2014/12/05 - 2014/12/05
1875位(同エリア2034件中)
滝山氏照さん
JR・京王八王子駅より西東京バスにて「宝生寺団地」行にて約30分、同名の大規模住宅団地の手前に控える大幡山・宝生寺(ほうしょうじ、東京都八王子市西寺方町)は本尊は不動明王で創建は応永32年(1425)の真言宗智山派の寺院です。
戦国時代では小田原北条氏の武蔵国進出により横山の地(現八王子市とその周辺)は滝山城主の北条氏照(ほうじょう・うじてる、1542~1590)が治め、当寺も氏照の帰依を得て、一時滝山城下への移転を余儀なくされたことがあります。
八王子市史による「宝生寺の縁起」については下記のように述べています。
『 宝 生 寺 (寺方村一西寺方町九九八)
大幡山蓮華院と号し、本尊不動明王、元来は鎌倉末期の創建と伝える大幡観音堂の別当寺であり、開山明そう(寂年不詳)が応永32年(1425)6月創建し、御朱印10石(天正19年11月)、境内2,360坪の名刹である。
戦国時代には北条氏の帰依を受け、永禄10年(1567)一時滝山城下に移転したが、寺勢大いに賑い、盛時には寺内に多くの塔中も存在した(当寺所蔵信康文書の「当福院」もその一例であろう)。
明治年間にはなお、境内に本堂(100坪)・位牌堂(8坪)・玄関(3坪)・表門・中門・鐘楼堂等数多くの建造物が存在したが、昭和20年8月2日戦災にあい、現今の建物は戦後のものである。
観音堂の建物は破損はなはだしく、明治35年12月宝生寺に合併されて廃堂となった。また歴代住僧に上川町円福寺所蔵の大般若経の筆者であり、能筆家の開山明そう、八幡社(元横山町)の遷宮導師であった俊広(天文13年 1544 10月9日寂)天正18年(1590)6月23日八王子城中で焼死した頼紹などの名僧が輩出した。
寺宝には木造毘沙門天立像があり、都重宝に指定されている。現在、当寺所蔵の文書は次の如くである。
永禄10年11月12日氏照文書 一通
天正18年6月24日木村常陸介、前田孫四郎制札 二通
天正18年(?)寅11月12日信康文書 一通
天正18年(?)11月12日信康書状 一通 』
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
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陵北大橋
宝生寺団地入口交差点を北進し、さらに北浅川を渡って進みます。 -
宝生寺接近
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宝生寺・総門
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放生寺・寺標
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宝生寺・山号
山号の「大幡山」が刻されています。 -
宝生寺・狛犬
珍しい形状の狛犬が左右に控えています。 -
宝生寺・狛犬
荒削りな狛犬ではありますがどことなくユーモアに満ち溢れています。 -
宝生寺・仁王門(山門)
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宝生寺・寺柱
寺柱には「真言宗 大幡山 宝生寺」と刻されています。 -
放生寺山門・扁額
山号である「大幡山」が書されています。 -
宝生寺・七福神
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宝生寺・本堂
訪問時はあいにく修復工事中で建物が覆われていました。 -
取水舎
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謎のレリーフ
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興教大師レリーフ
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宝生寺・毘沙門堂(全景)
長い階段を登ることになります。なお、階段の左に立っている石柱には
「東京都指定文化財 宝生 毘沙門天立像」と刻されていま。 -
宝生寺・毘沙門堂
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動物石像
左側には謎の石像が見えます。 -
宝生寺・墓地
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石積(左側)
土塁に変わる石塁とも考えられ防御の目的かどうか不明です。 -
石塁(右側)
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