1954/04/01 - 1954/06/30
885位(同エリア1300件中)
ソフィさん
2014年12月21日(日)日記2 − 品川駅では酔っぱらいとの格闘 品川機関区ではデゴイチの釜焚き訓練
1954年の初夏
品川駅は、私が現場実習で、3カ月ほど勤務した。
一生再会できない日々の連続、「助役」という辞令を貰っての務めである。
出札では算盤が合わず、弁償の繰り返しで、連日財布が軽くなる。
改札ではパスを見せずに目礼で通過する人が次々にいる、ベテラン駅員に糺すと、警官をはじめ20種類以上という。
品川止まりの終電が多く、居眠りの乗客を降ろすのに苦労。
ようやく引きずり降ろすことに成功しても、目を覚まして暴れ出す人もいる。
いずれも私には、鮮烈な人生経験だった。
駅の隣の海側には牛の屠殺場があり、海風が吹く日は、製薬会社の血液乾燥場からの血生臭さが漂った。
私は、現場ごとに、心の友を持とうと心掛けた。
品川駅助役の「I」さん。
この人の自宅を常磐線北小金に訪ね、国鉄生活30年余の味わいに接する。
玄関の表札に書かれた「金鵄勲章第七等」の文字が、眩かった。
私より五歳年上の駅員に、結婚を勧めた思い出もある。
見合いをさせたが、これは失敗だった。
引き続きまた、近くの品川機関区にも、機関士として勤務した。
この機関区は、SL(蒸気機関車)ばかりを扱っている。
D51、C57など、国鉄を代表する蒸気機関車が並んでおり、それぞれを運転する機会があって、貴重な経験をした。
今の時代鉄道マニアにこの話をしたら、あまりもの羨ましさに卒倒するかも知れない。
機関区のスタートは、投炭(とうたん)訓練。
機関車を動かすこと、そのために水を補い、缶に石炭をくべることは、線路づくりの次にくる国鉄の原点。
機関車を模した釜に6分40秒石炭を投げ入れ続け、20を超すポイントに積もる石炭の厚さを測って、規定値との差が少ないことを良しとする。
釜の外にこぼした量も測り、減点される。
ほのかに明るくなり始めた空のもと、朝の街に響き渡る汽笛の音。
五臓六腑を揺り動かすその響きは、自分の叫び声であるかのごとく、心を揺するのだった。
今日品川駅にやって来て、その雄大さに腰を抜かした。
血の匂いが漂い、酔っぱらいと格闘した、野趣あふれる面影は全く消え、世界的なスケールさえ感じさせる。
おまけに、田町駅との間に広く残る、開発可能スペース。
この地区の近未来はどんなだろうか。
2014.12.27片瀬貴文記
- 旅行の満足度
- 4.5
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
品川(東京) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
5