バガン旅行記(ブログ) 一覧に戻る
第12部-58冊目<br /><br />プロローグ<br /><br />「やられた…」<br />僕は駅のベンチに座りこんでしまった。<br />ここはタイ.ラオス国境、タイ側の街‥ノンカーイの駅。<br />旅も終わりに近い7日目の事である。<br />バンコクから急行列車に12時間揺られてやって来た。<br />事件は、列車がノンカーイ駅に着く時に起きた。<br /><br />スマホがない!<br /><br />車内で充電をしていて、そろそろノンカーイに着く頃なので、プラグを抜いて荷物をまとめていたら列車はノンカーイ駅に到着し、乗客がバタバタと降り始めた時だった。<br /><br />ん? 今まで、ここにあったスマホはどこに…<br /><br />ポケットにもカバンにもない。<br />顔が一瞬で青ざめた。<br />列車はノンカーイ駅に着いて他の乗客はすでに降り、僕一人が慌てふためいていた。<br />車掌が「ノンカーイに着いているよ」と教えてくれている。<br />そんな事はわかっている。<br />カバンを広げててもない。<br />座席の隙間や床なども見たがない。<br />そんな馬鹿な…<br />今さっきまで、ここにあったのだ。<br />それが何故ないのだ。<br />車内清掃のオバチャン達が作業を始めていた。<br />とりあえず、荷物を持ってホームに降りる。<br />落ち着け!落ち着くんだ… と自分に言い聞かせ、ベンチの上にカバンの中身を一つ一つ並べていく姿は、これから露店でも開くかのようにも見える。<br />やっぱりない…<br />再び車内へ。<br />しかし、ない物はなかった。<br />列車がノンカーイに着いてから30分ほどが過ぎていただろうか。<br /><br />やられた…<br /><br />乗客が降り始め、荷物をまとめているわずかの隙に盗まれたのだ。<br />…そうとしか考えられなかった。<br /><br />実は旅の2日目に、ミャンマーのヤンゴン駅でデジカメをなくすと言う失態もやらかしてしまい、スマホで写真を撮り続けて来たのだ。<br />スマホを無くしたらブログに載せる写真が全て台無しになってしまう。<br />自分の中では細心の注意を払っているつもりでいたのだが、こんな事になってしまうなんて…<br />もう、自分が情けなくて、悔しくてたまらない。<br />デジカメにスマホ… ダブルパンチだ。<br />機械本体より撮り続けてきた写真データを一瞬にして失ってしまったショックが大きく、駅のベンチに座りこんでしまった。<br /><br />駅のベンチにへたこれてしまった僕の姿を駅員や乗務員がたむろして心配そう見る。<br />だが、彼らにもどうする事もできない。<br />僕は「マイペンライ.クラップ」‥日本語に訳すと「大丈夫です」と言うのがやっとだった。<br /><br />それから、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか…<br />静かな駅のホームには、僕とトゥクトゥクのおじさんが一人。<br />もう、何もする気が起きない。<br />しかし、前に進むしかない。<br />おじさんに「国境までいくら?」と聞く。<br />おじさんは、客になりそうな僕をずっと待っていたのだ。<br />体を引きずってトゥクトゥクに乗り込み、国境に向かう…。<br /><br />━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br /><br />皆様、こんにちは。<br />オーヤシクタンでございます。<br />第37回海外放浪…今回は、タイ~ミャンマー~ラオスを9日間で周りました。<br />プロローグで述べましたが、今回の旅の写真はスマホの盗難によりありません。(泣)<br />写真は、4トラベラーのポインセチア様の承諾を得てバガンの写真をお借りしました。<br />その他の写真は過去の記録写真や合成写真をイメージとして掲載している事をご了承願います。<br /><br />表紙写真‥林立する仏塔の幻想的な眺め。<br />★写真提供‥4トラベラー.ポインセチア様。<br /><br />旅行期日‥2015年1月24日(土)~2月1日(月) 8泊9日<br /><br />1月26日(月) 第3日目。晴れ<br /><br />★Y5-649便.ヘーホー行<br />ヤンゴン10:30→ニャウンウー11:55<br />↓<br />◎バガン遺跡サイクリング&amp;夕日観賞(14:00~20:00)<br /><br />※ゴールデンミャンマー航空…56ドル(6818円)<br />※バガン入場料…20ドル(2400円)<br />※ゴールデンミャンマーGH…30ドル(3600円)<br />※昼食…1400チャット(140円)<br />※貸自転車…1500チャット(150円)<br />※夕食…7500チャット(750円)<br />※水…300チャット(30円)<br /><br />☆宿泊‥ニャウンウー.ゴールデンミャンマーゲストハウス。<br /><br />1月27日(火) 第4日目。晴れ<br /><br />◎バガン遺跡サイクリング&amp;朝日観賞(5:15~8:20)<br />↓<br />★Y5-650便.ヤンゴン行<br />ニャウンウー13:55→ヤンゴン15:15<br />↓<br />★Y5-238便.バンコク行<br />ヤンゴン19:00→バンコク.スワンナプーム20:50<br /><br />※貸自転車…1500チャット(150円)<br />※乗合トラック…1000チャット(100円)<br />※昼食…4000チャット(400円)<br />※ゴールデンミャンマー航空(ニャウンウー→ヤンゴン)‥56ドル(6818円)<br />※ヤンゴン空港前フードセンター…1400チャット(140円)<br />※ゴールデンミャンマー航空(ヤンゴン→バンコク)‥55ドル(6688円)

第37回海外放浪・タイ~ミャンマー~ラオス・その4.バガン遺跡るんるんサイクリング。

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2015/01/26 - 2015/01/27

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オーヤシクタン

オーヤシクタンさん

第12部-58冊目

プロローグ

「やられた…」
僕は駅のベンチに座りこんでしまった。
ここはタイ.ラオス国境、タイ側の街‥ノンカーイの駅。
旅も終わりに近い7日目の事である。
バンコクから急行列車に12時間揺られてやって来た。
事件は、列車がノンカーイ駅に着く時に起きた。

スマホがない!

車内で充電をしていて、そろそろノンカーイに着く頃なので、プラグを抜いて荷物をまとめていたら列車はノンカーイ駅に到着し、乗客がバタバタと降り始めた時だった。

ん? 今まで、ここにあったスマホはどこに…

ポケットにもカバンにもない。
顔が一瞬で青ざめた。
列車はノンカーイ駅に着いて他の乗客はすでに降り、僕一人が慌てふためいていた。
車掌が「ノンカーイに着いているよ」と教えてくれている。
そんな事はわかっている。
カバンを広げててもない。
座席の隙間や床なども見たがない。
そんな馬鹿な…
今さっきまで、ここにあったのだ。
それが何故ないのだ。
車内清掃のオバチャン達が作業を始めていた。
とりあえず、荷物を持ってホームに降りる。
落ち着け!落ち着くんだ… と自分に言い聞かせ、ベンチの上にカバンの中身を一つ一つ並べていく姿は、これから露店でも開くかのようにも見える。
やっぱりない…
再び車内へ。
しかし、ない物はなかった。
列車がノンカーイに着いてから30分ほどが過ぎていただろうか。

やられた…

乗客が降り始め、荷物をまとめているわずかの隙に盗まれたのだ。
…そうとしか考えられなかった。

実は旅の2日目に、ミャンマーのヤンゴン駅でデジカメをなくすと言う失態もやらかしてしまい、スマホで写真を撮り続けて来たのだ。
スマホを無くしたらブログに載せる写真が全て台無しになってしまう。
自分の中では細心の注意を払っているつもりでいたのだが、こんな事になってしまうなんて…
もう、自分が情けなくて、悔しくてたまらない。
デジカメにスマホ… ダブルパンチだ。
機械本体より撮り続けてきた写真データを一瞬にして失ってしまったショックが大きく、駅のベンチに座りこんでしまった。

駅のベンチにへたこれてしまった僕の姿を駅員や乗務員がたむろして心配そう見る。
だが、彼らにもどうする事もできない。
僕は「マイペンライ.クラップ」‥日本語に訳すと「大丈夫です」と言うのがやっとだった。

それから、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか…
静かな駅のホームには、僕とトゥクトゥクのおじさんが一人。
もう、何もする気が起きない。
しかし、前に進むしかない。
おじさんに「国境までいくら?」と聞く。
おじさんは、客になりそうな僕をずっと待っていたのだ。
体を引きずってトゥクトゥクに乗り込み、国境に向かう…。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

