2015/05/01 - 2015/05/01
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Wind99さん
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2015、GWの6日間、京都、奈良の史跡、古刹を多く廻って来た。
主に信長、秀吉関連の史跡や、古都にある多くの寺院、仏像を見てきた。
特に、一度に多くの古い仏像を見たことで、その歴史や時代背景、その姿の力強さや大きさ、現存している数の多さなどから、歴史を想い、何かを感じることができ、稔りある旅となった。
1)京都市内中心
(高台寺、下鴨神社、大徳寺、建仁寺・・・)
2)奈良公園中心
3)斑鳩の里、西ノ京
4)奈良周辺地区
5)京都市内中心
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
-
京都東ICで降り、古来、京都七口の一つの粟田口から京へ入る。粟田口では何らかの石碑があるはずが、それは見つけることができなかった。
小道を脇へ入り、琵琶湖疎水から、小さな白川の流れが気持ちよい。 -
目指す和菓子屋・餅寅があった。
この奥に明智光秀の首塚がある。お店では、名物の光秀饅頭を売っていた。 -
明智光秀の首塚。
餅寅さんが、光秀の首塚の管理をしておられるそうだ。
実際の首は、信長によって粟田口に晒されたとも、光秀の家臣が持って逃げ埋めたとも言われる。 -
まずは、近くの東山・高台寺。本尊は釈迦如来。
秀吉夫人の北政所(ねね)が豊臣秀吉没後、開創した寺である。 -
観月台の渡り廊下と開山堂。
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庭園。
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最も大きな方丈では、修学旅行生の前で、お坊さんが説教をされていた。
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霊屋(おたまや)。ここが見所だが撮影は禁止だ。
中は桃山様式の蒔絵が用いられ、これを「高台寺蒔絵」と呼ぶ。
北政所の墓所で、秀吉と北政所をお祀りしている所。
厨子内左右に秀吉と北政所の木像が安置されていた。 -
傘亭。
利休の意匠による茶席であり、伏見城から移建したものである。 -
高台寺の高台にある駐車場から見下ろすと、古都の観光地通りの様相だ。
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さらに八坂の塔と、小さく京都タワーが見渡せた。
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下鴨神社へ移動した。西参道から入る。
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このつり灯ろうは、奉納されたもので、芳名入り6寸サイズで30万、8寸で50万である。
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楼門。
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昨年来た時は、時間外で入場できなかったが、今年は21年ごとに、社殿を作り替える式年遷宮にあたり、この連休のみ、特別に神殿昇殿参拝ができ、本殿を目の前に見ることができた!
お白石持神事の白石もあった。 -
京の七不思議の「連理の賢木」
二つの木が一つに合体した珍しいもので、縁結びの神の御神徳により二本の木が一本に結ばれたものと伝えられている。 -
御手洗社と御手洗池。「御手洗」と書き、「みたらし」と読む。
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後で境内MAPを見ると、表参道から入ると、見たかった鴨長明の再現された方丈が見れるのだった。
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鴨川神社は、加茂川と、高野川が交わるところにあり、その交差する所は、府立鴨川公園となっていた。
Y字に交わった川は、この先から鴨川と名前を変える。 -
上流の加茂川の美しさ。
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加茂川沿いの阿弥陀寺に来た。本尊は阿弥陀如来。
本能寺の変で自刃した信長をはじめ、討死した百余名の合祀位牌があり、供養されている寺だ。 -
織田信長・信忠・討死衆墓所。
織田信長(右)・信忠(左)の墓石。 -
今宮神社へ移動。楼門。
境内では、フリマを開催していた。 -
本殿。
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ここは「玉の輿神社」として有名。
その玉とは、身分の低い八百屋の娘だったが、将軍徳川家光に見初められ側室となり、大出世したというもの。 -
