2015/03/12 - 2015/03/16
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ふくうめちゃんさん
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私と5歳年下の妹、2人で台北を訪れるのは今回が2回目。前回は妹が怪我をするアクシデントに見舞われほとんど何もできず帰国。その後私達の父が幼少時(終戦の2年後まで)台北で暮らしたことがわかり‥リベンジ旅を決行!「台北・台北近郊に現存している日本統治時代の建物めぐり」をメインに、ついでに季節のイベントも見学。
台北からショートトリップ。日本統治時代‘東洋一の金山’として栄えた「水金九エリア」水南洞(南=正しくはさんずいに南)・金瓜石・九分(分=正しくはにんべんに分)を訪ねます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- その他
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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コスモスホテルをチェックアウト、1泊分の荷物をもって新北市「水金九エリア」に向かいます。
MRTで台北車站→忠孝復興へ。台北出発前に腹ごしらえ。「鼎泰豊・復興店」で少し早いランチ。
太平洋SOGO復興店地下2階にある支店で駅直結、荷物があっても楽〜雨降りでも無問題!食事時は大行列で2時間待ちなんてこともありますが、11時前に入店したので全く並ばず済みました〜。
小龍包・海老チャーハン・汁無し海老ワンタン、超美味しかった〜大満足。鼎泰豊 (SOGO復興館) 中華
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基隆客運1062「九分・金瓜石行き」で最初の目的地‘金瓜石’に向かいます。
台鉄で最寄駅「瑞芳」へ、ここからバスに乗る方法もあります。瑞芳始発のバスもあり、瑞芳-九分・金瓜石のバス本数割とあります。
でも区間車(各駅停車)だと台北-瑞芳は1時間弱かかるので、渋滞の少ない平日なら1062バスでのアクセスが一番楽かも‥。
バス停は太平洋SOGO復興店(緑のSOGO)前の横断歩道で忠孝東路を横断し、そのまま復興北路をまっすぐ進むとあります。高記やTASTYの近く、常に人が並んでいるのですぐわかります。
始発のバス停です。高速道路は立ち乗りダメなので、満席になってしまうと途中のバス停は素通り‥乗車できません。なので時間は少し余計にかかってもここから乗車するのが確実(今回は平日だったためか松山車站まで満席になることはなかったです)。
九分まで102元、金瓜石まで115元。悠遊カードは乗車時と下車時にピッします。
このバスに乗るときは必ず左側席をGET!というのは‥忠孝復興駅 駅
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こんな景色や(松山慈佑宮)
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こんな景色(台北101と基隆河)
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こんな景色とか〜(基隆山と斜面にへばりつく九分の街)
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こ〜んな景色(東の海岸線)
などなど、車窓から見られるのです〜! -
九分老街バス停着、ほとんどの人がここで下車。
バス冷房ガンガン効いていて、上着羽織ったけれど身体が冷え冷え〜、軽い頭痛も感じたので1回バスを降りて休憩。
写真はバス停から見える風景。
バス停から九分老街方向に進んで行くと、右側に見晴しの良い観景台があります。 -
10分位して金瓜石行き基隆客運788バスが来たので乗車。この788バスは基隆始発・瑞芳経由で勧済堂が終点でした。ひとつ手前の黄金博物館で降ります。
九分から10分位。途中お墓ゾーンがあったりして車窓の風景が面白かったです。 -
「金瓜石(黄金博物館)」到着、なんだかんだ台北から1時間半かかりました。
Wikipediaによると、『この地にそびえ立っていた巨岩が瓜のような形をしており、また金を多く含んでいたので「金の瓜の石」即ち金瓜石と呼ばれ、それがそのまま地名となったと伝わる』黄金博物園区 (新北市立黄金博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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金瓜石は2004年11月にエコミュージアム「黄金博物園区」となり、歴史・文化・環境・生活様式そのものが町ごと保存・展示されています。
日本統治時代、金銀銅が採掘され「東アジア一の金鉱山」と称された金瓜石、最盛期の1930年代半ばには15,000人もの人が暮らしていたそうです。
太平洋戦争末期に鉱山の業績が下り坂となり、終戦を迎え一時閉山。中華民国政府に接収された金瓜石は1955年‘台湾金属鉱業公司’設立により再び操業し始めましたが金鉱脈が尽き1987年閉山に至りました。
「日本統治時代の面影」が数多く残っています。今の日本では戦前の日本の遺構を見たり、歴史を学ぶ事がなかなかできないので‥とても意義ある貴重な場所でした。 -
まず「遊客中心」で大きな荷物を預かってもらいます。無料。荷物の引き換え札をなくさないように気をつけなくっちゃ。
日本語ガイドマップなどの資料・音声ガイドのレンタルも無料。音声ガイドはパスポートを預ければ借りられます。 -
遊客中心すぐのところにあるのが「四連棟(四連型日式住宅)」
4棟続きの日本式宿舎、日本人職員の住まい。1930年代に建築されたものだそうです。
ここは‘元・日本人居住区’の一角で、赤煉瓦の塀・黒い瓦屋根、コールタールが塗られた黒い壁が特徴です。四連棟日式宿舎 建造物
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4棟棟の中の1棟は内部に当時の生活空間を再現し「生活美学体験坊」として一般開放しています。自由見学ではなく時間を区切ってガイド同行で見学できるみたい(入り口の立て看板にそれらしいことが書いてあった)。
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四連棟の下にみえるのは「三毛宅」。日本統治時代末期、工場長だった‘三毛菊次郎’さんの邸宅。