皆様、こんにちは。
オーヤシクタンでございます。
第37回海外放浪…今回は、タイ~ミャンマー~ラオスを9日間で周りました。
プロローグで述べましたが、今回の旅の写真はスマホの盗難によりありません。(泣)
写真は、4トラベラーのポインセチア様の承諾を得てバガンの写真をお借りしました。
その他の写真は過去の記録写真や合成写真をイメージとして掲載している事をご了承願います。

表紙写真‥林立する仏塔の幻想的な眺め。
★写真提供‥4トラベラー.ポインセチア様。

旅行期日‥2015年1月24日(土)~2月1日(月) 8泊9日

1月26日(月) 第3日目。晴れ

★Y5-649便.ヘーホー行
ヤンゴン10:30→ニャウンウー11:55

◎バガン遺跡サイクリング&夕日観賞(14:00~20:00)

※ゴールデンミャンマー航空…56ドル(6818円)
※バガン入場料…20ドル(2400円)
※ゴールデンミャンマーGH…30ドル(3600円)
※昼食…1400チャット(140円)
※貸自転車…1500チャット(150円)
※夕食…7500チャット(750円)
※水…300チャット(30円)

☆宿泊‥ニャウンウー.ゴールデンミャンマーゲストハウス。

1月27日(火) 第4日目。晴れ

◎バガン遺跡サイクリング&朝日観賞(5:15~8:20)

★Y5-650便.ヤンゴン行
ニャウンウー13:55→ヤンゴン15:15

★Y5-238便.バンコク行
ヤンゴン19:00→バンコク.スワンナプーム20:50

※貸自転車…1500チャット(150円)
※乗合トラック…1000チャット(100円)
※昼食…4000チャット(400円)
※ゴールデンミャンマー航空(ニャウンウー→ヤンゴン)‥56ドル(6818円)
※ヤンゴン空港前フードセンター…1400チャット(140円)
※ゴールデンミャンマー航空(ヤンゴン→バンコク)‥55ドル(6688円)

同行者
一人旅
一人あたり費用
15万円 - 20万円
交通手段
自転車 飛行機
旅行の手配内容
個別手配
  • ゴールデンミャンマー航空。<br />ミャンマー初のLCCである。<br />※イメージ。 <br />━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br />①<br />タクシーの運転で少しスリルを味わったが、ヤンゴン空港に着いた。<br />実は今回、ヤンゴンに2泊するつもりでいたのだが、色々と調べているうちにバガンの風景写真が目にとまった。<br />平原に仏塔が建ち並び、幻想的な風景を醸し出している写真だった。<br /><br />なんかすごく行きたくなってしまった。<br /><br />しかし、飛行機代が高かった。<br />ヤンゴンからニャウンウー(バガン)の航空券は片道100ドル以上した。<br />今は円安だから往復で2万4千円ほどかかってしまう。<br />バスは安いのだが、スケジュール上、時間がない。<br />そんな時、ミャンマーに詳しそうな旅行会社を調べていたら、ゴールデンミャンマー航空と言うLCCがある事を知った。<br />サイトを開いてみた。<br />ヤンゴンからニャウンウーまで1往復の運行があり、運賃が片道56ドルと出ていた。<br />他の航空会社の半値近いではないか。<br />まだ空席はあるようだ。<br />英語サイトだったが、試行錯誤で予約をとる。<br />そして僕はヤンゴン空港にやって来た。<br /><br />ヤンゴン空港は国際線ターミナルと国内線ターミナルが隣りあっている。<br />国際線ターミナルは近代的だが、国内線ターミナルは薄暗く古い感じがする。<br />案内表示にLEDや液晶パネルの表示板はなく、全てボードによる表示だった。<br />チェックインもアナログだった。<br />パソコンらしき物はなく、リストを見ながらチェックをし、ボーデングパスは厚紙、搭乗客が係員から見てわかるように団体ツアーのように、胸にシールを貼る。<br />荷物はチェックインカウンターの前にある巨大な量りで重量を軽量していた。<br />セキュリティチェックを受けるとその前は待合室になっていて、ボーディングブリッジもなく、全てバスで航空機に行くようだった。<br />出発時刻の10分前になってやっとバスで搭乗となった。<br /><br />小さなプロペラ機が待機していて、席は先着順。<br />CAさんが前から座って下さいと言うので、前の方に行ったら席にタオルやら鞄やらが置かれていて席取りがされていた。<br />韓国人グループの仕業だった。<br />先に乗った数名が席に色々と置いて陣取りをしたのだ。<br />飛行機の通路は狭く、後からどんどんと客が乗ってくるので、逆戻りも一苦労でみんな困惑していた。<br /><br />搭乗はすぐに終わり、ブーンとプロペラが回り始めた。<br />離陸するとあっという間にヤンゴンの街が小さくなっていく。<br />プロペラ機なのでジェット機よりも飛行高度が低い。<br />赤茶けた大地が眼下に広がる。<br />所々に延びた道路がみえるが、あとは何もないようだ。<br />飛行機は満席だった。<br />乗客の1/3が韓国人だった。<br />今回の旅はどこに行っても韓国人が幅をきかせていた。<br />日本人は円安の影響なのか‥ <br />ほとんど見かけなかった。<br />実際に「韓国人ですか?」と何回か聞かれた。<br />以前だったら「日本人ですか?」と聞かれたものだったのだが‥<br />LCCなので機内サービスは特になく、配られたのは飴玉ひとつ。<br />やがて、仏塔が窓から見えるようになるとニャウンウー空港に到着する。

    ゴールデンミャンマー航空。
    ミャンマー初のLCCである。
    ※イメージ。 
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    タクシーの運転で少しスリルを味わったが、ヤンゴン空港に着いた。
    実は今回、ヤンゴンに2泊するつもりでいたのだが、色々と調べているうちにバガンの風景写真が目にとまった。
    平原に仏塔が建ち並び、幻想的な風景を醸し出している写真だった。

    なんかすごく行きたくなってしまった。

    しかし、飛行機代が高かった。
    ヤンゴンからニャウンウー(バガン)の航空券は片道100ドル以上した。
    今は円安だから往復で2万4千円ほどかかってしまう。
    バスは安いのだが、スケジュール上、時間がない。
    そんな時、ミャンマーに詳しそうな旅行会社を調べていたら、ゴールデンミャンマー航空と言うLCCがある事を知った。
    サイトを開いてみた。
    ヤンゴンからニャウンウーまで1往復の運行があり、運賃が片道56ドルと出ていた。
    他の航空会社の半値近いではないか。
    まだ空席はあるようだ。
    英語サイトだったが、試行錯誤で予約をとる。
    そして僕はヤンゴン空港にやって来た。

    ヤンゴン空港は国際線ターミナルと国内線ターミナルが隣りあっている。
    国際線ターミナルは近代的だが、国内線ターミナルは薄暗く古い感じがする。
    案内表示にLEDや液晶パネルの表示板はなく、全てボードによる表示だった。
    チェックインもアナログだった。
    パソコンらしき物はなく、リストを見ながらチェックをし、ボーデングパスは厚紙、搭乗客が係員から見てわかるように団体ツアーのように、胸にシールを貼る。
    荷物はチェックインカウンターの前にある巨大な量りで重量を軽量していた。
    セキュリティチェックを受けるとその前は待合室になっていて、ボーディングブリッジもなく、全てバスで航空機に行くようだった。
    出発時刻の10分前になってやっとバスで搭乗となった。

    小さなプロペラ機が待機していて、席は先着順。
    CAさんが前から座って下さいと言うので、前の方に行ったら席にタオルやら鞄やらが置かれていて席取りがされていた。
    韓国人グループの仕業だった。
    先に乗った数名が席に色々と置いて陣取りをしたのだ。
    飛行機の通路は狭く、後からどんどんと客が乗ってくるので、逆戻りも一苦労でみんな困惑していた。

    搭乗はすぐに終わり、ブーンとプロペラが回り始めた。
    離陸するとあっという間にヤンゴンの街が小さくなっていく。
    プロペラ機なのでジェット機よりも飛行高度が低い。
    赤茶けた大地が眼下に広がる。
    所々に延びた道路がみえるが、あとは何もないようだ。
    飛行機は満席だった。
    乗客の1/3が韓国人だった。
    今回の旅はどこに行っても韓国人が幅をきかせていた。
    日本人は円安の影響なのか‥ 
    ほとんど見かけなかった。
    実際に「韓国人ですか?」と何回か聞かれた。
    以前だったら「日本人ですか?」と聞かれたものだったのだが‥
    LCCなので機内サービスは特になく、配られたのは飴玉ひとつ。
    やがて、仏塔が窓から見えるようになるとニャウンウー空港に到着する。

