2015/01/05 - 2015/01/05
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ドクターキムルさん
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環状4号線が国道1号線と交わるのが原宿交差点である。その原宿交差点の近くに路線バスから見えた2棟の土蔵があったが、その1棟がこれである。原宿交差点の辻近くにあるが、銅葺き屋根の2階建ての母屋の裏手に隠れている。
まなこ壁が美しいこの土蔵はこの地区の標準の大きさで、間口3間、奥行き2間である。明治時代に建てられた土蔵で関東大震災前までは瓦屋根であったが、現在ではステンレス製の屋根である。庇は戦後に直され、梁は屋敷内にあった木を伐採したのだという。この辺りには屋敷林に囲まれた家が散在しているが、ここの家にもそうした屋敷林があったのであろう。この土蔵も曳家(ひきや)され元の場所から移されているのだという。土台も新しくして栗の土台柱も取替えてあるのだという。
銅葺き屋根の2階建ての母屋は昭和39年(1964年)に建てられ、その後、10年も掛けて手を入れて今のようになっているのだという。土台柱は檜の赤木で、建てた先代は銅葺き屋根を支える垂木は柘植(つげ)だというが、檜の香りがするので檜ではないかとご主人はいう。当時は建築基準法では木造建物の高さが13mに制限されていたが、その後の昭和62年(1987年)に木造建築の高さ制限の緩和されている。この母屋は高さが高いようにも見えるが、原宿交差点の道路幅拡張により、かつては国道1号線の下り車線辺りに建っていたのだが、曳家で現在の場所に下げたのだという。土台のコンクリートの高さがあるので母屋の銅屋根が高く見えるのであろう。国道1号線の歩道沿いの塀からは2車線分ほど下げて母屋が建っている。今後、車線が増えるようなことがあっても対応できるようにとのことだ。家屋敷が広いのでそうしたことが可能なのだろう。
また、門は工事中のようで、表門を建てるつもりで用材を確保してあるのだという。この塀の脇にかつては母屋の裏手にあった井戸がそのままで残っていた。
(表紙写真は原宿交差点の銅葺き屋根の母屋の裏手にある土蔵)
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