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今回久しぶりに京都の嵐山方面に日帰りで行ってきました<br />京都まで車で約1時間<br />この日は天気も良く最高の旅日和<br />そのせいか嵐山に近づくにつれ渋滞も出始め<br />おまけに駐車場も満車で<br />見つかったと思いきや駐車料金が以前なら<br />500円〜800円だったのが<br />このシーズン2000円と高額な料金<br />ぼったくりです<br />他に置く場所もないので仕方なく駐車<br />又、渡月橋付近に行けば平日にもかかわらず沢山の観光客だらけ<br />ゆっくり観光している場合ではありませんでした<br /><br />このあと天龍寺、金閣寺、龍安寺とお寺巡りをしましたが<br />どこもかしこも観光客だらけ<br />仕方ありません<br /><br />帰りも渋滞するのではないかと早々に京都を引き上げてきました<br />とにもかくにも天気も良く紅葉も綺麗で最高でした(^_^)v<br /><br /><br />

京都の嵐山方面に行ってきました 紅葉が綺麗でした (^_^)v

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2014/11/19 - 2014/11/19

775位(同エリア4650件中)

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80

せーやん

せーやんさん

今回久しぶりに京都の嵐山方面に日帰りで行ってきました
京都まで車で約1時間
この日は天気も良く最高の旅日和
そのせいか嵐山に近づくにつれ渋滞も出始め
おまけに駐車場も満車で
見つかったと思いきや駐車料金が以前なら
500円〜800円だったのが
このシーズン2000円と高額な料金
ぼったくりです
他に置く場所もないので仕方なく駐車
又、渡月橋付近に行けば平日にもかかわらず沢山の観光客だらけ
ゆっくり観光している場合ではありませんでした

このあと天龍寺、金閣寺、龍安寺とお寺巡りをしましたが
どこもかしこも観光客だらけ
仕方ありません

帰りも渋滞するのではないかと早々に京都を引き上げてきました
とにもかくにも天気も良く紅葉も綺麗で最高でした(^_^)v


旅行の満足度
4.0
観光
4.5
同行者
家族旅行
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
自家用車
  • 嵐山にやってきました<br />災害の後もこのように整備され綺麗になっていました

    嵐山にやってきました
    災害の後もこのように整備され綺麗になっていました

  • このように駐車場も満車です<br />と言うよりバスを優先的に駐車させているようでした

    このように駐車場も満車です
    と言うよりバスを優先的に駐車させているようでした

  • 人力車も稼ぎ時です<br />沢山の人力車が忙しく走り回っていました

    人力車も稼ぎ時です
    沢山の人力車が忙しく走り回っていました

  • 嵐電 「嵐山駅」にやってきました

    嵐電 「嵐山駅」にやってきました

  • 嵐電の車両です<br />パープルのオシャレな色!<br />この電車は、東の四条大宮」から西の嵐山まで約22分で結ばれている<br />路面電車です。のんびりとした雰囲気が観光客に喜ばれています。

    嵐電の車両です
    パープルのオシャレな色!
    この電車は、東の四条大宮」から西の嵐山まで約22分で結ばれている
    路面電車です。のんびりとした雰囲気が観光客に喜ばれています。

  • 天龍寺にやってきました

    天龍寺にやってきました

  • 寺内庭園のもみじが綺麗です

    寺内庭園のもみじが綺麗です

  • 天龍寺境内にある永明院

    天龍寺境内にある永明院

  • 永明院は、天龍寺開山夢窓国師三世の法孫である太岳周祟たいがくしゅうそう禅師が応永二十年(1413年)開創された寺院です。<br />本山天龍寺と同じくして応仁の乱(1467)などの兵火によって消失しましたが、江戸幕府の中枢にいた常滑とこなめ藩主水野河内守守信公によって再興され、江戸期は常滑水野家の菩提寺として過ごしました。<br /> 1864年、明治維新のさきがけとなった蛤御門の変の兵火によって全てを消失しましたが、大正から昭和にかけてたくさんの神社、仏閣を再興された山口玄洞氏からの大寄進を受けたのをきっかけに人々のご縁がつながって復興し、今日に至っております。<br />