  • 空港でバガン入場料を払う。<br />20米ドルもした。<br />円安が身にしみる。<br />※イメージ。<br />━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br />②ニャウンウー空港には10分遅れて12:05に着いた。<br />小さな空港だった。<br />駐機している飛行機はなく、誘導路にはペンペン草が生えている。<br />日本で言ったら屋久島とか離島の空港に匹敵するだろうか。<br />小さな空港だったが、バスが飛行機の前に横付けされた。<br />歩いた方が早いと思うのだが、乗客はバスで移動する。<br />その後ろを荷物は台車に乗せられて人力で運ばれて来た。<br />到着ロビーでバガン入場料(20ドル)を払う。<br />外に出ると空が青々としてきれいに晴れわたり、東南アジアの湿ったねっとりとした暑さはなく空気がスカッとしていた。<br /><br />空港から街までタクシーで10分ほどの距離である。<br />この距離でタクシー代7000チャット(700円)する。<br />ヤンゴン市内では30分の距離が6000チャット(600円)だった。<br />ケチと思われるかもしれないが、なんか、高いような気がしてならない。<br />しかし、空港からの足はタクシーしかない。<br />陽気もいいし、歩くか…<br />空港から歩き始めると、僕を見たタクシーの運ちゃん達が「タクシー!タクシー」と声をかけて来る。<br />空港から街まで4キロほどなので、歩いて1時間ほどかかるだろう。<br />まさかその距離を外国人観光客が歩いて行くとは誰も思わまい。<br />中には車で追いかけて来るタクシー氏もいた。<br />「歩いて行く」と言うと、「街まで遠いよ」と言われるのは目に見えていたので、「1時間くらいなら楽勝で歩けるよ」と言うと、タクシー氏は納得して引き返して行った。<br />空港からニャウンウーの街まではだらだらとした下り坂。<br />歩道がちゃんと整備されているのでリュック一つの身なら快適に歩ける。<br />しかし、途中にはなにもなかった。<br />同じような景色がひたすら続く。<br />空港を12:20に出て、歩く事約50分‥街に入る。<br />ニャウンウーの街は埃ぽい街だった。<br />観光客を乗せた大型バスやバガン名物の馬車が走り、頭に果物などをのせた地元の人々や、自転車や電動スクーターに乗った観光客が行き交っている。<br />まずは、宿に向かおう。

    空港でバガン入場料を払う。
    20米ドルもした。
    円安が身にしみる。
    ※イメージ。
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
    ②ニャウンウー空港には10分遅れて12:05に着いた。
    小さな空港だった。
    駐機している飛行機はなく、誘導路にはペンペン草が生えている。
    日本で言ったら屋久島とか離島の空港に匹敵するだろうか。
    小さな空港だったが、バスが飛行機の前に横付けされた。
    歩いた方が早いと思うのだが、乗客はバスで移動する。
    その後ろを荷物は台車に乗せられて人力で運ばれて来た。
    到着ロビーでバガン入場料(20ドル)を払う。
    外に出ると空が青々としてきれいに晴れわたり、東南アジアの湿ったねっとりとした暑さはなく空気がスカッとしていた。

    空港から街までタクシーで10分ほどの距離である。
    この距離でタクシー代7000チャット(700円)する。
    ヤンゴン市内では30分の距離が6000チャット(600円)だった。
    ケチと思われるかもしれないが、なんか、高いような気がしてならない。
    しかし、空港からの足はタクシーしかない。
    陽気もいいし、歩くか…
    空港から歩き始めると、僕を見たタクシーの運ちゃん達が「タクシー!タクシー」と声をかけて来る。
    空港から街まで4キロほどなので、歩いて1時間ほどかかるだろう。
    まさかその距離を外国人観光客が歩いて行くとは誰も思わまい。
    中には車で追いかけて来るタクシー氏もいた。
    「歩いて行く」と言うと、「街まで遠いよ」と言われるのは目に見えていたので、「1時間くらいなら楽勝で歩けるよ」と言うと、タクシー氏は納得して引き返して行った。
    空港からニャウンウーの街まではだらだらとした下り坂。
    歩道がちゃんと整備されているのでリュック一つの身なら快適に歩ける。
    しかし、途中にはなにもなかった。
    同じような景色がひたすら続く。
    空港を12:20に出て、歩く事約50分‥街に入る。
    ニャウンウーの街は埃ぽい街だった。
    観光客を乗せた大型バスやバガン名物の馬車が走り、頭に果物などをのせた地元の人々や、自転車や電動スクーターに乗った観光客が行き交っている。
    まずは、宿に向かおう。

  • この宿に泊まった。<br />ゴールデンミャンマーゲストハウス‥30ドル<br />バガンの宿は高い。<br />※イメージ。

    この宿に泊まった。
    ゴールデンミャンマーゲストハウス‥30ドル
    バガンの宿は高い。
    ※イメージ。

  • 平原に点在する遺跡群。<br />これを見たくてバガンまでやって来た。<br />※イメージ。<br />★写真提供‥4トラベラー.ポインセチア様。<br />━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br />③<br />宿に着いたのは13:30頃だったろうか。<br />バガンも宿が不足していると聞いていたので、ゴールデンミャンマーゲストハウスと言う宿を前持って予約しておいた。<br />エアコンと温水シャワー&amp;トイレ付きのツインだったが、冷蔵庫やテレビはなく部屋からの眺望はない、ごく普通のゲストハウスである。<br />これなら20ドルのレベルではないのか。<br />しかし、この30ドルの部屋がネットでは最安値だった。<br />シャワーを浴びたらお湯だか水だかわからない中途半端な温度の水がでてくる。<br />バガンの宿は高いと感じた。<br /><br />腹も減ったし、とりあえず、街に出ることにした。<br />バガンの遺跡群観光は徒歩では無理である。<br />ニャウンウーの街からオールドバガンまで6キロくらいある。<br />タクシーや馬車などをチャーターして回るのが一般的らしいが、金がないので宿で自転車を借りる事にした。<br />1日1500チャット(150円)の貸自転車は、かなりくたびれたママチャリで、盗難防止登録のシールが貼ったままの日本から渡って来た自転車だった。<br /><br />まず市場に向かう。<br />お腹がペコペコだった。<br />市場に行けば安食堂があるはずだ…<br />ニャウンウーの市場には民芸品やロンジーなども売っていて、迷路のような細い路地にたくさんの店が並んでいた。<br />衣類屋が並ぶ界隈には、日本ではほとんど見られなくなった足踏みミシンが今も現役で活躍している。<br />足先で器用に操るミシンのカタカタと言う音を聞くと、妙に懐かしさを感じる。<br />あれは子供の頃だったか‥<br />遠足があって、母が夜なべをして肩掛けバッグを作ってくれた。<br />同時、我が家のミシンは足踏みミシンだった。<br />夜中に家の中をカタカタとミシンが音をたてていた。<br />家事に育児と時間がない中を徹夜で縫ってくれたのだろう‥<br />遠足当日、僕は母手作りの肩掛けバッグを小さな体に掛けて遠足に行った。<br />しかし、学校に行くとみんな市販品のピカピカのリュックサックを背負っている。<br />手作りの肩掛けバッグは僕一人だけ。<br />なんかすごく恥ずかしかった。<br />母に愚痴を言ったかどうかは覚えていないが、その肩掛けバッグを使ったのは、その時の1回だけ。<br />今、親になる年になって、子供だったからとは言え、母が縫ってくれた肩掛けバッグを恥ずかしいと思った事を申し訳なく思っている。<br />ミャンマーの市場で、足踏みミシンのカタカタと言う音を聞きながらそんな事を思い出していた。<br /><br />話しがそれてしまった。<br />市場をブラブラしていると、いったいどこで言葉を覚えたのか‥<br />「コレ、1ドル、ヤスイヤスイ」と声をかけてくる店員もいる。<br />生鮮品、乾物、衣類、雑貨などなど、ブロックごとにお店が集中していた。<br />しかし、食堂がない。<br />こういう市場にはだいたいおかずを並べた食堂があるはずなのだが、みあたらなかった。<br />仕方ないので、オールドバガンに向けて自転車を走らせる。<br />埃っぽい街の中心部を抜けると、街路樹が並ぶのどかな通りになった。<br />ルンルン気分で自転車を走らせていると、右にバガンを代表する仏塔のあるシュエズィーゴォンパヤーに続く屋根付きの参道が見えてきた。<br />その向かいには数件の食堂が並んでいた。<br />空腹は限界に達していたので、自転車を停める。<br />かなり広い食堂で、道路に面したオープンエアのテーブルでは、暇そうな男達がお茶をしていた。<br />アジアの国を旅していると、男はあまり働かないように見える。<br />食堂に入ると店の切り盛りを大半が女性で、男はレジでふんぞり返っているか、何もしていない事が多い。<br />韓国の中小飲食店の主人達が日本に視察に来て、日本の食堂の主人は接客に調理、清掃に皿洗いも進んでやるのを見て驚いた‥と言う話しを聞いたことがある。<br />この食堂も働いているのは女性が大半だったが、注文をとりに来たのは10才になるかならないかの男の子だった。<br />指差し会話帳で、カウソエと言う麺料理とコーラを頼んだ。<br />すると少年は厨房に向かって「ラーメン1丁!」と日本語にしたらこんなような感じになろうか‥威勢のいい声をあげて仕事をテキパキとしている。<br />これを日本の子供達が見たらどう思うのだろうか‥<br />しばらく少年の仕事ぶりを感心しながら眺めていると、コーラと一緒に頼んでいないスナック類がテーブルの上にのせられた。<br />驚く事はない。<br />ミャンマーの大衆的な喫茶店では、頼んでいなくてもスナック類が出てくるのは当たり前の事なのだ。<br />食べた分だけを後で会計するので、食べたくなければそのまま置いておけばよい。<br />出された物は色々なテーブルをまわる。<br />日本だったら、使い回しと言われて問題になってしまうだろうが、ミャンマーの人々は気にしない。<br />これは言葉のわからない僕にとって、素晴らしいシステムに感じた。<br />ステンレスのプレートには、餃子を大きくしたような揚げ物と、ドーナツが置かれた。<br />すっと、手がのびてしまう。<br />両方食べてみた。<br />脂っこいが、なかなかうまい。<br />揚げ餃子らしき食べ物の中身は、肉マンの具と同じような物が入っていて、ドーナツはもちもちしている。<br />すると、カウソエが運ばれてきた。<br />カウソエと言っても色々な種類がある。<br />僕が食べたのは、中華麺にココナッツミルク入りのピリ辛スープのカウソエだった。<br />カウソエとコーラにスナック類‥これで、1400チャット(140円)‥安かった。<br />ようやくお腹が落ち着いた。<br />バガンの遺跡群に向かって、再びペダルをこぎはじめた。

