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JR・京王八王子駅より西東京バスにて「宝生寺団地」行にて約30分、同名の大規模住宅団地の手前に控える大幡山・宝生寺(ほうしょうじ、東京都八王子市西寺方町)は本尊は不動明王で創建は応永32年(1425)の真言宗智山派の寺院です。<br /><br />戦国時代では小田原北条氏の武蔵国進出により横山の地(現八王子市とその周辺)は滝山城主の北条氏照(ほうじょう・うじてる、1542~1590)が治め、当寺も氏照の帰依を得て、一時滝山城下への移転を余儀なくされたことがあります。<br /><br /><br />八王子市史による「宝生寺の縁起」については下記のように述べています。<br /><br />『 宝 生 寺 (寺方村一西寺方町九九八)<br /><br />大幡山蓮華院と号し、本尊不動明王、元来は鎌倉末期の創建と伝える大幡観音堂の別当寺であり、開山明そう(寂年不詳)が応永32年(1425)6月創建し、御朱印10石(天正19年11月)、境内2,360坪の名刹である。<br /><br />戦国時代には北条氏の帰依を受け、永禄10年(1567)一時滝山城下に移転したが、寺勢大いに賑い、盛時には寺内に多くの塔中も存在した(当寺所蔵信康文書の「当福院」もその一例であろう)。<br /><br />明治年間にはなお、境内に本堂(100坪)・位牌堂(8坪)・玄関(3坪)・表門・中門・鐘楼堂等数多くの建造物が存在したが、昭和20年8月2日戦災にあい、現今の建物は戦後のものである。<br /><br />観音堂の建物は破損はなはだしく、明治35年12月宝生寺に合併されて廃堂となった。また歴代住僧に上川町円福寺所蔵の大般若経の筆者であり、能筆家の開山明そう、八幡社(元横山町)の遷宮導師であった俊広(天文13年 1544 10月9日寂)天正18年(1590)6月23日八王子城中で焼死した頼紹などの名僧が輩出した。<br /><br />寺宝には木造毘沙門天立像があり、都重宝に指定されている。現在、当寺所蔵の文書は次の如くである。<br /><br />   永禄10年11月12日氏照文書    一通<br />   天正18年6月24日木村常陸介、前田孫四郎制札 二通<br />   天正18年(?)寅11月12日信康文書    一通<br />   天正18年(?)11月12日信康書状     一通 』  

武蔵八王子 鎌倉末期観音堂が前身と伝え15世紀に創建され戦国期に滝山城主北条氏照帰依で庇護を受け家康が江戸開府後に朱印下賜名刹『宝生寺』散歩

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2014/12/05 - 2014/12/05

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滝山氏照

滝山氏照さん

JR・京王八王子駅より西東京バスにて「宝生寺団地」行にて約30分、同名の大規模住宅団地の手前に控える大幡山・宝生寺(ほうしょうじ、東京都八王子市西寺方町)は本尊は不動明王で創建は応永32年(1425)の真言宗智山派の寺院です。

戦国時代では小田原北条氏の武蔵国進出により横山の地(現八王子市とその周辺)は滝山城主の北条氏照(ほうじょう・うじてる、1542~1590)が治め、当寺も氏照の帰依を得て、一時滝山城下への移転を余儀なくされたことがあります。


八王子市史による「宝生寺の縁起」については下記のように述べています。

『 宝 生 寺 (寺方村一西寺方町九九八)

大幡山蓮華院と号し、本尊不動明王、元来は鎌倉末期の創建と伝える大幡観音堂の別当寺であり、開山明そう(寂年不詳)が応永32年(1425)6月創建し、御朱印10石(天正19年11月)、境内2,360坪の名刹である。

戦国時代には北条氏の帰依を受け、永禄10年(1567)一時滝山城下に移転したが、寺勢大いに賑い、盛時には寺内に多くの塔中も存在した(当寺所蔵信康文書の「当福院」もその一例であろう)。