    永明院は、天龍寺開山夢窓国師三世の法孫である太岳周祟たいがくしゅうそう禅師が応永二十年(1413年)開創された寺院です。
    本山天龍寺と同じくして応仁の乱(1467)などの兵火によって消失しましたが、江戸幕府の中枢にいた常滑とこなめ藩主水野河内守守信公によって再興され、江戸期は常滑水野家の菩提寺として過ごしました。
     1864年、明治維新のさきがけとなった蛤御門の変の兵火によって全てを消失しましたが、大正から昭和にかけてたくさんの神社、仏閣を再興された山口玄洞氏からの大寄進を受けたのをきっかけに人々のご縁がつながって復興し、今日に至っております。

  • 天龍寺の由緒です<br />この天龍寺庭園「曹源池」も平成6年に世界文化遺産に登録されています<br /><br />後は拡大して読んでください<br />すいません(-_-)<br />

    天龍寺の由緒です
    この天龍寺庭園「曹源池」も平成6年に世界文化遺産に登録されています

    後は拡大して読んでください
    すいません(-_-)

  • 法堂<br /><br />元治元年(1864)の兵火にて焼失、その後明治になり江戸後期建立の雲居庵禅堂(選佛場)を移築、禅宗七堂伽藍のひとつとした。<br /><br />法堂とは説法堂の意であり、住持が仏に代って衆に説法する場所。<br /><br />寄棟造・浅瓦葺、東を正面とし天井は鏡天井で鈴木松年により明治32年(1899)に描かれた雲に乗る龍の絵であったが、平成9年(1997)に法堂移築100年・夢窓国師650年遠諱記念事業として加山又造画伯により新しく雲龍図が制作されました<br /><br />正面須弥壇には釈迦三尊像を安置し、後の壇には光厳上皇の位牌と歴代住持の位牌および開山夢窓疎石と開基足利尊氏の木像が祀られ仏殿としても使用されています<br />

    法堂

    元治元年(1864)の兵火にて焼失、その後明治になり江戸後期建立の雲居庵禅堂(選佛場)を移築、禅宗七堂伽藍のひとつとした。

    法堂とは説法堂の意であり、住持が仏に代って衆に説法する場所。

    寄棟造・浅瓦葺、東を正面とし天井は鏡天井で鈴木松年により明治32年(1899)に描かれた雲に乗る龍の絵であったが、平成9年(1997)に法堂移築100年・夢窓国師650年遠諱記念事業として加山又造画伯により新しく雲龍図が制作されました

    正面須弥壇には釈迦三尊像を安置し、後の壇には光厳上皇の位牌と歴代住持の位牌および開山夢窓疎石と開基足利尊氏の木像が祀られ仏殿としても使用されています

  • 飛雲観音です

    飛雲観音です

  • 写真を撮るのにも一苦労<br />カメラを上にあげて撮っても人が写りますね(;一_一)<br />写真スポットはみな同じですね

    写真を撮るのにも一苦労
    カメラを上にあげて撮っても人が写りますね(;一_一)
    写真スポットはみな同じですね

  • 竹林の道に向かう途中にあった茶処

    竹林の道に向かう途中にあった茶処

  • その茶処の入口近くにあった無事かえるの土産物<br />京都らしい土産物ですね

    その茶処の入口近くにあった無事かえるの土産物
    京都らしい土産物ですね

  • 携帯のストラップでしょうか<br />向かって左が500円<br />右が700円<br />是非購入してください(*^_^*)<br /><br />            ※(お店の者ではありませんが・・)

    携帯のストラップでしょうか
    向かって左が500円
    右が700円
    是非購入してください(*^_^*)

                ※(お店の者ではありませんが・・)

  • 竹林の道です

    竹林の道です

  • <br />この中から竹取物語の姫みたいな女性が現れる  かな?(*^_^*)


    この中から竹取物語の姫みたいな女性が現れる  かな?(*^_^*)

  • 竹林の上を見上げればこんな感じです

    竹林の上を見上げればこんな感じです

  • 野宮神社にやってきました<br /><br />この鳥居は黒木鳥居と言って樹皮のついた鳥居としては<br />日本最古のものだそうで香川県高松市の日本興業(株)と言う<br />会社が寄贈されたそうです

    野宮神社にやってきました

    この鳥居は黒木鳥居と言って樹皮のついた鳥居としては
    日本最古のものだそうで香川県高松市の日本興業(株)と言う
    会社が寄贈されたそうです

  • 沢山の絵馬が付けてありました<br />皆さんの願いが叶いますように・・!

