香」を用いる日本では稀な神社ですとあり、小型の匂い袋「春日 三笠香」が入っていた。<br /><br />ビニールから出すと、嗅いだ事のないような不思議な香りがしてきた。<br /><br />

    特別拝観には、式年造替特別記念品が付いていた。

    包みを開けると、春日大社は、お清めに「香」を用いる日本では稀な神社ですとあり、小型の匂い袋「春日 三笠香」が入っていた。

    ビニールから出すと、嗅いだ事のないような不思議な香りがしてきた。

  • 春日大社の参道も恐ろしく長い。参道を下りて行くと、奈良県新公会堂前の広場に人が大勢いた。<br /><br />丁度13時で、聞くと東大寺の聖武天皇祭の行列が出るところであった!

    春日大社の参道も恐ろしく長い。参道を下りて行くと、奈良県新公会堂前の広場に人が大勢いた。

    丁度13時で、聞くと東大寺の聖武天皇祭の行列が出るところであった!

  • 子供も大人も、それぞれ時代の衣装に扮して、300人ほどの行列だった。ミス奈良も3名いた。

    子供も大人も、それぞれ時代の衣装に扮して、300人ほどの行列だった。ミス奈良も3名いた。

  • 行列の最終は、御輿?が出た。東大寺の座主だろうか。<br /><br />先ほどの東大寺の中門前の鏡池の中に、舞台が設けてあったが、そこで法要の舞楽も行われるのだそうだ。

    行列の最終は、御輿?が出た。東大寺の座主だろうか。

    先ほどの東大寺の中門前の鏡池の中に、舞台が設けてあったが、そこで法要の舞楽も行われるのだそうだ。

  • 奈良公園一帯を抜けて、一般道に出る。小道を進むと志賀直哉旧宅があった。

    奈良公園一帯を抜けて、一般道に出る。小道を進むと志賀直哉旧宅があった。

  • 新薬師寺に到着。南門から入る。本尊は薬師如来。<br /><br />正面にある本堂(国宝)だけの小さな寺だ。

    新薬師寺に到着。南門から入る。本尊は薬師如来。

    正面にある本堂(国宝)だけの小さな寺だ。

  • しかし、驚くことなかれ、この中は凄かった!一押しの本堂であった。<br /><br />中央に本尊薬師如来像を安置、これを囲んで十二神将像が外向きに立つ。いずれも国宝で、奈良時代(8世紀)に作られた最古の作であり、造形的にも優れたものとして名高いのも頷ける。

    しかし、驚くことなかれ、この中は凄かった!一押しの本堂であった。

    中央に本尊薬師如来像を安置、これを囲んで十二神将像が外向きに立つ。いずれも国宝で、奈良時代(8世紀)に作られた最古の作であり、造形的にも優れたものとして名高いのも頷ける。

  • 橋を渡って香薬師道へ行く。庫裏では本堂の紹介ビデオを見た。<br /><br />特に十二神将像には、わずかに色が残っていてそれを分析しの当時のカラフルな配色をPCで再現していたのは興味深かった。

    橋を渡って香薬師道へ行く。庫裏では本堂の紹介ビデオを見た。

    特に十二神将像には、わずかに色が残っていてそれを分析しの当時のカラフルな配色をPCで再現していたのは興味深かった。

  • ならまちに進む。<br /><br />奈良公園南側の江戸時代の歴史的街並みが残る、狭い路地の地域を「ならまち」と呼んでいる。<br /><br />観光用休憩所の「格子の家」に来た。

    ならまちに進む。

    奈良公園南側の江戸時代の歴史的街並みが残る、狭い路地の地域を「ならまち」と呼んでいる。

    観光用休憩所の「格子の家」に来た。

  • 砂糖傳増尾商店本店。安政元年の創業。<br /><br />軒先に紐でいくつもの赤いぬいぐるみがぶら下がっているのは「みがわりさる」。<br /><br />これは、「庚申(こうしん)さん」のお使いの申をかたどったお守りで、魔除けを意味し、家の中に災難が入ってこないように吊るしている。ならまちの風習だ。