    平原に点在する遺跡群。
    これを見たくてバガンまでやって来た。
    ※イメージ。
    ★写真提供‥4トラベラー.ポインセチア様。
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    宿に着いたのは13:30頃だったろうか。
    バガンも宿が不足していると聞いていたので、ゴールデンミャンマーゲストハウスと言う宿を前持って予約しておいた。
    エアコンと温水シャワー&トイレ付きのツインだったが、冷蔵庫やテレビはなく部屋からの眺望はない、ごく普通のゲストハウスである。
    これなら20ドルのレベルではないのか。
    しかし、この30ドルの部屋がネットでは最安値だった。
    シャワーを浴びたらお湯だか水だかわからない中途半端な温度の水がでてくる。
    バガンの宿は高いと感じた。

    腹も減ったし、とりあえず、街に出ることにした。
    バガンの遺跡群観光は徒歩では無理である。
    ニャウンウーの街からオールドバガンまで6キロくらいある。
    タクシーや馬車などをチャーターして回るのが一般的らしいが、金がないので宿で自転車を借りる事にした。
    1日1500チャット(150円)の貸自転車は、かなりくたびれたママチャリで、盗難防止登録のシールが貼ったままの日本から渡って来た自転車だった。

    まず市場に向かう。
    お腹がペコペコだった。
    市場に行けば安食堂があるはずだ…
    ニャウンウーの市場には民芸品やロンジーなども売っていて、迷路のような細い路地にたくさんの店が並んでいた。
    衣類屋が並ぶ界隈には、日本ではほとんど見られなくなった足踏みミシンが今も現役で活躍している。
    足先で器用に操るミシンのカタカタと言う音を聞くと、妙に懐かしさを感じる。
    あれは子供の頃だったか‥
    遠足があって、母が夜なべをして肩掛けバッグを作ってくれた。
    同時、我が家のミシンは足踏みミシンだった。
    夜中に家の中をカタカタとミシンが音をたてていた。
    家事に育児と時間がない中を徹夜で縫ってくれたのだろう‥
    遠足当日、僕は母手作りの肩掛けバッグを小さな体に掛けて遠足に行った。
    しかし、学校に行くとみんな市販品のピカピカのリュックサックを背負っている。
    手作りの肩掛けバッグは僕一人だけ。
    なんかすごく恥ずかしかった。
    母に愚痴を言ったかどうかは覚えていないが、その肩掛けバッグを使ったのは、その時の1回だけ。
    今、親になる年になって、子供だったからとは言え、母が縫ってくれた肩掛けバッグを恥ずかしいと思った事を申し訳なく思っている。
    ミャンマーの市場で、足踏みミシンのカタカタと言う音を聞きながらそんな事を思い出していた。

    話しがそれてしまった。
    市場をブラブラしていると、いったいどこで言葉を覚えたのか‥
    「コレ、1ドル、ヤスイヤスイ」と声をかけてくる店員もいる。
    生鮮品、乾物、衣類、雑貨などなど、ブロックごとにお店が集中していた。
    しかし、食堂がない。
    こういう市場にはだいたいおかずを並べた食堂があるはずなのだが、みあたらなかった。
    仕方ないので、オールドバガンに向けて自転車を走らせる。
    埃っぽい街の中心部を抜けると、街路樹が並ぶのどかな通りになった。
    ルンルン気分で自転車を走らせていると、右にバガンを代表する仏塔のあるシュエズィーゴォンパヤーに続く屋根付きの参道が見えてきた。
    その向かいには数件の食堂が並んでいた。
    空腹は限界に達していたので、自転車を停める。
    かなり広い食堂で、道路に面したオープンエアのテーブルでは、暇そうな男達がお茶をしていた。
    アジアの国を旅していると、男はあまり働かないように見える。
    食堂に入ると店の切り盛りを大半が女性で、男はレジでふんぞり返っているか、何もしていない事が多い。
    韓国の中小飲食店の主人達が日本に視察に来て、日本の食堂の主人は接客に調理、清掃に皿洗いも進んでやるのを見て驚いた‥と言う話しを聞いたことがある。
    この食堂も働いているのは女性が大半だったが、注文をとりに来たのは10才になるかならないかの男の子だった。
    指差し会話帳で、カウソエと言う麺料理とコーラを頼んだ。
    すると少年は厨房に向かって「ラーメン1丁!」と日本語にしたらこんなような感じになろうか‥威勢のいい声をあげて仕事をテキパキとしている。
    これを日本の子供達が見たらどう思うのだろうか‥
    しばらく少年の仕事ぶりを感心しながら眺めていると、コーラと一緒に頼んでいないスナック類がテーブルの上にのせられた。
    驚く事はない。
    ミャンマーの大衆的な喫茶店では、頼んでいなくてもスナック類が出てくるのは当たり前の事なのだ。
    食べた分だけを後で会計するので、食べたくなければそのまま置いておけばよい。
    出された物は色々なテーブルをまわる。
    日本だったら、使い回しと言われて問題になってしまうだろうが、ミャンマーの人々は気にしない。
    これは言葉のわからない僕にとって、素晴らしいシステムに感じた。
    ステンレスのプレートには、餃子を大きくしたような揚げ物と、ドーナツが置かれた。
    すっと、手がのびてしまう。
    両方食べてみた。
    脂っこいが、なかなかうまい。
    揚げ餃子らしき食べ物の中身は、肉マンの具と同じような物が入っていて、ドーナツはもちもちしている。
    すると、カウソエが運ばれてきた。
    カウソエと言っても色々な種類がある。
    僕が食べたのは、中華麺にココナッツミルク入りのピリ辛スープのカウソエだった。
    カウソエとコーラにスナック類‥これで、1400チャット(140円)‥安かった。
    ようやくお腹が落ち着いた。
    バガンの遺跡群に向かって、再びペダルをこぎはじめた。