    沢山の絵馬が付けてありました
    皆さんの願いが叶いますように・・!

  • こちらの神社は伊勢神宮に仕える皇女が滞在して<br />身を清めた野宮で、縁結び祈願でも有名らしく<br />沢山の人が並んで順次お願いごとをしていました

    こちらの神社は伊勢神宮に仕える皇女が滞在して
    身を清めた野宮で、縁結び祈願でも有名らしく
    沢山の人が並んで順次お願いごとをしていました

  • さて、彼女たちはどのようなお願いごとをしているのでしょうか<br />やはり彼氏ができるように でしょうか(^O^)

    さて、彼女たちはどのようなお願いごとをしているのでしょうか
    やはり彼氏ができるように でしょうか(^O^)

  • こちらにお守りが沢山販売されていました<br />それにしてもこんなに沢山あればどれを買っていいか<br />悩みますね(^_^.)

    こちらにお守りが沢山販売されていました
    それにしてもこんなに沢山あればどれを買っていいか
    悩みますね(^_^.)

  • こちらが昭和55年に裕仁皇太子がご参拝された時に植樹された木<br />こんなに大きくなりました

    こちらが昭和55年に裕仁皇太子がご参拝された時に植樹された木
    こんなに大きくなりました

  • 鹿苑寺にやってきました <br />通称は金閣寺と呼ばれていますが、正しくは鹿苑寺と言います<br /><br />義満没後、遺言により夢窓国師を開山(初代の住職)とし義満の<br />法号鹿苑院殿から2文字をとり、鹿苑寺と名付けられたそうです<br /><br /><br />

    鹿苑寺にやってきました 
    通称は金閣寺と呼ばれていますが、正しくは鹿苑寺と言います

    義満没後、遺言により夢窓国師を開山(初代の住職)とし義満の
    法号鹿苑院殿から2文字をとり、鹿苑寺と名付けられたそうです


  • 通りの両側には色着いたもみじが綺麗でした

    通りの両側には色着いたもみじが綺麗でした

  • 金閣寺の案内板<br />敷地は結構広いですね

    金閣寺の案内板
    敷地は結構広いですね

  • <br />平成6年、世界文化遺産に登録されています


    平成6年、世界文化遺産に登録されています

  • 総門をくくれば金閣寺境内

    総門をくくれば金閣寺境内

  • これが金閣寺入場券<br />因みに400円の拝観料でした<br />これを持っていればご利益があるかも!

    これが金閣寺入場券
    因みに400円の拝観料でした
    これを持っていればご利益があるかも!

  • 船の形をした一文字蹲踞

    船の形をした一文字蹲踞

  • 鐘楼<br />もみじと綺麗にマッチしています

    鐘楼
    もみじと綺麗にマッチしています

  • この金閣寺は昭和61年2月から翌62年10月まで1年8ヶ月、総工費約7億4千万円(当時)を投じて「昭和大修復」が行われ、漆の塗り替えや金箔の貼り替え、天井画の復元等の修復工事が行われました。この修復工事に際し、金箔は通常(約0.1?m)の5倍の厚さ(約0.45 - 0.55?m)の「五倍箔」[26]約20万枚(約20kg)、漆は国産の「浄法寺漆」約1.5トンが使用されているそうです。

    この金閣寺は昭和61年2月から翌62年10月まで1年8ヶ月、総工費約7億4千万円(当時)を投じて「昭和大修復」が行われ、漆の塗り替えや金箔の貼り替え、天井画の復元等の修復工事が行われました。この修復工事に際し、金箔は通常(約0.1?m)の5倍の厚さ(約0.45 - 0.55?m)の「五倍箔」[26]約20万枚(約20kg)、漆は国産の「浄法寺漆」約1.5トンが使用されているそうです。

