2015/04/16 - 2015/04/24
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hittoさん
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今日から芸術の都と呼ばれるプラハの観光です。
神聖ローマ帝国のカレル4世(ドイツ語名カール4世)が帝位に就くと、神聖ローマ帝国の首都はプラハに移されました。
プラハが首都となると、プラハ城の拡張、中欧初の大学であるカレル大学の創立、カレル橋の建設、ヴルタヴァ川東岸市街地の整備などの都市開発が行われ、ヨーロッパ最大級の都市に急速に発展し、「黄金のプラハ」と形容されました。
16世紀後半、ルドルフ2世の治世になると、芸術や科学を愛する王の下、プラハに芸術家、錬金術師、占星術師などが集められ、プラハはヨーロッパの文化の中心都市として栄華を極めました。
しかし、1618年にプラハ城で起きたプラハ窓外投擲事件を皮切りにビーラー・ホラの戦いが勃発し、三十年戦争に発展し、それ以降、王宮はウィーンへ移転され、プラハは人口が激減しました。
プラハは、千年の歴史を持つ都市であり、第一次・第二次世界大戦の被害にも、また、その後の資本主義の高度経済成長にも巻き込まれなかったことで、ロマネスク建築から近代建築まで各時代の建築様式が並ぶ「ヨーロッパの建築博物館の街」になり、ユネスコの世界遺産にも登録された。
中欧4カ国めぐり ハンガリー/ブダペストまで No1/5
http://4travel.jp/travelogue/11006635
中欧4カ国めぐり スロバキア/ブラチスラバ No2/5
http://4travel.jp/travelogue/11007519
中欧4カ国めぐり チェコ/チェスキー・クルムロフ No4/5
http://4travel.jp/travelogue/11007536
中欧4カ国めぐり オーストリア/ウィーン No5/5
http://4travel.jp/travelogue/11007544
- 同行者
- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
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ホテルのエントランスです。ここは2階になります。
このホテルは地下でショッピングセンターと地下鉄駅と繋がっており、フードセンターもあるので、簡単な食事や移動には便利だと思います。 -
ホテルのレストランで、朝食バイキングです。
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野菜不足気味なので、できるだけ野菜をとります。
しかし、野菜自体がすくないです。ここが日本人の悩みです。 -
ホテルの側面です。茶色の建物がショッピングセンターです。このセンタの奥の向かいに地下鉄の駅(Vysocanska駅)があります。
ここチェコではまた通貨が変わり、コルナになります。 -
ホテル正面
今日朝からプラハ城の観光です。プラハ城は敷地の広さが東西430mで、南北70〜140mの細長い形をしており、世界で最大、最古の城です。 -
聖ヴィート教会の尖塔が見えています。
このツアーの目玉のプラハ城・聖ビート教会の開館前の特別入場にやって来ました。 -
プラハ城の裏門から入ります。
時間が早いので私たちのグループだけです。 -
2人の衛兵が立っています。
皆、交互に衛兵との写真を撮りに行きますが、衛兵は動きません。 -
聖ヴィート教会の正面にあるバラ窓
ゴシック建築の特徴の尖塔が見られます。 -
重厚な門がありますが、係員が大きな鍵でドアを1枚ずつ開けて解放してくれ、終わるとまた鍵を掛けていきます。
さすがにチェコで最も大きくて重要な教会です。 -
大聖堂の内部です。天井が高〜い。天井の高さ34メートル、幅60メートル、奥行き124メートルの大空間です。
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色々なステンドグラスが教会を飾っています。
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その2
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その3
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その4
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これが一番有名なミュシャのステンドグラスです。
絵の周囲は寒色の青系統の色を使い、中央の暖色系の色の聖ヴァーツラフと聖リュドミラを際立たせています。 -
中心の聖人です。
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バラ窓を内部から見たものです。
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2トンの銀を使って造られた聖ヤン・ネポムツキーの墓
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聖ヴィート教会をでて、旧王宮に向かいます。写真は横から見た聖ヴィート教会
ここに出るときに外の日本人観光客が並んで入館を待っていました。
人がいないので、写真も撮り放題です。 -
旧王宮のヴラディスラフ・ホール
このホールは、長さ62m、幅16m、高さ13mという、当時としては最大級のホールで、1493年から1503年にかけて造られ、ボヘミア王の選出や即位式などに使われました。 -
プラハ窓外投擲事件が起きた窓です。
この事件は、ボヘミア王ヴァーツラフ4世がローマ教会との和解をはかり、今までフス派が占めていた新市街参事会をローマ教会へと復帰させる事を画策し、これに反発したフス派がプラハ市庁舎を襲撃し、ドイツ人市長と市参事会員を窓から投げ落とした事件です。