明治年間にはなお、境内に本堂(100坪)・位牌堂(8坪)・玄関(3坪)・表門・中門・鐘楼堂等数多くの建造物が存在したが、昭和20年8月2日戦災にあい、現今の建物は戦後のものである。

観音堂の建物は破損はなはだしく、明治35年12月宝生寺に合併されて廃堂となった。また歴代住僧に上川町円福寺所蔵の大般若経の筆者であり、能筆家の開山明そう、八幡社(元横山町)の遷宮導師であった俊広(天文13年 1544 10月9日寂)天正18年(1590)6月23日八王子城中で焼死した頼紹などの名僧が輩出した。

寺宝には木造毘沙門天立像があり、都重宝に指定されている。現在、当寺所蔵の文書は次の如くである。

   永禄10年11月12日氏照文書    一通
   天正18年6月24日木村常陸介、前田孫四郎制札 二通
   天正18年(?)寅11月12日信康文書    一通
   天正18年(?)11月12日信康書状     一通 』  

交通手段
高速・路線バス 徒歩
  • 陵北大橋<br />                                       宝生寺団地入口交差点を北進し、さらに北浅川を渡って進みます。

    陵北大橋
                                           宝生寺団地入口交差点を北進し、さらに北浅川を渡って進みます。

  • 宝生寺接近

    宝生寺接近

  • 宝生寺・総門

    宝生寺・総門

  • 放生寺・寺標

    放生寺・寺標

  • 宝生寺・山号<br /><br />山号の「大幡山」が刻されています。

    宝生寺・山号

    山号の「大幡山」が刻されています。

  • 宝生寺・狛犬<br /><br />珍しい形状の狛犬が左右に控えています。

    宝生寺・狛犬

    珍しい形状の狛犬が左右に控えています。

  • 宝生寺・狛犬<br /><br />荒削りな狛犬ではありますがどことなくユーモアに満ち溢れています。

    宝生寺・狛犬

    荒削りな狛犬ではありますがどことなくユーモアに満ち溢れています。

  • 宝生寺・仁王門(山門)

    宝生寺・仁王門(山門)

  • 宝生寺・寺柱 <br /><br />寺柱には「真言宗 大幡山 宝生寺」と刻されています。

    宝生寺・寺柱 

    寺柱には「真言宗 大幡山 宝生寺」と刻されています。

  • 放生寺山門・扁額<br /><br />山号である「大幡山」が書されています。

    放生寺山門・扁額

    山号である「大幡山」が書されています。

  • 宝生寺・七福神

    宝生寺・七福神

  • 宝生寺・本堂<br /><br />訪問時はあいにく修復工事中で建物が覆われていました。

    宝生寺・本堂

    訪問時はあいにく修復工事中で建物が覆われていました。

  • 取水舎

    取水舎

  • 謎のレリーフ

    謎のレリーフ

  • 興教大師レリーフ

    興教大師レリーフ

  • 宝生寺・毘沙門堂(全景)<br /><br />長い階段を登ることになります。なお、階段の左に立っている石柱には<br />「東京都指定文化財 宝生 毘沙門天立像」と刻されていま。

    宝生寺・毘沙門堂(全景)

    長い階段を登ることになります。なお、階段の左に立っている石柱には
    「東京都指定文化財 宝生 毘沙門天立像」と刻されていま。

  • 宝生寺・毘沙門堂

    宝生寺・毘沙門堂

  • 動物石像<br /><br />左側には謎の石像が見えます。

    動物石像

    左側には謎の石像が見えます。

  • 宝生寺・墓地

    宝生寺・墓地

  • 石積(左側)<br /><br />土塁に変わる石塁とも考えられ防御の目的かどうか不明です。<br />

    石積(左側)

    土塁に変わる石塁とも考えられ防御の目的かどうか不明です。

  • 石塁(右側)

    石塁(右側)

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