「阿呆賢さん」と呼ばれる神占石は叩くと怒るともいわれ、撫でて軽くなれば願いが叶うとされる重軽石だ。
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東門前には、平安時代から続く有名なあぶり餅屋があった。扇風機で餅をあぶっていた。
あぶり餅は、この前佐原で食べたやつだ。 -
大徳寺に来た。本尊は釈迦如来。
桃山時代に豊臣秀吉が織田信長の葬儀を営み、信長の菩提をとむらい、隆盛を極めた。 -
大徳寺の三門(山門)。
千利休によって増築され、金毛閣と称した。
利休の像を安置したことから秀吉の怒りをかい、利休自決の原因となった有名な門だ。 -
途中の大徳寺三玄院には、石田三成の墓があったが、拝観謝絶とあった。
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この参道脇を進み、大方丈につながる宗務本所から拝観する。
国宝は方丈と唐門で、唐門との間の庭園も見どころであった。 -
法堂(はっとう)では、天井に描かれている「雲龍図」が狩野探幽の作であった。
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京都府立陶板名画の庭に来た。
あるTVドラマの背景に映ったこの絵が気になり、それを調べてやっと所在がわかったので来てみた。
最後の審判 - ミケランジェロ 14.3m*13.09mのほぼ原寸大の大きさだ。大きすぎてとてもカメラには入りきらないので、中心の1/3ほどを撮影した。
現物を見ないと迫力が伝わらない。 -
最後の晩餐 - レオナルド・ダ・ヴィンチ 4.32m*8.86m(ほぼ原寸)
これは小さくなったが、全部撮影に入った。ここは野外博物館で珍しい。 -
高台寺近くの祇園に戻ってきた。京都最古の禅寺・建仁寺。本尊は釈迦如来。
鎌倉時代の遺構である勅使門。 -
宗務本院から、拝観する。
多くの寺院の堂内は撮影禁止であり、残念であるが、なんとここでは、すべての撮影がOKという。
この旅では50以上のスポットを訪れたが、すべて撮影がOKであったのは、ここともう一つの寺しかなかった。 -
有名な俵屋宗達筆の風神雷神図屏風(国宝)。
通常は高精細デジタル複製を展示しているという。 -
50面に及ぶ桃山時代の方丈襖絵。これは雲龍図。
これも高精細デジタル複製。 -
庭園。
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茶席「東陽坊」
秀吉の北野大茶会で使用された茶室だという。 -
安国寺恵瓊の首塚があった。
秀吉の時代を予言したとされる毛利家の僧。後の秀吉の大名となった(異説あり)が、関が原で敗北後斬首された。 -
本坊中庭にある潮音庭。中央に三尊石がある。
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二名の方が、写経されていた。
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法堂の天井に双龍図。
2002年に創建800年を記念し描かれた。どうやって描いたのか気になる。 -
建仁寺は太っ腹のすべて撮影OKであり、好きになった。
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建仁寺の前の通りは、祇園で有名な花見小路だ。
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屋根の上では、家に降り掛かる邪気を追い払うお守りとして、にらみを効かせている「お鐘馗さん」がいた。家によって種類が違っていた。
笑門と書いてあるは、注連縄で厄除けだそうだ。 -
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通りにはお茶屋が続く。
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四条通りから入ると、「一力」があった。これか!
祇園の中でも最も格式の高い、由緒のある「お茶屋」の一力亭だ。先日初めてTVカメラが入ったドキュメンタりー番組を見ていたので知っていた。
前を行く若者が、何屋だかわからんと言って通っていく。確かに店の看板もないが、あっても「一見さんお断り」だから無理であるが・・・。 -
四条通を進み、八坂神社にも行ってみた。
祇園交差点に面する有名な西楼門。 -
西楼門を入ると、屋台がひしめく。
本殿に来た。 -
境内には祇園の御神水がある。
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西寺跡
南区唐の西寺児童公園の中に石碑を見付けた。
去年東寺に行った時、何故対となる西寺がないのか、調べていてここへたどり着いた。 -
さらに近くの公園には、羅城門址。平安京の正門だった門。
門は正面33m、奥行8m。二重閣瓦屋根造で棟両端に金色の鴟尾を置いたそうだ。
本日はここまで。名神高速道の桂川Pで仮眠。
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