窓から覗くと結構高く無事では済まないと思われますが、実際は木に当たったとか下に干し草があったとかで死者は出ませんでした。
この事件を契機にプラハは騒乱の時代を迎えます。 -
窓から見た風景です。結構高いです。
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反対の建物から事件が起きた窓を見ると、テラスのように見える構造の丁度正面になります。
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カレル橋が逆光のなか、見えます。
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ハンガリー王冠のレプリカ
王冠の上にある十字架がなぜ曲がっているのか気になるが、ガイドの説明もないまま -
聖イジー教会
プラハ城内に位置する教会で、10世紀に建造された城内最古の教会として知られます。 -
黄金の小路に一番乗りでやって来ました。
ガイドが言うのに、普通は観光客でごった返しているが、誰もいないので写真が取り放題だと。
確かにそうですが、人がいないのも寂しい。 -
フランツ・カフカが仕事場として利用した家
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かわいらしい家が連なっています。すべて土産物屋です。
でも、まだ開店準備中の店もあります。 -
狭い路地の先にカフェがあるそうです。
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2階が博物館になっているので、上がってみます。
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2階は中世の武器や鎧の展示です。
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何の店だったか?
鋳物? -
龍?の蛇口 おもしろいですね
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ここから黄金の小路を抜けます。
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丁度、衛兵の交代式が終わるところで、交代した衛兵が登ってきます。
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もう少し早く来ていれば全部見れたのに、残念です。
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これから城を下ってカレル橋へ行きます
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結構荒い石畳の道です、車は走りにくそうです。
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カレル橋の下に着きました
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橋からプラハ城に向かって撮った写真です。
カレル橋の長さは515.7m、幅は9.5mで15のアーチがあり、そのアーチの上にそれぞれ15体の聖人の像があります。
しかし、昔からこの像があったわけではありません。 -
ヴルタヴァ川です。
プラハとブダペストは街の造りがよく似ています。ブダペストはドナウ川が街を南北に横切り、川の西側にブダ城、東側に市街が広がっています。プラハはヴルタヴァ川が街を南北に横切り、川の西側にプラハ城、東側が市街です。また川に架かる橋が有名で、ブダペストがくさり橋、プラハがカレル橋でそれぞれ街の生い立ちに深く関わっています。 -
聖ヤン・ネポムツキー像
聖ヤン・ネポムツキーが王妃の懺悔を聞きましたが、これを問いただした王にもその内容を守ったことから、王の怒りをかって拷問の上殉教し、ヴルタヴァ川に遺体を投げ捨てられましたが、その際、空に5つの星が輝いたという伝説により、聖ヤン・ネポムツキーには常に5つの星が取り囲んでいます。
像の台の右が光っていますが、左手で願いをしながら触ると願いが叶うと言われて皆触るので光っています。
でも、小柄な日本女性は触ることが困難です。 -
聖ヤン・ネポムツキーが川の中に投げ込まれたとされる場所です。像が建っている場所と少し離れています。
皆が願いが叶うと言うことで触れていきますので、写真でも白く輝いているのが判ると思います。 -
聖フランシスコ・ザヴエル像を担ぐ日本人だと言われている人物が正面ですが、どう見ても中国人です。
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市街側のゴシック様式の橋塔が黒々と見えます。
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橋の古さを示すように黒いです。
この橋塔には登ることができます。 -
でも、旧市街から橋を見ると聖人が橋を見守っています。
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橋からプラハ城を見ると、すべてが城と一体となり綺麗でした。
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旧市街に入ります。ここは道も狭く、信号もすぐに変わってしまいますので、大急ぎで道路を渡ります。
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カレル通りを旧市街広場まで歩いて行きます。
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やって来ました旧市街広場
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旧支庁舎と天文時計が見えます。