  • 天気が良かったせいか金閣寺が光、それが池に映し出され綺麗でした

    天気が良かったせいか金閣寺が光、それが池に映し出され綺麗でした

  • 金閣寺の庭園「鏡湖池」<br /><br />国の特別史跡及び特別名勝に指定されています

    金閣寺の庭園「鏡湖池」

    国の特別史跡及び特別名勝に指定されています

  • この池にもカモが・・

    この池にもカモが・・

  • 方丈です

    方丈です

  • 帆掛け船に仕立てられた松で義満が自分で植えたと伝えられています<br /><br />樹齢は600年と書かれてありました

    帆掛け船に仕立てられた松で義満が自分で植えたと伝えられています

    樹齢は600年と書かれてありました

  • 近くで見ればやはり迫力がありますね

    近くで見ればやはり迫力がありますね

  • 「銀河泉」<br /><br />足利義満公がお茶の水に使ったと伝えられています

    「銀河泉」

    足利義満公がお茶の水に使ったと伝えられています

  • 義満公がお手を清めた「厳下水」<br />

    義満公がお手を清めた「厳下水」

  • <br />「龍門の瀧」は鯉が滝を登ると龍になると言われる中国の故事<br />「登竜門」に因んだ「鯉魚石」がありました


    「龍門の瀧」は鯉が滝を登ると龍になると言われる中国の故事
    「登竜門」に因んだ「鯉魚石」がありました

  • 庭園のもみじがが綺麗です

    庭園のもみじがが綺麗です

  • 白蛇の塚<br />

    白蛇の塚

  • こちらの池には沢山のカモが・・<br />写真右側に「白蛇の塚」があります

    こちらの池には沢山のカモが・・
    写真右側に「白蛇の塚」があります

  • 恋人同士でしょうか<br />親子でしょうか(笑い)

    恋人同士でしょうか
    親子でしょうか(笑い)

  • 夕佳亭<br />現在の建物は明治7年(1874年)に再建されたもので、平成9年(1997年)に解体修理を行っています。なお三畳敷の床柱は茶席としては珍しく南天の木が用いられており、殊によく知られています

    夕佳亭
    現在の建物は明治7年(1874年)に再建されたもので、平成9年(1997年)に解体修理を行っています。なお三畳敷の床柱は茶席としては珍しく南天の木が用いられており、殊によく知られています

  • 右の床柱が「南天の床柱」です

    右の床柱が「南天の床柱」です

  • 金閣寺を後に龍安寺にやってきました

    金閣寺を後に龍安寺にやってきました

  • 龍安寺は、細川勝元が細川家の寺として開基し、細川家の守護神「石清水八幡宮」(いわしみずはちまんぐう)のある男山(おとこやま)より飛来した神龍の安息所として、龍安寺と名付けられました<br />1450年に細川勝元が創建した臨済宗妙心寺派の禅寺で、ユネスコの世界文化遺産にも登録されました<br /><br />さっ!ここで入場料500円を支払っていざ入場!

    龍安寺は、細川勝元が細川家の寺として開基し、細川家の守護神「石清水八幡宮」(いわしみずはちまんぐう)のある男山(おとこやま)より飛来した神龍の安息所として、龍安寺と名付けられました
    1450年に細川勝元が創建した臨済宗妙心寺派の禅寺で、ユネスコの世界文化遺産にも登録されました

    さっ!ここで入場料500円を支払っていざ入場!

  • 勅使門の屋根瓦

    勅使門の屋根瓦

  • 特別名勝の枯山水の方丈庭園である「石庭」は、幅25m奥行10m程の敷地に白砂を敷き詰め、15個の石を5か所に点在させたシンプルな庭である。15個の石は、庭をどこから眺めても全ての石を見ることはできません<br />東洋では15という数字は「完全」を表すものとして捉える思想があり、人間は完全ではないので、見えないところは心眼で見るということであります<br />また、虎が子を連れて大河を渡る様子を表した「虎の子渡しの庭」とも呼ばれています。

