2014/09/13 - 2014/09/15
55位(同エリア246件中)
naoさん
長野県須坂市は、ながらく北信濃を治めていた武田信玄の死後、めまぐるしく支配者が替わる時代を経て、1616年、堀氏が須坂藩一万石の藩主となって陣屋を構えた土地で、ここを本拠に、以後250年に亘って須坂地方を治めることとなります。
一万石の小大名ゆえに城を持たなかった須坂藩は、陣屋を中心として重臣たちの屋敷や下屋敷を置き、これらと混在するような形で町家や寺社を配し、小規模ながらも城下町としての形態を整えていきます。
千曲川の東部を南北に貫く谷街道(飯山〜中野〜小布施〜須坂を経て松代城下へ至る)と、北国街道の脇往還として人や物の交流に重要な役割を果す大笹街道(上野国〜江戸に至る)が交差する、交通の要衝に位置した須坂は、江戸時代初期は藩政を担う中心地だったものが、やがて頻繁に人や物が行き交うようになると、商人や職人の町家が軒を連ねる商工業の町としても発達します。
なお、善光寺を通る北国街道が犀川で川止めにされると、これらの脇往還に頼らざるを得なくなり、千曲川渡船の川湊として許可されたことも、商工業を発展させる大きな要因になりました。
幕末から明治時代にかけて養蚕業や製糸業が盛んになると、須坂の二大製糸結社として明治8年に東行社、明治18年に俊明社が成立、この二社を原動力として須坂の製糸業は著しい発展を遂げ、岡谷と並ぶ大製糸業地帯へと成長します。
製糸業の発展とともに、かつて「中町の辻」と呼ばれた、谷街道と大笹街道が交わる中町交差点を中心に形成されたのが、漆喰塗り籠めの重厚な町家が連なる風情ある町並みで、「蔵の町」と称されるにふさわしい壮観な町並みを見ることができます。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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須坂にやってきました。
中町交差点を中心に点在する、「蔵の町」と称される町並みをめぐります。 -
交差点の角に、何とも味のあるお店があります。
では、この交差点の少し南へ行った所にある田中本家博物館へ向かいます。 -
田中本家博物館に着きました。
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代々須坂藩御用達を勤めた田中本家は、名字帯刀を許された大地主で、幕末には士分格となり、須坂藩をも凌ぐ財力を保有していました。
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広大な敷地内は多くの蔵で取り囲まれています。
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この博物館では、北信濃でも屈指の豪商の立派な建物や四季折々美しい庭園ととともに、代々伝わる豪華な展示物がさ鑑賞できます。
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では、田中本家博物館を後に、町歩きを始めます。
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町家の軒先に置かれた鉢植えのほうづきの実。
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田中本家博物館から少し北に向かって歩くと、立派な蔵造りの町家が見えてきました。
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空家なのか、2階の窓が閉じられています。
よく見ると、2階の建具は漆喰塗り籠めになっています。
恐らく、防火のためなんでしょうね・・・。 -
奥行きの深い妻入りの町家の外観は・・・
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端正な姿にまとめられています。
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こちらの2階の窓は、虫籠窓風に縁取りした中に格子が組み込まれています。
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こちらは造り酒屋さん。
1階の庇裏まで漆喰を塗り籠めた重厚な造りになっています。 -
窓が1面もない複雑な外観のこの建物は、須坂市のまちづくり拠点施設、「ふれあい館しらふじ」です。
この施設は、明治に建てられた旧丸田医院の母屋・土蔵・旧診療棟等を、平成11年に寄贈された須坂市が再生整備し、平成14年に開館したものです。 -
築地塀の基礎には、地元で「ぼたもち石積み」と呼ばれる、丸石の基礎が使われています。
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こちらは、絶滅の恐れがある珍しい種類の蝶を含め、世界中の蝶の標本を展示している「蝶の民俗館」です。
長年蝶を研究してきた当家のご主人が、明治時代に建てられた自宅の土蔵でその研究成果を公開されています。 -
ここまで町並みを歩いてきて、腰の羽目板張りに白漆喰塗り籠めが、須坂の町家の特色のように見受けられます。
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重厚な屋根が架かった町屋です。
屋根の厚みは尋常じゃありません。 -
この町家は広い裏庭をお持ちのようで、裏に抜ける通路が建物内に設けられています。
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屋根の上に望楼と本卯建のある町屋が見えます。
望楼の足元をなまこ壁で補強しています。 -
玄関に破風屋根のついた町家。
この破風屋根の左右で、道路勾配に合せて1階部分の階高が上下方向にずらしてあります。 -
建物のど真中に郵便ポストが立っている町家。
お店をされているようなのに、支障ないんでしょうか・・・。 -
この辺りは重厚な蔵造りに漆喰塗り籠めの重厚な町家が連なっています。
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この町並みの中心地の、中町交差点の北西角に二棟の立派な蔵造りの建物を構える老舗呉服店さん。
一方は店舗、もう一方を「蔵の美術館」として、人形や工芸品等を展示しています。 -
中町交差点から東に延びる、新町通りにやってきました。
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この町家は、2階屋根の破風や軒先に、漆喰塗で段模様をつけています。
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この町家の本卯建の、何と雄大なこと。
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新町通りの町並み。
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2階ガラス窓の桟がレトロですね。
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この町家の外壁に付いている、L型の金物は何に使うんでしょうね・・・。
正面と妻面の両方についていますが・・・。 -
この町並みの蔵造りの町家は、とても背が高いように見えるんですが・・・。
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「塩屋」の暖簾を掲げておられるこちらは、信州味噌醤油の醸造元です。
こちらの醸造元は、文化・文政年間の創業以来、貴重な塩を蓄える術として発達した信州の味噌造りを大切に受け継がれておられます。 -
「塩屋」さんでは、味噌蔵や醤油蔵の一部が公開されています。
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伝統様式に則って最近建替えられたと思われる町家。
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飽きのこない、すっきりした良いデザインです。
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このお店、こだわりの酒屋さんと見ました。
扱っておられるお酒は信州の地酒です。
さて、蔵の町はこれくらいにして、須坂に残る洋館の建物を見に行きます。 -
旧上高井郡役所へやって来ました。
明治23年の「府県制・郡制」の公布に伴い郡役所が設けられましたが、大正6年、長野県によりこの洋館が新築されました。
その後いろんな役所として使われたあと、長野保健所須坂支部を最後に、平成18年に長野県から須坂市に譲渡されました。 -
譲り受けた須坂市は、建築以来90年の永きに亘って使われてきたこの建物を、市の貴重な文化遺産として後世に伝えるべく、耐震補強や全面改修を行い、現在、「須坂市旧上高井郡役所」として、市民の交流施設として親しまれています。
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夏の雲が名残を惜しむように大空に広がっています。
そろそろ残暑も終わります。 -
「ふれあい館しらふじ」の3階建ての土蔵。
この土蔵は、かつて須坂藩の要職を務めた浦野家が、藩邸の西隅を固めるように建てたものだそうです。 -
こちらは「蝶の民俗館」。
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では、須坂はこれくらいにして、本日最後の目的地に向かいます。
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