2002/09/02 - 2002/09/13
14位(同エリア32件中)
エスペラさん
9月7日、6時起床。またバザールで野菜など。
みそ汁などを作るが、標高が高いため、沸点が低く美味しくない。
朝食の際、アフガン・パキスタンの国境がまた封鎖されたとの情報。アフガン側からロケット砲が撃ち込まれ、2名が死亡したという。結婚式の祝砲にロケット砲を撃っていて、それが国境を越えたことらしい。どれほど銃器が日常的なものになっているかを象徴する事件だった。そんな事情はともかく、予定通り日本に帰れない可能性も出てきた。
昼前から、日本の支援で作られた診療所の開所式に参加。
その後、やはり支援で開設されている縫製工場などを視察。
9月8日。5時半頃、ごとごとと門を叩くような音が聞こえる。泥棒?誰も気づいていないようだ。近くの人を皆起こし、督永さんを起こしに行く。
外に出た督永さんは現地語でしばらくやり合っていたが、やがてあきれた様子で戻ってきた。カーブルホテルにこの間のお客さんを迎えに行く人が間違ってこっちに来たとのこと。とりあえずは、一安心。
皆目が覚めてしまったので、6時に起きて、朝食。おにぎりとみそ汁を食べるが、何となく芯が残っている。
食後、カーブルホテルに泊まった人たちを迎えに行くというのでまた、車に乗せてもらう。事務所にはシャワーなどないので、何人かずつカブールホテルに泊まっているのだ。交差点では、ロケット砲を持った兵士が検問中。
全員集合した後、地雷撤去を行っているデンマークのNGOを訪問。
ここは98年から、アフリカを中心に地雷撤去を行っていて、2000年にアフガンで活動を始めたという。世界で220人が働いていて、この地には36名が働いているらしい。簡単な説明を受けた後、このNGOの車に乗って地雷撤去の現場へと向かう。
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診療所の開所式の様子。
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救急車なども寄贈されていた。
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カブールでは深い井戸を掘れば、比較的安全な水を得ることができる。それも国外の援助が必要だ。
右側にあるのはシャベルだが、柄が一本の棒で、端のつかむところがない。まったく力が入らず、使いにくかった。 -
現地の人もスーツを着ていたが、こういうとき以外に着ることもないのだろう。
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こうした行事の最初には、必ずコーランの詠唱がある。
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小林豊さんから、現地の言葉に訳した絵本を贈呈。
普通の光景のように見えるが、女性が男性と握手をするのは非常に珍しい。そういうことが分かっている人が来ているのだろう。 -
開所式の後、移動。
見るからに支援できた車だが、現地の人もあのはしごは何のためにあるんだと笑っていた。 -
縫製工場。
タリバーン政権時代はスポーツも禁止されていたため、このネットも支援によるもの。 -
工場の中。
実はこの写真は、児童労働ではないかと批判されたことがある。
たしかにその通りだが、すでに社会の仕組みができあがっているため、いきなり子どもから仕事を取り上げると、家族を含めた生活が成り立たなくなってしまう。そうした事を避けるために、時間を制限し、教育施設とセットにすることで少しずつ変化させることを目指している。 -
砲弾で穴だらけになった電柱。
電線も盗まれてしまっている。 -
また別の教育施設。
良くも悪くも援助慣れしてしまっていて、女の子が写真を撮られることにも抵抗がない。 -
デンマークの地雷撤去のNPO。
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地雷原に向かう途中のカブール川沿いの道。
ずらりと並んだ露店の場所は、本来カブール川が流れている場所。水量が減ってしまい、こういう状況なのだという。 -
丘の上からカブール市街を見る。
見事な気温の逆転層ができている。
何もない丘だが、かつてはすべて地雷原だった。 -
この付近で地雷の被害に遭うのは、こうした遊牧民の人たちだ。しかも、牛や羊の世話は子どもたちの仕事であるため、被害に遭うのは子どもたちばかり。
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廃墟となった高級レストラン。食事は15ドルぐらいだったとのこと。訪問した当時が1ドル50アフガニー程度。肉体労働者の年収が7万から10万アフガニー(1400ドル〜2000ドル)ということだった。レートが変わっているので何ともいえないだろうが、確かに高級レストランだったといえる。
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この丘陵を巡っては激しい攻防が繰り広げられ、高射砲やこうした戦車などが多数残っている。下の赤白はやはり地雷のあるところで戦車付近にはまだ地雷が残っているとのことだった。
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このすべてに地雷が残っている。
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範囲は分からないが、85418個の地雷が見つかったと書いてある。しかも、撤去済みは2年間でわずか4割ほどに過ぎない。
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著者近影。
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安全な場所ということだが、万が一の被害を最小限に食い止めるため、10メートルの間隔で歩く。通常、地雷はそれほど殺傷力はない。殺してしまうよりも、足をなくした状態で多くの人々の目に触れる方が、心理的な効果が大きいからだ。そのため、この程度離れていれば大丈夫なのだ。
地雷の多くは重さに反応するため、4本足の家畜では作動しないことが多く、家畜が通って安心だと思っていたら、人が踏んで作動ということも多いらしい。
アフガンにソ連が侵攻してきたとき、少年兵が多いことが話題になった。体重の軽い少年兵なら地雷を踏んでも爆発しにくいため、前線にかり出されたのだということだった。 -
白い石の内側が安全な場所で、ここに写っているそれ以外のところはすべて地雷が埋まっている。
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人が近づくと絶対に作業はしない。
熟練者が作業に当たっていても、事故は起こる。私たちが訪れる1ヶ月ほど前、撤去中の地雷が爆発し、1名がなくなっている。そして、それを救護に向かった救急車も地雷を踏み、計6名の方が死傷したという。 -
このすべてにまだ地雷が埋まっている。
向こうの方にかすかに見える緑色の場所が集落で、写真の左側がカーブル。この丘陵地を横断できれば1時間ほどの距離だそうだが、尾根づたいに歩かなくてはならないため、6時間以上かかるという。
こうしたルートの確保や遊牧民の安全を最優先して作業を進めているが、とにかく人が足りないとのことだった。ほとんど毎週犠牲者が出ているという。 -
地雷だけでなく不発弾もごろごろ落ちている。
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尾根には高射砲も残っている。ここからカーブル空港に離着陸する飛行機などを狙ったらしい。
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塹壕ものこる。
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ダルラマン宮殿男王宮殿。国防省が置かれたことで徹底的に破壊された。
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ダルラマン宮殿近く。ただの空き地に見えるが、ほんの1年前までは大きな基地だったという。米軍のピンポイント爆撃によって、こうなったのらしい。
現地の人によれば、アメリカのピンポイント爆撃はきわめて正確なものだったとのことだった。
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