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この天文時計は14世紀の初めに造られ、今稼働している時計では古いものになります。
太陽と月の位置を示す天文図の文字盤、それから月々を表す浮き彫りの暦版からなっており、現在の時間は、夏時間なので1時間調整すれば会っているとのことです。
そろそろ10時になるので、観光客が集まってきて、身動きがとれません。 -
正時になると、時計右側の骸骨が金をならします。
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時計左側の人形
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窓が開き、12使徒がまわりながら正面でこちらを向き、また次の使途に変わります。
動きに派手さはありませんが、中世に造られたからくりと思うとすばらしいです。 -
最後に、黄金の鶏が鳴いて終わりです。
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ここでボヘミアングラスの絵付けを見学です。
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大きな壺を回しながら、筆で絵付けをします。
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昼食会場の市民会館です。
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地下がレストランです。
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昼食はチョイスメニューです。こちらがポーク料理
(チェコビール付き) -
チェコ名物のビーフグラーシュです。
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デザート
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食事が終わってフリータイムです。
目的の一つであるミッシャ美術館(ムハ美術館)に来ました。
入り口が紛らわしい。
建物の中心にある門はホテルらしい。 -
建物の角美術館の表示が
表示も小さいし、実際に中に入ってみるとなかも小さい。
全く期待外れでした。 -
プラハの街をあまり目的もなく散策することに。
一応、有名なところは調査済みですが半日という時間のなかでどこまで回れることやら
ここはヴァーツラフ広場だと思いますが、記憶が薄れてます。 -
カフェ ルーブルです。
コーヒーを飲もうかと思ったのですが、チェコのコルナをあまり交換しておらず様子見で通りすぎることに。 -
国民劇場です。
この劇場は、チェコの歴史と芸術を代表する建築物で、完成後すぐに全焼し、市民の募金で再建したというネオ・ルネサンス様式の建物です。 -
公演のポスターがありますが読めません。
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カレル橋が見える場所まで帰ってきました。
プラハ最古の石造りの橋のアーチがよく見えます。 -
通りにはテーブルがせり出していて、どうしたものかと思いながらよく見ると銅像がありました。近づいてよく見るとスメタナの像です。
この後ろがスメタナ博物館になります。
スメタナはチェコ音楽の祖と言われ、6つの交響詩から成る「わが祖国」とオペラ「売られた花嫁」、弦楽四重奏曲「弦楽四重奏曲第1番 「わが生涯より」」で知られています。特に「わが祖国」は、皆さん聞いたことのある曲だと思います。 -
ルドルフィヌム 芸術家の家と言われるネオルネサンススタイルの建物です。
後ろからしか見えませんが有名なドヴォルザークの像です。
この写真は、ポスターを見て同じアングルで撮ってみました。
行った日は行事はなくて、小さな売店が開いているだけでした。 -
ポスターです。
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正面が売店の入り口です。
あまり商売っ気はありません。 -
ユダヤ人街に来ました。
正面の建物が博物館でその左にユダヤ人墓地があります。
若い欧米人の観光客で一杯です。 -
プラハで一番古いシナゴーグの旧新シナゴーグです。
シナゴークとはユダヤ教の会堂のことで、このほかに2つのシナゴークがあります。 -
旧新シナゴーグの並びにあるユダヤ人地区集会所の時計塔。
金文字の時計はヘブライ語で表され、時計の表示が上下の時計で違っていますが、ヘブライ語の時計は普通の時計と逆の左回りです。 -
スペインシナゴーク
外のシナゴークと違いイスラム的な雰囲気を醸し出しています。
最も豪華で、プラハのなかのシナゴークで最も新しいそうです。 -
スペインシナゴークから旧市街広場に行く途中にあったフランツ・カフカの像です。
大きな巨人の服にまたがったカフカの像で、いったい何を表しているのか不明です。 -
さらにこんな女性像が、結構大きな作品です。
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市民会館で待っていると、ホテルに帰るバスを出すとのことで、市民会館に戻ってきました。
少し、時間があるのでショッピングセンターで買い物をします。 -
こちらがパラディウムという大型のショッピングセンターです。市民会館の斜め向かいにあります。
看板のとおりブランド品やレストラン、バーなどが入った複合施設です。
暑かったので、地下でアイスを食べ、パンを購入しました。 -
ホテルに帰ってきました。
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この部屋は窓の外の景色は見えませんでした。建物の構造物があり、空しか見えません。
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