  • 素晴らしいのに世界遺産ではないのが不思議だ。<br />※イメージ。<br />★写真提供‥4トラベラー.ポインセチア様。<br />━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br />④<br />メイン通りと呼ばれる一本道を自転車で快走すると、民家がなくなり、草原に仏塔が点在するようになった。<br />ニャウンウーとオールドバガンの中間点に、ひときわ大きく見える仏塔があったので、自転車を止めた。<br />1215年にバガン王ナンダウンミャーがこの地で王位継承者に選ばれたことを記念して建てられた、ティーローミィンロー寺院である。<br />王位継承者を選ぶ時、5人の王子が候補だったのだが、父が傘を倒し、傘が倒れた方向に座っていたのが、ナンダウンミャーだったと言うエピソードがあるのだが、そんなやり方で一国の王が決まってしまうの?‥と首を傾げたくなってしまった。<br />数台の観光バスが停まっていて、中は団体客で賑わっていたので、写真だけを撮って退散する。<br /><br />オールドバガンに向かうメイン通りは、多少のアップダウンがあるものの、自転車でも快適に走れ、道にそって遺跡がある。<br />だだ、道幅があまり広くないので、後ろからバスみたいな大型車が来た時は、注意しなくてはならない。<br />欧米人は電動スクーターを借りて遺跡巡りをしている人が多い。<br />ペダルがついているので、電動自転車に見えるが普段はモーターの力だけで走れる。<br />以外にもスピードは自転車より早く、僕のママチャリを余裕で抜いて行く。<br />2人乗りで、1日8000チャット(800円)と自転車の5倍近くの値段だが、タクシーや馬車をチャーターするよりは安いので人気があるようだ。<br />バガン巡りで一番情緒あるのは馬車だ。<br />しかし、めちゃくちゃ遅い。<br />自転車でも楽に追い越せてしまう‥そんなスピードである。<br /><br />オールドバガンの入口‥タラバー門を抜け、ゴドーパリィン寺院に着いた。<br />1174年から1211年にかけて建てられた2層の寺院で高さ55メートルのバガンで2番目の塔がそびえている。<br />バガンを代表する寺院とあって、ここも団体客で賑わっていたので、写真だけを撮って先に進む。<br /><br />次に向かったのは、シュエグーヂー寺院。<br />シュエグーヂーとは、黄金の洞窟と言う意味で1131年、アラウンスィードゥー王によって建てられた。<br />狭い階段を登るとテラスがある。<br />テラスからの眺めはいいのだが、なにかの小動物の糞らしき物が転がっていた。<br />ミャンマーの寺院は裸足で参拝しなくてはならない。<br />ムニュっと、踏んでしまった感触が脳裏をかすんでしまう。<br />ウンがついたなんて言えたもんじゃない。<br />足早に撤退する。<br /><br />シュエグーヂー寺院の隣にそびえる寺院は、ダビィニュ寺院。<br />ダビィニュとは全知者を差し、仏陀を意味している。<br />バガンで最も高い65メートルの高さを誇る。<br />下から眺めると建物の高さが際立っていた。<br />今から871年も昔に建てられたそうだが、どれだけの労力を使ったのか?<br />ガイドブックにはアラウンスィードゥー王によって建てられたとあるが、実際に重たい石を運び築いたのは労夫ではないのか。<br />当時はどんな世の中だったのか‥と考えてしまう。

    素晴らしいのに世界遺産ではないのが不思議だ。
    ※イメージ。
    ★写真提供‥4トラベラー.ポインセチア様。
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    メイン通りと呼ばれる一本道を自転車で快走すると、民家がなくなり、草原に仏塔が点在するようになった。
    ニャウンウーとオールドバガンの中間点に、ひときわ大きく見える仏塔があったので、自転車を止めた。
    1215年にバガン王ナンダウンミャーがこの地で王位継承者に選ばれたことを記念して建てられた、ティーローミィンロー寺院である。
    王位継承者を選ぶ時、5人の王子が候補だったのだが、父が傘を倒し、傘が倒れた方向に座っていたのが、ナンダウンミャーだったと言うエピソードがあるのだが、そんなやり方で一国の王が決まってしまうの?‥と首を傾げたくなってしまった。
    数台の観光バスが停まっていて、中は団体客で賑わっていたので、写真だけを撮って退散する。

    オールドバガンに向かうメイン通りは、多少のアップダウンがあるものの、自転車でも快適に走れ、道にそって遺跡がある。
    だだ、道幅があまり広くないので、後ろからバスみたいな大型車が来た時は、注意しなくてはならない。
    欧米人は電動スクーターを借りて遺跡巡りをしている人が多い。
    ペダルがついているので、電動自転車に見えるが普段はモーターの力だけで走れる。
    以外にもスピードは自転車より早く、僕のママチャリを余裕で抜いて行く。
    2人乗りで、1日8000チャット(800円)と自転車の5倍近くの値段だが、タクシーや馬車をチャーターするよりは安いので人気があるようだ。
    バガン巡りで一番情緒あるのは馬車だ。
    しかし、めちゃくちゃ遅い。
    自転車でも楽に追い越せてしまう‥そんなスピードである。

    オールドバガンの入口‥タラバー門を抜け、ゴドーパリィン寺院に着いた。
    1174年から1211年にかけて建てられた2層の寺院で高さ55メートルのバガンで2番目の塔がそびえている。
    バガンを代表する寺院とあって、ここも団体客で賑わっていたので、写真だけを撮って先に進む。

    次に向かったのは、シュエグーヂー寺院。
    シュエグーヂーとは、黄金の洞窟と言う意味で1131年、アラウンスィードゥー王によって建てられた。
    狭い階段を登るとテラスがある。
    テラスからの眺めはいいのだが、なにかの小動物の糞らしき物が転がっていた。
    ミャンマーの寺院は裸足で参拝しなくてはならない。
    ムニュっと、踏んでしまった感触が脳裏をかすんでしまう。
    ウンがついたなんて言えたもんじゃない。
    足早に撤退する。

    シュエグーヂー寺院の隣にそびえる寺院は、ダビィニュ寺院。
    ダビィニュとは全知者を差し、仏陀を意味している。
    バガンで最も高い65メートルの高さを誇る。
    下から眺めると建物の高さが際立っていた。
    今から871年も昔に建てられたそうだが、どれだけの労力を使ったのか?
    ガイドブックにはアラウンスィードゥー王によって建てられたとあるが、実際に重たい石を運び築いたのは労夫ではないのか。
    当時はどんな世の中だったのか‥と考えてしまう。