変わった名字‥私はいままで三毛さんという方に出会ったことがありません。 -
そのまままっすぐ進みます。九分老街のような混雑もなく、のんびり散策できていいです。小さな商店や派出所があります。テーマパークではなく、ほんとうに人が生活している町なんですね。
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かつて台湾金属鉱業公司・電力会社の事務所だった「環境館」。金瓜石の地質や鉱物、生態、環境などについて紹介している施設です。
環境館脇の小路(写真の左側)から斜面にへばりつくような祈堂老街と勧済堂が見渡せます。写真右側の緩い上り坂を進むと「鉱工食堂」があります。 -
鉱工食堂名物は鉱夫の昼食を再現したメニュー。ちょっと小腹も空いたので‥食べてみま〜す。
お弁当タイプは金瓜石の地図がプリントされた風呂敷・お弁当箱・竹製のお箸付、持ち帰りができます。お店で食べてもOK。290元とちょっとお高めですが記念品になるのでこちらにしました。ふつうのお皿に盛り付けたものは120元。
昨日食べた台鉄便當よりもちょっと固め・甘味が少ないスパイシーなお肉。たくあんのようなポリポリした食感の野菜がアクセントになって美味しかったです。甘いウーロン茶付。 -
鉱工食堂から階段を上った場所にあるのが「太子賓館」。
台湾を行幸する皇太子(のちの昭和天皇)を迎えるため、当時金瓜石の採掘権を持っていた田中鉱山株式会社の社長さんが1922年に建てた日本家屋。
檜造りの大きな邸宅で、どの部屋からも美しい日本庭園が見える間取りになっています。裏庭にはゴルフ練習場まで‥かなり気合を入れて建てたのがわかる‥でも残念ながら皇太子の金瓜石視察はなくなってしまい使われなかったそうです。太子賓館 建造物
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太子賓館前の道、階段を上るとトロッコ道「軽便路」にでます。右側は日本人居住区、そちらに行ってみました。
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「錬金楼」日本統治時代は来客者の宿泊施設、終戦後は台湾金属鉱業公司が錬金工場として使った建物。洋風です。
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錬金楼から軽便路に続く階段、昔の日本にタイムスリップしたみたい。どことなく懐かしさを感じる風景。
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木造の日本家屋、保存状態がとてもよいので修復されたものでしょうか。人が住んでいるのかも‥?
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すでに建物は朽ちてなくなり、赤い煉瓦の塀だけを残す場所が多かったです。時間の流れを実感させます、今年は終戦70周年‥。
階段の段差があまりなく低くなっているのは、着物で往来するからだそうです。 -
「軽便路」にでました、トロッコの線路道。
九分にも同じ名前の元トロッコ道「軽便路」があります。この後見学した黄金博物館で、金瓜石と九ふんの軽便路はつながっていてもともと同じ1本道、主要な運搬手段として活躍した事を知りました。
新緑と桜の花が綺麗な道でした。 -
軽便路を黄金博物館方面へ。
途中分岐する階段は「黄金神社跡(山神社遺跡)」に続いています。
1897年に天照大神を祀るため建立された黄金神社。終戦後破壊・略奪にあい、現在は参道の白い鳥居と社殿の柱だけが残されています。高台にあるこの神社跡からの眺望が素晴らしいとの事、健脚の方は是非行ってみてください。 -
本山五坑近くの駅。「軽便驛」と書いてあります。
軽便路には軽便鉄道があり、鉱石だけでなく人や物資も運ばれていたそうです。鉱夫や住民はこの軽便鉄道を使い九分へ楽にアクセスできたため、九分にある劇場「昇平座」や周囲の飲食店が繁盛したようです。
トイレがありました。この周辺は桜やツツジの木が植えられていてお花が綺麗。 -
このあたりから見る「無耳茶壺山」、てっぺんが取っ手のない急須の形に見えます。
見る方向が違うと獲物を狙う獅子に似ていることから、「獅仔岩山」の別名があるそうです。 -
「本山五坑」五坑の内部には採掘の様子が再現されていて、見学することができます(50元)
金瓜石には四坑・五坑・六坑・七坑・八坑の鉱坑遺跡が存在するそうですが、土砂に埋もれたり水没してしまい‥完全に残っている入り口はこの五坑だけのようです。 -
本山五坑入り口横にあるのが「黄金博物館(黄金館)」台湾金属鉱業公司の事務所だった建物です。入場無料。
金瓜石の鉱業の歴史や、坑道の模型、作業の様子、当時使われていた物などの展示があります。規模はそう大きくないけれど、なかなか見応えがありました。 -
黄金博物館2階に大金塊。世界で2番目に大きい金塊で重量220.3?。直接触れることができ、博物館の中で一番人が集まり盛り上がっていた場所がここでした‥。写真撮影の人の列が無くなることがなかったです。
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黄金館の外には風圧機など重機が残っていました。
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来た道は戻らず、橋を渡って軽便路を進みます。この先の線路は撤去されありません。上り下りはあまりなく歩きやすいです。
谷をぐるりと回り込むように続いていて眺望の良い道、歩いてきたところが見えます。黄金博物館や黄金神社の鳥居・神社跡の柱、太子賓館の屋根が良く見えました(わかりにくいのですが、写真は黄金神社跡)。 -
大きな黄金像が町を見守るように鎮座している「勧済堂」が見えてきました。
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「勧済堂」1895年建立、主祀は四代恩主。道教の神様が複数習合されています。
金瓜石のシンボルともいえる頂上の関聖帝君(関羽)像はなんと純銅製だとか!すごーい! -
勧済堂の階段を下ると「祈堂老街」、元‘台湾人鉱夫の生活区’。
コールタールで黒く塗られた屋根の建物が多く、小さな家屋が斜面にへばりつき、狭い階段や路地でつながっています。日本人居住区とは雰囲気が大分違います。(写真は2014年5月に撮影したもの。)
今回は天気が良いのでガイドブックに載っていない場所を目指し、軽便路に戻りさらに先に進みます。(続く)
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