2015/04/12 - 2015/04/12
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十三の白髭さん
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桜の名所、吉野山
近鉄吉野駅〜中千本操車場までバスで行き
素晴らしい桜を愛でながら「如意輪寺・金峯山寺」とテクテク
冬の吉野と違う華やかな世界を観て来ました
表紙 桜に埋もれる、如意輪寺
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 徒歩
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中千本操車場から如意輪寺を目指してテクテク
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道標
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クマザサ
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シャガの花が斜面に咲いていました
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山道を下ると川
もしかすると吉野川の源流かも? -
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この階段を登れば
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如意輪寺山門
登り下りしながら到着しました -
如意輪寺・本堂
南朝勅願寺 如意輪寺は「塔尾山椿花院」(とうのおさんちかいん)といいます
本尊 如意輪観世音菩薩
宗派 浄土宗
創建 延喜年間(901〜923)
開基 日蔵道賢上人
北條幕府を倒し、建武中興をなしとげた後醍醐天皇は足利氏の争いのため京都を逃れ
元弘3年吉野へ行幸、以来吉野行宮ですごす
延元4年天皇は病床につかれ、都をあこがれつつ 崩御され
裏山に葬られた「塔尾陵」
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境内
正面の建物は庫裡 -
鐘楼
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役の行者象
山門横にあります -
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桜の花びらに埋もれる地蔵さん
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楠木正成親子像
次帝・後村上天皇の正平2年、楠木正成公の一族郎党143人が
四条縄畷の決戦に向かうにあたり
吉野の皇居に天皇と今生の別れを告げ、先帝の御陵に参拝
「かゑらじと かねておもえば梓弓
なき数に入る 名をぞとどむる」
御堂の扉に鏃をもって辞世の句を残す
戦場に向かう、弟正時と共に最期をとげた -
多宝塔
周囲は枝垂れ桜ばかり -
ここからの眺めも最高です
お勧めの場所ですよ -
後醍醐天皇陵へお参りして
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後醍醐天皇塔尾陵
天皇は隠岐に配流され、後に脱出して
京の都から逃れて吉野で崩御、苦難の道を歩んだ天皇です -
ご朱印
難切不動尊 -
宝物殿に金剛蔵王権現木像が展示されています(撮影禁止)
その他に吉野大曼荼羅
天井ねおがみの観音(日本最大如意輪観世音菩薩画像) -
桜本坊・竹林院へ向かう途中に修験行者を見たので
行列の始まる前に撮影ポイントを探して -
金峰山寺に三大行事あり
春・4月10日〜12日 花供会式
蔵王権現の御神木・山桜の満開をご本尊に報告する行事
竹林院〜蔵王堂まで、やっこ踊りが見られます
先頭に僧呂・山伏・お稚児さん・赤鬼・青鬼・黒鬼・駕籠など -
行列スタートです
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奴こ踊り
動きがゆっくりで通過するのに数分かかります -
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数分後、赤鬼・青鬼・黒鬼の列
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通過した後は大変混雑して
先へは進めません、一本道でわき道はありません -
喜蔵院前でも奴こ踊り
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ズームして見ました
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数十分後、金峰山寺に到着
護摩供養が始っていました -
風向きの具合で凄い熱風
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境内に入り、急いで風上へ
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山伏さん熱いさなか念仏を唱えていました
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蔵王堂の前に集まり
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花供会式も終わり
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お餅まきがはじまり
拾いましたが隣の叔母さんに上げる -
観音堂でご朱印をいただき下山
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前回来た時に、蔵王権現の朱印はいただきました
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早めに下山しょうと思い参道を下りますが
参道は人・人・人・・・ -
ロープウェイも満員
七曲をテクテクして -
バスもロープウェイも上り下りは時間待ちです
駅ホームも満員でした
電車を一本見送り、次のに乗り帰宅しました -
楽しみにしていた金峰山寺の秘仏は見られませんでした
街中を歩くのと違い、山歩きは疲れました「アァしんど!」
これで終わりです
最後まで御付き合い だんだん
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