  • バガンの夕陽。感動…<br />※イメージ。<br />★写真提供‥4トラベラー.ポインセチア様。<br />━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br />⑤<br />とてもいい天気だった。<br />1月のミャンマーは乾期にあたり、雨はほとんど降らない。<br />この分だと夕日は確実に見れそうだ。<br />シュエサンドパヤーに着いたのは16時頃だった。<br />ここではチケットの拝見があった。<br />寺院内には砂絵売りが仏塔入口を陣取り、その回りに土産屋、そしてハガキを売る子供達がいる。<br />急な階段を登って仏塔のテラスに出た。<br /><br />素晴らしい眺めだった。<br />地の果てまで仏塔が建っている。<br />僕がバガンに行きたいと思わせた写真の風景が目の前に広がり、大地と点在する仏塔群がみごとに調和していた。<br /><br />来て良かった‥<br />「これを見たくてバガンまでやって来たのだよ」<br />心の中で呟いた。<br /><br />カメラのシャッターを夢中になって押した。<br />この仏塔は夕日観賞のスポットとして有名である。<br />16:15<br />場所をキープしようと早めに来たのだが、まだ早すぎるのか‥誰もいなかった。<br />日没は17:50。<br />まだ、1時間30分以上もある。<br />西日が当たって暑い。<br />水を持って来るのを忘れてしまったので、干物になりそうだ。<br />それでも、夕日を見る為なら‥と耐える。<br />しばらくすると、誰もいなかった仏塔が賑やかになってきた。<br />観光バスも続々とやってくる。<br />17時を回ると、テラスは夕日観賞の人々で満員御礼状態。<br />皆、赤く染まる風景に釘付けになっている。<br />そして、17:50‥日が沈むと拍手が湧いた。<br /><br />素晴らしかった。<br /><br />これを作家の先生ならどのように表現するのだろうか。<br />僕には、素晴らしい‥としか書けない。<br />自分の表現力のなさを感じながら、この原稿を書いている。<br />日が沈むと、見物客は続々と仏塔を降りていくのだが、その流れに反して登って来る人達がいる。<br />その方達は、テラスでお祈りを始めた。<br />どうやら信者のようだ。<br />観光客で満員だったので、塔にあがる事ができないでいたのだろう。<br />ミャンマーは仏教国である事を痛感する。<br />日は沈んだが、僕は仏塔に居座り続けた。<br />夕日が沈んだ後に、西の空がふわっと赤く染まる瞬間がある。<br />これがまたきれいなのだ。<br />僕と同様に知る人は仏塔に居座り続けた。<br />一番星が出て来る頃になると、西の山々の稜線が赤く染まり始め、ふわっと一瞬赤く染まった。<br />夕日のクライマックスである。<br />これを待っていた。<br />すると、一気に周囲が暗くなった。<br />いくつかの仏塔がライトアップされ、それもまたきれいに見える。<br />すると、巡回の警備員さんから「もう終わりだよ」と帰るように促された。<br />時間は18:30だった。<br />仏塔を降りると、土産屋も店仕終いし、皆、家路についている。<br />周囲は外灯がなく、本当に真っ暗だった。<br />持参したヘッドライトをつけて、自転車をこぎはじめた。<br />帰りは、メイン通りより南に平行するアノーヤター通りを走る。<br />アノーヤター通りはインドネシアのスハルト大統領がバガンを訪問する為に建設された道路なのだが、地元では単なる無駄使いと批判され、車線が方向別に分離され道幅も広く、外灯もある立派な道路なのだが閑散としていた。<br />そのお陰で自転車でも走りやすく、ニャウンウーまで快走する。<br /><br />宿に戻ったのは、19:10だった。<br />さすがに自転車を30分こいで来ると汗だくになる。<br />水だか湯だかわからないシャワーを浴びて、夕食を食べに出掛けようとしたら、トントンと部屋をノックする音がした。<br />「なんだ?オンナの勧誘か?」<br />男一人旅をしていると、マッサージと称して若い女性のサービスを勧誘される事がある。<br />ドアを開けると、若い男性が立っていた。<br />男性には興味がないんだけど…<br />と思っていると、彼は「シャワーの具合を見せて欲しい」と言うではないか。<br />どうやら僕の思い違いだったらしく、宿の従業員のようだ。<br />彼がシャワールームで格闘する事30分。<br />シャワールームから熱々の湯気が部屋に漏れてきた。<br />つい先ほど、水だか湯だかわからないシャワーを浴びたのだが、どうやらシャワーが故障していたらしい。<br />しかし、僕はクレームを入れていない。<br />しかし何故、今頃の時間に修理に来たのか‥<br />たまにアジアの人々の思考回路がわからなくなる時がある。<br />その後、オンナの勧誘は来たかと言うと、僕が金ナシだと悟られたのか‥誰も来ることはなかった。<br /><br />夕食は宿から歩いてすぐの、レストランに入った。<br />少し高そうな雰囲気で、接客の若い女性はミャンマーの民族衣装を身に纏っている。<br />指差し会話帳で「オススメはなんですか?」と聞いたら、川海老のカレーセットを薦めてくれた。<br />カレーにライス、副菜2品、スープなどがついて4000チャット(400円)とお得だったので、それに決め、マンダレービールを注文。<br />バガンの夜は予想以上に寒い。<br />体は冷えてしまったが、喉は乾いたままだったので、冷えたビールがとてもうまい!<br />料理は油濃いのは否めないが、ミャンマーのカレーはうまい。<br />副菜もなんと言う料理かわからなかったが、美味しくてすべてきれいに完食。<br />ミャンマーの味を堪能し、宿に戻った。

    バガンの夕陽。感動…
    ※イメージ。
    ★写真提供‥4トラベラー.ポインセチア様。
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    とてもいい天気だった。
    1月のミャンマーは乾期にあたり、雨はほとんど降らない。
    この分だと夕日は確実に見れそうだ。
    シュエサンドパヤーに着いたのは16時頃だった。
    ここではチケットの拝見があった。
    寺院内には砂絵売りが仏塔入口を陣取り、その回りに土産屋、そしてハガキを売る子供達がいる。
    急な階段を登って仏塔のテラスに出た。

    素晴らしい眺めだった。
    地の果てまで仏塔が建っている。
    僕がバガンに行きたいと思わせた写真の風景が目の前に広がり、大地と点在する仏塔群がみごとに調和していた。

    来て良かった‥
    「これを見たくてバガンまでやって来たのだよ」
    心の中で呟いた。

    カメラのシャッターを夢中になって押した。
    この仏塔は夕日観賞のスポットとして有名である。
    16:15
    場所をキープしようと早めに来たのだが、まだ早すぎるのか‥誰もいなかった。
    日没は17:50。
    まだ、1時間30分以上もある。
    西日が当たって暑い。
    水を持って来るのを忘れてしまったので、干物になりそうだ。
    それでも、夕日を見る為なら‥と耐える。
    しばらくすると、誰もいなかった仏塔が賑やかになってきた。
    観光バスも続々とやってくる。
    17時を回ると、テラスは夕日観賞の人々で満員御礼状態。
    皆、赤く染まる風景に釘付けになっている。
    そして、17:50‥日が沈むと拍手が湧いた。

    素晴らしかった。

    これを作家の先生ならどのように表現するのだろうか。
    僕には、素晴らしい‥としか書けない。
    自分の表現力のなさを感じながら、この原稿を書いている。
    日が沈むと、見物客は続々と仏塔を降りていくのだが、その流れに反して登って来る人達がいる。
    その方達は、テラスでお祈りを始めた。
    どうやら信者のようだ。
    観光客で満員だったので、塔にあがる事ができないでいたのだろう。
    ミャンマーは仏教国である事を痛感する。
    日は沈んだが、僕は仏塔に居座り続けた。
    夕日が沈んだ後に、西の空がふわっと赤く染まる瞬間がある。
    これがまたきれいなのだ。
    僕と同様に知る人は仏塔に居座り続けた。
    一番星が出て来る頃になると、西の山々の稜線が赤く染まり始め、ふわっと一瞬赤く染まった。
    夕日のクライマックスである。
    これを待っていた。
    すると、一気に周囲が暗くなった。
    いくつかの仏塔がライトアップされ、それもまたきれいに見える。
    すると、巡回の警備員さんから「もう終わりだよ」と帰るように促された。
    時間は18:30だった。
    仏塔を降りると、土産屋も店仕終いし、皆、家路についている。
    周囲は外灯がなく、本当に真っ暗だった。
    持参したヘッドライトをつけて、自転車をこぎはじめた。
    帰りは、メイン通りより南に平行するアノーヤター通りを走る。
    アノーヤター通りはインドネシアのスハルト大統領がバガンを訪問する為に建設された道路なのだが、地元では単なる無駄使いと批判され、車線が方向別に分離され道幅も広く、外灯もある立派な道路なのだが閑散としていた。
    そのお陰で自転車でも走りやすく、ニャウンウーまで快走する。

    宿に戻ったのは、19:10だった。
    さすがに自転車を30分こいで来ると汗だくになる。
    水だか湯だかわからないシャワーを浴びて、夕食を食べに出掛けようとしたら、トントンと部屋をノックする音がした。
    「なんだ?オンナの勧誘か?」
    男一人旅をしていると、マッサージと称して若い女性のサービスを勧誘される事がある。
    ドアを開けると、若い男性が立っていた。
    男性には興味がないんだけど…
    と思っていると、彼は「シャワーの具合を見せて欲しい」と言うではないか。
    どうやら僕の思い違いだったらしく、宿の従業員のようだ。
    彼がシャワールームで格闘する事30分。
    シャワールームから熱々の湯気が部屋に漏れてきた。
    つい先ほど、水だか湯だかわからないシャワーを浴びたのだが、どうやらシャワーが故障していたらしい。
    しかし、僕はクレームを入れていない。
    しかし何故、今頃の時間に修理に来たのか‥
    たまにアジアの人々の思考回路がわからなくなる時がある。
    その後、オンナの勧誘は来たかと言うと、僕が金ナシだと悟られたのか‥誰も来ることはなかった。

    夕食は宿から歩いてすぐの、レストランに入った。
    少し高そうな雰囲気で、接客の若い女性はミャンマーの民族衣装を身に纏っている。
    指差し会話帳で「オススメはなんですか?」と聞いたら、川海老のカレーセットを薦めてくれた。
    カレーにライス、副菜2品、スープなどがついて4000チャット(400円)とお得だったので、それに決め、マンダレービールを注文。
    バガンの夜は予想以上に寒い。
    体は冷えてしまったが、喉は乾いたままだったので、冷えたビールがとてもうまい!
    料理は油濃いのは否めないが、ミャンマーのカレーはうまい。
    副菜もなんと言う料理かわからなかったが、美味しくてすべてきれいに完食。
    ミャンマーの味を堪能し、宿に戻った。