    砂糖傳増尾商店本店。安政元年の創業。

    軒先に紐でいくつもの赤いぬいぐるみがぶら下がっているのは「みがわりさる」。

    これは、「庚申(こうしん)さん」のお使いの申をかたどったお守りで、魔除けを意味し、家の中に災難が入ってこないように吊るしている。ならまちの風習だ。

  • ならまちの中心の元興寺に来た。本尊は智光曼荼羅。<br /><br />日本最初の本格的伽藍である法興寺(飛鳥寺)が、平城遷都にともなって、 蘇我氏寺から官大寺に性格を変え、新築移転されたのが、元興寺だ。<br /><br />

    ならまちの中心の元興寺に来た。本尊は智光曼荼羅。

    日本最初の本格的伽藍である法興寺(飛鳥寺)が、平城遷都にともなって、 蘇我氏寺から官大寺に性格を変え、新築移転されたのが、元興寺だ。

  • 拝観チケットを買うため東門(重要文化財)に並んでいると、日本最古の瓦、飛鳥、奈良時代のものですと海内MAP付きの看板が目に留まった。

    拝観チケットを買うため東門(重要文化財)に並んでいると、日本最古の瓦、飛鳥、奈良時代のものですと海内MAP付きの看板が目に留まった。

  • 奈良時代には近隣の東大寺、興福寺と並ぶ大寺院であったというので、期待できるが、事前にはノーマークであった。<br /><br />正面に極楽坊本堂(国宝)

    奈良時代には近隣の東大寺、興福寺と並ぶ大寺院であったというので、期待できるが、事前にはノーマークであった。

    正面に極楽坊本堂(国宝)

  • 極楽坊本堂の後ろは、禅室(国宝)になっていた。<br /><br />庭には小さな石塔が並ぶ。

    極楽坊本堂の後ろは、禅室(国宝)になっていた。

    庭には小さな石塔が並ぶ。

  • これが、日本最古、飛鳥時代の瓦(極楽坊禅室・本堂)だ。<br /><br />色がまだらになっていて、他の場所との違いが一目で分かる。<br /><br />また、境内にある収蔵庫では国宝、重文を見学できた。

    これが、日本最古、飛鳥時代の瓦(極楽坊禅室・本堂)だ。

    色がまだらになっていて、他の場所との違いが一目で分かる。

    また、境内にある収蔵庫では国宝、重文を見学できた。

  • 猿沢の池に来た。今朝一番で見た興福寺の五重塔が高台にそびえ建つ。<br /><br />10代の頃、一人旅でこの池のほとりで同じ様な景色を見ていて、その旅の終わりを決めたことを思い出す。

    猿沢の池に来た。今朝一番で見た興福寺の五重塔が高台にそびえ建つ。

    10代の頃、一人旅でこの池のほとりで同じ様な景色を見ていて、その旅の終わりを決めたことを思い出す。

  • 奈良公園に戻ってきた。<br /><br />レンタサイクルを返却し、ぐるっとバスに乗り、次の目的地に行く。平城京跡だ。

    奈良公園に戻ってきた。

    レンタサイクルを返却し、ぐるっとバスに乗り、次の目的地に行く。平城京跡だ。

  • 北側に位置する大極殿。<br /><br />両者間は、直線で約1kmの距離があり、平城京の広さがわかる。<br /><br />明日は、平城京天平祭がここで行われる。

    北側に位置する大極殿。

    両者間は、直線で約1kmの距離があり、平城京の広さがわかる。

    明日は、平城京天平祭がここで行われる。

  • 南北側に位置する朱雀門(1998年復元)。<br /><br />平城京の正門であった。

    南北側に位置する朱雀門(1998年復元)。

    平城京の正門であった。

  • 朱雀門から、パーク&ライドのPまで東に歩いていると、「二条通と壬生門」の案内板があった。<br /><br />二条通は幅35m通路で、ここにあった壬生門が、後期朱雀門に変わり正門の役割を果たしたという。

    朱雀門から、パーク&ライドのPまで東に歩いていると、「二条通と壬生門」の案内板があった。

    二条通は幅35m通路で、ここにあった壬生門が、後期朱雀門に変わり正門の役割を果たしたという。

  • マイカーに戻り、斑鳩に向かう。<br /><br />途中、大和郡山城跡を見上げて、道の駅「大和路へぐり」に向かい、そこで仮眠した。

    マイカーに戻り、斑鳩に向かう。

    途中、大和郡山城跡を見上げて、道の駅「大和路へぐり」に向かい、そこで仮眠した。

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