    特別名勝の枯山水の方丈庭園である「石庭」は、幅25m奥行10m程の敷地に白砂を敷き詰め、15個の石を5か所に点在させたシンプルな庭である。15個の石は、庭をどこから眺めても全ての石を見ることはできません
    東洋では15という数字は「完全」を表すものとして捉える思想があり、人間は完全ではないので、見えないところは心眼で見るということであります
    また、虎が子を連れて大河を渡る様子を表した「虎の子渡しの庭」とも呼ばれています。

  • この庭園は作者や作庭年代は不詳であるなど謎が多い。<br />禅の境地を表現したものといわれるが、解釈は見るものに任されています。<br />見る人がそれぞれ自由に解釈すればよく、それがこの石庭の最大の魅力でもあります。<br /><br />

    この庭園は作者や作庭年代は不詳であるなど謎が多い。
    禅の境地を表現したものといわれるが、解釈は見るものに任されています。
    見る人がそれぞれ自由に解釈すればよく、それがこの石庭の最大の魅力でもあります。

  • 「方丈」の広間。<br />広間の襖絵は通常非公開だそうです<br />

    「方丈」の広間。
    広間の襖絵は通常非公開だそうです

  • 龍安寺の庭園も綺麗な紅葉です

    龍安寺の庭園も綺麗な紅葉です

  • 鬼瓦<br />それにしても凛々しい顔!(^_-)

    鬼瓦
    それにしても凛々しい顔!(^_-)

  • 知足の蹲踞(つくばい) - <br />茶室蔵六庵の露地にある。蹲踞は茶室に入る前に手や口を清めるための手水を張っておく石のこと。<br />ここの蹲踞には回転折句を使って「吾唯知足」(われ、ただ足るを知る)の4字が分かりづらいですが刻まれていて、その意味合いから石庭の石が「一度に14個しか見ることができない」ことを「不満に思わず満足する心を持ちなさい」という戒めでもあると言われています。<br />また水を溜めておくための中央の四角い穴が「吾唯知足」の4つの漢字の「へん」や「つくり」の「口」として共有されているのが見どころであり、そのため一見「五・隹・疋・矢」と読めます。<br />水戸光圀の寄進と伝承されているが、我々一般拝観者が見ることのできるものは複製とのことです

    知足の蹲踞(つくばい) -
    茶室蔵六庵の露地にある。蹲踞は茶室に入る前に手や口を清めるための手水を張っておく石のこと。
    ここの蹲踞には回転折句を使って「吾唯知足」(われ、ただ足るを知る)の4字が分かりづらいですが刻まれていて、その意味合いから石庭の石が「一度に14個しか見ることができない」ことを「不満に思わず満足する心を持ちなさい」という戒めでもあると言われています。
    また水を溜めておくための中央の四角い穴が「吾唯知足」の4つの漢字の「へん」や「つくり」の「口」として共有されているのが見どころであり、そのため一見「五・隹・疋・矢」と読めます。
    水戸光圀の寄進と伝承されているが、我々一般拝観者が見ることのできるものは複製とのことです

  • どんな鐘の音が鳴るのでしょうか

    どんな鐘の音が鳴るのでしょうか

  • 分水石

    分水石

  • 昔はこのあたりから農業用水として、池の水を分配していた名残だそうです

    昔はこのあたりから農業用水として、池の水を分配していた名残だそうです

  • 鏡容池<br />静かな湖面が鏡のように木々を映す境内の鏡容池。<br />桜や雪柳、楓(カエデ)などが四季を通して、池を美しく囲む。とくに桜の美しさは有名であります。<br />この鏡容池は徳大寺家の山荘の遺構でありました。<br />平安時代には、貴族が船を浮かべて遊んだという記録もあるそうです。<br /><br /><br />

    鏡容池
    静かな湖面が鏡のように木々を映す境内の鏡容池。
    桜や雪柳、楓(カエデ)などが四季を通して、池を美しく囲む。とくに桜の美しさは有名であります。
    この鏡容池は徳大寺家の山荘の遺構でありました。
    平安時代には、貴族が船を浮かべて遊んだという記録もあるそうです。


  • 奥の白いのはアヒルでしょうか<br />その時は気が付きませんでした(*^_^*)

    奥の白いのはアヒルでしょうか
    その時は気が付きませんでした(*^_^*)

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