  • 朝日に染まる仏塔群。<br />寒かった。<br />※イメージ。<br />★写真提供‥4トラベラー.ポインセチア様。<br />━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br />⑥<br />翌朝、4:30に起床。<br />外はまだ真っ暗だ。<br />そして、5:15‥宿を出発。<br />まだ静かなニャウンウーの街を自転車で走り始めた。<br />昨夜走ったアノーヤター通りを無心になってペダルをこぐ。<br />たまに空を見上げると、満天の星がとても美しく見える。<br />宿から30分ほどで着いたのは、シュエサンドーパヤー。<br />昨日、夕日を見た寺院だが、今日は朝日を見ようと早起きしてやって来た。<br />仏塔は裸足になって登るのだが、足の裏が冷たい。<br />ミャンマーの寺院は、裸足でなければならない。<br />靴下もダメなのだ。<br />おまけに寒いではないか。<br />身体は上着を着ればいいのだが、足裏だけはどうにもならず、耐えるしかなかった。<br />テラスにあがると、夕日の時ほどではないが、もう、先客がいて大半が欧米人のようだった。<br />まだ、周囲は真っ暗で、ライトアップされている仏塔がキラキラ輝いて見えた。<br />やがて東の空がうっすらと明るくなってきた。<br />暗くて見えなかった仏塔が徐々に姿を見せてくる。<br />そして、6:53‥ぱぁ~と日が登ってきた。<br />日の出である。<br />日を浴びた仏塔がみごとなくらいに幻想的だ。<br />すると、遠くの空から富裕層の観光客を乗せた気球がこっちに向かって来た。<br />あちらは、300ドル(36000円)もする、僕には縁のない乗り物だ。<br /><br />朝日観賞を堪能したので、富裕層の気球を見上げながら自転車で走り始めた。<br />こっちは、1日150円の乗り物。<br />これはこれで味がある‥と自分に言い聞かせてペダルをこいだ。<br />エーヤワディ川の畔にある、ブーバヤーに行ってみた。<br />早朝ともあって、ブーバヤーは地元の信者で賑わっていた。<br />僕も地元の方々に習ってお参りをする。<br />ブーバヤーには、川岸に小さな円筒形の仏塔があり、ぽってりした形が愛らしい。<br />寺の脇を流れるエーヤワディ川は偉大なる大河だった。<br />とにかく川幅が広い。<br />僕が今までに見た大河と言ったらメコン川くらいだろうか‥<br />メコン川も大河だが、エーヤワディ川の方が大きく見える。<br />なんか心が癒されるではないか。<br />しばらく、川をぼぉ~と眺めた。<br />ふと横を見ると野良犬も川を眺めていた。<br />犬も人間と同様に川を眺めると心が癒されるのだろうか。<br />その犬を見ていると、なんかとても愛らしくてたまらない。<br />心の洗浄を終え、帰りはメイン通りと走ってニャウンウーに向かった。<br />朝の爽やかな空気に触れながら自転車をこぐのは気持ちがいい。<br />ところが、油濃い物を食べ続けたこともあって、心の洗浄の次は腸内洗浄を身体は要求し始めた。<br />自転車をこいでいると下半身に刺激が走る。<br />シュエズィーゴォンパヤーをゆっくり参拝して行こうと思っていたのだが、そんな余裕はなく、写真だけを撮って全速力で宿に向かった。

    朝日に染まる仏塔群。
    寒かった。
    ※イメージ。
    ★写真提供‥4トラベラー.ポインセチア様。
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    翌朝、4:30に起床。
    外はまだ真っ暗だ。
    そして、5:15‥宿を出発。
    まだ静かなニャウンウーの街を自転車で走り始めた。
    昨夜走ったアノーヤター通りを無心になってペダルをこぐ。
    たまに空を見上げると、満天の星がとても美しく見える。
    宿から30分ほどで着いたのは、シュエサンドーパヤー。
    昨日、夕日を見た寺院だが、今日は朝日を見ようと早起きしてやって来た。
    仏塔は裸足になって登るのだが、足の裏が冷たい。
    ミャンマーの寺院は、裸足でなければならない。
    靴下もダメなのだ。
    おまけに寒いではないか。
    身体は上着を着ればいいのだが、足裏だけはどうにもならず、耐えるしかなかった。
    テラスにあがると、夕日の時ほどではないが、もう、先客がいて大半が欧米人のようだった。
    まだ、周囲は真っ暗で、ライトアップされている仏塔がキラキラ輝いて見えた。
    やがて東の空がうっすらと明るくなってきた。
    暗くて見えなかった仏塔が徐々に姿を見せてくる。
    そして、6:53‥ぱぁ~と日が登ってきた。
    日の出である。
    日を浴びた仏塔がみごとなくらいに幻想的だ。
    すると、遠くの空から富裕層の観光客を乗せた気球がこっちに向かって来た。
    あちらは、300ドル(36000円)もする、僕には縁のない乗り物だ。

    朝日観賞を堪能したので、富裕層の気球を見上げながら自転車で走り始めた。
    こっちは、1日150円の乗り物。
    これはこれで味がある‥と自分に言い聞かせてペダルをこいだ。
    エーヤワディ川の畔にある、ブーバヤーに行ってみた。
    早朝ともあって、ブーバヤーは地元の信者で賑わっていた。
    僕も地元の方々に習ってお参りをする。
    ブーバヤーには、川岸に小さな円筒形の仏塔があり、ぽってりした形が愛らしい。
    寺の脇を流れるエーヤワディ川は偉大なる大河だった。
    とにかく川幅が広い。
    僕が今までに見た大河と言ったらメコン川くらいだろうか‥
    メコン川も大河だが、エーヤワディ川の方が大きく見える。
    なんか心が癒されるではないか。
    しばらく、川をぼぉ~と眺めた。
    ふと横を見ると野良犬も川を眺めていた。
    犬も人間と同様に川を眺めると心が癒されるのだろうか。
    その犬を見ていると、なんかとても愛らしくてたまらない。
    心の洗浄を終え、帰りはメイン通りと走ってニャウンウーに向かった。
    朝の爽やかな空気に触れながら自転車をこぐのは気持ちがいい。
    ところが、油濃い物を食べ続けたこともあって、心の洗浄の次は腸内洗浄を身体は要求し始めた。
    自転車をこいでいると下半身に刺激が走る。
    シュエズィーゴォンパヤーをゆっくり参拝して行こうと思っていたのだが、そんな余裕はなく、写真だけを撮って全速力で宿に向かった。

  • 朝日が登るとお金持ちを乗せた気球がやって来る。<br />300米ドルもする、僕とは無縁の乗り物だ。<br />※イメージ。<br />★写真提供‥4トラベラー.ポインセチア様。<br />

    朝日が登るとお金持ちを乗せた気球がやって来る。
    300米ドルもする、僕とは無縁の乗り物だ。
    ※イメージ。
    ★写真提供‥4トラベラー.ポインセチア様。

  • バガンを代表する黄金の仏塔。<br />シュエズィーゴォンパヤー<br />※イメージ。<br />★写真提供‥4トラベラー.ポインセチア様。<br />━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br />⑤<br />バガンの朝日鑑賞を堪能し、宿に戻ったのは8:20。<br />腸内洗浄はなんとか間に合い、シャワーを浴びて朝食にする。<br />朝食代は宿泊代込み。<br /><br />スクランブルエッグ<br />トースト<br />スイカ<br />オレンジジュース<br />コーヒー<br /><br />朝食を食べてお腹がふくれたので部屋でゆっくりと休んだ。<br />11:30チェックアウト。<br />宿の主人が「これからどうするんだ?」と聞いて来たので、「空港に行く」と言うと「ならタクシーを呼んであげるよ」と言ってくれたが、丁重にお断りをした。<br />空港までは登り坂になるので、昨日のように歩くのはしんどい。<br />昨日、地元民向けの乗合トラックが走っているのを見た。<br />空港まで行く乗合トラックはなくても、空港の近くまでなら乗っていけるのではないか‥<br />それを試してみたかった。<br />市場の前に停まっていた乗合トラックのドライバー氏にミャンマー語で、空港・入口・交差点と書いた紙を見せると「行く」と言う。<br />トラックの荷台に乗って発車を待つ。<br />すると市場で買い物をした人達が乗り込んで来た。<br />みんな大きな荷物を持っている。<br />そのうち荷台は人間14人と大量の荷物で一杯になり出発した。<br />超満員!自分も荷物になっている感じがする。<br />それでも、途中からも人が乗って来る。<br />しまいには屋根に乗る人まで現れた。<br />もちろん外国人観光客は僕一人だけ。<br />地元人は500チャット(50円)払っていたが、僕は外国人料金が適用され1ドルだと言われた。<br />街から10分ほどで空港入口に着き、降ろしてもらった。<br />空港入口からだらだらとした坂を15分登ると空港だ。<br />空港に着いたのは12:20だった。<br />出発まで1時間30分ほどある。<br />チェックインは始まっていたので、先に済ませ、空港の外にある食堂で昼食にした。<br />空港の食堂?らしく、英文メニューがあった。<br /><br />焼き飯<br />トマトサラダ<br />辛いサラダ<br />スープ<br />ピーナツ<br /><br />焼き飯を注文すると、副菜が色々とついてくる。<br />トマトがすごく甘かった。<br />それからチリソースがついてきたが、これは少し舐めただけでも口から火を吹くほど辛い。<br />焼き飯セットとコーラで4000チャット(400円)と街中より値段は高め。<br />女子大生くらいの若い女性が作ってくれ、店を出る時に「アリガトウ」と言われた。<br />バガンの人々はカタコトでも日本語を使ってくれる人がいた。<br />ちなみに僕が覚えたミャンマー語は、ミンガラバー(おはよう)とバラウッレ(いくら?)のふたつしか覚えられなかった。<br /><br />再びヤンゴン空港に戻ったのは15:15。<br />心配していた遅れもなく定刻に戻ってきた。<br />今日はこのままバンコクに向かう。<br />遅れた時の事を考えてヤンゴンからバンコクもゴールデンミャンマー航空にした。<br />ヤンゴン出発は19:00だった。<br />まだ時間がある。<br />空港の周りをうろついてみた。<br />道路を挟んで反対側にフードセンターと称する食堂があった。<br />見た感じ、空港職員の利用が多い。<br />そこでは生ビールが飲めるようだった。<br />しかし、注文のシステムがよくわからない。<br />躊躇していたら、食堂を仕切っている中年女性が「ここに座りなさい」と言う仕草をしてくれたので、近くの食べ残しの麺料理を指さして「これ食べたい」と言う仕草をした。<br />それから「ビア」と言うと、女性は「ナマ?」と聞いてくるではないか。<br />エッ!? 「ナマ」で通じちゃうわけ?<br />これには少し驚いてしまったが、「そうそうナマですよナマね」と言うと理解してくれたようだったので一安心。<br />ミャンマーで麺料理はカウソエと言う。<br />色々な種類のカウソエがあるのだが、出て来たのは米で作った麺に少し辛味のある、ぬるいスープがかかっていたもの。<br />日本で言ったらぶっかけそばみたいな感じだ。<br />そして生ビールは旨かった。<br />コクがあってキンキンに冷えている。<br />麺料理と生ビールで1400チャット(140円)<br />会計も中年女性が助けてもらった。<br /><br />空港に戻り、パスポートにミャンマー出国のスタンプが押されてしまった。<br />ヤンゴン空港にANA機が駐機していた。<br />あれに乗ったら日本に帰ってしまう。<br />まだ乗りたくない‥<br />バンコク行きのゴールデンミャンマー航空は定刻19:00に出発した。<br />ヤンゴンの夜景が窓からよく見え、あっと言う間に小さくなっていく。<br />軍事政権によって鎖国状態の続いたミャンマーのイメージは暗いと思っていた。<br />数年前にヤンゴン市内で射殺された日本人ジャーナリストの記憶もまだ新しい。<br />しかし、行ってみると、人々はみんな笑顔で親切だった。<br />ビルマの竪琴のように、「帰りたくない」と言う気持ちが強かった。<br />そう思いながらヤンゴンを後にした。<br /><br />つづく。

    バガンを代表する黄金の仏塔。
    シュエズィーゴォンパヤー
    ※イメージ。
    ★写真提供‥4トラベラー.ポインセチア様。
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    バガンの朝日鑑賞を堪能し、宿に戻ったのは8:20。
    腸内洗浄はなんとか間に合い、シャワーを浴びて朝食にする。
    朝食代は宿泊代込み。

    スクランブルエッグ
    トースト
    スイカ
    オレンジジュース
    コーヒー

    朝食を食べてお腹がふくれたので部屋でゆっくりと休んだ。
    11:30チェックアウト。
    宿の主人が「これからどうするんだ?」と聞いて来たので、「空港に行く」と言うと「ならタクシーを呼んであげるよ」と言ってくれたが、丁重にお断りをした。
    空港までは登り坂になるので、昨日のように歩くのはしんどい。
    昨日、地元民向けの乗合トラックが走っているのを見た。
    空港まで行く乗合トラックはなくても、空港の近くまでなら乗っていけるのではないか‥
    それを試してみたかった。
    市場の前に停まっていた乗合トラックのドライバー氏にミャンマー語で、空港・入口・交差点と書いた紙を見せると「行く」と言う。
    トラックの荷台に乗って発車を待つ。
    すると市場で買い物をした人達が乗り込んで来た。
    みんな大きな荷物を持っている。
    そのうち荷台は人間14人と大量の荷物で一杯になり出発した。
    超満員!自分も荷物になっている感じがする。
    それでも、途中からも人が乗って来る。
    しまいには屋根に乗る人まで現れた。
    もちろん外国人観光客は僕一人だけ。
    地元人は500チャット(50円)払っていたが、僕は外国人料金が適用され1ドルだと言われた。
    街から10分ほどで空港入口に着き、降ろしてもらった。
    空港入口からだらだらとした坂を15分登ると空港だ。
    空港に着いたのは12:20だった。
    出発まで1時間30分ほどある。
    チェックインは始まっていたので、先に済ませ、空港の外にある食堂で昼食にした。
    空港の食堂?らしく、英文メニューがあった。

    焼き飯
    トマトサラダ
    辛いサラダ
    スープ
    ピーナツ

    焼き飯を注文すると、副菜が色々とついてくる。
    トマトがすごく甘かった。
    それからチリソースがついてきたが、これは少し舐めただけでも口から火を吹くほど辛い。
    焼き飯セットとコーラで4000チャット(400円)と街中より値段は高め。
    女子大生くらいの若い女性が作ってくれ、店を出る時に「アリガトウ」と言われた。
    バガンの人々はカタコトでも日本語を使ってくれる人がいた。
    ちなみに僕が覚えたミャンマー語は、ミンガラバー(おはよう)とバラウッレ(いくら?)のふたつしか覚えられなかった。

    再びヤンゴン空港に戻ったのは15:15。
    心配していた遅れもなく定刻に戻ってきた。
    今日はこのままバンコクに向かう。
    遅れた時の事を考えてヤンゴンからバンコクもゴールデンミャンマー航空にした。
    ヤンゴン出発は19:00だった。
    まだ時間がある。
    空港の周りをうろついてみた。
    道路を挟んで反対側にフードセンターと称する食堂があった。
    見た感じ、空港職員の利用が多い。
    そこでは生ビールが飲めるようだった。
    しかし、注文のシステムがよくわからない。
    躊躇していたら、食堂を仕切っている中年女性が「ここに座りなさい」と言う仕草をしてくれたので、近くの食べ残しの麺料理を指さして「これ食べたい」と言う仕草をした。
    それから「ビア」と言うと、女性は「ナマ?」と聞いてくるではないか。
    エッ!? 「ナマ」で通じちゃうわけ?
    これには少し驚いてしまったが、「そうそうナマですよナマね」と言うと理解してくれたようだったので一安心。
    ミャンマーで麺料理はカウソエと言う。
    色々な種類のカウソエがあるのだが、出て来たのは米で作った麺に少し辛味のある、ぬるいスープがかかっていたもの。
    日本で言ったらぶっかけそばみたいな感じだ。
    そして生ビールは旨かった。
    コクがあってキンキンに冷えている。
    麺料理と生ビールで1400チャット(140円)
    会計も中年女性が助けてもらった。

    空港に戻り、パスポートにミャンマー出国のスタンプが押されてしまった。
    ヤンゴン空港にANA機が駐機していた。
    あれに乗ったら日本に帰ってしまう。
    まだ乗りたくない‥
    バンコク行きのゴールデンミャンマー航空は定刻19:00に出発した。
    ヤンゴンの夜景が窓からよく見え、あっと言う間に小さくなっていく。
    軍事政権によって鎖国状態の続いたミャンマーのイメージは暗いと思っていた。
    数年前にヤンゴン市内で射殺された日本人ジャーナリストの記憶もまだ新しい。
    しかし、行ってみると、人々はみんな笑顔で親切だった。
    ビルマの竪琴のように、「帰りたくない」と言う気持ちが強かった。
    そう思いながらヤンゴンを後にした。

    つづく。

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